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集荷チェッカーと謎のタマゴ


 リリィ・カーマイルの朝はひと切れのパンと熱いお茶で始まる。

 職場帰りのベイカリーで3切れ1ローエで購入する、木の実と干し果物の入った滋養高いパン。棚上の香草茶の瓶の中から、その日の体調に合わせて調合し、茶器にたっぷりのお湯を注いで食卓と兼用の大机に置く。

 リリィは朝が弱い。起き抜けの頭のまま一杯目のお茶を抱えてゆっくりと啜り、2杯目を飲み始める頃にようやっと身体が目覚め出す。

 そうしてパンを囓り終えると、そこから彼女の一日が始まる。洗顔してローブをまとい、癖のある緑の長い髪を念入りに梳いて高い位置でひとまとめにする。化粧はしない。代わりに細い金縁眼鏡を尖った鼻にすとんと収める。荷物はいつもと同じ中身を入れっぱなしの革鞄。

「いってくるわね」

 窓辺に寝ていた黒猫のギィに声をかけると、リリィは扉のノブを回した。



 リリィが配達通信局に勤務し出してから、もう十数年になる。

 国の条例により、国内外全ての配達用の荷物には中身が何であるのかを細かく明記したタグを付ける事が義務付けられている。が、その内容により料金が異なるため荷物の中が必ずしも毎回記入通りの物が入っているとは限らない。また、中には、時折物騒な物を紛れ込ませている輩もいる。そこを箱の外から魔法で確認していく特殊職員がリリィ達『集荷チェッカー』だ。

 透視の一種である特殊魔法が必要な上、一日中連続で使い続けるスタミナもいる。誰もが就ける仕事ではない為、同局の一般事務員に比べ少しばかり多めに給金が貰えた。

 リリィはこの仕事を気に入っていた。最低限のコミュニティ以外に人に気遣う必要も無い上、ノルマさえこなせば休憩も取れる。このまま充分な年まで勤務をし、蓄えた金でゆっくりと老後は香草茶の店を開くつもりだった。

「カーマイル、ちょっと来てくれ。コイツは俺一人じゃ無理だ」

 始業早々に同僚のロイ・スタンドラがリリィを呼んだ。

「どうしたの?」

 近寄り尋ねるリリィに目を向け、「とびきりの問題児だ」とロイはしかめっ面をしてみせた。

 集荷したものの中には得体の知れない物もある。それらは『問題児』という呼び名で取り扱われ、三人のチェッカーのうち最も魔力の精度が高いリリイが判断する事になっていた。

「どちらの荷物かしら」

 眼鏡に触れながらのリリイの問いに、ロイは両手を掲げて見せた。

 彼の手の中に収まっていたのは、巨大な斑模様のタマゴだった。大きさはリリイの頭ほどもある。

「――これは?」

「こいつが荷物だってさ」

 弱りきった顔でロイがくるりと卵を回すと、宛先が卵の白い部分に直接青インキで書かれていた。

「いつの分の集荷かしら」

「朝イチで局の入口に金と一緒に置いてあったそうだ。かなりの大金が添えてあったもんで、取りあえずチェッカーを通して判断を仰ごうって上司の意向らしい」

 どうしたもんかねえ。ロイのぼやきにリリイも難しい顔になる。

 タマゴ、ということは生き物扱いとなる。生き物を配達する場合、依頼人の契約サインが絶対必須だ。また、その生物によっては配達不可、もしくは取り上げとなる事も多い。結果如何によってはチェッカーの責任問題となる。

「取りあえず調べてみましょう」

 リリィはタマゴを受け取ると、隣室の集中検査室に移動した。


 検査室は非常に狭く真っ暗で、豆ランプ一つすら点いていない。リリィは慎重にタマゴを抱えて中に入ると、一脚しかない机にタマゴを置き、椅子に座ると眼鏡を取った。

 気を落ち着け、意識をタマゴの内部に集中させる。彼女の魔法を帯びた瞳は、人には見えぬものまでも見透かす。このため何かと対人関係には苦労させられていたが、今の眼鏡をかけるようになってから過剰な力の放出を押さえ込むことに成功している。

 そうして、つまりは今、彼女は最も魔力を強めてタマゴを調べていることになる。

 彼女の瞳が映した絵は、青。深い深い、沈んでそのまま浮き上がることは不可能なくらいの、濃い藍色。

 それが、ギョロリと彼女を見た。思わずリリィは息を呑み、そこでイメージは途切れてしまった。

(――失態)

 舌打ちと共にもう一度透視に取り掛かろうとリリィが手をかざしていると――

 コツコツ。

 タマゴの中からノック音が聞こえてきた。

 コツコツ、コツコツ。

「孵化……?」

 慌ててリリィはローブでタマゴを覆うと、集中検査室を飛び出した。

「ロイ! フェントン! 生まれそうなの!」

「何だって!」

「君、お母さんにでもなるのかい」

 慌てたロイと呑気な天然気質のフェントンに、

「卵が割れそうなのよ!」

 とリリィは叫ぶようにしてローブの下の膨らみを見せた。

「そいつは大変だあ」

 フェントンがようやっと理解し、二人の同僚は慌てて木箱にぼろ布を敷き詰めて持ってきた。

「上に掛ける毛布か何かあるかしら。産まれた時の刷り込みで目にした私達を親だと思う可能性が高いわ。配達先を確認するまでは目くらましをしておかないと」

 テキパキと指示出しをする大きな腹を抱えたリリィに、

「カーマイルさん、君、きっと肝っ玉母さんになれるよ」

 と感心したふうにフェントンが声を上げた。

「お生憎様。私、生涯独身予定なの」

「何で?」

 うっ、と言葉に詰まったリリィを庇うように、

「ほれ、暗幕が足りないぞ」

 と、ロイがフェントンに声をかけた。

 パタパタと走っていくロイを見ながら、

「カーマイル、アイツも悪気は無いから……」

 とロイがフォローを入れようとしたのを、リリィは頷いて制した。

「何とも思っていないわ。昔はしょっちゅう訊かれた事だもの、今日は久しぶり過ぎただけ」

 この国の女性の結婚適齢期は十代後半から二十代前半。三十も半ばを超えてしまったリリィは、いわば世間一般でいう『行き遅れ』に当たる。それだけに今では表立ってリリィに結婚の事を尋ねる相手なぞ、そうそういなくなってしまった。

「本当に気にしていないから」

 リリィは念を押す。ただ、周りの視線が五月蝿いだけなのだ。


 暗幕の中から、コツリコツリと音は続き、やがて。

 ピュルィ、ピュルィ。

 甘えるような必死な鳴き声が布の下から聞こえてきた。

「――考えていたよりもずっと早く孵化したわね。おそらく外敵の多い種族……」

 リリィは呟きながら、あらためて布の上から手をかざす。めくって確認したいのはやまやまだったが、何せ母親と間違われては大変だ。慎重に、かつ迅速に調査し、チェッカーの仕事を終えて次の部署に持っていってしまわねば。

 バササッ!

 突如暗幕の下から飛び出した生き物が、リリィの胸にしがみつく。

「ヒッ……!」

 叫びたいのをグッと堪えて小さな声を上げたリリィに、

 ピュルィ、ピュルィ!

 と甘えたような声がする。見下ろすと、大きなトカゲの赤子のような生き物が、ジッと青い目でリリィを見上げていた。

「……え」

 ピュルィ!

 嬉し気にリリィの胸に頬ずりする姿を、

「アイツ、爬虫類にしか見えないんだけど……」

「オスか!? アイツオスなのか!?」

 とやいのやいのと若干引いた場所から男性職員二人が騒いでいる。

「ちょっと……」

 困惑して引き剥がそうとしても、イヤイヤとかぶりを振ってトカゲの赤子はリリィの胸から離れようとしない。

「私は母親じゃないったら……!」

 思わず怒気を孕んだ声で怒鳴ると、

 キュィ~……。

 哀れ、赤子はしょんぼりと首をうなだれてしまった。

「うわー、かわいそー」

「一応赤ちゃんなんだからな、もっとソフトに、もっと優しく……っ!」

「ウ ル サ イ」

 冷たい声で告げると、二人はシン、と黙ってしまった。

(それにしても、まさかいきなり飛び出るなんて思わなかったわ。

 ……あ。もしかして)

 深い深い、藍色の瞳とリリィの黒い瞳が見つめ合う。

「あなた、タマゴの中から私を見てたの?」

 ピュルィ!

 可愛らしい声でひと鳴きすると、赤子は再びリリィの胸に顔を埋め、呆れつつも彼女はそれを受け入れたのだった。



「失礼」

 ぶすっとした声と顔で集荷課に入ってきた男は、リリィよりも頭二つ分程も背が高かった。がっしりした身体に使い込まれた銀色の簡素な鎧が武人なのだと伝えてくる。

「あー……配達課より依頼されてきた、ヴァルダス・デッガーダだ。先程特殊便が出たとの知らせを受けた為、配達員には自分が同行する」

 飾ろうとしない低い声。その無骨ながら鍛えられた身体の男を感嘆したふうにロイとフェントンは観察する。

「すげー……俺『特殊護衛隊員』、生で初めて見た」

 でっけー。そう呟くフェントンに、

「まあ、普通は集荷課になんぞ用はないからなあ」

 とロイも同調する。

 特殊護衛隊は通常王宮の直属部隊に属している。国の管轄下にある機構になんらかの事情で軍事力が必要となった時に駆り出されてくる隊員達を指す。

 ごくたまに、こうして集荷された荷物の中に様々な事情により護衛が必要となる場合がある。そうして、今回もそのパターンに当てはまったと上司は判断した訳だ。

「それで。自分が護衛する配達員はどちらに?」

 かちゃり、と身動ぎするたびにプレートが擦れて小さな音を立てる。普段軍隊などに縁のない二人は、それだけできゃっきゃっと興奮して目を輝かせている。

「もうそろそろ来るはずですよ、準備していますから――あ、来た来た、カーマイル!」

 パタパタと小さな足音と共に走ってきた姿を見て、ヴァルダスは眉を潜めた。女性――、しかも若くはない。配達員は通常男子、しかも歩き慣れた体力のある若者と相場が決まっている。何故わざわざ女が?

「あの、私が今回配達員を務めさせていただきます、リリィ・カーマイルと申します。よろしくお願いします」

 深々と頭を下げたその姿は非常に礼儀正しかったが、ヴァルダスは彼女が胸に斜めがけした赤子用の抱っこ布に気が付いた。

「失礼――その布は?」

「あ、これですか? その、息子が入っていますの」

「は?」

 真顔で聞き返した声を怒っているのだと勘違いしたのか、リリィは慌てて説明をした。

「あの、息子といっても本人がそう思っているだけで実際は違うというか、その、実は私も配達は初めてですの。ですから」

「初めて?」

「――はい」

 取り繕うのを諦め、リリィはため息をついて中身を見せた。

 ピュルィ!

 中から顔を出して返事したのは、ちょうど生まれたての赤子ほどの大きさの爬虫類のような――。

「ドラゴンの赤ちゃんです。

 私、この子に母親と思われていますの。ですから、私が今回特例として配達員となります」

 ヴァルダスが声を出せないのを了解ととったらしく、リリィはにっこりと微笑み手を出した。

「私、戦闘はからっきしなんですの。よろしく護衛お願いしますわね、デッガーダさん」

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