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ラピスラズリの碧い空  作者: 助三郎
第二章・ラピスラズリと亜麻色の海
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2-13. 亜麻色に染まる影

 木々の囀りと共に静かに波打つ、城下街の小さな湖とは違いって、見渡す限り水平線が視界に広がる雄大な海。まるで生命の鼓動を脈打っているかのように大小の波が生まれ、港の足場にその身を打ちつけては消えて行く。真上に上がった太陽を反射する水面に目を凝らせば、魚の小さな影がその身を忙しなく動いている。


 陸地から伸びる人工的に造った足場の先には、中距離用の漁船が数台その体を波で揺らしながら停泊していた。


 小さな島国であるブッチランドの入口は、その足場を上がった先の陸地にある小さくて古びた管制所だった。頑丈に造られた建物も雨風や潮の影響で年季が入り、壁は所々劣化していた。その中では4・5人の従業員が忙しく走り回り、船の出入国の全てを管理し、海に異常がないかを観測している。


 このブロズナン地方に住む人々のほとんどが漁をする。夜が明けると同時に沖に出て、魚貝類を獲り帰港する。そして、そこで獲れた物を仕分けて商品として市場に出し、自らの生計を立てていた。だからいつも新鮮な物が市場に並べることができる。


 そんな毎日変わらない日々を繰り返し、いつも同じ時間をこの街の住人は動いている。

だから、いつも見かける仲間の顔が見えないと疑問を抱き、一向に沖に出て行かない船に不審を抱くのだ。


 カミキがダンに連れられて管制所の中に入った時には、管制所の職員2人が小さな作業場にある小さな窓に張り着いて、そこから外を覗いていた。その窓からリリイの親が所有している船が見えるという。ダンが近況の変化を聞くが、男たちは首を振る。


「だめだ。船も動く気配がないし、人も出入りする様子がない。ただ、隣に停まっている船に乗った人が言うには、複数の話し声はしていたそうだ。誰か居るのは確かなんだが」


 カミキも窓を覗かせてもらう。数台停まる船の真ん中に木製の漁船が見える。

帆は閉じられて、波の動きに船体が揺れていた。甲板には何も乗っていない。船の中心から人が過ごせるような部屋が付いているようだ。明り取りの役目なのか小さな丸い窓が船体に数個設置されているが、この位置からではそれ以上の詳しい状況は何も得られない。


 もっと船の近くに寄って覗いて見たい気持ちがあるが、現状が分からないだけ動くのは得策ではないとカミキは急かす自分に言い聞かせる。


「実は、海に日が沈み始めて周りが暗くなる頃に、何人が出て来て外を出歩いているみたいなんだ、」

窓に張りついていた男の片方が口を開いた。

「この施設は夕刻前には閉めていたから気付かなかったけれど、昨日は忙しくて仕事が残ってしまって、閉めた後もここで残って仕事をしていた。そしたらその時間帯に外で話し声と人が通り過ぎる音が聞えたんだ」

「そいつらの顔は見たのか」

ダンの問いに男は首を横に振った。


「見えなかった。でも出て行った時の後姿から4人に見えた。この街の住民が夜に出歩いて海を眺めに来ているが、この足場だって時間外だからと言って封鎖している訳ではないから、今まで誰が通ろうが知った事じゃないと気にしていなかったけれど、昨日の声はどう考えても足場の方から陸地の方へ通り過ぎて行ったように聞えたんだ。つまり停泊している船から出てきたって事だろう。そんな時間に船が動くはずもない。だから気になったんだ」


「日が落ちてから人が出歩くと言う事は、太陽の下ではっきりと顔が見えるのを避ける為と考えても良いかもしれないな」

「市場はその時間帯から店を閉めだすから、売れ残りが安くなっていたり、閉める作業を進めたいからと客の相手も淡々と終わる。人の動きも多い時だし、下手な事をしなければ印象に残りにくいのかもな。その時間がこっそりと動くにはちょうどいいって事か」


カミキの推測に町のことを知っているダンが補足する。


 影に隠れて情報を得る時や、尾行をする時などは日中よりも日が傾き始めた方が良いというのは、カミキ達元暗殺集団の中では鉄則だった。帰路を急ぐ人々の足は真っ直ぐに目的地に向かうし、同じ様に動く人が多いその時間帯は、人ごみに紛れるのも簡単だ。

 つまり、その船から出てきた相手はその事を知っている人物なのか。だとしたら、相手はただの雇われ漁師ではないかも知れない。


「おい、出てきたぞ」

窓に張り着いていた男が声を上げると、窓の周りにいたカミキ達は一斉に身を沈めた。


 窓には西日が差しこみ、海は知らないうちに橙色に染まっていた。カミキが身を隠しながら窓の淵から覗くと、人工的に造られた白い足場を4人が他愛のない会話をしながら管制所の前を通り過ぎて行った。身長も体格も違う男たち。管制所の男が見た人数と一致する。


「昨日より出てくる時間が早くないか。日は傾いてきたがまだ明るいぞ」

昨日彼らを見た男が小声で言った。


 この港街で漁を生業にして暮らす人物をカミキは良く知らないが、目の前のダンや教会の修繕工事をしていた大工達、また管制所に集まっている男たちを見るとこの港街の男性は、それぞれ日に焼けて健康的な色をしていて、上半身が程良く鍛えられているのが特徴的だった。だから、先程目の前を通り過ぎて行った男達もこの国の国民で、漁の為に「雇われた」としても否定はできない。


 でも姿をこの両目で見て、彼らの正体をカミキは確信した。

彼らの鋭い眼つきには見覚えがある。

それは暗殺対象を目の前にした暗殺集団の眼つきと同じだったからだ。


狩る獲物を探す猛獣の様な眼つき。

報酬の為なら彼らは相手の年齢も気にしないし、彼らは手段も選ばないだろう。


 どうやら赤髪の少年が言っていた事が当たってしまったようだ。

カルーンから逃げ出し、嵐で船が壊れたとしても生き延びて、獲物を今も探している。あの窃盗団に間違いないだろう。


 だとしたら狙いは、あの嵐で手放してしまったブローチか。はたまたそのブローチを母の形見と言う赤髪の少年か。


いや。だとしたら疑問が残る。


海で流されてしまった物が偶然にもこの国に有る事を何故彼らは知っているのか。

密かに船に乗り込んだ赤髪の少年を彼らは気付いて、追いかけていたのか。


もしそうではないのなら何故このまま彼らは外を出歩き、数日間もこの港に停泊し続けているのだろうか。


「あいつらは一体何をしに行くのだろう」

窓から足場を去りゆく男たちの後ろ姿を見ながら誰かが呟いた。それは管制所内にいる誰も答えることはできないが、誰もが心に抱いた問いだった。


彼らの目的が全く予想できない。まだ状況を把握できるような情報が集まっていない。

考え過ぎてなのか痛む頭を抱えて、カミキは不機嫌に舌打ちをしてしまう。


 船から出てきた男4人が足場を渡りきり、陸へ上がり、市場の方へと姿を消した。その姿を窓から見送ったカミキは、周囲に居たダン達を押し抜けてその場から駈け出した。


 管制所のカウンターを抜け、扉を押しあけ、陸地とは違って水に半分浮いた状態の不安定な足場に体制を崩しながらも駆け抜ける。


 窓から見えていたリリイの親の船が停泊している視界に入ると一瞬気が緩んだのが原因か、カミキは足元を足場の隙間に捕られてバランスを崩してしまう。支えの失くした体が足場から外へと投げ出される。


後ろから伸びたがっしりとした手のひらが腕を掴んで、カミキを足場に戻した。

「慣れない足場ではそう急ぐな」

「悪い。でも、ゆっくりしている時間はないからな」

ダンにそう言うとカミキは礼の換わりに笑みを浮かべた。


 船体の脇に設置されている小窓からカミキは中を覗く。決して視界が良いとは言えないその窓からは、明かりの少ない薄暗い船内が見えた。雨風を凌ぎ、仮眠をとれるくらいの小部屋がそこにはあった。テーブルに2人掛けのソファが1つずつ。床には食べ散らかしたゴミや布などが散乱している。確かにここで生活をしている様だ。


 船体が波で揺れると、小窓の手前にビンが転がってきた。アルコール度数の高い酒ビンだ。


「随分充実した生活をしているようだね」

窓から顔を放して、近くに居たダン達にカミキがその目で見た状況を小声で伝える。

「中に入ってしまえば早いじゃないか。もう誰もいないだろう」

そう言って船に手をかけた男を制止する。

まだカミキが探しているものが確認できていないからだ。


 またカミキは違う窓から中を覗いた。さっきの窓からだと家具で視覚になっていたところだ。先程の窓よりも汚れが激しく見えるところが少ないが、その隙間からついにそれを見つけた。


 ソファの裏の床で寝転がっている人と、その横に座っている人。そして少し離れた椅子に腰かけている人。その人影は予想するにリリイの両親とその見張り役だ。


 問題はどれが救出するべき両親で、気をつけなくてはいけない相手なのか。



***


 船の外から呼ぶ声がする。見張りを任された男が窓から外を覗くと、そこには管制所の職員数人がこの船に向かって、所有者の名前を呼んでいる。


 男は縮こまっている女に出て行くように指示をする。用を聞き、早く下の職員を返すようにと。余計な動きをしたら判るだろうと。何回も首を振って、女は大急ぎで小部屋を出て甲板から顔を出した。


 何回か言葉のやり取りをして、職員は用が済んだと足場を渡り管制所まで戻って行く。その姿を追うように反対側の窓から男が覗いていると、甲板で対応していた女が部屋に戻ってきた。


 職員が何を言って来たのか男が女に聞こうとした瞬間、男は後頭部に衝撃を受けてその場で意識を手放した。


***


 カミキが提案した作戦は無事に成功した。


 窓を覗いた時に、服装から寝ころんだ人の隣に居る人が女だと判っていた。

この状況で推測できる女性はリリイの母親しかいない。彼女が寄り添っている人がリリイの父親である可能性が高かった。


 床に転がっている食べ物の残骸を見ると、果物の皮や魚の骨に交じって、少し手の加わった料理を食べた痕跡があった。その事から、彼女は男達の世話をさせる為にある程度の自由を与えられていると考えられた。だとしたら、その自由を制限する為に敵がどう動くのかも予想できる。


 外部からの呼び出しを女に対応させて自分は中から外を監視する。もし女が外部に助けを求めたり、逃げ出そうとすればその場で人質の男を殺す。

 自分に危機が起きたら船を燃やせば外に居る仲間に知らせる事が出来て、その混乱に乗じて自分は逃げ出せばいい。


 男が覗いている窓の逆方向に停まる船から甲板に乗り移り、女の足元まで広がるスカートに隠れて船室に入り込む。そして、外の職員の様子を気にする男に音もなく近づき、カミキはその後頭部に手刀を振り下ろしたのだ。


 気絶し崩れ落ちた男を見た瞬間、カミキを隠し招いたリリイの母親も張りつめていた緊張が解かれ、その場に崩れ落ちた。とどまる事を知らない涙を流しながら、足腰の立たないその体を四つん這いになりながら愛しい旦那のところへ向かう。


 男に人質として使われていたリリイの父親は両腕を後ろで縛られ、その先をソファの足に括りつけられていた。航海中船が揺れてその体が転がっていかないようにということなのだろう。

 体中に暴行を受けていた跡があり、かろうじて意識が残っている状態だった。男に暴力を与える事で女に言う事を聞かせていたのだ。


 もし一日でも救出が遅れていたら間に合わなかったかもしれない、ととカミキは背筋が冷えついたのを感じた。


 無事に作戦を終えた事を下で待機していたダン達に伝え、リリイの両親を医者に診せる様に伝えた。気絶している男は逃げ出せない様に縛り、管制所の一室に事が終わるまで閉じ込めておくように指示をした。


 そして改めて、カミキはこの船室を見渡した。カルーンの盗賊団に船を乗っ取られてから最低でも4日間。港に停泊してから彼らは何をしていたのか、その疑問を解く手がかりがあれば良いのだが。


 空になったビン、ろうそくのない燭台、金属でできた装飾品が床に転がっている。どれをとっても高価なものではなく、ほぼ日常で使われている品物と差違がない。そして簡易的な調理場の上に大きな鍋が乗っている。


 全くまとまりがない物を見て頭を捻る。


 テーブルの上には食べ散らかした生ごみの間に、長方形の石を見つけた。頑丈につくられていて、使いこまれている様子で表面は黒く焦げ目が残っている。カミキは興味を惹かれてそれに触れた。どうやら2段に重なっている様で、上の石を取り外した。

 同じ大きさの窪みが規則正しく並んでいた。ある物質をそこに流し込んで全く同じものを複数作れるように。


見慣れない形。見慣れない道具。

でもカミキは知識として知っていた。それを教えてくれた姉の真剣な顔が脳裏を過る。


 もう一度周りに落ちている物を見回す。確かにこれらを使えば造れるかもしれない。

この港に停泊し、数日間をこの船の中で生活しながら、それの材料となるものを市場で集め歩いた。でも実際にやってみると木造船の簡易的な火力ではそれを増やす事ができなかった。


 その材料集めの時に偶然耳にしたのだろう。

ある難破船から流れ着いた、異国の珍しいブローチを売っている男がいる事を。

いや、それだけではない。

知ってしまったのだ。このブッチランドには珍しい赤髪の見慣れない泥棒少年が居るという事を。


 あの管制所の窓から見た男達の顔を思い出した。新たな獲物を見つけたことの喜び。狩ることの愉しみ。そんな気持ちが今なら伝わってくる。


 カミキは船室から飛び出し甲板から、足場でリリイの父親を運ぶ男達を指示しているダンに向かって叫んだ。


「奴らはブローチを探しているはずだ。露店のオヤジが危ない」

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