10話 バンダナと祠の謎(ババアが可哀想すぎた件)
五頭の四本ツノが咆哮を上げて襲いかかってきた。
先頭の一頭がマスターに飛びかかる。
「くそッ!」
マスターの一打目のメイスがその四本ツノの顔面を直撃し、勢いを殺いだ。
「まだくるかッ!」
怒り狂ってなおも突撃するその四本ツノを、続く二打目でアッパースイングのように打ちつけると宙を舞い祠の壁に激突した。
「うおおおおッ!!」
マッチョの斧が二頭目の頭部を割る。顔が首まで裂け、血飛沫を上げて地面に沈んだ。
佐藤多喜二は槍を三頭目の喉元に突き刺し、素早く抜き払うと祠の前に走り出した。
「はあっ、はあっ……」
四頭目はマッチョの斧で首を落とされる。
最後に残った四本ツノは、マスターのメイスで頭蓋骨が叩き割られた。
あっけなかった。マスターとマッチョが顔を見合わせた。
しかしその時、首を切り落とされた四本ツノがよろよろと立ち上がった。黒い影が頭部を形作っていく。
「マジか?」
マスターの背筋が凍る。
爪を立ててマッチョに突進する四本ツノ。
「こいつら不死身か?」
マッチョが叫び斧を構える。
頭部が縦に割れた四本ツノも血を流しながら、マスターに襲いかかった。
マスターがメイスを構えようとしたその時、急に腕の力が抜けてメイスのトゲが地面に突き刺さった。メイスを持ち上げようとしているが、手が震えている。
顔色が青ざめ、表情が恐怖に引きつった。
「ひっ!」
メイスを重そうに肩で支え、振りかぶって四本ツノに叩きつけた。
しかしメイスは空を切る。
その瞬間、四本ツノがマスターに体当たりをした。左右に割れた顔のおかげでツノは刺さらなかった。マスターは吹き飛ばされた。
汚れたスーツとシャツに四本ツノの血がべったりとついた。
マスターは地面に打ち付けられた背中と頭頂部に手を当て、顔を苦痛に歪ませた。
「さっき木が倒れた時の……今頃、痛みが……」
マッチョが振り回す斧の軌道も鈍い。顔には焦りの色が見えた。
——絶体絶命だった。
その少し前、多喜二はぺぺちゃんの体を祠の階段上の石畳に横たえた。
脈も息もないようだった。顔が青白くなっていく。
祠の奥に石の扉が見えた。
「……そこに自分がいる」
ぺぺちゃんはそう伝えようとしていた。
——鏡だ。この中に鏡がある。
多喜二は扉を見据えると、腕に力を込めて扉を押し開けた。重い扉がズズ……と開く。通れる隙間ができ、身を滑り込ませた。
明かり取りの窓から入る光は弱い。薄暗い空間に目が慣れてくると、奥の祭壇に布がかけられているのが見えた。
多喜二はためらいもなくその布を取った。
古ぼけた鏡が現れた。佐藤多喜二の困惑した顔がぼんやりと映る。
その時、その顔が老婆になった。
——来たな!
多喜二の鼓動が早くなる。
決意があった。ぺぺちゃんを返してもらう。
まだ間に合う。確信があった。
その目を見た老婆は悲しそうな顔で嘲笑しようとした。
だがうまく笑えないようだった。
次の瞬間、上半身裸のギリシャ彫刻のような若い男の顔になった。
しかしその顔はすぐさまぺぺちゃんの顔に変わった。
ぺぺちゃんは必死に何かを叫んでいる。
「ぺぺちゃん?」
多喜二は思わず鏡に手をつけた。
切り替わった老婆の口元が邪悪に歪む。
——さわっちゃダメーッ!
ぺぺちゃんの叫びのような思念が流れ込んできた瞬間、腕を掴まれ暗闇の中に放り込まれた。
『ようこそ、永遠の牢獄へ』
けたたましい老婆の笑い声が響く。
その時、多喜二の脳裏に老婆の過ごしてきた記憶が流れ込んできた。
数えきれない世界、宇宙の果て……
一つの世界が滅び、また一つ世界を滅ぼしても必ずどこかで復活した。
老婆はこの先、未来永劫、意識をもったまま鏡の中に閉じ込められ続ける。
自分自身を含めて全てを滅ぼす。
この地獄から抜け出すにはそれしか考えられなかった。
狂気というには生ぬるく、絶望というには陳腐すぎた。
その時、暗闇にぺぺちゃんの姿が浮かんだ。
その顔は恐怖と絶望に満ちている。きっと、自分も同じ顔をしているのだろう。
「ぺぺちゃん!」
多喜二が叫ぶ。
呪いに飲み込まれまいとして必死に手を伸ばす。
ぺぺちゃんも手を伸ばす。
あと少し、だが届かない。
お互い必死に手を伸ばした。
しかし錘で体がくくりつけられているかのようにあと一歩が届かなかった。
老婆のけたたましい笑い声が響いた。
思わず耳を塞ぐとまたぺぺちゃんが遠ざかる。
焦る心を落ち着かせるように目を閉じて深呼吸をした。
——考えろ!
研究者としてこれから生きていくんだろ!
ここから抜け出す手がかりは必ずある。
あのギリシャ彫刻のような男の顔が浮かぶ。
勇剛を引き込んだ手、後ろに映った新宿の街。
間違いなく、あのギリシャ彫刻の男もこの世界と日本を繋ぐ鏡の住人だろう。
割れた鏡が修復され、その鏡に老婆は現れた。
何かある。鏡を見るものの深層心理?
神官の本に描かれた、たくさんの顔。
鏡の住人はたくさんいるのだろう。
それぞれに役目、性格があるとしたら?
その時の精神状態でそのうちの誰かを呼び出せるとしたら?
老婆はそのうちの一人にすぎない。
老婆の壮大な悲劇のスケールに比べて、災厄とのバランスが取れていないとふと気づいた。
滅ぼすという割には人間を呪って、旱魃と魔物を操るくらい?
本当に全てを滅ぼせるならば、文明や惑星ごと吹き飛ばしてしまえば良い。
つまりはできない。
多喜二は、思わず鼻で笑った。
「結局、お前も……」
壮大な悲劇を背負いながら、できることは小さな呪いだけ。
それでも、できることをやるしかない。
「……可哀想だな」
多喜二の口から、言葉が漏れた。
その瞬間、老婆の意識は「嘲笑」を維持できなくなった。それはもはや憎しみでなはく、純粋な悲痛な叫びとなり、多喜二の精神に叩きつけられた。
牢獄に繋がれた老婆の記憶が流れ込んでくる。
かつて世界を滅ぼせるほどの強大な力を手にした老婆。
神に挑み、その座を奪おうとして敗れ去った。
その罪の代償として、永遠に鏡の中に閉じ込められる呪いを受けた。
今となっては、かつての力とは及ぶべくもない。
老婆が老婆であるために、できることをやっているのだろう。
自らにかけられた呪いを解くために。
老婆の記憶か、推測かはわからぬまま思索が深まっていく。
いつの間にか恐怖は無くなっていた。
その瞬間、温かい手が触れた。
目を開いた。
ぺぺちゃんが目の前にいた。
肩が震え目に涙を溜めている。安心させるように笑顔を見せる多喜二。
予感があった。
ギリシャ彫刻のようなたくましい力強い腕で後ろに持ち上げられた。
ふっと浮遊感のあと光に包まれる。
目を開けると鏡の前に立っていた。
鼻で笑った時、老婆の悲痛な思念が届いてきたのを思い出した。
『必ずお前を呪う、必ず……』
ギリシャ彫刻の男から、『巻き込んで済まない』という思念が伝わってきた。
鏡にひびが入り、皮がめくれるようにその亀裂が全体に広がっていく。
そして表面が音を立てて剥がれ落ち、黒い影となって消え去った。
老婆の呪いが解けたのかと考えた。
思案する自分の顔が静かな鏡面に映った。
その時、新しくなった鏡が光輝き、一本のひびが入った。
「鏡に映るのは、ただの姿じゃない……心の奥底まで見透かしていた気がする……」
割れた鏡に映る自分の顔は、老婆にもギリシャ風の男の顔にもならなかった。
少しためらい、だがひびに指を這わせた。
鏡面にあるはずの引っかかりはなかった。
「鏡の中か……」
鏡の世界とこちらの世界の境界線的なものだろうか。やはり物理的に割れたものではなかった。
それを確認すると多喜二は布を取り、鏡にそっと被せた。
布の裏側にはびっしりと護符のような文字が書き記されていた。
それはところどころかすれて薄くなっていた。
おそらくこの布と祠と神殿は鏡を呪いから守るためにあるのだろう。
それが四本ツノの棲み処となり、祠が放置された。
布の護符は手入れされず、そのせいで祠が呪われたのかもしれない。
因果関係は逆かもしれないが、どちらにせよ多喜二の知るところではなかった。
灯り取りの窓から柔らかい光が差し込んでいた。
扉の向こうでぺぺちゃんが起き上がる気配がする。
多喜二は、扉から外に出た。
ぺぺちゃんと目が合う。
ぺぺちゃんは両腕を広げた。
袖からのぞく右腕の痣は消えていた。
目には涙を浮かべている。
多喜二は走り寄りぺぺちゃんを抱きしめた。
必ずお前は呪われる……
不吉な老婆の思念を追い払うように、多喜二は強くぺぺちゃんを抱きしめた。
その少し前、祠の前の広場では地獄絵図が繰り広げられていた。
※バンダナのメモ
[鏡の謎]
日本とこの世界をつなぐが、鏡はただのポータルではない。
映る者の心を反映する。鏡の世界には複数の住人が存在する。
勇剛の帰還のあと鏡が割れ、天候が変わった。呪いが解けた? まだ不明
割れた鏡に住人は出てこられない ? ←可能性高い new!
翌朝鏡復活、物理的に割れたわけではない ? ←可能性高い new!
呪いの痣を通して老婆が力を発現できる?鏡に連れ込まれる?
[鏡の住人]
・老婆・・・呪いの元。ネガティブな精神状態で現れる。牢獄から解放されることが目的。
・マッチョマン・・・ポジティブで帰還を導く?老婆と敵対? new!
・子ども・・・笑い声、協力者?




