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ラピスラズリの碧い空  作者: 助三郎
第一章・ラピスラズリの碧い空
22/64

22. 二つの碧き瞳を守る者

 華やかな赤い絨毯が真っ直ぐに目的の部屋まで引かれていて、管弦楽が奏でる軽快な音楽が城の廊下にまで響いている。


 少し前を小走りに歩いているのは、カミキの姉であるミイである。後ろを歩く私に「早くしなさいよ」と急かせているが、私の気持ちは一向に進まないでいる。


慣れない靴に、慣れない正装。

いつものままの軍服がいいのだが、カミキの姉はソレを許さなかった。


「戴冠式の後の舞踏会なのだから、そんな格好ではいけない」と、大目玉を食らったのは戴冠式が無事に終えた数時間前の事。その後、彼女の着せ替え人形になっていたら、結局開宴時間はとうに過ぎてしまい、急ぐ羽目になってしまったのだ。


キサはミイに聞こえないように小さく溜息をついた。


侯爵の一件で延期になっていた戴冠式が行われ、正式にチヒロとカミキの2人が国王の座に就いた。

隣国の貴族達は大変驚いた。

亡くなったとされていた第一王子が現れ、しかもその人物は長年民衆の中で生活をしていたからだ。

そんな彼が国を統べて良いのだろうかと口々に非難の声が上がったが、貴族で生まれ、貴族として育ち、貴族の中でしか生き方を知らない人々の発する言葉を、チヒロは聞き入れなかった。

カミキの片目の群青の瞳が、王家の証なのだと。


そして、その場でもう一つ重大な事が公開された。

第二王子であるチヒロも正式な王家の嫡子ではなかったと言う事だ。

女王のノウィーリアが亡くなったとされた後、国王が使用人の一人との間でできた子供だったのだ。

母親である使用人は今も城に使えており、チヒロの世話をしているという。

つまり、王子2人とも「未熟なラピスラズリ」だったのだ。


未熟のラピスラズリは波乱と憎しみを生み、

二つのラピスラズリは栄光と平和をもたらす


未熟なラピスラズリでも、言い伝え通り王家の証を持つ2人で国を納めれば、ブッチランドは栄光と平和が現れるだとうと、チヒロの演説に言い伝えを深く信仰する貴族達は頷くしかなかったのだ。


そうしてこの国は新たに国王を迎えたのだった。


 チヒロの意向で国家の暗部を引き受けていた暗殺集団黒猫は解散し、団員の大半は城の兵士として正式に雇われる事となった。

 人殺しの業を、人を守る手段と変えた彼等は心なしか生きいきと職務をこなしている。

そして、その団長だったミイはカミキの側近兼護衛として、弟につきっきりの生活を送り始めた。


 目の前で消えそうになった彼を失いたくない気持ちがトラウマになって彼女の中で残っているかも知れないが、いつも一緒にいるところを見ると、仲が良いのかそれとも別なのか、それともそれ以上なのか。キサは心の中に靄がかかって落ち着かないでいた。


 廊下に敷かれた赤い絨毯に導かれて辿り着いた大広間の扉を開けると、そこは煌いた社交界が繰り広げられていた。

天井に釣り下げられたシャンデリアが輝き、中央では何人もが煌びやかな服装を身に纏った紳士淑女が伴奏に合わせてクルクルと踊っている。


 数日前に青い花が飾られていただけの静かな部屋は、今日は別世界の様に輝いていた。


「信じられない。まるでおとぎ話の中に迷い込んでしまったよう」

キサの隣でミイが感嘆の声をあげた。

彼女は初めて貴族の社交界を見たのだろう。

瞳をシャンデリアの様に輝かせながら、辺りを見回しては喜んでいる。


 少し前の質素な街娘のあの姿とは一変、華やかな色のドレスを着こなし、軽く塗られたルージュが彼女の元から持っていた美しさを惹きたてている。そんな彼女は、今まで暗殺集団の団長だったとは誰にも思わないような貴婦人そのものだった。

その隣に立っている自分は他の人にはどう見られているのだろうか。


ミイが誰かを見つけたように大きく手を振った。

その先には、会の主役であるチヒロとその傍には教育係のコーユが控えていた。

「愉しんでいただけていますか」

近くに来たチヒロは2人にそう言いながら微笑み、持っていた2杯のグラスを彼女達に手渡した。

「私は、」

結構。と断ろうとしたキサのふっくらとした唇をコーユは人差し指で塞いだ。

「主催者からのグラスです。断るのは失礼ですよ」

そう言うと、自分も持っていたグラスに口をつけた。


 キサは不安そうにチヒロを見ると、彼も優しく頷いていた。

いつもは社交界の場に足を踏み入れた事も無く、城に使えてからは飲酒や娯楽は一切断っていたキサには、舞踏会の規則や飲み方など一切知らない。


「今日は特別の日にしましょう」

そう言うと戸惑っているキサのグラスに、ミイは軽く自分のグラスを当てた。


涼しげな音が響いた。


「カミキは一緒にいないの」

グラスの中に入っていた液体を飲み干したミイは、チヒロに言った。

チヒロとコーユはお互い見つめあうと、大きく肩を上下させた。

「想像以上の今までとは違う世界についていけないそうで、一人あそこに」

コーユは苦笑いをしながら、後ろのバルコニーを指差した。

「単なる人酔いですよ」

笑いあうチヒロ達の隣で、キサは静かに指差されたバルコニーを見つめた。


ふいに、今まで関係ないところで張り詰めていた緊張が解けたのか体が軽くなった。

環境の変化に戸惑っているのは自分だけではないのだ。

そう判ると、自然とこの場から動き出したくなった。


キサは勢い良く自分のグラスをあけた。

3人が唖然と見つめる中、開いたグラスをミイに預けると真っ直ぐにバルコニーに向かった。


会場に優しい弦楽器の音色が響いていた。

そのリズムに乗せて多くの煌びやかな人々が踊り、微笑みあい、平和に過ごしている。

彼等の顔を横目で見ながら、キサの心は支えを無くした振り子の様に揺れ動く。

先日までの張り詰めていた空気はどこへ消えたのだろう。

生と死の境を左右された日があったというのに、彼等は何故笑い合えるのだろう。

所詮、平和は「今」でしかないのに。


 急ぎ足で赴いたバルコニーの扉を開けると、冷たい夜風が頬を掠めた。

風になびいて口元にかかる亜麻色色の髪を掻き分ける。

 少し先には、闇に紛れ込むような黒髪を風で揺らし、手すりにだらしなく凭れ掛かる彼の姿があった。

この舞踏会の主催者側だというのに、全くやる気を感じられない後姿にキサは微笑んだ。

同じ時間を感じたくて声を掛けずに数歩近づいた。


手すりの先は暗い世界に、木々の葉をそよぐ風が唄のように聞こえる。

会場内に響いていた楽器の音色とは別世界の様に、暗闇の世界でその音を微かに響かせていた。


「まるで別世界に迷い込んだ気分だよ」

考えていた事を口に出されてキサは驚いて彼の顔を覗き込んだ。

カミキは2つの瞳を閉じて、静かに自然が奏でる音色に耳を済ませていた。

「今までの世界が嘘だったかの様に、静かで平和な世界だ」

「私もそう思う」

彼の言葉にキサは同感の意を表した。

「2つのラピスラズリが揃ったお陰で、この国に真の平和が訪れたのだ」

キサの真面目な言葉にカミキは笑う。

「何が可笑しい」

彼を諌める様にキサは言った。

「瞳を閉じたままでもお前の事はスグに判ったよ。なんだろう、歩き方に癖があるのかな」

彼は未だ瞳を閉じたまま笑っている。


 視界を閉ざされていた時の記憶を呼び起こしているのだろうか。

思い出し笑いをしている様だが、その表情はとても痛々しくも見えた。

彼のその姿を見ていられなくて、衝動が抑えきれず彼の腕を掴んで引き寄せる。

驚いて彼は両目を開けた。


闇に染まった漆黒と光を発する群青の瞳がキサを映した。


「貴方には瞳を開けて平和の世界を見て欲しい。消された過去が創り出した新しい未来を、その2つの瞳に映して欲しいの」


彼の目の前には亜麻色の髪を風に揺らし、美しく輝く水色のドレスを身にまとった女性が立っていた。

ほんのりと火照った頬に、凛とした栗色の瞳はいつもと変わらない真っ直ぐ前を見つめている。

一度は剣を交え、互いに皮肉を言い合い、寸前のところで命を救われた、

「お前は、護衛なのか」

困惑している彼への答えは、ぎこちない微笑みで返された。


「今夜だけは」とミイに頼み込まれてしまい断れなかった事を言い訳に、キサは舞踏会に正装で参加した。

自分の性別に合った服装を身に纏ったのは、何年ぶりなのだろうか。

女性という性を捨て国家と主人の為に生きてきたキサにとって、美しいドレスも華やかな舞踏会も今まで全く関心がなかった。


女性として育った者の服装を、幼い頃から鍛えられ、刀傷だらけの体に合うはずがない。


 この会場までの途中、今まで何回か接してきた使用人や兵士とすれ違ったが、皆キサの姿を見て驚いたように目を丸くして立ち止まっていた。会場に入ってからもそうだ。

チヒロと話している時も、バルコニーまで歩いている時も、誰かの視線を感じていた。

殺気とは違った、何か。

それがキサには判らなくて、何故だか恥かしくてその場から逃げ出したい気持ちになった。


私は周りから見て変なのか。

私は女性としてみられないのか。

私にはドレスも社交界も似合わないのか。


そんな事を心の中で叫んでいる私が情けなくて、自分の姿を写す彼の瞳からも目を逸らした。


そんなキサの亜麻色の髪をゆっくりと撫でた手があった。

「お前は女性だったのか。気が付かなくて悪かったな」

その手は自分のより一回り大きくて、暖かな手だった。

「自信を持て。とても似合っているよ」

彼はそう恥かしそうに笑った。

そんな彼を前に、ますます恥かしくなってキサは俯いた。


体中の血が全て顔に巡ってきたかの様に、顔面が熱くて仕方が無い。

異常な自分に戸惑い、いち早く彼から離れたかった。


「この姿だと、お前を守る事ができない。護衛として失格だ。着替えてくる」

キサはそう早口で告げると、カミキに背中を向けて歩き出した。

そんな彼女の左手首を彼は掴んだ。

「離せ」

彼は首を横に振った。

キサは栗色の瞳に真っ直ぐ彼を写した。

慣れない状況に困惑しているのが瞳の揺らぎによって現れてしまう。

こんな事で心を騒ぎ立てているのだと、ライバルであった彼に知られたくはなかった。


この場から逃げ去って、自室でいつもの服装に着替えたい。

そうすれば、強い「護衛のキサ」として心もしっかりと落ち着くはずだ。

周りの目を気にせず、主の傍に寄り添い立つ陰の存在。

華やかの社交界や煌びやかなドレスなど関わりの無い存在でいい。

でも何故彼はキサの腕を掴むのか。


「戦いは終わった。これからは誰かの為ではなく、お前らしい事をすればいい。」

カミキはキサを真っ直ぐ見つめて言った。

同じ様な事をチヒロにも言われた。

『自分らしい事をしろ』

その言葉の意味を考えて、悩んだ。


 私は、彼を助けたいと思ったから、その為に戦い、消されるはずだった彼の未来を手に入れる事ができた。

それが私の望んだ、『私らしい事』。

頭の中にかかっていた靄が、少しずつ晴れだした。


私は今何をしたいのか。

キサは目を閉じて、ひとつ深呼吸をした。

そして栗色の瞳が開くと、正面の彼を真っ直ぐ写した。

「今夜は、今夜だけは、このままでいいか」

キサの口からそんな言葉が出るのを予想していなかったのか、少し驚いた表情をしていたが、それに答えるかのように彼の目は優しく微笑んだ。

「ようこそ、素敵なお嬢様」

カミキは深々と丁寧にお辞儀をして右手の掌をキサに差し出した。

彼らしくも無い。

でもそれも悪くない。

キサは彼の手に右手を添える。


一夜だけのお嬢様で良い。

このままでまだ居たい。

一人の女性でありたい。

今までは一切感じていなかった欲求を、少しずつ言葉に出してみた。

声に出すと心が段々と軽くなっていくのを感じた。


『私らしい事』と言うのは、まだ漠然としか判らない。

それでも、私がそう望んでいるのなら、私の望むとおりに動いてみるのもいいだろう。

最終的に私が選んだ道が、主や周りの人々の幸せに繋がっていればいいのだ。


 今夜が過ぎてしまえば、キサはまた護衛として男同等な仕事に就くだろう。

ひらひらのドレスを着て踊る機会なんて、もうないかもしれない。

それでも、自分自身の力で周りの大切な人を守る事ができるのだから、それは嬉しい事なのだ。


私は自分の仕事に誇りと命をかけている。


私の名はキサ・ブロズナン

私は、ブッチランドの国王の護衛である。


『ラピスラズリ』シリーズ第一章「ラピスラズリの碧い空」 完

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