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ラピスラズリの碧い空  作者: 助三郎
第二章・ラピスラズリと亜麻色の海
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2-6. 亜麻色は頬を染めて

 紅に染まる太陽を背に、男女の言い合う声が店仕舞いを始めた市場に響く。

初めて貰った給料袋を片手に露店へと早足で向かうカミキの後を、キサはずっと小言を言いながらついてくる。


「だから、お前はついてこなくて良いんだよ」

「貴方を一人で行動させるわけにはいきません。だいたい、何で貴方がここに居るんですか。他にお付きの人は来ていないんですか。ミイさんは一緒じゃないのですか。今すぐ城に帰えってください。なんで修繕工事の人の中に紛れていたんですか。なんで貴方が屋根に上って修理しなきゃいけないんですか、」

「あーもう。うるさいなぁ。俺が勝手にどこ行こうが、何をしようがお前には関係ないだろう」

「関係ありますよ。貴方はもう普通の人間ではない。このブッチランドのお、」

「お前、ここでそれを言うなよ」

 このブッチランドの王なのだから、そう言うキサの言葉をカミキは低い声で制した。


 キサが言いたい事はカミキだって判っていた。もう自分一人で好き勝手に過ごしていい立場ではない。自分に何かあったら国が混乱してしまう事も、数ヶ月前の自分の様に王の命を狙う人物がいるという事も知っている。

 だからと言ってチヒロの様にこの国を統べる王になるべく生まれ育ち、身の安全が保障されている城の中に籠り、一日中国の事を考えて職務を続ける事は出来ない。この長閑なブッチランドの一国民として自由気ままな生活を知ってしまったから。そして檻に閉じ込められて、偉大なる権力によって消されようとしていたのだから、それに囚われる事が嫌で仕方がなかった。


 環境が変わってもまだ、前と変わらぬ自由を求めるのは強欲なのだろうか。


「おぉ、兄ちゃん良いところに来た。そろそろ閉めようと思っていたところだよ」

露店の亭主がカミキを見つけて手を振った。

「ダンに良い仕事を紹介してもらえたのかい」

「まあね。確認してくれ。あんたが言っていた金額通りだから」

カミキが金の入った小袋を渡すと、亭主はその大きな目を開けて中身を確認する。そして満足そうにうなずくと、カミキに例の小箱を差し出した。

「商談成立だ」


「一体何を買ったんだ」

カミキの後ろからキサが二人の男のやり取りを覗きこんできた。

「ほう。もしやこのお嬢さんがお前のその相手かい」

 亭主はニヤニヤしながらカミキとキサを見比べる。その亭主を顔を見て、顔に下がった亜麻色の長い髪を耳にかけながらキサは不思議そうな顔をカミキに向けた。

「関係ないね」

恥ずかしさを隠す様に亭主の手から小箱をひったくると、カミキはその店に背を向けて逃げるように歩き出した。

「ちょっとまた勝手に行かないで」

その背をキサは追いかけた。


そんな二人に向かって周囲に聞えるくらい大きな声で亭主は言った。

「お幸せに」

「だから違うっ」

亭主の声よりさらに大きな声でカミキは返していた。


 数十分後、二人は海に沈む太陽を眺めながら堤防に腰かけて、言葉を交わすことなく焼き魚を並んで食べていた。その焼き魚は今朝街門の近くに居た子供を背負った女性から、今度はカミキが自分のお金を出して買った物だ。ついでだからキサの分まで購入した。

 「気にしなくてもよかったのに」と笑いかける門兵と女性に改めて礼をしたかったのだ。そして交わした会話の中で、二人が夫婦だと言う事を教えてもらった。女性の背中の子供は二人の間の子供だった。その事をカミキとキサに話している二人の顔は穏やかで幸せそうだった。


「そろそろ良いだろう」

口を開いたのはキサだった。

「何がだよ。俺は帰らないからな」

「もう夜になる。さらに危険な夜道に城に帰れとは言わない。その、」

キサが急に言いにくそうに口ごもる。


「私には関係ないと貴方は言ったが、あそこで何を買ったのか気になってしまって仕方がないんだ、」

視線はそのまま海を見ながらも、小波に消されそうなほど小さな声でキサは呟く。

「あの店は女性向けの装飾品ばかり多く置いてあったから、それを貴方が自分の手で稼いだお金を使って物を買ったんだ。誰の為にそこまでしているのか気になるところだろう。そろそろ教えてくれないか」

紅が闇に取り込まれる直前の様な亜麻色に染まる水面が、キサの顔に反射してその頬を染めている。


 カミキはそんなキサの顔を見るとつい笑ってしまった。

「お前もやっぱり女子なんだねぇ。そう言った浮ついた話しとか興味がないのだと思っていたけれど」

「悪いか。私だって女だ。城の侍女たちから色々聞かされるし、貴方の姉からも色々と教えられている」

「げげ。姉さんからってどんな事を」


キサは返答する言葉が出てこなくて顔をさらに赤らめて俯いてしまった。

「なんかごめんな。弟の俺が代わりに謝るから」

その様子に慌てて立ちあがり頭を下げるカミキに、キサは自然と笑みを浮かべていた。


「これ、開けてくれるか」

カミキはキサに小箱を手渡した。

「私が開けても良いのか」

戸惑うキサにカミキは頷いた。


小箱を開けると、しっかりとした布でできた赤いクッションの上に、光沢のある金属でできたブローチが納まっていた。

その輝きにキサは息をのむ。


「それをお前が受け取ってくれないか」

カミキの言葉にキサは驚いた顔を向けた。

「変な意味じゃないよ。意味があるとするならば、俺の命を救ってくれたお礼だ」

「そんなお礼をしてもらうほど大層な事をしたつもりはない。ただ当たり前の事をしたまでだ」

「今ここに居られるのも、こんな素晴らしい世界をこの目で見られるのも、全部お前のお陰だよ」

そう言うと、カミキはキサに微笑んだ。

「ありがとう」


 そんな二人の間に小さい手が静かに伸びる。その手に気付いた二人が動くよりも早く、ブローチは小箱から取り出されてしまった。

「ちょっと待てっ、泥棒」

カミキが立ちあがって叫ぶ。ブローチを抱えたまま子供二人が手を繋いで走り去って行く姿が見えた。

「あの子たちが噂の孤児」

先に走り出していたカミキに一歩遅れてキサも子供を捕まえるべく走り出した。


 後ろの子供がバランスを崩して転んでしまった。立ち上がらせようともう一人が足を止めて振り返った時にはカミキが彼らに追いついた。転んだまま見上げる子供の前に、腕を組み睨みをきかせながら見下ろしている。その形相に耐えられなくなり転んでいた子供は泣きだしてしまった。


「子供をいじめないの」

そんなカミキの背中を叩くと、キサは泣いている子供の前にスカートを折ってしゃがむ。

「ほら。貴方もそこで泣いてないで立ちなさい。そのままだと服が汚れてしまいますよ」

あふれる涙をこぼしながらも、キサの手を借りて少女はその場に立ちあがる。

「ごめんなさい」

少女がキサに涙声でそう言った。


「ほら、今度はお前だぞ。もう逃げられないんだ、観念してそれを返せ」

少し離れたところで立ち止まっているもう一人にカミキは声をかける。

「嫌だ。これは私の物だ。やっとあいつらから取り戻す事が出来たんだ。もう絶対に手放したりしない」

少年はそう言うとキサから盗んだブローチを両手で強く握りしめた。


「この子供もあの露店の亭主と同じ、拾ったものは俺の物っていう考え方なのか」

「いや、どうやらそういうわけではなさそうだ」

「それってどういう、」

キサの緊張ある声にカミキが視線を外したその瞬間、少年は音を立てて崩れ落ちた。


「ちょっと、どうした」

慌てて少年に駆け寄り、その身を抱えたカミキが驚いて叫ぶ。

「こいつ、すごい軽いぞ。顔も青白いし、飯食えてないんじゃないか」


少年は意識を失くしても、その手からはブローチは離さなかった。


 市場で保護した子供たちを抱えて、教会代わりの屋敷に戻ってきた二人にシスターは言った。

「なんだい。イチャコラしていたのを邪魔されたんかい」

「違うっ」

今度はキサが顔を赤く染めて大声を上げた。


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