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不憫すぎる多喜さんの異世界漂流記 ~呪われた最弱パーティが意外と強かった件~  作者: タキ マサト
第4章 三人の多喜さんとぺぺちゃんの最後の戦い

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31 話 多喜さんの帰還(ほんとに最後)

 多喜彦が鏡に吸い込まれてしばらくすると、鏡に一本の線が入る。

 神官が布をかけた。


「帰っちゃった……」

 多喜二の胸に、取り残された焦燥感と寂寥感が忍び寄る。


……マスターもこんな気持ちだったんだな。

 いや、もっと酷かった。

 山の神殿で子どもに痛めつけられ、ひとりぼっちでどんなに心細かっただろう。


 ぺぺちゃんが潤んだ瞳で多喜二を見ていた。


——次はマスターの番だ。

 今夜は、マスターのそばについていよう。


 多喜二が顔を上げると周りに村人が遠巻きにして、同じように泣いているのが見えた。

 ドラゴンの爪痕は、神殿だけでなく畑や水路、住居にも被害をもたらしていた。


——あのドラゴンも食べるのだろうか?

 ふと思い、苦笑する。


 雨上がりの村に輝く西陽に目を細めながら、村の方向を見る。

 晴れ渡った空に虹が架かっていた。


 それは、希望と別れの橋のように多喜二には感じられた。

 ぺぺちゃんが隣に来て寄り添う。


「アシタ、マスター、カエル」

 ゆっくりと多喜二はぺぺちゃんに伝える。

 ぺぺちゃんがうなずく。


「アシタ ノ アシタ タキジ カエル……」

 ぺぺちゃんの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。


「ぺぺちゃん……」

 ぺぺちゃんは多喜二に抱きついた。

 多喜二もぺぺちゃんを抱きしめる。


「タキジ……」

 二人は見つめ合う。

 どちらからともなく目を閉じ、顔を近づける。


 お互いの唇と唇が触れ合いそうになったその瞬間、


ズシーン!!


 背後の神殿の瓦礫から、柱が鈍い音を立てて倒れた。

 二人ははっと我に返る。

 ぺぺちゃんは顔を赤らめて多喜二から身を離した。

 神殿の瓦礫の片付けをしている村人のもとに走っていく。


「タキジッ! アトデッ!」

 振り返って手を振るぺぺちゃんの顔は、まだ赤い。


「ぺぺちゃん……」

 多喜二はため息をつくと、頭を振り多喜の待つ蔵の二階に戻っていった。


——あと少しだったのに……



  *



「多喜彦さんは無事帰りましたよ。マスター大丈夫ですか?……ん?」

 多喜二が扉を開けると、多喜は恍惚の声を上げていた。

「そこ! そこ! ギモジイイ……」

 多喜は村人に按摩をしてもらっていた。


「バンダナくん、君もやってもらったらいい」

「……」

 はー、とため息をつく多喜二。


「なんたってあのドラゴンを、プロレス技で倒した英雄様だからな。もうちょっと右」

 村人にマッサージの指示を飛ばす多喜は、当然というような顔をする。


「なんなら、ずっとここにいます?」

 少しでも同情した自分がアホらしくなり、冷ややかな目で言い放つ。


「そんなあ。そんなこと言わないでイッテテテ! そこはだめ!!」

 苦悶の表情で呻く多喜。

 

「明日は大丈夫そうですね?」

「おうよ! 明日の朝、帰るぞ!」


「多喜彦さん、無事帰りましたよ」

「……ああ」

 

 沈黙。


 それぞれの胸にこの世界に来てからの出来事が去来していた。


「最初、あの荒野で一人きりで、もしマスターに会わなかったらと思うとぞっとします」

 しばらくして多喜二が口を開いた。

「こっちもあのお茶の味、まだ覚えてる」

 多喜二が最初の出会いを思いだして苦笑する。

「最初会った時、二晩いたって言ってたの嘘でしょ」

 多喜がばつの悪そうな顔をした。

「プロレス技をかけて遊んだのは、子どもの時以来だったなあ」

 しみじみと多喜は口にする。

「その腕じゃ、しばらく関節技はかけられないですね」

「……」


 しばらくすると、ぺぺちゃんがバスケットに焼いた肉とお茶を持って入ってきた。

 入れ替わりに村人が頭を下げて出ていく。


「ぺぺたん、ありがと」

 寝たまま手を伸ばした多喜が、肉の塊を噛みちぎる。

「ドラゴン、ニク」

「ぶっ!!」

 思わず吐きだすと、ぺぺちゃんが吹き出した。


 その笑顔に見惚れる多喜二。

 おそるおそるドラゴンの肉に手をつける。


「やっぱり食べるんすね、こんな経験なかなかないすよ」

「帰ったら、マッチョに自慢しような」

「……」


——ぺぺちゃんを置いて帰れるのか。

 もっと一緒にいたい。

 言葉も覚えたい。

 でも……

 日本で待つ家族もいる。

 やりかけの研究もある。

 教授に潰されかけた、あの日々。

 それでも、前に進まないといけない。

 ぺぺちゃんが神殿を守る使命があるように——

 俺にも、やり残したことがある。


 多喜二の心は千々に乱れた。


 その葛藤を紛らわすように、ドラゴンの肉を口に運ぶ。


「結構いけるぞ。塩加減がいい」

「……スミレさんのおかげですかね?」


 多喜は眉にシワを寄せている多喜二を横目で見る。


「……帰るよな?」

 多喜はぼそっとつぶやく。

「わかんないっす……」

「……バンダナが思うようにしたらいい」

「……」


「今日は疲れた……もう寝るわ」

 多喜はごろんと背を向けた。


 多喜二はため息をつき、ぺぺちゃんに目を向ける。

 

「タキジ、アシタ」

 ぺぺちゃんも立ち上がる。


 多喜二も横になり毛布をかぶる。

 今日はいろいろあった。


 目を閉じると、ぺぺちゃんの顔が浮かぶ。

 笑った顔。

 泣いた顔。

 祠で抱きしめた後の温もり。


 全部、忘れたくはない。


 でも——


 明日、マスターを見送る。

 その後、ぺぺちゃんと一日を過ごす。


 決断は、その時でいい。

 多喜二は、そう自分に言い聞かせた。

 眠れぬ夜が、静かに更けていく。



  *



 翌朝は晴れ渡っていた。

 冷え切った空気の中、多喜は目を覚ます。

 痛む体を起こして、ぺぺちゃんが持ってきたスーツに着替えた。

 まだ湿ってはいたが、まさかこの服のままで帰るわけにはいかない。


 怪我をした左肩はずきずきと痛む。

 三角巾で左腕を固定してもらう。

 多喜二に支えられながら、蔵を出た。


 神殿に着くと、村人が集まっていた。

 ピレさんもまだ村にいた。


「マスタア……」

 ピレさんが潤んだ目で多喜に声をかける。


 いよいよ多喜の帰還の時だった。


「マスター、アリガト」

 ぺぺちゃんが多喜に感謝の思いを伝える。

 そして、ぺぺちゃんは多喜に小さな磨かれた石を渡した。


「ドラゴン、ツノ……」

 受け取り、じっと見る多喜。

 小さな石だった。

 磨かれて、光を反射している。

——これは、あの戦いの証だ。

 多喜は、ぎゅっと握りしめた。

 ポケットにしまい、やがて顔を上げる。


「ありがとう、大切にする。ぺぺちゃんも元気でな」

 多喜は、ぺぺちゃんに微笑んだ。

「じゃあ、バンダナくん、行くわ」

 二人に手を振る。

 ぺぺちゃんが布を取る。その目は潤んでいた。


 黒ずんだ鏡に多喜の顔が映り、それはすぐさまヘラクレスの顔に変わった。

 その逞しい腕が伸びる。


「……ありがとう」

 多喜は目を閉じて、つぶやいた。


 そして、鏡の中に吸い込まれた。


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