表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トランプ  作者: seru
3/13

病院の少年

 少女はクマのぬいぐるみを大事そうに抱え、窓の外を覗き込む。下の広場に白い小鳥と戯れる少年の姿を見つけると、少女は思わず病室を抜け出した。


【病院の少年】


「お兄ちゃん、何してるの?」

 少年は小鳥を指に乗せ、声のする方向に顔を向けた。幼い少女が少年と小鳥を見つめ、目を輝かせている。その腕に抱かれているぬいぐるみは、少し草臥れているように見えた。

「君は……?」

 少年が少女に話し掛けると、小鳥は不機嫌そうに少年の白い指から飛んでいった。空高く舞い上がった小鳥を見て、少女は残念そうに声を漏らす。

「あ、小鳥さん……」

 少女は空へと首を伸ばして、小鳥の姿を目で追い続ける。少年も同じように小鳥を目で追っていたが、やがて少女へと視線を移した。

「気にしないで。ファテは人間が嫌いなんです」

「ファテ?」

「あの小鳥の名前です」

 少女は「ふぅん」と応え、ぬいぐるみをぎゅっと抱き締めた。


「お兄ちゃんは、ファテと仲良しで良いなぁ」

 どこか拗ねたような口調で少女は言う。少年は少女の前でしゃがみ込み、「そうですか?」と少女の顔を見上げた。

「うん。ユキ、鳥さんとか、猫さんとか犬さんとかね、一緒に遊んだことないから」

「遊んでたわけじゃ……」

 思わず苦笑いを浮かべる。少年は少女の持つぬいぐるみをそっと撫でた。「この子は?」という少年の問いに、少女はきらきらと目を輝かせる。

「くぅちゃんっていうの。パパが買ってくれてね、ユキのお友だち……っ」

 突然、少女は咳き込み、その場にしゃがみ込む。少年は慌てて、少女の背中を擦った。

「大丈夫? えっと、ユキちゃん?」

 少年の問い掛けに、少女はぬいぐるみをきつく抱き締め「大丈夫」と言った。けれども、とてもか細い声。その顔は少し青ざめていた。


「部屋に戻って、休んだ方が良いんじゃないですか?」

 少年の言葉に、少女はしゃがみ込んだまま首を横に振った。

「だって、お部屋、白いもん。真っ白だから、怖い」

 それを聞いて、少年は眉を寄せると、少女の背中を撫でていた手を引っ込めた。「そっか」と呟き、立ち上がる。少年のその動作に、少女は慌てて顔を上げた。

「お、お兄ちゃん! 行っちゃうの?」

 少年は沈黙したまま、切なげに少女を見下ろし、その場に立ち尽くしていた。少女は必死な表情を浮かべて、少年の白いコートの裾を握り締める。ぬいぐるみが地面に、音を立てて落ちた。

「やだ、やだやだ。ユキ、独りにしないで!」


 少年は困ったように微笑み、地面に転がったぬいぐるみを拾い上げた。そして、砂を軽く叩き落とすと、少女に差し出す。

「君は……ユキちゃんは、僕のこと、怖くないんですか?」

 ぬいぐるみを受け取った少女は、少年の言葉に、その澄んだ瞳を丸くした。

「どうして? 怖くないよ?」

「……だって、僕は、白いでしょう?」

 少女は少年の手を握った。そして笑う。純真無垢な笑顔だと、少年はそう思った。

「お兄ちゃんは、温かいから好き」

 その声は、少年の耳を優しく撫でる。少女の言葉に少年は、胸が歓喜に震えるのを感じた。「ありがとう」と言う声が少し震える。少年の手を握る少女の手が、何かを確かめるように、ぎゅっと強くなった。


 刹那、上空で小鳥の鳴き声が響いた。鋭く、空気を突き刺すような声。少年は空へと目を向けた。

「ユキちゃん、ごめん。僕はそろそろ行かないと、怒られてしまうみたいです」

 少女の瞳が哀しげに揺れる。それに気付いた少年は、そっと少女の頭を撫でた。

「また、会いに来ますから」

「……本当?」

「本当です」

 そう言った少年の胸が少し痛んだ。この言葉が殆ど嘘であることを少年は知っている。けれど、知らない振りをして、胸の痛みを押し隠した。

「だから、また僕が来るまでに元気になってください。今は部屋で休んで、ね」

「うん」

 少女はぬいぐるみを抱き締め、満面の笑みを浮かべる。その笑顔に応えるようにして微笑む少年の表情は、どこか寂しげだった。


 少女が病棟に入ったのを見計らったかのように、小鳥が少年の肩に舞い降りる。

「――うん、ごめん」

 少年は呟く。そして、指に小鳥を乗せると、顔の正面へと持ってきた。

「でも、無駄足なんかじゃないよ」

 少年は柔らかく微笑んだ。小鳥は不機嫌そうに鳴き声を上げ、少年の指から優雅に飛び立つ。少年は苦笑いを浮かべながら小鳥の後を追い、病院から去っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ