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トランプ  作者: seru
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海辺の少年

「しろくん」

 髪の白さを隠すように白いニット帽を被った少年は、その声に振り向くと、ふわりと優しく微笑んだ。


【海辺の少年】


 三日前、少年は白い砂浜の波打ち際に立ち、白い素足を海水に浸しながら水平線を見つめていた。天上にあった太陽がいつの間にか海を赤に染め、あっという間に世界が黒く染まっていく。


 そんな光景を二回ほど繰り返し見ていると、ふいに肩を叩かれ、少年はびくりと肩を震わせた。

「何、してるの?」

 活発そうな顔をした見知らぬ少女が、少年の顔を覗き込む。少女のポニーテールが、彼女の動きに合わせてひらりと揺れた。少年は驚いたように二、三度瞬きしてから、穏やかに微笑んだ。

「海を、見ていました」

「……裸足で?」

 苦笑を浮かべながら少年は頷き「水が心地良かったので」と答える。少女は何かを思案するように少し間を開けてから、戸惑ったように口を開いた。

「三日間も?」

「……はい」

「どうして?」

 少年は少女を見つめて押し黙る。静かに吹き抜ける風が、少年と少女の頬を撫でた。


「探し物を、していました」

 少年がポツリと呟く。少女はゆるりと首を傾げ、「探し物……」と言葉を口の中に転がした。

「ここの景色があまりにも綺麗だったので、ここにいれば見つかるんじゃないかなんて……」

 少年は「そう上手くはいきませんね」と微苦笑を浮かべる。少女は何を言うべきなのか分からないまま口を開いて、結局何も言わずに閉じた。気まずそうに視線を彷徨わせる。なんとも言えない居心地の悪さを孕んだ沈黙が降りてきた。


 そんな中、躊躇いがちに口を開いたのは少女だった。

「私、チヒロっていうの。君は?」

「……僕、名前は知らないんです。名前が無いのかもしれません」

「へ?」

 少女は驚いたように目を見張り、困ったように帽子を引き下げた少年をまじまじと見つめた。それから「名前言いたくないの?」と囁く。少年は肯定も否定もせずに俯くだけだった。


 再び訪れた沈黙。ふいに、少女は「うん」と頷くと言い放った。

「分かった。じゃあ、君はしろくん。しろくんって呼ぶから」

「は、い?」

 今度は少年が目を見開く番だった。戸惑う少年に構わず、少女は満面の笑みを浮かべて続ける。

「しろくんの探し物、私も手伝うね」

 潮風の匂いが、二人の鼻腔を優しく擽った。



「しろくん」

 少女の声に少年は振り向き、微笑む。また日が沈み、日が昇ったというのに、少年は足を海に晒したままだった。少女は嬉しそうに笑い「しろくん」ともう一度呼んだ。

「はい、何ですか、チヒロさん」

「しろくん。あのね」

 少女は少年の耳元で「嬉しいの。しろくんって呼べることが」と囁く。少年ははにかむように笑った。

「……貴女が名前をくれたから」

「うん。ねぇ、しろくん――」

 少女が何かを言おうと身を乗り出したその刹那、上空に鋭い鳴き声が響いた。二人が見上げると、白い小鳥がくるくると円を描いて飛んでいた。


「……ファテ」

「え?」

 少女が「今、何て言ったの?」と聞き返す。少年はゆるゆると首を横に振った。

「時間切れ、です」

 そう言って、少年は濡れて砂の付いた足をそのままに、傍に置いてあった白い靴を履いた。少女は戸惑ったように「どういうこと?」と問うと、少年の手をぎゅっと握る。

「もう行かないといけないんです。僕達は、あまり一ヶ所に留まってはいけないから」

「……意味が分からないよ?」

「貴女とは、もう少しお話したかった」

「――ねぇ、待ってってば!」

 叫ぶようにそう言って、少女は少年の手を握る手に力を込めた。少年は困ったように眉をハの字にして、それから「ありがとう、チヒロさん」と穏やかに笑う。少女は泣きそうに眉を顰めた。


「……し、ろくん、は……何者、なの?」

 少年は、自分の名前を知らないと言った。名前があるのかすら分からない。

――それなら、君は何者なのか。

「答えがあるとすれば一つだけ……僕達はトランプっていうんです」

 少年は綺麗に微笑んだ。ふわりと少年の肩に小鳥が舞い降り、少年は小さく頷く。そして少女に握られていない方の手で少女の手に触れ、手を離すように促した。

「全然、意味分かんない」

 少女は震える声でそう言って俯くと、そっと手を離した。少年は「ありがとう」と囁く。小鳥が焦れたように鳴き声を上げた。


「……チヒロさん」

「なに」

「名前をありがとう」

 少女はパッと顔を上げ、切なげに少年を見つめた。少女の泣きそうな表情に、少年は困ったように視線を彷徨わせる。それからそっと少女の頭を撫でた。

「『しろ』って名前、大切にします」

「そんなの、私が呼びたくて付けただけなのに」

「……僕も、呼ばれて嬉しかったんです」

 少年は微笑んだ。少女は堰を切ったように続ける。

「探し物も手伝ってない」

「……それは」

「手伝うって言ったのに」

「いいんです、それは」

 少年は、小さな子供を見守るような表情を浮かべた。零れ落ちるようにして呟かれた「多分、僕にしか見つけられない」という声は、小さ過ぎて波音に掻き消されてしまう。当然、少女の耳には届かなかった。


「もう、行きますね」

「……待っ」

「――僕のことは忘れてください」

 歩き出した少年に、伸ばした少女の手は届かなかった。少女は膝から崩れ落ちる。

 波音ばかりの静かな海辺に、小鳥の鋭い鳴き声が響いた。

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