2-18. 亜麻色の卑怯な戦い方
窃盗団の男3人が2階に上がって行ってから数分後、彼らは目当ての物を見つけたのか少し騒がしくなった。そしてまた静かになって少し経つと、手下の男たちだけ1階のキサ達が居るところに戻ってきた。あからさまに上に残った兄貴分の男に対して不信感を抱いている様子だった。
「俺が隠していたモノは見つかったかな」
シスターの手当のお陰で足首の痛みが引いた様子のカミキが、床に寝ころんだ体制のまま彼らを鼻で笑った。そんなカミキの態度に腹を立てた男が彼に掴みかかろうとするのを、もう1人が止める。
「お前が兄貴の欲しがっていたブローチに特別なおまけまでつけてくれたものだから、喜んじゃって。すぐにでもお前を仲間に入れたいなんて言い出して困っているんだ」
「あはは。俺が海を渡って国から国をまたにかける窃盗団の一味か。船の難破だけは勘弁したいくらいだね」
カミキの軽口に仲間を止めた男が鋭い眼つきで彼を睨みつけた。
彼らのやり取りを聞きながらキサは考えていた。男たちの取り纏めが兄貴分である大男だとして、この男はあまり前に出てこなかった。最初に屋敷に入ってきた時に彼は一番後ろだったし、肉もついていない細い体では腕っ節が強いわけではないだろう。どちらかというとどこにでもいそうな一般階層の市民だ。
ただ蛇の様な顔をしていて眼つきが鋭く、キョロキョロと周囲を良く見渡す。子供たちが逃げた時に窓の外の動きに反応したキサに気付いて声を出したのも、その男だった。それに、男の一言で手下が素直に引き下がるのだから、兄貴の次に信頼に値する者なのだろう。
「良く私たちが海の向うの窃盗団だとわかったな。あぁ、2階に隠れていた少年に聞いたのか。では彼の正体ももう知っているだろう」
蛇顔の男が椅子に座って静かに言った。
「だいだいはね」
カミキはそう曖昧に答えた。
キサもカミキが少年と会話をしている時に居たが、少年が自分の身分や国の事を語らなかった。リリイと話している時でさえ、自分の名前すら話さなかった。不思議な少年だと思ったが、カミキがシスターたちに対して少年と同じ様なので、少年も何か事情が有って告げないのだと思って気にしていなかった。
「でも、それがどうだっていうんだよ。困っている子供を助けて、迷子なら家に返してやるのが筋だろう、」
カミキも臆せず堂々と言うものだから、蛇面の男は困惑した顔をする。
「それにお前、本当にお前のところの兄貴がただのブローチが欲しくて、ここまで探し求めているのか本当の理由を知っているのか」
カミキが続けて発した言葉は、今度は蛇面の男が抱いている上への不信感を高め、兄貴への信頼という気持ちを揺さぶる。
「何を言っている。それはある国の女王が身に着けていた装飾品で、」
「『炎の琥珀石』」
彼が必死で説明しようとする言葉をカミキは打ち消す。
「石の元である琥珀自体は貴重な宝石だが、そんなに珍しくない。なぜカルーンの王室に伝わる琥珀石が『炎の琥珀石』と呼ばれるのか、それはカルーンが鉄鋼業で栄える起点ともなった王が別名「炎の王」と呼ばれた男が持ち主だったからだ。無名だった彼がその石を手にしてから幸運を得る様になった。だから『炎の琥珀石』。何度盗まれ他の者の手に渡ろうとも必ず持ち主のところに還ってくる、」
カミキはそこで一息つく。
この部屋に居る誰もが自分の次に放つ言葉を待っているのを知っている。なんて意地悪い人。キサはそう思いながらも、彼の言葉を待ってしまう。
「そして必ずその石を盗んだ咎人は炎に焼かれて死ぬからだ」
沈黙が部屋に広がる。聞き入っていた男のどちらかが唾を飲み込む音がする。
果たして彼の放った言葉が男たちに何を想わせたのか。
「そんなのはお前の出まかせだ」
蛇面の男はカミキの話術に取り込まれていた部屋の空気から脱する為に声を荒げた。
「嘘ではない。現に持ち主である「炎の王」の血を引く少年の元へと還ってきたじゃないか」
「しかし、」
「それに俺の出まかせではない。なぜなら『炎の石』を自分の手許に置こうとするコレクターと呼ばれるやつらもそれを狙っているからな。識る者はみんな知っているさ」
その言葉に今度はキサが驚く。
「そんなものを私に渡そうとしたのか」
「そんなに怒るなよ。偶然にも手に入れたオヤジでさえそれの本来の価値は知らなそうだったし、お前だったら堅物だから価値が判った後でもそれを護り通すと思ったからな。いつかはカルーンの王家に還すつもりだったさ」
彼から小箱を受け取った時の瞬間は、今でも目を閉じれば思い出す。その大切な幸福の瞬間が今キサの中で音を立てて崩れていった。キサはカミキにコレクターから宝石を守る役割を勝手に押しつけられるところだった。他国からの盗品で、しかも呪い掛かっているものを。
キサは悪びれもなく思惑を明かすカミキの右目の本来の色を知っている。宝石ラピスラズリのように輝く瞳。この国の王家の証であり、それも稀少価値のあるものを収集するコレクターにとっては喉から手が出るほど欲しいものの一つだ。半年前に亡くなった前国王の遺体から瞳を奪われる騒動があり、王になる前のカミキも何度も襲われたと言っている。それと同じくコレクターが求める『炎の琥珀石』、その価値を男たちに明かす理由は何だろうか。
「もちろんお前も兄貴から聞いていたのだろう、」
カミキは蛇面の男だけに問いかける。
「そこにいる阿呆で間抜けな手下とは違って、兄貴に信頼されているお前だけは、その石の本来の価値を知っているのだろう。ちゃんと高値でコレクターに売りさばき、その売り上げた金は綺麗に折半するんだろう」
カミキは男に向かって微笑む。
「おや、違うのかい」
「この野郎。調子に乗って俺の事を馬鹿にして」
カミキに阿呆と呼ばれた、臭い男が蛇面の男を押しのけてカミキに勢い良く拳を振り上げる。
その瞬間、彼を背に2人の間にキサが飛び入り、正面からその男を睨みつけた。さっきまでとは別人の様なキサの威圧感に圧倒され後方へ怯む。カミキはそれを見逃さなかった。標的を蛇面から乗り換える。
「そこの威勢のいいお前も良く周りを見て、少しは小さい脳味噌を使って考えてみろよ。お前と一緒に居るその蛇面の男もお前の事を見下している。兄貴でさえお前より俺を選んだんだ。ならここで選ばれなかったお前はどうなると思う」
「どうなるも何も、」
「窃盗団のアジトも人も手口も知ってしまった。これから俺たちが次にやる商売のことも聞いてしまった。でも奴らにはお前はもういらない。今更普通の人生を歩めって言われたってもう無理だよな。無意味な喧嘩や下手な盗みを働いて衛兵に捕まってしまうのがおちだ。そして衛兵に聞かれて、素直にホイホイと窃盗団の秘密も暴露してしまうかもしれない。そんな危ない奴、放っておくと思うか」
「やめろ、それ以上言うな」
カミキの声がこれ以上入って来ない様に男は耳を塞いで喚く。でも今塞いでももう遅い。男の心は疑心暗鬼に囚われる。「落ち着け」と蛇面の男がいくら静止をしたところで、もう男は聞く耳を持たない。掴まれた腕を力いっぱい振りほどく。
カミキは口だけで男たちを狂わせた。蛇面には兄貴分の男に対しての「不信感」煽りを、もう一人の男に対しては仲間から襲われるという「恐怖」を植え付けてしまった。
それは剣を合わせるような目に見える攻撃ではなく、無闇に抵抗したりせず、相手を刺激し過ぎない程度に抑える。時間をかけてじっくりと精神面から亀裂を与えていく。そうすればいつか勝手に壊れる。それはあまりにも陰湿で卑怯な攻撃だった。
そして残りの1人が上から降りてくる。その右手に握る筒で脅しながら赤髪の少年を歩かせて、左手に持つ『炎の琥珀石』を持って、あまりにも満足そうな顔を浮かべた男が上機嫌で居間に戻ってきた。男を待っていた手下は今までとは違う。何も知らない手駒はもう居ない。




