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不憫すぎる多喜さんの異世界漂流記 ~呪われた最弱パーティが意外と強かった件~  作者: タキ マサト
第1章 出会いと絶望

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1話 多喜さん異世界へ(不憫、ここに極まれり)

 その男は、死ぬべき場面で、なぜか毎回生き延びてきた。

 幸運か、呪いか——理不尽に生き延びるたび、その男は問い続けた。

「俺の存在に、意味はあるのか?」

 この物語は、不憫な男が異世界で「生きる理由」を探す、半月の記録である。


  *


「はい、もう結構です」

 面接官は、手元の履歴書に目を落としたまま、応募者の発言を遮ってそう告げた。

「大学を中退して……最初の会社は、その、一年半です。その後は派遣を転々。最後のコンビニバイトは、去年閉店で……」

 どもりながら経歴を説明した。実際は十カ月——教育係が三日目で辞めた後は、OJTという名の奴隷労働だった。

「えー、山田多喜さん? 三十でこれだと、うちでは厳しいですね」

 面接官は、履歴書を机に戻す時に初めて多喜の顔を見た。十年前のスーツはボタンがパツパツで、額から汗が滴り落ちていた。鼻で笑った面接官に、きつく締めたネクタイの下で喉がひりついた。


 面接は三分で終わった。

——秒殺……


 ビルを出ると、スマホのLINE通知音が鳴った。地方都市に住む母親だった。

「働けクズニート」

 パチスロで負けたんだなと、ため息が漏れる。

 貯金も残り少ない。焦りばかりが募る。

 ため息をつき、形而上学的な思索に沈む。

——人はなぜ生きるのか、何のために存在するのか。


 電車はアパートの最寄駅についていた。駅前の大通りの信号待ちで、ふと財布がないのに気づいた。

「あれ? どこ入れたっけ?」

 右後ろのポケットに反射的に手をやる。スーツのポケットには、分厚い二つ折りの財布は入らない。リュックの中を探り始める。

 いつの間にか歩行者用の信号機が青に変わっている。


 その時、信号無視の暴走トラックが交差点に突っ込んできた。

 キキィーッ! 直進車のブレーキ音が響く。

 トラックが鼻先をかすめる。薄い前髪が風圧で揺れた。


「……っ」

 ざわつく通行人。多喜は震える手でリュックを抱きしめた。

 財布を探していなければ、確実に跳ねられていた。


 酔っ払って線路に落ちた時も、直前の地震で緊急停止した電車は鼻先で止まった。

 幼少時、地元で猪に襲われた時は、通りかかったジムニーが猪を跳ね飛ばして助かった。


 その時、頭頂部にピチャッと冷たいものが落ちた。

「雨?」

 晴れ渡った秋の夕暮れの空。電線に止まるカラスが「カー」と鳴いた。

——カラスの糞? くそがっ!

 駅前の公衆トイレに駆け込む。個室のトイレットペーパーは芯だけ。もうひとつの個室は使用中。ハンカチもティッシュも持っていない。

 反応の悪いセンサーに苛立ちながら、水を頭からかぶる。

 最終的に手のひらでカラスの糞をこすり取った。薄くなった髪の毛に絡みついた糞は、きれいには取りきれなかった。

 目の前の鏡に映る自分は、さながら敗残兵のようであった。

 昔の友人が「形而上学的ハゲ」とからかったのを思い出す。


——いつもこうだ。

 多喜は、鏡の中の情けない自分を睨みつけた。

 その顔が、にやりと口角を歪めた。

「え?」

 耳まで裂けた口、見下すような冷たい視線。

 その時、鏡の中から伸びた手が多喜の脇をつかんだ。

「待っ——」

 首がありえない角度で鏡に引き寄せられる。

 ゴキっと嫌な音が聞こえた。

 首の骨が折れる——目を閉じた時、鏡をすり抜けた。

 視界が暗転し、掴まれた両脇の圧迫感が消える。

 前のめりに地面に投げ出されていた。


「いたたた……」

 手のひらに乾いた砂と岩の感触があった。首に手を当てる。折れてない。

 目を開けると、赤黒い砂と岩の荒野が広がっていた。

——火星?

 薄紅色と濃紺に渦巻く空。金属を焼いたような匂い。


——大丈夫、呼吸はできる。

 息を整える。引っ張られた両脇はじんじんと痛む。

 スーツとシャツをまくって脇を見ると、指の形に痣になっていた。

「何……これ……?」

 もしやと思い振り返るが、トイレも鏡もない。似たような景色が広がっている。

「ここどこー!?」

 遠くで雷鳴が轟いている。

 多喜は途方に暮れて、その場でひっくり返る。


「すべての存在には原因がある」——形而上学的命題がふと頭に浮かぶ。

 多喜が理不尽な目に遭うたび、脳内で自動再生されるフレーズだった。

 偶然など、世界には存在しないはず。

——なら俺がここにいる原因もどこかに必ずある。

 多喜は寝たまま腕を組んだ。脇の不気味な痣は、なるべく考えたくはなかった。

 大学の哲学科を中退した後も、哲学書は読み続けている。

 理不尽な現実に耐えるための、唯一の武器だった。


 頭を振って起き上がる。喉が渇いていたのだ。黒いリュックの中からペットボトルを取り出す。ぬるくなったメロンソーダの甘い味が、多喜の喉を潤した。

——お茶にすれば良かった……

 飲み干したペットボトルをリュックに戻す。

「あ、財布あった」

 その声は、虚空に消えていった。

「今何時だ?」

 ポケットの中のスマホは画面が割れて真っ黒だった。

——スマホも壊れた……

 肩を落としながら、周りを見渡すと多喜は歩き出した。

 目の前にそびえる赤い山に登れば、何か見えるかもしれない。

 砂まみれの革靴で、登り始めて五分で限界を知る。汗が止まらず、ぜーぜーと荒い息を吐く。

「もう無理……登れるか、こんなん」

 山の向こう側に回った。似たような風景が続いていた。

 雲の渦巻きは次第に濃淡のある墨色へと色を変えていき、辺りが暗くなってきた。


——夜になる?

 不安が募る。腹も空いた。

 カラスの糞さえなければ、アパートでテイクアウトの牛丼でも食べていた。

「はーあ……」

 赤い山の岩陰に座って薄暗くなる荒野を眺める。

 多喜は、うなだれた。


——就活どころか、人生そのものが詰んだかもしれない……

 ここがどこなのかさえ、分からないまま。

 遠くで雷鳴が轟く。

 風の中で、誰かの笑い声が混じった気がした。

 異世界の夜が多喜を飲み込もうとしていた。

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