最終夜:別離
教会に着いた私を待っていたのは、十数人の街人と、倒れて動かないエコーだった。
街人のほとんどがどこかしらに傷を負っているらしく、そこここから絶え間ない喘ぎ声が上がっている。
教会内とは思えない惨状に私は声を失った。
「あ、神父さん! これでもう大丈夫ですぜ」
その悪意のない街人の言葉を聞いて私は彼に意味のない殺意を抱いた。いくら殺意を抱いたとしてもエコーが帰ってくる訳ではない。
私はエコーの傍に寄ろうと歩き出した。地面が歪み、自分の足がおぼつかないのが分かった。
「エコー、…」
呼んだ私の声はかすれ、自分の声ではないようだ。
うつ伏せに倒れた彼の身体の下からは血が滲み出し、もう手遅れなのだと思うより他なかった。私は思わず彼の身体を抱きしめた。冷たい肢体は何も返さないが、そうせざるを得なかった。
「神父さん……?」
背後からの声に緩慢に振り返れば、心配そうな顔で私を見ている。彼は足を引きずっていた。
「どうして、殺したんですか?」
「いや…、だって」
「何故殺した! あの子はただ生きていたいだけだった!」
普段の喋り方さえ忘れてしまうほど、私の心は怒りと自分のふがいなさに苛まれていた。彼は私の剣幕に言葉を失っていた。今はそれをフォローする気にもなれない。
「彼がいることであなたに害が及ぶからです」
冷徹な声が響き、姿を現したのはこの街の最高権力者だった。
「あなたのその首の包帯、彼の仕業と言うことは分かっているんです。このまま行けばあなたは殺されていたかもしれない。…あなたも分かっていた事でしょう?」
「それはそうですけど、これは彼との約束です。私は死ぬことも覚悟の上でした」
「それですよ。あなたはその少年に心を傾けすぎた。神父は皆に平等でなければならない。そうでしょう?」
ねめつけるような彼の瞳に私は何も返すことができなかった。それが事実だからだ。
「あなたは住人からとても好かれている。だから、これだけの人数が集まったんですよ。あなたはこの街に必要な人間だ。そのためにはその少年は殺さなければならなかった。そうゆうことですよ」
もう、何も言うまい。
私はだんだんと冷たくなっていくエコーの身体を抱き上げて、街人らに背を向けた。
「あなたが、エコーを殺さなくても、私はここを出ていくつもりでした。…何もかも、遅かったんですよ。本部には私が連絡を出しておきます。数日後には新しい神父が来るでしょう。それまでは色々と辛抱してください」
「お待ちください! 神父さま!」
町長さんが私の法衣の裾を掴むが、私は構わずに歩き続けた。
「どうしても、どうしてもここにどどまる気はありませんか?」
「しつこいですよ。私の決めた道です。あなた方にとやかく言われる筋合いはない」
私が強く言い返せば、町長さんは素直に手を離した。好かれていると言うのは本当なのかもしれない、と今更ながらに思った。
「すみません。今まで、ありがとうございました」
振り返り、一言そう呟いた後は私は二度と振り返ることはなかった。
そして、私はこの際限のない後悔と共に、街を後にしたのだった。
これで物語は終わりですが、彼の旅は始まったばかりです。
ここまでお付き合い頂いた方、ありがとうございました。




