第4話 剣の記憶
昼前のレオグラードは、灰色の空の下でいつもより賑やかだった。
商店街の喧噪を抜けた先――通りの色が変わる。
鉄の匂い、煤と油の匂い。
路地の向こうに立ちのぼる煙は、まるで街全体がひとつの巨大な炉になったようだった。
「ここが鍛冶街《アーデン通り》っす!」
先を歩くカイが、誇らしげに両手を広げた。
「俺、武具屋の知り合いがいっぱいいるんです! ……って言っても、客としてですけど!」
「賑やかだな」
ユウは煙の向こうを見上げた。
建物の屋根が低く、どこも赤茶けている。
道の両脇には露店や工房が並び、ハンマーの音が途切れなく響いていた。
カン、カン、と規則的な音。
それは戦場の剣戟ではなく、もっと温かい、命を刻むような音だった。
「ここの職人さんたち、すごいんですよ。
昼までに剣を三本鍛えて、夜は酒を三瓶空けるのが日課らしいです!」
「……前半だけ聞けば尊敬するな」
カイが笑い、ユウも少しだけ口元を緩めた。
炉の光が二人の頬を赤く照らす。
足元には鉄屑が散らばり、ところどころ小さな火花が跳ねている。
通りの真ん中では、少年たちが焼けた鉄を水に入れる瞬間を真似して遊んでいた。
それを見て、ユウはふと呟いた。
「……この街は、生きてるな」
「え?」
「血の匂いより、熱の匂いがする」
カイはきょとんとして、それから笑った。
「ユウさん、詩人みたいなこと言うっすね」
「詩人は剣を持たない」
「え? そうなんですか?」
「たぶん」
二人のやりとりに、近くの職人が笑い声を上げた。
「おいカイ、また新入り連れてきたのか!」
「おっちゃん久しぶり! 今日の昼飯、パンの焦げ少なめでお願いしますね!」
「うるせぇ、パン屋は隣だ!」
ユウはそのやりとりを聞きながら、心のどこかが少しずつほぐれていくのを感じていた。
火花の飛ぶ音、人の笑い声、金属のきしみ。
戦場とは違う“生きる音”が、ここにはあった。
通りの奥に、大きな鉄扉の工房が見えてきた。
看板には、古びた文字で《炉の番》と刻まれている。
カイが親指を立てた。
「ここです! この街で一番の鍛冶師――ガランさん!」
「ガラン……聞いたことがある名だ」
「すっごく頑固ですけど、腕は確か。
俺、前にナイフの修理頼んだら“刃に気持ちがこもってねぇ”って言われて三回突き返されました」
「気持ち、か」
ユウは鉄扉の前で足を止め、手にしていた剣を見下ろした。
刃こぼれの痕がいくつも走っている。
この剣で斬ってきたもの、守ってきたもの、そして失ってきたもの。
それらが全部、錆のようにこびりついている気がした。
――ガラン。
この男が、それをどう見るのか。
ユウは扉に手をかけた。
熱気が漏れ、鉄の焦げる匂いが一気に押し寄せる。
中からは力強い声が響いた。
「入るなら勝手に入れ! 扉は叩くより押した方が早ぇぞ!」
カイが慌てて笑う。
「ね? やっぱり頑固でしょ」
ユウは小さく息を吐き、扉を押し開けた。
光と熱が一気に流れ込み、視界の奥で火花が踊る。
それは、まるで――燃える記憶のようだった。
工房の中は、まるで小さな太陽だった。
炉の口が赤く燃え、火の粉が飛び、壁には無数の剣や鎚が掛けられている。
金属を打つ音が、鼓動のように響いていた。
「すげぇ……!」
カイが思わず声を上げる。
「静かにしろ」
ユウが小さく注意すると、炉の奥から低い笑い声が返ってきた。
「気を使わなくていい。うるさいくらいが、火も元気になる」
そこにいたのは、背の高い男だった。
肩幅が広く、腕は岩のように太い。
白髪混じりの髪を後ろで束ね、額には煤の跡。
鍛冶槌を肩に乗せたまま、灰色の瞳でユウたちを見た。
「お前らが今日の客か。……で、どっちが修理を頼みに来た」
「俺です」
ユウが剣を差し出す。
ガランは受け取る前に、まるで嗅ぐように目を細めた。
「……死んだ鉄の匂いだな」
その一言に、ユウの背筋が固くなった。
ガランは剣を手に取り、光にかざす。
刃こぼれの隙間に指を滑らせ、切っ先を軽く叩く。
「よくここまで保ったもんだ。普通なら粉になってる」
「修復、できますか」
「できるかどうかは火と鉄が決める。俺は、それを“見届ける”だけだ」
無骨な言葉に、どこか祈りにも似た響きがあった。
ユウはそれを感じ取り、自然と姿勢を正した。
ガランはもう一度、刃を見つめる。
「この造り……異界の鍛造か。
いや、素材の密度が常識外だ。まるで、“理”を封じ込めたみてぇだ」
「理……?」
「お前、こいつが何でできてるか知らねぇのか」
「拾ったんです。……目覚めた時、そばにあった」
「ふん、なら余計に興味が湧くな」
ガランは炉の火を強める。
赤い炎が轟き、鉄を焼く匂いが広がった。
「名前は?」
「ユウ・ハルヴァード」
「その剣に名は?」
「……ありません」
「そうか。無名のまま戦ってきたか」
ガランは刃を炉の前に立て、しばらく無言で見つめた。
やがて、ぽつりと呟く。
「剣は人間の鏡だ。
持ち主が嘘をつけば、鉄は鈍る。
怒りに任せれば、刃は曲がる。
だが――“守るため”に抜く奴の剣は、どんなに錆びても光を失わねぇ」
その言葉に、ユウは小さく息を呑んだ。
昨日、グランに言われた言葉と同じ響きだった。
“守るために戦う”。
「おいユウさん、顔が真剣っすよ」カイが横から囁く。
「今、俺たち人生でいちばんカッコいい場面にいますね!」
「お前は静かに見てろ」
ガランが笑った。
「はは、いい連れだな。剣は戦いだけじゃなく、隣に誰がいるかでも変わる。
……お前の剣、試してみる価値はある」
ガランは鎚を持ち上げ、ゆっくりと炉に向き直った。
「今から修復に入る。
“死んだ鉄”が生き返るには、持ち主の手もいる。
……火の前に立て、ユウ・ハルヴァード」
ユウは頷き、炉の前に歩み出た。
熱が肌を刺す。
炎の奥で、鉄の影がゆらめいている。
「この火は、魂を映す鏡だ。
お前が何を抱えてるか、全部見せちまうからな」
「構いません」
「言ったな。……じゃあ、始めるぞ」
ガランが鎚を振り下ろす。
カン、と高い音が響いた。
その瞬間、ユウの胸の刻印が熱を放つ。
世界が赤く染まり、音が消えた。
――剣が、呼んでいる。
音が遠のく。
炉の中で鉄が白く光り、空気が焼けるような熱に変わっていく。
ユウは目を細め、無意識に胸を押さえた。
包帯の下で刻印が脈打つ――まるでこの火に呼応しているかのように。
「……面白ぇな」
ガランの声が熱の中で響いた。
「こいつ、普通の金属じゃねぇ。
たたけばたたくほど、逆に締まっていく。
まるで、何かを“閉じ込めよう”としてるみてぇだ」
「閉じ込める?」
「そうだ。
この構造、内側に層がある。鉄の中に、光が走ってる。
おそらく――“封印”だ」
ユウは思わず息を呑んだ。
火の奥で、剣の刃が淡く光を帯びている。
金属の表面が、まるで生きているようにうねっていた。
「この光……前にも見たことがある」
ガランが眉を寄せた。
「戦神戦争の頃、“封剣”って呼ばれてた武具があった。
人の記憶や魂をそのまま刃に封じて、理を歪める力を持ってた。
だが、鍛冶師たちの間ではこう言われてたんだ――
“封剣は最後に持ち主を食う”ってな」
「……それは、呪いみたいなものですか」
「呪いでもあり、契約でもある。
記憶を持つ剣は、記憶を喰う。
だからこそ、強い」
ガランは火ばさみで剣を持ち上げた。
灼ける金属が光を放ち、炉の炎よりも明るく輝く。
「こいつは生きてる。
そして、お前の加護《討滅の印》と“同じ理”で動いてる」
ユウの胸が熱くなった。
(俺と……同じ、理?)
ガランはそのまま、剣を水槽に沈めた。
ジュウッという音と共に、蒸気が立ちこめる。
白い霧の中、ガランが低く呟く。
「封印の名は《セレスティア》。
“再び光を求めるもの”って意味だ。
……こいつが自分で名乗ったんだよ」
「剣が……名を?」
「火の中で聞こえたんだ。“まだ、終わっていない”ってな」
ガランの声には、嘘の響きがなかった。
それは祈りでもあり、報告でもあった。
ユウは炉の奥を見つめる。
霧の中で、剣の輪郭がぼんやりと光っている。
(再び光を求める……)
それは、まるで自分の心の中から湧き上がる言葉のようだった。
ガランが顔を上げた。
「お前、この剣を直す覚悟はあるか」
「……覚悟?」
「こいつの封印を解き、記憶を受け入れるってことだ。
お前の中に眠ってる“戦いの記録”が全部戻るかもしれねぇ。
逆に、耐えきれなきゃ――お前の方が焼き切れる」
ユウはしばらく沈黙した。
火の音が、心臓の鼓動と同じリズムで響く。
(記憶を受け入れる……俺の剣が、俺を試している)
やがて、静かに頷いた。
「……構いません」
ガランの口元に、かすかな笑みが浮かぶ。
「そう言うと思った。
なら、炉に手を置け。火は嘘を見抜く。
焼ける痛みを我慢できたら、“お前の剣”になる」
ユウは手袋を外し、ゆっくりと炉の縁に手を置いた。
皮膚が焦げるような熱が伝わる。
歯を食いしばりながら、目を閉じた。
――その瞬間、世界がひっくり返った。
赤い光、黒い空。
剣を振るう自分、崩れ落ちる仲間、血に染まる地平。
記憶の断片が怒涛のように流れ込んでくる。
「う、あああああああ――!」
ガランの声が遠くで響いた。
「耐えろ! こいつは“お前が何者か”を思い出させようとしてる!」
ユウの意識が、火の中に沈んでいった。
炎が光に変わり、光が記憶になり――
剣の中から、声が聞こえた。
≪……ユウ。まだ、斬れていないものがあるだろう≫
――風がない。
赤く焼けた空の下、黒い砂が延々と続いている。
焦げた塔が無数に立ち、地平線の向こうで、剣のような光が幾千も交差していた。
ユウは立っていた。
だが、そこは“今”の世界ではない。
胸の刻印が淡く輝き、手の中の剣――《セレスティア》が赤い残光を放っている。
(ここは……どこだ?)
周囲には兵の影。
皆が無言で戦っていた。
鎧の音、肉を裂く音、叫び声。
すべてがひとつの旋律のように繰り返されている。
≪思い出せ≫
声が響いた。
どこからともなく、胸の奥に直接届くように。
≪お前は、“守る剣”として生まれた。だが、守れぬ命もあった≫
視界の中で、一人の少女が倒れる。
その顔を見た瞬間、ユウの胸が締め付けられた。
金色の髪。
笑っていた――誰かに似ている。
≪お前はその時、祈りを捨て、戦神に願った。“この手で、もう二度と奪われない力を”≫
「……俺が……?」
≪そうだ。だがその代償に、お前は記憶を捨てた。
戦うたびに、ひとつずつ。
勝つたびに、誰かの名を忘れる。≫
ユウの足元に、砕けた剣が散らばっていた。
その一本一本に、知らない名前が刻まれている。
「リオ……サフィア……? 誰だ……?」
掴もうとしても、文字が砂のように崩れていく。
≪それが、お前の“スレイ”の代償だ≫
戦神ヴァルドの声が、炎のように強くなる。
≪だが、この剣――《セレスティア》はまだ消えていない。
お前が“奪う戦い”をやめた瞬間から、再び光を求めている≫
「……光を求める、剣……」
ユウの手の中の刃が白く光った。
光の向こうで、ガランの声がかすかに聞こえる。
「戻ってこい、ユウ・ハルヴァード! まだ焼き切れてねぇ!」
――焼き切れてねぇ。
その言葉に、意識が現実へと引き戻される。
だが最後にもう一度、声が響いた。
≪選べ、ユウ。
“記憶を守るために戦う”のか、
“記憶を捨てて強くなる”のか≫
「俺は――」
ユウが答えようとした瞬間、光が弾けた。
世界が音を取り戻し、炉の爆ぜる音が耳を打つ。
熱風が頬を叩き、視界が赤から橙へと戻る。
現実の工房。
ガランが汗を流しながら鎚を振り下ろしていた。
「もう少しだ! 火が答えようとしてる!」
ユウは息を荒げ、炉の中を見た。
そこには、光を帯びた一本の剣――《セレスティア》。
封印が剥がれ、かすかに青白い光が漏れている。
(これが……俺の、記憶の剣)
だが、胸の奥がずきりと痛んだ。
思い出そうとした少女の名が、また霞んでいく。
「待ってくれ……消えるな……!」
焦げた空の幻が、一瞬だけ重なった。
“彼女”が微笑む。
≪大丈夫、ユウ。光は消えない≫
その声を最後に、意識は深い闇へ沈んだ。
――金属の鳴る音で、意識が戻った。
ユウはゆっくりと瞼を開けた。
視界に映るのは、オレンジ色の光。炉の火がゆらめいている。
額には汗。喉が焼けるほど乾いていた。
「……生きてるか」
低い声が聞こえた。
ガランが鎚を台に置き、腕を組んでこちらを見下ろしている。
「危ねぇとこだった。あと一呼吸遅けりゃ、魂まで火に呑まれてたぞ」
ユウは身を起こし、額の汗を拭った。
胸の刻印はまだ熱を帯びているが、先ほどのような痛みはなかった。
「……あれは、夢じゃなかった」
「夢って言うより、記憶の残滓だな」
ガランは炉の前に立ち、火を見つめた。
「鍛冶ってのは、鉄を打って形にする仕事だと思われてる。
だが本当は――魂を焼き直す仕事だ。
人の想いも、後悔も、火にくべて叩く。
そうして残ったものだけが、“生きた鉄”になる」
ユウは静かに聞いていた。
火の音が、まるで心臓の鼓動のように響く。
「お前の剣、《セレスティア》は記憶を喰う。
けどな、それは罪じゃねぇ。
喰うことで、お前の魂を守ってる。
忘れなきゃ壊れるような痛みを、代わりに引き受けてるんだ」
「……守ってる?」
「そうだ。
火も剣も、人間を滅ぼすためだけにあるわけじゃねぇ。
焼いて、溶かして、形を変える――それが再生ってもんだ」
ユウはしばらく黙っていた。
胸の奥に、まだ微かな声が残っている。
≪選べ≫――あの言葉。
「俺は……もう逃げません。
失うのが怖くても、ちゃんと覚えていたい。
この剣が何を斬り、何を守ってきたのか」
ガランはわずかに笑い、炉の火に薪をくべた。
炎が高く立ち上がり、工房の影を揺らす。
「ならいい。
お前の火はまだ死んじゃいねぇ。
火が生きてるうちは、何度でも打ち直せる」
「……ありがとうございます」
ユウが深く頭を下げると、ガランはぶっきらぼうに手を振った。
「礼なんざいらねぇ。
この街の炉は、誰かの再生を待ってるだけだ」
炉の熱風が頬を撫で、髪を揺らす。
外の空はいつのまにか赤く染まり始めていた。
夕陽と炉の光が混じり、工房全体がまるでひとつの心臓のように脈打っている。
ガランが軽く顎で示した。
「見てみろ」
ユウが顔を上げると、作業台の上に一本の剣が置かれていた。
薄い青光を帯び、静かに息づいているように見える。
「……《セレスティア》」
ユウの声に反応するように、刃が小さく光を放った。
ガランが頷いた。
「こいつは、お前を選んだ。
だが勘違いすんな――剣が生きてるうちは、お前も試され続ける。
“斬るため”じゃなく、“生きるため”に振れるかどうか、な」
その言葉に、ユウは深く息を吸い込んだ。
炉の熱が、体の奥まで染み込んでいく。
痛みではなく、確かな温かさ。
(これが、“生きてる”ってことか)
工房の炎が静まり、夜の風が窓を叩いた。
昼間の熱気が嘘のように引き、代わりに淡い橙の光だけが炉の奥でゆらめいている。
ユウは修復を終えた剣を前に、しばらく言葉を失っていた。
《セレスティア》。
それはガランが炉の中で聞いたという名前。
けれど、その響きには奇妙な懐かしさがあった。
(光を求めるもの……か)
ユウは柄をそっと握った。
金属の冷たさの奥に、かすかな体温を感じる。
まるで、誰かの手のひらが重なっているようだった。
「名を呼んでやれ」
ガランが静かに言った。
「剣はな、呼ばれた瞬間に“存在”になる。
名がある限り、忘れられても消えねぇ」
ユウはうなずき、ゆっくりと息を整える。
胸の刻印が小さく光る。
――忘れられても、消えない。
「……行くぞ」
その言葉とともに、剣を掲げた。
青白い光が刃先を走り、工房の影を照らす。
「《セレスティア》」
その瞬間、空気が震えた。
炎がひときわ高く立ち上がり、光の粒が舞う。
刃の紋様が明滅し、やがて穏やかな鼓動のように安定した。
まるで、剣が深く息をしているようだった。
ガランが満足そうに笑った。
「……いい呼び方だ。火も納得してる」
「名前を呼ぶだけで、こんなに違うんですね」
「名は“信じる”ってことだからな。
この街でも子どもの名前を決める日は祭りをする。
魂が宿る瞬間を祝うってわけだ」
ユウは剣を見つめながら呟いた。
「俺がこの剣に名を与えたんじゃない。
こいつが、俺に名を思い出させた気がする」
「そういう時もある。剣ってやつは、持ち主の心を映す鏡だからな」
ユウは剣を腰に収めた。
その動作が妙に自然で、手に馴染む。
まるでずっと昔からそこにあったような感覚。
「こいつは、生きてる」
ユウが呟くと、ガランは頷いた。
「そうだ。そしてお前も、ようやく“生き直した”」
工房の外から、風が吹き込んだ。
風鈴のような金属の音が鳴り、炉の火がゆっくりと沈む。
その音を聞きながら、ユウは小さく笑った。
(火の音が……温かい)
カイが後ろからひょっこり顔を出す。
「うわっ、なんか雰囲気いいですね……ていうかユウさん、顔がちょっと優しくなってません?」
「そうか?」
「はい。前は“刺されたら反射で斬り返すタイプ”っぽかったけど、今は“相談すればなんとかしてくれそう”タイプです!」
「どんな分類だそれ」
ガランが吹き出す。
「ははっ、悪くねぇな! 剣士ってのは顔に出る。火の通りがよくなった証拠だ」
ユウは照れ隠しのように外套の襟を直した。
夜風が心地よく、胸の刻印はもう静かに脈を打っている。
《セレスティア》。
この名を呼ぶたびに、火の温度と記憶が確かに繋がる気がした。
忘れていた“生きている実感”が、少しずつ戻っていく。
夜のレオグラードは、昼よりも穏やかだった。
鍛冶街の煙はようやく静まり、代わりに遠くの酒場から笑い声と笛の音が届く。
街を見下ろすギルド屋上。そこに、二つの影が並んでいた。
「……いい風っすね」
カイが手すりにもたれ、月を仰ぐ。
銀色の光が外套を照らし、胸元の“銀の羽根”がほのかに輝いた。
ユウは少し離れた場所に腰を下ろし、手にした剣を見つめていた。
《セレスティア》。
修復されたばかりのその刃は、炉の火の名残のような青白い光を帯びている。
「ユウさん……その剣、やっぱり綺麗ですね」
「火の中で生まれた光だ。……生きてるって感じがする」
「名前、つけたんですよね?」
「そうだ。こいつの名は――《セレスティア》。
“再び光を求めるもの”って意味らしい」
カイが目を丸くした。
「すげぇ……。意味までかっこいい!」
「気に入ったなら、呼びやすい方で呼べ」
「じゃあ……“セレス”で!」
ユウは苦笑する。
「お前、何でも縮めたがるな」
「だって、仲間の証っすよ!」
屋上を渡る風が、二人の外套を揺らす。
しばらく無言のまま、街の灯りを見下ろした。
石畳の通りには、人々の笑い声がまだ残っている。
どの明かりも小さいが、確かに“生きている”。
「……不思議ですね」カイがぽつりと言った。
「昼間あんなに火花が飛んでたのに、夜になると静かで。
それでも、街全体が呼吸してる気がするんです」
「火も人も、休むから生きていけるんだろう」
「ユウさんも、少し休めそうですか?」
ユウは答えず、ただ《セレスティア》を見つめた。
刃の中に、さっきの炉の火が映っている気がした。
「この剣は……俺の記憶そのものだ」
「記憶、っすか?」
「斬るたびに、何かを失っていく。
でも、それでも前に進めるように、こいつが形を残してくれてる」
カイは真剣な顔でうなずいた。
「じゃあ、その剣があれば、ユウさんはきっと大丈夫っすね」
「……さぁな。でも――」
ユウは剣を月光にかざした。
「この光がある限り、俺はもう“奪うだけの剣”にはならない」
沈黙。
遠くの鐘が、静かに時を告げた。
「明日は、ゲート前の任務っすよね」
「ああ。初めての外だ」
「俺、正直……ちょっと怖いです」
「怖いままでいい。恐れを知らない剣は、すぐに折れる」
カイが笑った。
「それ、ガランさんも似たようなこと言ってました!」
「そうか。なら、正しい」
風が強くなり、雲の切れ間から満月が顔を出した。
街の屋根が銀色に染まり、ギルドの鷹の紋章が光を反射する。
ユウは立ち上がり、剣を腰に戻した。
「行こう。明日に備えよう」
「はいっ!」
二人は屋上を降り、石の階段をゆっくりと下りていく。
夜風が背中を押した。
“再び光を求めるもの”――その名の通り、彼の旅はまた一歩、光へ近づいていた。
第4話「剣の記憶」は、戦闘のない“静の章”。
ここでユウは“奪う剣”から“守る剣”へと心を移し、
象徴となる剣を正式に手にしました。
ガランはこの物語における“再生の導師”。
「鍛冶とは魂を焼き直すこと」という言葉は、
ユウ自身の生き方にも重なります。
カイとのやりとりでは、少し柔らかい人間味を出し、
“孤独な剣士”から“仲間を持つ冒険者”への変化を描きました。
次回――
第5話「祈りと血の試練」
いよいよ初任務、アビス・ゲート前の実戦。
ユウが初めて“スレイ”の称号を得る戦いが始まります。




