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空地の少年

 雑草が茂る広い空地に、頼りなさげな細い木が一本、ぽつんと立っている。真っ白な少年がその幹に寄りかかっている光景は、どこか神秘的で、崇高な絵のように見えた。


【空地の少年】


「お兄ちゃん」

 幼い少女は隣に立つ兄に声を掛けた。青年はその声にハッとしたように少女を見る。そこで初めて、目の前の景色に見とれていた自分に気が付いた。

「ごめん、カナ。なんでもないよ。今日は先客がいたね」

 青年は静かに少女の手を引くと、ゆっくりとした歩調で木へと歩み寄る。そして、少年と背中合わせになるようにして、木に寄りかかって座った。少女もその隣に座り込む。真っ白な少年は振り返り、木の幹越しにその兄妹を見たが、何も言わずに空を見上げた。


「俺はここで本を読んでるから、カナは遊びな」

 まるで何もなかったかのように青年は言う――そう、何もない。いつものことなのだ、見知らぬ少年がここにいること以外。

 青年の言葉に少女は首を横に振った。

「んーん、カナ、お兄ちゃんといる」

 そう言って満面の笑みを浮かべる。少女は青年が手にしている本を覗き込むが、全く内容が理解出来ず、やがて兄の肩に頭を預けた。


 兄妹と背中で木を挟んだ少年は、徐にその場に座ると、大きな黒い瞳をそっと閉じる。柔らかな風が空地を吹き抜けていく。青年が本のページを捲る音と風に揺れる雑草の音だけが、静かに鼓膜を震わせた。


 穏やかで優しい時間が流れる。この空地だけ、世界から切り離されているように、青年は感じていた。

「だーれかさんがーだーれかさんがーだーれかさんがーみぃつけた」

 ふいに少女が歌い出すと、青年は本から少女へと視線を移した。少女は小さな口を大きく開けて、幼いメロディを奏でる。

「ちぃさいあーきちぃさいあーきちぃさいあーきみぃつけた」

 少女はそこで、ぴょんと跳ねるように立ち上がると、ある方向を指さして笑った。

「お兄ちゃん、赤とんぼ見つけたー」

「本当だ」

「とんぼ、とんぼ、赤とんぼー! 秋だね、お兄ちゃん」

 無邪気に笑う少女に、青年は微笑み、頷いた。そして「そろそろ帰ろうか」と言うと、立ち上がる。青年の大きな掌が、少女の小さな手を包んだ。

「お兄ちゃん、今日の夕飯なぁに?」

「シチュー」

「やった! カナ、お星様のにんじんがいい」

「えー、面倒臭いよ」

「やだやだ! 絶対、お星様ー!」

 段々と、少年の耳に届く兄妹の声が遠のいていく。少年は横目で兄妹を見送りつつ、少し寂しげに笑った。


 『小さい秋みつけた』は、もう会えない母親との思い出を語った寂しい歌だと捉えることが出来るのを少年は知っている。なぜだかそれがあの兄妹と重なって、少しだけ愛おしいと思った。


 やがて、一羽の白い小鳥が空地へ滑るように飛んできた。そして、少年の肩へ降りると、耳打ちをするように小さく鳴く。

「うん。やっぱりダメ、だね」

 少年は溜め息を吐くと俯いた。小鳥は少年の肩から離れ、空地を一周するように優雅に飛び、それから少年の元へと戻っていく。次の瞬間には、頼りない木の根元で、真っ白な少女が真っ白な少年の頭をニット帽越しに撫でていた。小鳥の姿はどこにも無い。


「……神様が嫌いになったか?」

 少女が囁くように問い掛ける。少年はすぐに首を横に振った。

「だって、僕達は神様のための存在だもの」

 切なげにそう言う少年に、少女は「そうか」と相槌を打つだけだった。


「……ねぇ」

 静穏な響きを持った少年の囁き声。少女は何も言わずに次の言葉を待った。少しの沈黙が流れ、柔らかな風が空地の雑草を揺らす音だけが響く。

 やがて、少年の唇は静かに言葉を紡いだ。

「ファテは『小さい秋みつけた』って歌、知ってる?」

「知ってる」

 そこでようやく少年は俯けていた顔を上げ、少女を見た。少女もまた、じっと少年を見つめていた。視線が交錯する。

「あれって寂しい歌だけど、思い出があるだけ良いよね」

 どこか淡々とした声音だった。その意図するところを察した少女は、少しだけ顔を顰めて少年から目を逸らす。

 世界を懐かしいと思うのに、愛おしいと思うのに、語る思い出が見つからないのだ。胸が張り裂けそうなほど、世界への想いは広がるのに。


「……綺麗」

 ポツリと零れ落ちた少女の声に、少年は少女の視線の先を見た。燃えるような橙に染まる空がそこにある。世界を包み込むような温かな色。

「夕焼け」

「ああ」

「明日晴れるね、多分」

 少年は小さく笑った。――明日もあの兄妹は、この空地に来るのだろうか。 ふと、そんなことを思う。

 徐に少年は立ち上がると、穏やかな口調で「行こうか」言い、微笑んだ。少女は小さく頷くと、辺りを見回す。それから瞬く間に少女の姿が消えると、真っ白な小鳥が空へと舞い上がり、やがて少年の肩へ降りてきた。


 空地には頼りなさげな木が一本、寂しげに立ち尽くしたまま――。

※小さい秋みつけたの解釈は諸説ありますが、作詞者さんが割とそういう詞を作っているようなので、ここではそういう捉え方を書かせて頂きました。

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