27話 最後の試練(ドラゴンなの)
雨上がりの街道に朝靄が立ち、朝日がやさしく馬車に影を落としていた。
四人の顔は、こわばっていた。
皆、睡眠不足だった。
「この先の山で、あのグリフォンと戦ったんですよね……」
「スミレさんのお玉攻撃は凄かった」
数日前のことなのに、はるか昔の気がした。
馬車は、山を登り切りグリフォンと戦ったあの場所を通り過ぎる。
腐臭が漂っていた。グリフォンの死骸はそのまま残されている。
その肉に飛び回る虫の影が見える。
このグリフォンの死骸を苗床にしてまた新しい命が芽生えるのだろう。
恵みの雨は不毛の大地に、小さな緑を芽吹かせていた。
もうすぐ村が見えてくる頃合いだった。
「いよいよ、この旅も最後っすね」
「神殿に鏡を設置して、三人で見る。それでいいよな?」
「もう、大丈夫」
多喜は緊張した面持ちで小さく同意した。
灰色だった村に、緑が戻ってきていた。
雑草が、頭をもたげ緑の絨毯を敷き詰めようとしていた。
水路には、水が流れている。
畑を耕す村人たちが、一行の馬車に手を振って叫んでいる。
手を振りかえす一行。
「一週間くらいなのに、ずいぶん明るくなった……」
多喜彦が感無量という表情で言った。
住居を修復する槌の音が響く。
その手を止め、手を振り一行の帰還を喜ぶ人々。
馬車は、神殿に向かって進んでいく。
多喜二がぺぺちゃんに、身振り手振りで三人で鏡を見ることを伝えている。
「バンダナ……」
ぺぺちゃんの目が潤む。
その手がバンダナの手を握った。
多喜二は優しく握り返した。
神殿の前では、神官が待っている。
ピレさんが神官に鏡を受け渡す。
修復された鏡は、古い布で包まれていた。
神官が新しい厚手の布を手に持っている。
祭壇に鏡を設置し、古い布を掛け替えた。
ちらりと覗いた鏡は、黒ずんでいた。
「やっぱり……」
多喜が青ざめた。
「……呪われている?」
多喜二が眉をひそめた。
——マスターへの子どもの試練が、老婆を復活させた。
「……この鏡は呪われています」
多喜二が二人に声をかける。
「あのクソババアはきっと復活してます」
多喜二の声は震えていた。
「なにが起こるかわかりません」
「……俺のせいだ」
多喜の顔が蒼白になる。
「また、老婆を打ち払えばいいだけだ!」
多喜彦が多喜の背中を叩いて鼓舞した。
「覚悟はいいですね?」
「……分かった。覚悟はできてる」
多喜は、ごくりと喉を鳴らし頷いた。
三人は、鏡の前に立つ。
顔を見合わせて頷く。
『バンダナ! ダメ!』
その時ぺぺちゃんが叫んだ。
多喜二の手を止めようと手を伸ばす。
だが間に合わない。
多喜二が新しい布に手を伸ばし布を取っていた。
四人の顔が、黒ずんで歪んだ鏡に映し出され、そして——
けけけけ……
あははは……
老婆と子どもの笑い声が神殿中に響きわたった。
『ひーひっひっひ』
『新鮮な負のチカラはいいのお……』
老婆の不気味な顔が浮かぶ。
『たっぷり笑わせてもらったお陰でチカラ、少しは戻ったわい』
空が暗雲に覆われる。
『もっとわしを呪え! 不幸を呪え! それこそがわしのチカラになる!』
神殿中に響き渡る老婆の思念。
『きゃははは! タキさんたちに、いいプレゼントがあるんだ!!』
稲光と豪雨と強風が神殿を叩きつけた。
『そうそう、約束したあれな、山から呼び出してきたぞよ……ヒーヒーッヒ』
「キャアアアア!」
落雷の轟音と共に強烈な光が一行を飲み込み、ぺぺちゃんが悲鳴を上げる。
その時、
「ギャオオオオ!!!」
空気を震わす叫びが轟いた。
神殿が揺れる。
石畳に、亀裂が走る。
『ドラゴンだよ!』
子どもが嬉しそうに叫んだ。
『タキさん、欲しがってたでしょ? 良かったねwww』
ズズウゥゥン!!
ピレさんの叫び声は、神殿前に降り立つドラゴンの着地する音に遮られた。
長い首を持つ頭が、神殿の奥にいる一団を捉える。
「ド! ドラゴン?!」
「マジカッ?!」
驚愕し茫然自失している多喜と多喜彦に、多喜二は叫んだ。
「怪我してるマスターとぺぺちゃんは鏡に入ってなんとか呪い解いて!」
この異常事態に多喜二は冷静だった。
「ピレさん! マッチョ! 俺たちで何とかしないと!」
あまりにも現実味がなかった。
何かがあると思っていたが、まさかリアルでドラゴンとは……
「おい! クソババア! ドラゴンなんて要らん!」
多喜は叫び、子どもと老婆が映っている鏡に手を触れた。
「マスタア!」
その手を止めようと多喜の腕にしがみついたぺぺちゃんごと、鏡に吸い込まれた。
「きゃああああ!!」
視界が暗転した——
*
ドラゴンは顔を神殿の入り口に突っ込もうとしている。
柱に亀裂が入り、神殿が揺れた。
再び叫ぶドラゴン、衝撃波でびりびりと鼓膜が裂けそうになる。
顔だけで山の神殿で戦ったグリフォンの大きさがあった。
ピレさんの閃光がドラゴンの鼻先で爆発したが、厚い鱗を少し焦がしただけだった。
しかし、閃光のまばゆい光がドラゴンの視界を白く染める。
その間、村人が神殿に逃げ込んでくる。
そのうちの三人が斧と槍とメイスを馬車から持ってきていた。
馬車の手入れをしていた村人たちだった。命からがら逃げ出してきたようだが、その手にはしっかりと武器が握られている。その全身は雨に打たれ震えていた。すがるような目で二人を見る村人。
柱の影に隠れていた多喜二と多喜彦は武器を受け取った。
外は豪雨となっていた。
雷が落ち、轟音と光が村をそのたびに震わせる。
村の神官は鏡を布で包み、割れないように胸に抱いて祭壇裏に隠れた。
ドラゴンが再び咆哮を上げ、祭壇裏の扉に逃げようとした村人の何人かが気絶したように倒れ込んだ。
「多喜二くん! どうすりゃいい?!」
多喜彦が斧を構えている。
しかし、その圧倒的な存在感になすすべはなさそうだった。
「今は、マスターたちがなんとかしてくれるまで……」
多喜二は槍を握りしめる。
「生き延びるしかないですね」
——甘く見ていた……まさか、こんなものを呼び出せる力があるなんて。
ドラゴンは、神殿の奥にさらに顔を進ませてくる。
その度に柱が崩れ、天井にヒビが入る。
「ガアアアアア!!!」
ドラゴンが、多喜二たちが隠れている柱の側まで顔を近づけようとしていた。
石畳が砕け、柱が軋んだ。
——もう時間がない!
——マスター、頼む!
——早く呪いを解いてくれ!
ドラゴンの口が、大きく開いた。




