2-12. 迷いは亜麻色に消える
ダンの話しを聞きながらカミキは物足りなさを感じて、内心迷っていた。できれば自らの足で情報を仕入れに行きたいと駆け出してしまいたい衝動を必死に堪えていた。無闇に動いていい立場ではもうないのだと、自身に強く言い聞かせる。
暗殺集団に居た頃に、暗殺とは関係ない仕事をしながらも、標的の懐を探り情報を姉たちの前線部隊に伝える役目も兼ねていた。誰にも束縛されず、持ち前の身軽さで天井裏に潜り込み会話を聞いたり、相手を尾行し居場所を突き止めるなど、姉たちが危険なく仕事を遂げられる為に影で補助していた。
王として表に出てしまった今では、城の中でほぼ生活し、どこを出るにも数人の警護がついてきた。それが嫌で城を抜けば、気持ちを誰よりも理解してくれていると思っていた姉が目の前に現れて、カミキを城に連れ戻した。まるでカミキが対象者に行ってきた事がそのまま返されているようだった。
籠の中の鳥。
それは首を締め付ける縄のようで、息苦しかった。
だから今回、自由に動きまわれたのが嬉しかった。
愛馬と共に走り抜け、初めて海風を感じた。
見知らぬ男たちと汗水を流し、金を得る事が出来た。
初めて誰かの為に物を買い、喜ぶ顔が見えた。
嬉しくてつい「普通の生活」という幻想に恋い焦がれてしまった。だからキサについ弱音を吐き出してしまった。それがカミキの命を助けた彼女を責める言葉だと知っていながら。
そしてその言葉を発すると同時に、閉鎖感で見誤っていた自分の立場に気付かされた。
有る筈のない未来を思い描くのではなく、この手でブッチランドの民を護らなければならない事を。
自由を追い求めるのではなく、国に訪れる脅威を排除しなくてはいけない事に。
それらが出来る立場に自分が有る事を思い出した。
明日にでも姉が率いる部隊を連れてカルーンからの使者達が再びこの街に戻ってくるだろう。
もしリリイの親の船に居座る人物がカルーンから逃れてきた窃盗団だとしたら、その使者達と共に制圧すれば良い。だが相手の存在も人数も未知数なのだ。
もしそこで大規模な戦闘に発展してしまったのなら、この限られた人数で鎮圧できるのか。周りに被害を出さずに終結できるのか。
いや、それ以前にただの思い過ごしで、害のないただの雇われた船乗りだったとしたら。
姉が来る前に少しでもこの状況を変えておきたい。
でもどう駒を動かせばいいのか判らない。
気持ちばかりが焦ってしまい、進まない現状に唇を噛む。
だからそれは不意だった。
「何よりもう少し情報が欲しい。正式な相手の人数とか。リリイの親が「雇った」とされる男が一人だけとは思わないしな」
カミキが思っている事がそのままキサの口から出たのだ。驚いて後方の扉の横に立つ彼女の方を振り返って、その真面目に思案している顔をまじまじと見てしまった。
「なんだ」
見返される瞳は、先程までの相手が王である事を意識し、戸惑いで逸らされてしまった彼女の瞳とは違った。
その栗色の瞳は彼女の真面目な性格を表しているように、力強く真っ直ぐにカミキを映していた。
その瞳には覚えがあった。
塞がれた視界、死への恐怖の淵に居た自分を救いだしてくれた存在。
『約束通り、碧い空の下で逢えましたね』
澄んだ青空の下で見上げた、迷いを乗り越え、自分の意思に誇りを持った強い眼差し。
「なんでもない」
そう言って彼女から背を向けるが、不思議にさっきまでの焦りも迷いも消えていた。
あの彼女が傍に居てくれるのなら、うまくいく気がする。
だから、ダンが船を偵察している仲間たちの所に戻ると言うので、自分も一緒に行くと名乗り出た。やはり自らの目で見て、自らの耳で情報を取り入れたい。この場に居る、いや、この港街に居る誰よりも自分の方が適しているとカミキはそう思ったからだ。
「なら私も一緒に行く」
とキサが言うのも判っていた。
王を脅威から護る護衛として正しい行動だろう。でもそれではカミキが思うように動けない。
なにより自分は彼女に護られる存在では居たくなかった。彼女の前では対等でありたいという不思議な気持ちがあった。
「お前はここで、こいつを護ってくれないか」
もし相手がカルーンの窃盗団だった場合の最悪のケースは、赤髪の少年の存在とブローチのありかが彼らに伝わってしまった場合だ。カミキたちが出て行ってしまえば、この屋敷は老婆と子供だけになってしまう。
「護ると言っても、無闇に戦うな。相手がどう動くかわからない。姉さんたちが到着するまでは戦闘は避けるんだ」
「判った」
そう頷いた彼女は、先行くダンについて行くカミキの腕を後ろから掴んて引き留める。
「貴方も絶対に無茶な事はしないで下さい。その腰に忍ばせたナイフを使う事のない様に」
城から出るのに表向き剣を所持していたが、港に来てから荷と共に部屋に置いたままだった。
手ぶらで出歩き、人当たりの良い笑顔を向けて接するカミキに、街の人は誰一人、その身にナイフを隠し持っている事に気付いていなかった。もちろん一夜を共にしたキサの前でさえ仕込んだ物を露わにした事も一度もない。
指摘された場所を無意識に触れて、掌に腰のベルトに納められた刃物の存在を確認する。そして、やはり彼女も同じ事を考えていたことで、頼もしさについ頬が緩む。
「これが必要とする状況にならない事を祈るよ」
「貴方がそれを抜く前に、貴方に降りかかる火の粉を全て排除しますよ」
「じゃあ、お前が排除するその前に俺がその火を消してみせるよ」
カミキとキサは二人で笑った。
そんな二人を後ろから見ていたリリイが不意に疑問を口にした。
「キサお姉ちゃんとお兄ちゃんは仲良しなのに、何で名前で呼ばないの」
幼いが故に素直で率直な問いかけに、二人は答えを求めるかのようにお互いの顔を見るなり、急に顔を背けた。
「気にしなくて良いの」とリリイに言い聞かせるキサの声を背に、カミキは屋敷の外へと向かう。その顔は熟れた果実の様に耳まで真っ赤に染まっていた。




