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不憫すぎる多喜さんの異世界漂流記 ~呪われた最弱パーティが意外と強かった件~  作者: タキ マサト
 第2章 老婆の呪いと祠の謎

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11話 マッチョと祠の前の惨劇(筋肉、限界の巻)

 マッチョこと田中多喜彦は、筋肉では全てを解決できないことを痛感していた。

 今まさに、五体の四本ツノのゾンビになすすべもなく襲われているのだ。


 マスターは明らかに力を失っていた。

 あれほど振り回せていたメイスは持っているのがやっとだった。

 メイスを突き出して牽制はしているが、複数の四本ツノを相手にして限界が近づいていた。

 多喜彦の斧はすでに血みどろになっていた。四本ツノはいくら打撃を加えても立ち上がってきた。前脚を切り落としても、その部分が暗い影となって立ち上がる。

 しかし影には実態がなかった。

 蹴られたかと思った腹部は影がすり抜けた。頭を切り落としたゾンビは、ツノも影になり刺さることはなかった。

 だが、体当たりされ後ろ足で蹴られ、満身創痍だった。

 バンダナがいればと思ったが、いても何も変わらないだろう。

 何か考えがあるのかぺぺちゃんを抱いて祠の中に入っていくのが視界の隅に見えた。


——絶望だった。

 自らが経営するジムと同じくらい絶望的だった。

 ジムは毎月赤字を垂れ流し、いくら電卓を叩いても改善はできなかった。

 毎月のように会員が減り、プロテインの売り上げも落ちた。

 器具のメンテナンスにも金がかかる。

 次の大会で是非とも結果を出さなくてはいけなかった。

 優勝し知名度を上げ、スポンサーを募り、会員数を増やす。


 ジムを存続させるにはそれが最低条件だった。


 身長はボディビルディングでは問題にはならない。

 むしろバランスの取れたこの体は、絞りとバルクで舞台に映えた。

 観客を魅了してきたのだ。


 トイレの鏡の前で行先への不安を抱えていた。

 そんな時だった、この世界に連れ込まれたのは。

 あの時抱えていた不安や絶望は、今のこの祠の前の状況と同じだ。全てを失う瞬間の、あの感覚。


 ついにマスターが膝をついた。メイスを杖代わりに荒い息を吐いている。

 スーツは血まみれだった。 

 多喜彦がマスターに襲い掛かろうとする頭の潰れた四本ツノの首を切り落とす。

 とりあえずはツノの心配はいらない。


「筋肉ッ!」

 多喜彦は吠える。

 筋肉で全て解決はできないが、鍛え上げられた筋肉は嘘をつかなかった。ベンチプレスMAX百五十キロのこの体は、十キロ程度の斧など軽々と振り回せる。 

 四本ツノ肉のパワーアップは切れていたが、持ち前の筋肉で切り刻むことはできた。

 しかしそれももう時間の問題だった。ほぼ原型を留めていない四本ツノは何度でも立ち上がった。自分一人なら何とかなるが、マスターを守りながら戦うことはもう限界だった。五体の四本ツノに二人は囲まれた。

 一斉に飛びかかってきた。押しつぶされる。

 体重差でこられたら、もう逃げ場がなかった。


 死を覚悟したその時、四本ツノは肉の塊となって目の前で崩れ落ちた。


 肉を繋いでいた影がスイッチを切ったかのように突然肉から離れたかと思うと消滅したのだ。

 二人はその場でへたり込んだ。鮮血にまみれていた。

 荒い息を吐き、呆然と座り込む二人。


「マスター? 俺たち助かったのかなあ」

 天を仰ぎ見る多喜彦。

「バンダナくんが何とかしてくれたんだと思う」

 祠を見るマスター。

 そこには抱き合っている二人がいた。


「いーなー」

 マスターが棒読みで呟いた。


 いつの間にか雲は消え去り、青空が出ていた。


 二人のお腹がぐーと鳴った。

「ぺぺたんが何か食べ物持ってるかも」

 マスターがお腹をさすった。

「今行くのは野暮ってもんだよ」

 多喜彦はそう言ったが、マスターはもう歩き始めていた。


「おーい」

 手をふるマスター。

 それに気づいて手を振り返すバンダナは、心なしか冷たい目をしてマスターを見ている。名残り惜しそうにぺぺちゃんから体を離して立ち上がった。 


 祠の前の広場は血溜まりができていた。

 切り刻まれた胴体や足、潰された頭部が血の海に散乱していた。

 凄惨な現場であった。 

 どこからどうみてもサイコパスによる異常凶悪殺人者の犯行現場のようだった。

 日本だったら考察系Youtuberの格好のネタになりそうだった。

 血に染まったスーツでとげとげのついたメイスを持ってニヤニヤと笑って佇んでいるマスターは、その筆頭容疑者であった。 

 ある意味、鏡の老婆より怖いと思うバンダナ。

 ぺぺちゃんも怯えた表情を見せた。


「マスターさん? 自分の状況、客観視できませんか?」

「ん?」

 首を傾げて周りを見渡す。

 容疑者から犯人に確定した瞬間だった。

 かつての勇剛なら、この現場を見て現行犯で逮捕に踏み切っただろう。


「まあまあ、こっちも大変だったんだよ。切っても切っても襲ってくるもんだから」

 多喜彦は力瘤を見せて豪快に笑う。

 大抵のことは笑えば何とかなる——金以外は、が信条だった。


「ぺぺちゃん助かったんだな、本当に良かった」

 白い歯を見せつけてぺぺちゃんにウィンクする。


「マスターがバンダナくんに助けられたと言ってたぞ、あのままだったら二人とも確実に死んでたぞ」

 マスターをフォローすることも忘れない。

 チームワークが大切だと思う多喜彦。


「多分ですけど、この村の危機は全て去ったと思うっす」

 バンダナが簡単に鏡の考察をした。


 ぺぺちゃんの痣もバンダナ自身の痣も消えている。

 鏡が新しくなって、何かが変わった。

 この村にはおそらくもう呪われた鏡はないと付け加えた。

「俺の痣もなくなってる!」

 シャツをまくったマスターが喜びの声を上げた。


「じゃあこれから本格的な復興だな」

 多喜彦は空を見上げる。

「ぺぺたーん、何か食べ物持ってなーい? バンダナくん聞いてー」

 マスターが言う。

 バンダナはため息をついて、ぺぺちゃんに身振り手振りで聞いてみる。


 背嚢から朝に焼いた四本ツノの肉の塊が紙に包まれて出てきた。

 三人に渡すぺぺちゃん。

 心なしかマスターへは嫌そうな顔をして渡した。

 それを確認し満足そうな顔をするバンダナ。


 冷たい肉は硬かったが、力が漲ってくるような気がした。

「だけどどうやったら勇剛みたいに帰れるんだ?」

 多喜彦は、バンダナを見た。


「他にも呪われた鏡があるかもしれない。いずれにしろ、どこかで鏡を見ないと」

 晴れ渡る青空、午後の陽光が枯れた丘を照らしていた。

   

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