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不憫すぎる多喜さんの異世界漂流記 ~呪われた最弱パーティが意外と強かった件~  作者: タキ マサト
第1章 出会いと絶望

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2話 多喜さん仲間ができる(異世界でオタクに会う)

 朝になっても鉛色の重い雲が渦巻いていた。生ぬるい風が吹きすさぶ。陽が差さないため気温は上がらず、乾燥した大地がどこまでも続いていた。

 山田多喜は、遠くに霞む山脈を目指して歩いていた。喉がひりつき、唾さえ出ない。

——ここから脱出しなければ……

 昨夜は眠れなかった。雷鳴と砂嵐に襲われ、スーツの上着を頭から被って耐え忍んだ。

 数時間歩き続けた昼過ぎ、ついに赤茶けた砂に倒れ込んだ。

——このままだと、死ぬ。

 意識が薄れていく。


「お前は私の子じゃないかもね」

 見慣れた夢だった。


 タバコの煙が浮かぶ。母親がぼんやり現れ、面倒くさそうに呟く。

「お前が生まれた日は台風四十三号が来てたんだよ」

 幼い頃から何度も聞いた話。存在しない号数なのに、母親は譲らなかった。 

 稲光が走り、強風と豪雨が分娩室の窓を激しく叩く。倒木が電柱を薙ぎ倒し、辺り一面停電になったその瞬間、多喜は産声を上げた。

 雷鳴が轟く中、非常電源がついたとき、散乱した器具と悲鳴を上げるスタッフの姿があったという。

 そんな日に限って出産が立て込んでいたらしい。

「それで、誰かと取り間違えたんだよ、きっと」

 その言葉がいつも夢に現れる。

「……不憫だねえ」

 夢の最後は、荒野が広がり足元で巨大な影がちらつく嵐の中だった。

 今なら確信できる。

——間違いなくあの母親の子だ!

 稲光が走る中、豪雨の中でそう叫んだ瞬間、母親の顔が揺らぎ始めた。

 影のような老女に変わっていく。


「ひーひっひっ、ほんに不憫じゃのう……」

 口をゆがめ、満足げに頷いた老婆の姿が、ゆらぎながら現れた。

「あはははっ」

 子どもの嘲笑が背後で耳障りに響く。

「あの女の、子どもよ……わしを呪え……母親を恨め……それこそが、わしの力になる」


 はっ、と目を覚ます。


 束の間、眠っていたようだ。


 つかまれた両脇の痣が、ズキズキと痛む。額には汗、心臓が早鐘を打っていた。

 喉の渇きは限界に達している。

 しかし短い眠りがわずかな力を与えていた。

 突き出た腹の脂肪が、命をつないでくれている。


 偶然や不運は唯物論の範疇外にある。物質や化学の限界を超えた構造にこそ、俺の不憫の理由がある。


 再び山脈に向かって歩き出した。


 ふと、遠くに人影のようなものが見えた。幻覚ではない。確かにこちらに向かって歩いてきていた。

「おーい!」

 かすれた声で手を振った。相手も手を振り返してくる。大学生風のメガネの男だった。

「日本の方ですよね?」

 間違いなく日本語だった。その声を聞いた瞬間、張りつめていた何かが切れ、多喜は膝から崩れ落ちた。

「……マスター・キートン?」

 メガネはぼそっと言った。

「……は?キートン?」

 多喜は混乱した。マスターでもなければ、キートンでもない。マスターしているのは、セクシー女優の名前くらいのものだった。

「……ここはどこですかね?」

「こっちが聞きたいよ」

 多喜は肩を落とす。

「五分くらい前まで駅のトイレにいたんですよ! 虫歯が痛くなって、鏡で口の中を見たら、手が伸びてきて、それでここに」

 混乱して興奮してまくしたてるメガネに、ため息をつく。

 全く似たような状況だったということを伝える。

「こういうのって流行ってるんですかね?」

「まさか、冗談じゃないよ」


 確認するとその駅は別の駅だった。だが同じ東京ということはわかった。

「すごいっすねー!! ここで二晩も!」

 つい見栄を張って、一晩多く答えた多喜だった。

「マジすか!」

 メガネは呟き、それまで警戒していた態度を崩し、尊敬の眼差しで多喜を見た。

「ふた晩いて、何かわかったこととか、食料の確保とか、どうしてたんですか?」

 矢継ぎ早に質問してくるメガネ。要領を得ない多喜の答えに、次第にメガネの眉にシワがよる。


 水を持っていないかと聞くと、ペットボトルのお茶が半分残っているという。

 メガネは「仕方ないですね、少しだけですよ」と言って、ペットボトルからほんの少し注いだ。多喜は一気に飲み干す。

 お茶はメロンソーダの香りがした。

 水分は乾いた口だけで吸い取られ、胃まで到達していない気がした。


 もっと欲しげにペットボトルを見るが、その視線に気づいたメガネは瞬く間にリュックに仕舞い込んだ。

「これから、どうします?」

 メガネが聞いた。

 多喜は、前方を指さす。山脈が荒野の向こうに霞んで見える。

「あー、山に行けば、森も、川も、町もあるかも」

 メガネも同意する。


 歩きながらメガネは「マスター・キートン」の魅力を語る。砂漠ではスーツが最強の装備らしいことがわかった。

「サバイバルっすよ、エドさんならこういう状況はどう対処するかな?」

「エドさん?」

 首を傾げる。熟女セクシー女優の「エドはるこ」しか思い浮かばなかった。

 メガネはディスカバリーチャンネルのエドさんについて熱く語り始める。

 

 砂と岩だらけの荒野を歩く二人。


「ちょっと休もう」

 多喜は返事も待たずに、どかっと腰を下ろした。口渇と飢えが多喜を襲う。

 メガネも虫歯が痛むのだろう。冴えない顔で右頬を手で抑えて同意し腰掛ける。

「まじで、地獄っすね」

 完全同意だった。

 メガネはお茶を取り出し、また少しペットボトルに注いでくれた。

 そのわずかな水分は、多喜に少しの気力を与えた。

 紺のタータンチェックの長袖の裾で汗を拭うメガネ。そのシャツはベージュのズボンにタックインされている。いつの間にかペイズリー柄の緑色のバンダナを頭に巻いていた。

「マスターさん?」

 メガネは言う。誰がマスターさんだと多喜は思った。けれどもまんざらではなかった。

「どうしたメガネくん」

「メガネくんはやめてくださいよ」

 メガネは抗議した。

「じゃあ、バンダナくん」

「はーっ」

 ため息をついた。「バンダナくん」で妥協したらしい。

「異世界って、なんかこう……ツンデレのエルフとか、巨乳の魔女っ子とか、そういうの出てこないっすかねえ?」

「ないない」

 多喜は首を振った。

「異世界転生ものだと、そろそろ神様が説明してくれるんですけどね……」

「転生って……死んでないし……」

 多喜がツッコミを入れる。

「行こうか……」

 立ち上がる多喜。お茶をちびりと飲んでいたバンダナも立ち上がる。


 砂と岩の荒野は少し下り坂になり、灌木が見え始めてくる。

 少し顔が明るくなる二人。


 程なくしてバンダナは立ち止まった。

「どうした?」

 バンダナの足元には白骨があった。乾いた岩の上に剥き出しで転がっていた。

 頭骨にはツノが四本生え、凶悪そうな牙を持っていた。

 肉食系の生き物の白骨。全長は三メートルはありそうだった。

「あの……マスターさん? これって、死んでから数年とかじゃなくて……」

 バンダナはツバを飲み込んだ。

「……この乾燥した大地と強風だと、短期間でこうなる可能性もあるって、エドさんが言ってました……」

 言葉を失い、周囲を見回す二人。


 厚い雲の一部が、またピンクに染まり鉛色と混じり始める。

 夕刻に近づいていた。


 昨晩の強風と砂嵐を思い出し、多喜はぞくりとした。

 大きな岩を見つけ、その窪みに腰を下ろす。

 もう歩けなかった。ぐったりと岩に寄りかかる。


 バンダナは火を起こそうと悪戦苦闘していたが、やがて諦めたように腰を下ろした。

「ずっと考えていたんですけど、こっち来た時に鏡に映ってた顔って、自分でした?」

「……確かに、絶対自分じゃない。すごく気持ち悪い顔で笑ってた」

 耳まで裂けた口を思い出し同意した。


「あの顔は自分ではない、じゃあ誰の?」

 バンダナがつぶやく。

「鏡の中に、誰かが住みついてるんじゃないか?」

 自分で言ってどきりとした。


 夢に出てきた老婆が脳裏をよぎる。

——見張られてる?

 子どもの嘲笑が幻聴のように脳内に響く。


 ぶるっと震え、隣に目をやる。

 同じ境遇の人間がいるだけで、わずかに安心できた。


 やがて強風が吹き始め、じきに砂嵐になった。

「昨日もひどかった」スーツをかぶり、ぼそっとつぶやく多喜。

 隣で身じろぎするバンダナ。


 眠れない夜。

 それでも瞼を閉じるたび、多喜の脳裏にあの老婆の顔が浮かんだ。


「ひーひッひッ、ほんに不憫じゃのう……」

 耳の奥で囁く声に、思わず身を震わせる。


 闇のどこかで、目が光る気がした。

 風の中で、また誰かの笑い声が聞こえた気がした。


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