第四夜:崩壊
エコーが教会に帰って来なくなって、一週間が経った。
私は日々の仕事が手一杯でエコーを探しに行くことができなかった。しかし、それも私の言い訳にすぎないと言うことは重々承知だ。
三日の時点では、あまり心配していなかったのだが、四日目の朝、玄関先にエコーのものと思われる修道服があったとき私は急に恐ろしくなった。
彼が、私の知っているエコーとは異なってしまったとしたら、と思うと、日々を言い訳にしてしまう。
そして、次第に噂話を聞くようになった。それは、教会の中であったり、街廻りの途中であったりしたが、いつも同じ内容のものだった。
「この頃、街の外れで猫の死体が増えている。それはどうやら、教会にいた子供が関わっているらしい」
と。
建前上、私は否定せざるを得ないが、嘘ではないのだろう。
恐れていたことが起きた。彼に恐怖の眼差しが向けられることもそう遠くないだろう。
その前にどうにかしなくてはならない。
夜、私は早々に教会の戸締まりをし、法衣を脱いで、黒のジャケットを着ると、街の外れに急いだ。
***
街の人からの話から場所はおおよそ見当がついた。しかし、私がそこに着いたときには、猫の死体はおろか、人の気配さえなかった。
けれども、地面に微かにこびりついている血痕が噂の正当性を現していた。
このまますぐに帰る訳にもいかず、私は付近を路地裏を中心に調べてみた。
エコーが、いるかもしれないと思ったのだ。彼は先日、路地裏で寝たことがあるとそうもらしていた。私は注意深く辺りをうかがった。
そして、何回目かの通路、月明かりに照らされて、初めて会った時のように、そこに、エコーがいた。
まさに今狩りをせん、と猫の首に手をかけ、視線は真っ直ぐに猫に向かっている。
「エコー!」
思わず叫んだ。私の声に彼が反応したのが一つの幸いか。彼の力が弱まった瞬間、猫は身を翻し、彼の拘束から逃げ出した。
彼は私の方を向き、ゆっくりと瞬くと呆然としたように呟いた。
「…どうして、来た、んですか?」
「やはり、君だったんだね」
お互い、ショックが大きいのか話が噛み合っていない。エコーは大きく目を開き、私を見ていた。その顔を見たとき、私は声をかけたのを酷く後悔した。彼の瞳が激しい後悔で傷付いているように見えたからだ。
「約束、守れなかったんだね」
「…我慢、できなかったんです。俺は元々そういう人間なんだ。すぐに変わることなんてできません」
そういうエコーの視線が泳ぐ。何かを探るような、辺りを窺うような。
「帰ろう、エコー」
私の言葉に彼の動きが止まる。私を見る目は責めるように煌めいていた。
「私の自分勝手なエゴかもしれない。…けれど、私は君を離したくない」
尚も彼は動かない。
何も言わずただ私を見ている。やがて、観念したように彼はゆっくりと口を開く。
「俺がいたって、先生が不利なだけなのに。街の人が俺にいいイメージを持ってないって分かってる。それなのに、先生は俺を連れて帰るというんですか」
「私が、一緒にいたいんだ」
私はできるだけはっきりと言ったつもりだった。しばらくの間、私とエコーの睨み合いが続いた。お互い引く気がなかったが、妥協したのはエコーだった。彼が頷くのを見て、私はやっと表情が和らぐのが分かった。頷いたまま俯いていた彼の腕を取り、私は元来た道を戻る。
掴んだエコーの腕から、微かな鼓動が感じられ、私は何故かとても安心していた。
随分間が空いてしまいましたが、もうしばらくお付き合いください。




