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幼馴染が泣きついてきたので、警邏隊を呼びました。

作者:
掲載日:2026/08/29

 ベッドに一人の女性が寝かされている。

 その顔色は紙のように白く、頬はこけ、手足は枯れ木のように細い。運ばれてきた時の服は着替えさせたものの、まだ生乾きの髪がその白い頬に流れているのが、何とも痛々しかった。


 まだ雨は降り止まない。それどころか、一層激しさを増したようだ。

 あと少しでも発見が遅れていたら、この女性は危なかっただろう。


「ん……」


 その目蓋がゆっくりと開かれた。青い瞳が露わになる。


「お目覚めですか?」


 侍女がそう尋ねると、女性はうろうろと目線を動かし、その唇を開いた。


「こ、ここ、は……」

「エーデルハイム伯爵邸でございます」


 淀みなく侍女が答えれば、女性は「あ……」と目を見開く。

 そして。


「エリアスを、呼んでくれない……?」

「ですがお身体の方は」

「わたくしなら、大丈夫よ」


 だからお願い、と縋られるように見つめられ、根負けしたのか侍女は「承知いたしました」と礼をして、部屋を後にした。

 そしてしばらく後、ノックの音が静かに響き、ドアが開かれる。


「ああ、エリアス……!」


 感激したように名を呼ばれ、エリアスは僅かに目を見開いた。


「……やあ、ルシア嬢。もう身体は大丈夫なのかい?」


 僅かな沈黙の後、エリアスはそう言いながらベッドの傍らにある椅子へ静かに座る。

 続けて先程の侍女と新たに執事が室内へ入り、ドアが静かに閉められた。


「ええ、大丈夫よ」


 ベッド上の女性……ルシア・グランフォードは上体を起こしながらそう答える。侍女がすかさずティーカップを差し出すと、ルシアは震える手で受け取って、口を付けた。

 ほう、と安堵したような息がその唇から零れ、手の震えが多少収まったように見られる。暖かいものを飲んだおかげか、顔の血色も僅かによくなったようだ。


 ティーカップをサイドボードに置いたルシアは、静かに口を開く。


「……その、実は」


 そのまま彼女はぽつ、ぽつ、と語り出す。

 義理の妹を苛めていた、という冤罪を着せられ、婚約を破棄されたこと。

 実の父からも見放され、家を追い出されてしまったこと。


 話すにつれ、その声は震えを帯び、瞳からは涙が零れ落ちる。


「わたくしが悪いのだと分かっているの……家に……グランフォード家に相応しくないと判断されても、仕方のないことだと」


 はらはらと涙を零すルシア。

 それをしばらく黙って聞いていたエリアスだったが、静かに口を開いた。


「それはお気の毒に」


 その言葉に、ルシアは目を見開いた。


 思っていた反応と違う、と言わんばかりに。


 だがそのようなことを気にする必要はないとばかりに、エリアスは淡々とした口調で述べた。


「まず、君の生家であるグランフォード家が不正をしている可能性を鑑みて、監察院に連絡を取っておくよ。そして君を保護してもらうよう、教会が運営している庇護院にも連絡をしておこう。警邏隊には通報済みだから、もうすぐ来る筈だ。君の口から先程のことを伝えれば」


「え、ねえ、待って」


 弱弱しい声だがハッキリとしたそれに、エリアスは一旦口を閉じた。


「わたくしと貴方は、幼馴染でしょう?」


 頬に残る涙もそのままにそう訴えるその姿の、なんと可憐なことか。

 何も知らなければ手を差し伸べたくなるだろうが、エリアスの表情は変わらない。


「そうだね」

「それなら……!」

「それなら? これ以上、私に何を望んでいるんだい?」


 心底不思議そうな表情をするエリアスに、ルシアは唇を結んだ。


「こうして『一時的』に保護をし、君の窮状を訴える術も用意したじゃないか」

「それは感謝しているわ。でも、わたくし心細くて……」


 目を伏せて声を震わせるルシア。


「庇護院には医者もいるから、大丈夫だ」

「そういうことではなくて……」


 焦れたような響きに、エリアスは眉を寄せる。


「私は君にとって最適な道を示したつもりなんだけど、不満があるのかな?」

「不満はないけれど……」


 もじもじと手元のシーツを弄るルシア。

 エリアスは静かに目を細めてみせる。


「ではそれで良いじゃないか。それにしても、おかしいな」

「え?」


 怪訝そうな声に構うことなく、言葉を続ける。


「君はグランフォード家から追い出されて、我が家の門の前で倒れていた」

「……ええ、その通りよ」


 ルシアはぶるり、と身体を震わせた。


「この雨の中を、よく歩いてこれたね。かなりの距離があるというのに」

「……っ」


 びく、と細い肩が跳ね上がる。


「それからここに来る道中に警邏隊の詰所があるけど、何故そちらに頼らなかったの?」

「き、気付かなくて」

「大通りにあるから気付かない筈はないんだけどね。もしかして君は大通りを避けて、此処に来たのかい? 何故わざわざそのようなことを?」


 質問を重ねる声音に、重みが混じり始める。


 これは詰問だ。


 自身の生活へ強制的に混ざろうとした邪魔者への。


「……」


 ルシアは押し黙る他はなかった。

 血の気が戻ったかと思われた顔色は、また白くなっている。


「虐げられていたのは気の毒だとは思うけれど、君は助けを求める術を沢山学んでいる筈だ。そして、『常識』も」


 シーツを握り締める手に力が込められた。


「私には婚約者がいる。幼馴染とはいえ異性を家に長く留めておくなど、『非常識』なことは出来ない」


 何故それが分からないのか、と言外に含ませれば、ルシアの手にまた力が込められたのが分かった。


 コンコン、と静かなノックが聞こえた。

 入室の許可を出せば、ドアが静かに開かれ「失礼いたします」と侍女が頭を下げ、警邏隊の来訪を告げる。


「ああ、お通ししてくれ」


 許可を出せば、侍女は頷いて部屋を後にした。


「失礼します」


 入って来た警邏隊の面々の中には、女性の姿もあった。

 これなら安心だ、とエリアスは思いながら口を開く。


「こちらの方です」

「承知いたしました。あとは我々が保護いたします」


 立てますか? と女性の警邏がルシアに優しく声をかけている。ルシアはうろうろと目線を彷徨わせながらも、ベッドから降りた。そこをすかさず女性が肩を貸す。


「よろしくお願いします」

「はい、お任せください」


 力強い返事が頼もしい。

 そうして警邏隊とルシアが部屋を出て、ドアが静かに閉められたのを確認し、エリアスは静かに息を吐いた。


「片付けを。痕跡も残さないように」

「かしこまりました」


 侍女が深々と頭を下げたのに頷いてみせてから、エリアスもまた部屋を後にする。


 全く、もうすぐ結婚式を控えているというのに厄介なことだ。

 最初にしなければいけないのは、婚約者……アナベル・ヴァルモントへの説明。さらにヴァルモント伯爵への説明もしなければいけないだろう。

 それから他家への根回し等々、考えれば考える程に山積みになっていくそれに、エリアスは溜息を吐いた。


(アレは優柔不断なフリをして周りを『悪者』に仕立て上げ、自身を『悲劇のヒロイン』に見せることが上手い)


 それに見事に引っかかったのが、グランフォード家の面々だ。

 父親が引っかかってしまったのは、領地経営に力を注ぎ家庭を省みなかったせいだろう。


(グランフォード家への対応は監察院が、アレの対応は警邏と庇護院に任せる)


 警邏は事情を聞くだけに留まるかもしれないが、庇護院は『そういった女性』の対応には慣れている。引っかかることはないだろう。


(私はアナベルと家を守るために全力を注ぐ)


 それだけに集中すれば良い。

 エリアスは気を引き締め、長い廊下を静かに歩いていった。


(終)

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― 新着の感想 ―
門の前(敷地外)で倒れたなら介抱のためでも入れたの判断ミスでは?
家の中に入れずに馬車で病院的な所にさくっと搬送するのが最適解だったかもですね。 医者を呼びに行って医者が到着するまでの時間より医者の居るとこに運んだ方が早いし、そうしておけばその後の面倒からも逃げられ…
被害者面するために、そんな痩せ細ってるの…!? こわっ…
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