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トランプ  作者: seru
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深林の少年

 林の奥深く、誰もいなかったはずの背後から響いた静かな足音に、少女は肩を震わせる。そして、振り返って瞳に映したその存在に、小さく息を呑んだ。


【深林の少年】


 真っ白な少年がそこにはいた。帽子もコートも、肌も、何もかもが白い少年。だけれど、その瞳だけは、どこまでも深い黒だった。

 少年は何かを探すようにキョロキョロと辺りを見回していたが、やがて少女を目に留めると顔を顰めた。少女は慌てて、手に持っていた太いロープを木の根元へと投げつける。平静を装って微笑みを顔に貼り付け、少年に問い掛けた。

「こんなところで、何してるの?」

 少年はじっと少女を見つめる。少女は少年の瞳をぐっと見つめ返したが、宇宙のような果てのしない漆黒に、足が竦んだ。沈黙が、胸に突き刺さる。


「尋ね人、と、探し物、です」

 ほどなくして少年が静かにそう言うと、少女は小さく首を傾げた。

「人、は、私と貴方以外見てないわ」

 少女の言葉に少年は首を横に振ると、苦笑いを浮かべる。

「尋ね人は、人じゃなくて、この位の小鳥なんです。真っ白な」

 そう言って、少年は手で大きさを示した。少女はムッとして、不機嫌に顔を歪ませる。

「尋ね『人』って言ったじゃない」

「……そうですね、すみません」

「そんな鳥、見てないから、さっさとどっか行ってよ」

 少女はプイと顔を逸らすが、近付いてくる足音に、再び少年の方を見る。すぐ目の前まで来ていた少年に、少女の心臓は驚きで跳ね上がり、思わず一歩後ずさった。

「なっ」

「――これから、何をするつもりですか?」

「あ、貴方には、関係無いわ」


「……そうですね」

 そう言った少年は、何故かふわりと微笑んで、けれども其処から立ち去る気配は微塵も見せなかった。少女は怪訝そうに眉を顰める。

「どうして、まだいるのよ」

 少女の問い掛けに、少年は何も応えず沈黙する。そして徐に、木の根元に転がるロープを手に取ると、くるくると巻き取り始めた。

「――な、何するの!」

 少女が声を荒げると、少年は困ったように微笑んだ。

「君を放っておいたら、神様に怒られそうな気がしたんです」

「は、何それ。それなら貴方は天使だとでも? 笑わせないで」

 少年は黙って緩やかに首を横に振る。少女は少年が綺麗に巻き取ってしまったロープを掴み「返して」と叫ぶように言った。


「……返したら、こうするでしょう?」

 少年はロープで輪を作ると首に掛け、後ろに引っ張って見せた。少女は泣きそうな顔をしながら、それでも怒声を上げる。

「だったら何だっていうの! 貴方には関係無いじゃない」

「……生命 (いのち) を見守らないといけないから」

 ゆるりと首を傾げ、「見捨ててしまったら哀しいでしょう」と少年は言う。少女はジワジワと目に浮かんでくる涙を、ぐっと堪えた。

「それは、貴方の都合じゃない」

 声が切なげに震える。

 世界が嫌いで、絶望して、消えてしまいたい。そうすれば、どんなに楽かと思った。けれども、どうして引き留める。どうして引き留めようとしてくれる人がいる。世界に、自分が必要だとでもいうのか。


「はい、僕の自分勝手、偽善です」

 少年は柔らかく微笑んで、ロープを少女に差し出した。少女はロープを乱暴に受け取ると、涙を堪えるようにして俯く。

「なんなの、もう。なんなのよ」

 少女が吐き捨てるようにして呟いた。二人の間を風が吹き抜け、ざわりと木の枝が音を立てて揺れる。ロープを握りしめる少女の顔を、少年はそっと覗き込んだ。真剣な黒い瞳が、少女を掴んで離さない。

「忘れないでください、君を引き留めようとした人がいるということを」

 少年は優しい笑みを浮かべると、少女から一歩離れる。少女にはその距離が、少し寂しいようにも安心するようにも感じた。


 いきなり引き留めたと思ったら、ふいに突き放して。選択肢あげたでしょって、貴女の自由選択でしょって、笑う。そういうのって――。

「狡い。貴方は狡い。嘘みたいに狡いわ」

 少女は体を震わせた。ロープをぎゅっと握り締め、少年を睨みつける。

「貴方、名前は?」

「……え?」

「名前。自分を覚えていろって言うのなら、名前くらい教えなさいよ」

 少女は「覚えていてあげるから」と、不機嫌そうに唇を尖らせた。少年はどこか嬉しそうに笑う。邪気の無い笑顔が、少女には少し眩しくも思えた。

「『しろ』と呼ばれていたこともあります」

「……何よ、それ」

 少年の曖昧な言葉に、少女は不機嫌に顔を顰めた。しかし、少年は困ったように微笑むだけで、それ以上は何も言わない。そんな少年を見て、ふと少女は俯いた。


「全部、しろのせいだから」

 そう小さな声で吐き捨てる少女に、少年は首を傾げた。

「全部、何もかも、しろのせいにしてやるから。悪いこと全部、しろのせいなんだから」

「……はい」

「生きたくないのも、死にたくないのも、しろのせいだからね」

 少女の言葉に、少年は小さく頷く。そんな少年の振る舞いに、少女は何故だか泣きたくなった。


「……最初から、君は、迷い子だったんですね」

 少年がそう言うと、少女の瞳からほろほろと涙が零れた。そんな少女を、少年は静かに見つめ続ける。やがて、少年は微笑みながら「さようなら」と囁いた。少女は震える唇で何かを言おうとしたが、結局何も言えずに口を閉じる。

 林の奥へと進んでいく少年の足音だけが、少女の耳に届く。少女は顔を両手で覆うと、声を殺して泣き崩れた。

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