2-10. 紅と亜麻色が出会う時
「わかった。でもこの話はここの場だけの話しで聞いてくれ。貴方達を巻きこみたくないのだ」
キサたちが見守る中、見た目は10歳前後の少年は紅の瞳を思案で揺らせながらそう言うと、見た目に反した落ち着いた口調で自ら体験した事を語り始めた。
時は遡るところ6日前。彼がブッチランドではない国に居た頃から話しは始まった。
最愛の母を流行り病で亡くしたばかりの彼は、やはり大人びていても年齢相応に母が恋しくなり、一人で夜な夜な母が眠る霊廟を訪れていた。その日はいつも静まり返っているその場所で怪しい物音と小さな明かりが揺れているのに気がついた。隠れて様子を見ていると、それは4・5人の男が柩に供えられてある金品をかき集めている瞬間だった。墓荒らしの盗賊だ。彼は誰かを呼びに行こうとした。その刹那、最愛の母の墓石の前に置いてあった小箱を男が掴んだ瞬間を見てしまった。
それだけは誰の手にも渡したくない。今すぐ自分の手で取り返さなくてはいけない。そう少年は思ってしまったのだ。
その場から立ち去る盗賊を追いながら彼らが乗り込む船に忍び込み、ブローチだけでも取り戻す機会を探っている間に船は国を離れて海に出てしまった。そこで誰にもこの状況を告げていなかった事に気付いた。せめて一番身近に居てくれたあの男にさえ声をかけていたのなら。木樽の中でその身を潜めながら、自分の身勝手な行動が故の危機だと悔やんだ。
「その船は嵐の中を進み、落雷を受けた。その瞬間は良く覚えていないが、その船が受けた衝撃で甲板に置いてあった木樽は海に投げ出され、私が入っていた樽も一緒に海に落ちた。幸い、その樽の中に居たお陰で海に沈む事はなく、この国の岸に打ち上げられる事になったようだ、」
彼はそこで言葉を切ると、リリイを見て微笑んだ。
「そして彼女に助けられた」
「それが嵐の日の難破船」
話しを後ろで聞いていたキサの呟きに、カミキの背が頷いた。
「そのブローチを買った露店の亭主は言っていた。『嵐の時に、このブッチランドの近くで沈没した異国の船に乗っていた貴重な品物』『この沖で漂っていたのを拾ったんだ』って。見たことない素材でできているし、俺たちには読めない文字の様なもの刻まれている。だから俺はその亭主の言葉を信じた」
「これは私の国の貴重な鉱石でできている。この文字は昔から伝わる紋のようなものだ」
彼はそう言うと優しく手のひらのブローチの表面を撫でた。
そして、顔を上げるとゆっくりとその部屋にいる人物を見渡す。
「助けていただいた事に感謝する。私はこれを本国に持ち帰らないといけない。事情があって詳しい内容は明かす事ができないので、不審に思うかもしれない。だけれども、どうか私を海に返してくれないだろうか」
彼は深々と頭を下げる。
名前も明かさない、見慣れない顔。事情があったと言え、この国に不正に入国している。そして生きる為とは言え、窃盗を繰り返していた。そんな少年が本当の事を言っているのかすら、キサ達には判別もつかない。ただわかるのは、彼の紅の瞳が真っ直ぐ前を見て真剣に輝いている事だった。
シスターが先に口を開いた。
「わかったよ。誰だか知らないが、船を出せるかダンに聞いてみよう」
そう言って、部屋から出ようとした。
「いいえ、その必要はないですよ」
カミキがそのシスターを止めた。
「どういう事だ。彼をもとの国に戻さないつもりかい。確かに彼は犯罪をこの国で犯している。だから出さないつもりなのかい」
シスターの強い追及を背に、カミキは少年に言い聞かせるように言っていた。
「君はこの国で不正入国して、市場で窃盗を繰り返していた。それは罰せられるべき犯罪だ。君が異国の者であっても、ここはブッチランドの国の中だ。この国の法に従ってもらいたい」
キサにはカミキが言いたい事が判る。彼はこの国の王だから、この国を統べなくてはいけない身分だから、ブッチランドで定められた規則を自ら目を瞑る事はできない。
「そうだな。私も無理を言った事を恥じているよ、」
紅の瞳が陰ったのをキサは気付いた。
「悪かったな。どんな罰でも受けよう」
「じゃあ、体調が戻ったら市場のみんなに謝りに行こう」
重い空気を裂くような明るい声でカミキは言った。
「ちょっと、どういうことだ」
「どいうことって、悪い事をしたら謝らなくてはいけないだろう。それで解決すれば法なんて関係ないさ。もちろんリリイも行くんだぞ」
カミキの言葉に、困惑する少年の隣でリリイが大きく頷いていた。
「まずはそこに居る姉ちゃんからだ。君たちはそいつからそのブローチを盗んだ。さて、何て言う」
「ごめんなさい」
カミキに促されて二人は声を揃えて謝った。
「そして君はそのブローチが欲しい。何て言えば良い」
少年はカミキが告げると、紅の瞳で真っ直ぐキサに向けた。
「お願いします。これを私に譲って下さい」
キサは迷うことなく肯定した。
それを受け取った時の胸の高鳴りを思い出した。初めて人からもらった感謝の証。それは物がなくても大切な記憶として、キサの胸には強く残っていた。
「なんだい。年寄りを驚かせるものではないよ」
シスターの安堵した声を横で聞きながら、キサも心を撫でおろし、カミキの判断と子供二人に向けた優しさに自然と笑みが浮かんだ。
「君はカルーンから来たんだろう」
「なんでわかるんだ」
「やっぱりね。君は帰る船も必要ないかも知れないぞ。昨日の朝、カルーンからの一行がこの国に到着していた。多分、その一行の隊長は君と同じ赤い髪の女性。そして今頃は城で王様と謁見している。君の話しからすると、その一行は君の関係者じゃないのか」
カミキはそう少年に言うと、入口付近に立って話を聞いていたキサの方を振り返った。
「早ければ明日には姉さんたちがこの港に来て、こいつと一緒に俺も連れ戻されるみたいだ」
キサにそう告げて笑ったその黒い両目は、とても寂しそうに細められていた。




