2-9. 亜麻色の主の元へ
目を開けた少年はまだ半覚醒の状態で、一瞬自分がどうなっているのか困惑して暴れたので抑えつけたが、傍に居たリリイの顔を見ると落ち着つきを取り戻し、再び体をベッドに沈めた。カミキは少年の額に手を触れて、熱を診る。昨晩担ぎいれた時よりも体温は下がっている様で安堵が漏れた。
「大丈夫だ。もう心配はいらないよ」
カミキはそう言いながら、隣で少年の事を心配そうに見ているリリイの頭を優しく撫でた。
後からキサとシスターが少年が食べやすいように柔らかく煮た野菜スープを持って部屋を訪れると、その匂いに釣られたのか少年の腹が鳴った。その音で完全に覚醒した少年は、カミキの手を借りて起きあがると、ゆっくりとそれを口に入れた。
「おいしいです」
そう短く言って涙を頬に伝わせながら、慌てる大人たちを前に、リリイの様に勢い良く病み上がりの胃に食べ物を詰め込み始めたのだった。
胃袋も落ち着いた少年は、ずっと握っていた左手をゆっくりと開いた。そこに彼が探していた大切な物が有る事を確認するや安堵の顔を浮かべていた。
「そのブローチは君の大切な物なのか」
不思議になってカミキは少年に声をかけた。少年がキサの手の平からそれを奪い、倒れる前に言った言葉を思い出したからだ。
『やっとあいつらから取り戻す事が出来たんだ。もう絶対に手放したりしない』
あの時にその言葉が出ると言う事は、彼は何者かによってブローチを奪われてしまい、それを取り戻す為に探していたと言う事になる。
カミキと少年は面識がないし、カミキは露店の亭主からブローチを購入した。露店の亭主は港で拾ったと言っていた。だとすると、少年が言う「あいつら」とは。
「嵐の時の難破船か」
カミキの一言に少年は体を大きく反応させた。
それをカミキが見逃すはずはなかった。
「詳しく話してくれないか。君を放ってはおけない」
少年は両手でブローチを握りしめて俯いて口を固く結んでいる。
「なぁ、お願いだよ。もしかしらたこのリリイの両親の失踪も関係しているかもしれないんだ」
カミキの言葉に、少年は顔を上げてリリイとカミキを見比べる。リリイも驚いた表情でカミキを見ていた。
少年は意を決した様子でカミキに向き合った。
「わかった。でもこの話はここの場だけの話しで聞いてくれ。貴方達を巻きこみたくないのだ」
顔に似合わず、大人びた口調で少年はそう言った。
***
ブロンズ地方の門兵から緊急伝令が届き、他国の使者が緊急で国王との謁見を申し出ていると伝えられたのは、彼ら一団が港を出立した昨日の夕方だった。城に残るチヒロがたまっているカミキの分の書類を終えたところだった。
カルーンからの使者がこの時期に一体何を言ってくるのか、博識のコーユでも予想ができない様子で頭を抱えていたが、使者の名前に見覚えがある人物が居たのでチヒロは承諾した。
ブロンズ地方から馬でかけて一日。彼女たちは城下町に着いても休む事もなく城を訪れていた。
「この度は急な入国、謁見に許可を頂きありがとうございました」
広々とした謁見の間で両側にコーユとミイを従えて椅子に座るチヒロに向け、赤髪の女性が前に出て三人が後ろに控える立ち方で、カルーンから来た四名は膝を立てて頭を下げた。
「頭をあげてください。よくぞいらっしゃいました、」
ラピスラズリの碧い両目を優しく細めてチヒロは言った。
「おひさしぶりです。何年ぶりでしょうか。カルーン王国第一王女、ララ・メラ・カルーン様」
チヒロに名を呼ばれて顔を上げた女性は、燃える様な赤い髪を揺らして紅の瞳でチヒロを見つめた。
「挨拶そこそこで申し訳ないですが、堅苦しいのはもうなしにして良いかしら。こっちは緊急なの。要件を言わせていただくわ」
今までの厳かな雰囲気を壊してララは口を開いた。
「うちの不手際で申し訳ないのだけれども、カルーンの盗賊団が海に逃げ出してしまって。この国の近くの海域まで来た事は判っているのですが、雨季の嵐でその船を見失ってしまいました。もしかしたらこの国に流れ着いているのではないかと思って参ったのですが、何か知らせは聞いていないかしら」
ララの言葉にチヒロは驚いてコーユを見やる。だが、コーユも初耳だったようで首を左右に振った。
「いや、こちらにはその様な事例も被害も入っていない」
「そう。それならば良いのだけれど、」
ララは言葉を濁した。
後ろに控えていた金髪の青年がそのララの様子を見かねて、チヒロに向かって頭を下げる。
「姫に変わり、発言の許可をいただけますでしょうか」
「許しましょう」
「許可をいただきありがとうございます。私、第一王女護衛隊の隊長でありますシオンと申します。この度国を脱した窃盗団が最後に我が国から持ち出した物が我が国の重要な物でして、窃盗団を捕まえる為でもありますが、それを取り戻す為に姫自ら動き出しているのであります」
「シオン、もう良い」
「いいえ、奴らが海に出てからは我が国だけの話しではなくなっています」
「シオンさん。彼らは何を持ちだしたのでしょうか」
チヒロはシオンに説く。
「亡くなられた王妃様。つまりララ様ご兄弟の母君の形見です」
チヒロ達は息をのんだ。カルーン国王の奥方は優しくて美しい人物だという噂は海を越えて広まっていた。チヒロがまだ幼い頃に一度カルーン国王が家族を連れてブッチランドを訪れた時に、初めて幼い頃のララと王妃に逢った。小さいチヒロに合わせて腰を屈みほほ笑んでくれた姿を脳裏に覚えていた。
「そう、王妃が」
「先月頃に流行り病で」
チヒロの悲しそうな声にララは告げた。
「その形見をご兄弟で追っていたのですが、ララ様の弟君である第一王子と連絡が途絶えてしまって。その時に追っていた盗賊団が船を出したと言う事を聞いて、追跡したのですが」
「もしかしたらその船に乗っていたかもしれないね」
「先日、嵐が明けてから船を出したら、その乗っていた荷物や船の残骸が海に漂っていたのです」
「そんな、」
チヒロは言葉を失ってしまった。
「残骸の中にはその姿を見つける事ができませんでした。もしかしらもっと離れたところにながされてしまったのかもしれない。でも、我々は願いを込めてこの国で王子を探す事を決意し、こちらに許可を得に参った次第であります」
シオンはそう言い終わると頭を下げて、再び後ろに戻った。
「ブッチランド国王様、どうか我が弟の捜索に協力していただけますでしょうか」
ララも赤い頭を深く下げた。
チヒロは両側に仕える二人に目配せをした。コーユは仕方なさそうに頷き、反対側のミイはいつも浮かべている笑顔は消えて、真剣な眼差しで前の使者達を見ていた。
彼女の頭の中には今はララと同じ事を考えているのだろう。カミキがまだブッチランド唯一の港があるブロンズ地方に居るはずなのだ。既にキサと合流しているとは思うが、異国であるカルーンの窃盗団が既に入国していたとしたら彼の身に危険が及ぶかもしれない。それに、窃盗団に関わらなくても、困っている人を見かけたら声をかけてしまう彼だから、何かしらの問題に自ら首を突っ込んでしまうだろう。
「判った。こちらもご協力いたします」
チヒロは凛とした声で宣言した。
その後、食堂でララ達に食べ物を振る舞いながらそれぞれの計画を立てる。隊長で金髪のシオンの他、黒髪で背の高いマリオがララの護衛で、三人目のエリオと名乗る人物は失踪してしまった第一王子の護衛だった事を明かした。がっしりとした体に強面の眼つきをした、コーユよりも歳が上の屈強な男だが、第一王子の事を話す時はとても目が優しくなった。彼が生まれた頃から傍についていて、王子の成長を一番に見ていた人物だそうだ。
「大丈夫ですよ。きっと王子様はこの国で無事にみつかりますよ」
今すぐにも飛び出して行きそうな彼を捕まえて、チヒロはそう言って笑顔を見せて宥めた。
兵士達に指示を与えていたコーユを後ろから声をかけた人物が居た。マリオだった。
「周りには内密に、カルーン国王様からコーユ様に伝言を受けて参りました」
「国王様から私に直々ですか。これは姫様もご存じないのですね」
マリオはコーユの問いに頷いた。
「確証がないことですが、まだ騒ぎにしたいくないものなので、」
そう前置きしてからマリオの口から告げられた内容に、さすがのコーユも想定が出来なかった。
「それは誠ですか」
マリオの腕に掴みかかるコーユに、無口な伝令係は頷くだけだった。




