第一夜:邂逅
全てはフィクションでございます。
作中の風習を肯定するわけでも、批判する訳でもございません。
私が彼と出会ったのは、暗く汚れた街の路地裏だった。
その日は月に一度の会合の日で、私は教会の近くに住む方たちと一緒に帰途に着いていた途中だった。歩いていた私の頭に突然鋭い痛みが走る。それは警告のようにいつまでも続き、私はつい足を止めてしまった。
「神父さん? どうかしたんですかぃ?」
心配してくれたゲイルさんに苦笑いを返して、私はこめかみに手を当てた。
「…すみません。急に頭痛がして。少し、休んでから行きますから、みなさんは先に行ってください」
「でも、神父さん…」
「すみません。先に、行ってください」
私の顔には作ったような笑みが浮かんでいるに違いない。ゲイルさんたちの表情を見ていれば分かる。しかし、私が強く言い直せば彼らは渋々私に背を向けてくれた。
彼らの姿が見えなくなるころ、私の頭痛はもっと酷くなっていた。
「何が、あるというんだ…?」
私は額に手を当て、近くの民家の壁に寄りかかって一息つこうと歩き出したが、それは叶わなかった。
私の右手側から烈火のような殺意と氷のような寒気が襲ってきた。私はそのままの姿勢から動けなくなった。気配は動く様子はないが、危険なことに変わりはなかった。
動いてはいけない、向いてはいけない、と自分に言い聞かせてみるが意味はなく、私はゆっくりと手を離し、横を向いた。その先には家屋の間の狭い隙間が伸びており、私は恐る恐るそちらに足を向けた。
「誰か、いるのか…?」
私は闇に声を投げ掛けたが、返事はなく、そのまま路地裏の闇に身体を投じた。
月明かりに闇の中が照らされ、浮かび上がるのは細い体躯。年齢としては、十四かそこらか。
少年は左手に首のない猫の死体を掴み、それを捧げ上げて口元に当てていた。聞こえてくるのは、肉を咀嚼する音と血をすする音。不意に彼は猫の腹に口を近づけると無造作に膓〈はらわた〉を引き出した。
ずるり、と伸ばされる腸は月明かりにてらてらと光っている。ゆっくり飲み込んでいく彼の口元は暗く濡れ、血がこびりついていることが分かった。
「……っ」
喉元が上下し、唾液を嚥下した。びくり、と少年がこちらを向く。
外気に触れていない音でさえ聞き取るというのか。
少年の瞳は真っ直ぐと私を射抜いていた。鋭い眼光に私はつい後退りをする。猫は興味を失った少年によって投げ捨てられ、胴体と別れを果たした頭部に埋まる瞳はうつろに私を見つめていた。
私もあのようになるのだろうか…――
私は少年を見た。得物を持っているような様子はない。
だんだんと近づいてくる彼は思っていたより小柄な身体をしていた。
「…あんたは、うまいかな」
囁く声は甘く。脳内に直接麻薬を入れられたようにめまいがする。
少年は直も近づいてきて、ついに私の服を掴んだ。首筋に鼻を寄せ、匂いを嗅ぐ姿は獣を思わせる。私はこの後に訪れるだろう様々を思い、目をきつく閉じていたいくら待っても痛みは到来しない。私は不思議に思って恐る恐る目を開けた。
私を圧倒した少年はあろうことか私の胸元で心地よさそうに寝息をたてていた。満腹で気がすんだのか立ったまま器用に眠っている。
「…どうしますかね、この子。神よ、連れて帰れ、とおっしゃるのですか?」
自然に洩れたため息と共に持っていたハンカチで少年の口元の血を拭って、私は彼を担ぎ上げた。肩にかかる重さは苦痛ではなく、むしろ軽すぎるほどだ。
「まるで野良猫、か」
独り言を吐けば、頭痛が治まっていることに気付いた。
「出会うべくして出会った運命。素晴らしいじゃないか」
まだ少しふらつく頭を左右にゆるく振り、前を見据えると私はゆっくりと歩き出した。
拙い文章ですが、ここまで読んでくださった皆さん本当にありがとうございました。
感想、評価お待ちしております。