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午前三時の祝福

作者: oxy

ぴうぴうと、冷たい風の吹く夜のことです。

吐き出す息は真っ白で、みんな指先を丸めて、あるいは手を繋いで身を寄せ合って歩いている、そんな寒い夜。

いつもならもう、街からは人が少なくなり始める時間だというのに、雪もちらちらと舞いだしたのに、今夜はまだ、沢山の人が通りを行き交っています。

親子三人で少しだけ余所行きの格好をして、外へ美味しいものを食べに行った帰りの人たち。雪が綺麗ね、そうだね、と嬉しそうにおしゃべりする恋人たち。友人たち数人で久々に集まって旧交を温め合った大人たち。

そんな人々が、この街の冷たい夜をいつもよりずっと賑やかにしているのでした。今晩は、クリスマス・イヴなのです。心なしか街も、いつもよりほのかに明るいような感じがします。


そんな素敵な大通りの様子を、じぃ、と眺めている、二つの黒い眼がありました。

黒い眼は、大通りから分かれた暗い路地に立っていました。ぼさぼさに伸びた茶色い髪と、薄汚れた垢だらけの肌、ぼろぼろの長袖とズボン、底の剥がれかけた靴。

それはどうやら、男の子でした。雪の舞う夜を歩くにはあまりに薄着で、男の子は路地に立っていました。

いいなあ、楽しそうだなあ、とでも言いたげに、けれど通りに出ても惨めなだけだと、寂しそうに、男の子は通りを眺めています。

男の子は、今晩、サンタクロースがやってきて、一年間「良い子」だった子にはごほうびに、欲しがっているものを一つだけくれるのだと知っていました。昔、まだ男の子にもお父さんとお母さんがいて、隙間風が酷いけれども一応屋根のある家に住んでいて、お父さんを怒らせなければ毎日、少なくとも一日に一、二回は、温かな野菜のスープと硬くともカビの生えていないパンにありつけた頃、酔っ払って機嫌のいいお父さんが教えてくれたのでした。その頃はサンタクロースは毎年、毛糸の靴下だとか、手袋だとか、木でできた車のおもちゃだとか、何かしらのものを男の子にくれていました。それらは一応、男の子が欲しいと言ったことのあるものでした。

けれどお父さんがある朝、酔っ払って酒瓶を握ったまま床で眠って、二度と目覚めなくなってしまい、次の朝お母さんがどこかへ行ってしまってから、男の子はサンタクロースのプレゼントをもらったことがありませんでした。

男の子は、自分は悪い子なのだろうか、と考えました。お父さんの目が覚めなかったのはともかくとして、お母さんが自分の前からいなくなったのは、自分が悪い子だから、要らなくなったからかもしれない、と思いました。思えばまだお母さんがいた頃は、お母さんにはよく逆らっていました。叱られたときに口答えをしたり、言いつけられた片づけをやらないで遊んでいたり、嫌いな食べ物を残したりしていました。

けれど考えて行くと、そのあと、お母さんが出て行って、男の子も街をさまようようになってからは、去年もその前も、これといって悪い子だったことが思いあたりませんでした。特に良い子であろうとしたこともなかったけれど、人のものを盗んだり、誰かをいじめたり、怪我をさせたりはしませんでした。良いことに入るかも知れないことも、少しだけならしました。親を失った野良猫の仔に、教会でもらったミルク粥を分けてやったことがあったのです。そのあと結局、仔猫は死んでしまいましたけれど。

そうやって考えていて、男の子は思い出しました。男の子は去年の冬も、その前の冬も、サンタクロースのプレゼントのことなんて考えもしなかったのです。願いもしなかったから、サンタクロースもプレゼントのあげようがなかったのでしょう。

毎年クリスマスは、教会がいつもより少しだけ豪華な炊き出しをくれるので、それを手に入れるために教会に並んで、礼拝を受けて、ご飯にありついてお終いでした。人数制限があったので、競争は激しかったのです。早く教会に並ぶために、男の子は必死でした。

今年こんな、サンタクロースのことなんて思い出してしまったのは、教会が引っ越しをして、男の子の知らないところへ行っていしまったからに違いありませんでした。

去年やその前より寂しいクリスマス。温かなご飯にもありつけない、ひもじいクリスマス。

そんな中でサンタクロースのことを思い出してしまった男の子は、試しにでもなんでも、願ってみずにはいられませんでした。


真夜中のことです。にぎやかだった街も、ようやく眠りに沈みきって、雪だけがしんしんと降り続けていました。

ふ、と男の子は目を覚ましました。男の子の寝どこである、飼い葉の詰まった木箱の中に、一筋の明かりが差したのです。男の子は目をこすりました。箱のふたが、少しだけずれていました。風でしょうか。それとも、ちょっとしたことで虫の居所を悪くして暴れまわる悪党でしょうか。

男の子は、回りに悪党がいないか確認するため、そっと隙間から、外をうかがいました。

男の子が見たのは、真っ赤でした。真っ赤は、雪に積もられながらもそもそと動いていました。でも真っ赤は、血の色ではないようでした。もっと明るい、気分の浮き立つような赤でした。

「だれ?」

男の子は思わずつぶやきました。

「ぬ?」

真っ赤が、気付いたようでした。

「誰かいるのかね?」

真っ赤は振り向きました。

「おや、誰もいない?気のせいかな」

真っ赤はひげもじゃの爺さんでした。真っ白な髭は、雪の色というよりは、月の光の筋のようでした。

男の子は思わず、小さく叫びました。

「サンタクロース!」

真っ赤のひげもじゃは今度こそ気付いて、きょろきょろしました。

「やっぱり、いるなぁ。いま、わしの名前を呼んだ。怖くないよ、出ておいで」

男の子は迷いました。ほんとうにサンタクロースなのかしら、と思ったのです。サンタクロースなら、男の子がさっきした願い事で、男の子がどこにいるかだってしっているはずだと思いました。違うのかな、それともサンタクロースが偽物なのかな、と男の子は悩みました。

「大丈夫だよ、わしはサンタクロースじゃ。悪い子にだって酷いことはせん。別のやつの仕事だからの」

男の子は恐る恐る、箱のふたをほんの少しだけ、頭で持ち上げました。カタン、がたがた、ばざざぁ、ばふん、と音がしました。思ったより角度が付いていたようで、ふたが外れて、ふたの上に積もっていた雪と一緒に滑り落ちたようでした。

「おや、こんばんは」

サンタクロースはしわくちゃの顔をにっこりと、さらにしわくちゃにして笑って言いました。

「あの、こんばんは」

「あいさつのできる良い子じゃの」

「サ、サンタクロース、ぼく、良い子ですか?」

「おお、良い子じゃとも。黒いのに石炭を貰わない子はみんな良い子じゃ」

「プレゼントを貰えるくらい?」

「おお。君は何が欲しいんだったかな?」

「ぼく、さっき、その、欲しいものをお願いしたんです、けど」

サンタクロースは、丸々と太い指でポケットを探って、紙の束を取り出し、ぱらぱらめくって言いました。

「ぬ?……ふむ、妖精の手違いかの?すまんのお、書いとらんようじゃ」

「え、そんな、じゃあぼく、貰えないの?」

「いや、そんなことは無い。ちゃんとあげるよ。何が欲しいか言ってごらん?山ほどのチョコレートかね?それとも三段もあるクリームたっぷりのケーキ?」

とてもお腹はすいていたので、チョコレートもケーキもとても魅力的ではありましたが、男の子の望みは別のものでした。

「あのね、ぼく……」

男の子はサンタクロースに耳打ちしました。サンタクロースは目を見開いて、とても驚いたようでした。男の子は不安になりました。

「できない?」

「いや、できる。できることはできるが……」

「できるが?」

「今の君じゃ、資格が無いのだよ。うむ、そうだな……今夜、手伝ってくれないかね?プレゼントを配るのを」

「それで、くれるの?」

「ああ、大丈夫なはずだ」

サンタクロースはそう言うと、巻いていた真っ赤なマフラーを男の子に貸してくれました。

男の子は箱から這い出して、サンタクロースの隣に立ちます。

「じゃあ、ぼく、どれを配ればいいの?」

せっかちに、男の子は尋ねました。

「きみ、ここら辺は詳しいかね?」

「もちろん!」

「じゃあ、この袋を頼むよ。わしは隣町を回って来るから」

そう言って渡された袋は、男の子の肩まで高さがあって、横もサンタクロースそっくりに丸々と膨らんでいました。全部、配れるかなぁ、と少し不安に思っていると、サンタクロースは再びポケットから出した紙束を割って、男の子に渡してきました。

「これがそのプレゼントの宛先だ。よろしく頼むよ」

男の子が、少したじろぎながらも頷くと、サンタクロースは何処からともなく現れた、トナカイに引かれたそりにのって去ってゆきました。


男の子は一軒一軒、家々を回ってプレゼントを配りました。暖炉の煙突からそうっと入って、たいていは暖炉にかかっている靴下の中か、暖炉のそばにある大きなクリスマスツリーの下に、プレゼントを置きました。

男の子の家、女の子の家。兄弟が沢山の家、一人っ子の家。お嬢様の家はとても立派で、煙突に登るのが大変でした。とっても綺麗な女の子が眠っていて、男の子は少しだけ、耳を赤くしました。そのお嬢様は前に、チョコレートを一欠けらくれた女の子でした。お嬢様のプレゼントはとても優雅なピンク色の包装紙にくるまれた、とても小さな箱でした。普通の家の男の子のプレゼントは、素敵な青の包装紙にくるまれていて、箱じゃない、不思議な形をしていました。ちょっぴり良い家の双子の兄妹には、おそろいの柄の包装でした。でも大きさは全然違いました。妹のもののほうが兄のものの五倍は大きい箱でした。

真夜中の鐘が小さく鳴って、雪がいっそう降り積もっても、男の子は配り続けました。


やっと配り終った時、雪は小止みになっていましたが、もうずいぶん積もっていて、男の子の足は凍りつきそうでした。霜やけが痒くて仕方ありません。もとの箱の上にふたを半分乗せて座って、飼い葉の中に足を突っ込んでじりじりと待っていると、サンタクロースが戻ってきました。

「おう、おう、ごくろうさん。うむ、どうやら充分のようじゃ」

サンタクロースは何度も頷いて、男の子のそばにやってきて、男の子のあたまを丸々した手でわしわしと撫でました。

「それじゃあ、おいで。こちらじゃ。ちょうど雲が切れて、月が差しているからの」

言われた通り、男の子が月の光の差すところへ立つと、サンタクロースは帽子をとって、男の子の頭の上に手をかざし、なにかもごもごと呟きました。

すると、きらきらとした金色の光が降ってきました。光は男の子の背中にくっついて、ぐにぐにと動きだします。

「これがそうなの、サンタクロース?」

男の子はびっくりしながら言いました。

「ああ、そうじゃ。それが君がお望みの、妖精の羽根じゃよ。これで君も妖精の仲間じゃな」

「わあい!」

男の子は飛びあがりました。羽根がぱたぱたと動いて、男の子は文字通り空を飛んでいました。妖精の羽根が生えると、不思議とひもじいのも、足が冷たくて痒いのもなくなっていました。

「これからもわしを手伝ってくれるかい?それとも別のところに行く?」

「ぼく、サンタクロースを手伝うよ。こんなに素敵な羽根をくれたんだもの」

「じゃあ、行こうか」

「あ、でもすこしだけ、待っていてくれる?」

「構わんよ」

サンタクロースに許しを得ると、男の子は飛んで行ってあのお嬢様の家に行きました。妖精の羽根をもった男の子は、今度はすんなりと、煙突の中に入ることが出来ました。

男の子は眠っているお嬢様のベッドのそばにしゃがみました。

「この前は、チョコレートをありがとう。とっても美味しかった。だから優しいあなたに、幸せな夢が訪れますように。」

男の子は十字を切って祈ると、女の子の額に、こっそり口付けました。


それからサンタクロースのもとへ戻って、男の子はサンタクロースと一緒にトナカイのそりに乗り、夜の果てへと飛び去りました。男の子は、とても幸せそうでした。



クリスマスの朝、路地の隅に、一人の男の子が倒れて冷たくなっていました。

浮浪者の男が見つけて、警察を呼ぼうとしましたが、警察はほとんどがクリスマスの礼拝に行っていた上、留守番の者も酔っ払いで使い物になりませんでした。

雪が積もった男の子の肩にカラスが乗って、男の子の頬をつつきました。


2013.12.25. 03:15

誤字修正。若干表現等修正しました。

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