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第三夜:転機


 エコーの学習に対する飲み込みの早さには目を張るものがあった。

 文字はすぐに覚えたし、読み書きも比較的早く習得した。毎週行うミサにも参加しているせいか、自然と言葉遣いが変わり、この頃では初めて会ったときとは比べものにならないくらい、礼儀正しい少年になっていた。


「先生、出かけるんですか?」

「そう。街廻りに行ってくるよ」

 彼が日課としている教会の庭掃きをしている最中に私が外に出れば、彼は笑顔で私を迎えてくれた。

 伸びっぱなしだった髪を整え、私が修行中に使っていた白のローブを着ていれば、どこから見ても見習いの修道士にしか見えない。


「まぁ、危険なこともないとは思いますけど、気をつけてくださいね。あと、もし、万が一、何かもらえたらちゃんと持ってきてください」

「ハハ、ちゃっかりしてるな。…もう教会の仕事には慣れたみたいだね」

「いや、まだまだですよ」

 彼はにこりと笑って、掃除を再開させた。それにつられるように私も本来の自身の仕事に頭を切り替えた。



 街を歩いていくと、大抵の人が私に声をかけてくれる。この街では教会は一つしかないのだから、当然と言えば当然なのだが、それでも声をかけてくれるのは嬉しい。

 不意に後ろから私を呼ぶ声がして振り返ると、近くで牧場を経営している婦人がいた。恰幅が良く、働き盛りな印象を受ける。快活に笑っていた彼女はその笑顔を潜め、私に手招きをすると声を潜め私に耳打ちをした。

「ねぇ、神父さん。この頃、教会にいるあの子、どこから連れてきたの?」

「何故、そのようなことを?」

「あの子、なんか変じゃない? 私、見ちゃったのよ。この前教会に伺ったんですけどね。あの子、教会に住み着いてた猫ちゃんの首捕まえてね。物凄く恐い顔で猫ちゃん見てたのよ。でもね、私、物音立てちゃって、そのときのあの子の顔と言ったら…、ホントに怖かった。あの子、本当に危ないわ」

「大丈夫ですよ。教会は神聖な場所です。悪いものは入って来られません」

 一瞬、ドキリとしたが、私は得意の笑顔でもって、彼女の説得にかかった。

 しかし、彼女の一人説得したところでなんの解決にもならず、おそらくではあるが、もう何人かの人に噂は広がっているだろう。婦人方の情報網を侮ってはいけない。

「…そう。神父さんがそう言われるなら、少しは安心だけど。注意した方がいいと思うわよ」

「はい、ありがとうございます」

 私が納得したように頷くと、彼女はまたいつもの快活な笑顔に戻った。その後、彼女からチーズを頂き、私はまた街廻りを再開した。



 今日の街廻りで婦人方から聞く大抵の話は牧場の彼女と同じく、エコーの事だった。

 私はエコーの事を信じている。しかし、真実かどうかは自分の目で確かめなくてはならない。

 一通り街の方々と話をした後、帰途に着いた。


 教会の庭先では、エコーが箒を片手に足元で戯れる猫を見下ろしていた。その瞳は暗く濁っており、私は声をかけるのもばばかられた。

 エコーはふと箒から手を離し、猫を抱き上げた。そのまま、猫の首筋に顔を埋めようとした。私はとっさのことに声が出ず、彼の肩を掴んだだけになった。

 しかし、それでエコーははっとしたように猫を取り落とし、私の顔をまじまじと見ていた。

「エコー、今、何をしていた?」

 思わず、声が低くなってしまい、彼を責めているような錯覚を持ってしまった。

「ごめん。別に君を責めている訳ではないんだ」

「先生、ごめんなさい」

 辛そうにうつ向く彼にこれ以上言及することはできなかった。エコーは私を見ずに、箒を拾い上げると、教会に逃げるように走り去った。




 そして、その夜、エコーは家に帰って来なかった。



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