第14話 剣聖、黎明に立つ
瓦礫の隙間から、淡い光が差し込んでいた。
焦げた木の匂い、割れたガラスの残響、そして……祈りの声が消えた街。
俺は崩れた祭壇の前で目を覚ました。
腕には古い包帯。右肩の痛みが鈍く残っている。
夜の戦いの記憶が断片的に浮かんでは、煙のように消えた。
「……ここは」
かすれた声を出した瞬間、足音が近づく。
「先生」
振り返ると、リシアが立っていた。
白衣の裾は煤で汚れ、それでも瞳は光を失っていない。
「負傷者を避難させました。ローナさんは救護所に……。でも、神殿が……」
言葉が続かない。
外の光を受けた彼女の頬に、乾いた涙の跡が見えた。
俺は黙って立ち上がり、焼けた床を見渡す。
祈りの像は粉々に砕け、天井の穴から冷たい風が吹き込んでいた。
そこには、昨夜まで祈りを捧げていた人々の気配が微かに残っている。
だが今、その場所には静寂だけがあった。
「……街は?」
「戦神派の人たちが“選定”を始めたそうです。
加護を持たない者を“異端”として隔離してるって」
リシアの声が震えた。
俺は拳を握りしめる。
昨日、あれほどの犠牲を出してまだ分からないのか。
祈りは救いのためのものだ。
人を裁くためにあるわけじゃない。
「リシア。避難民はどこに?」
「北側の広場に。ローナさんが指揮を……でも、
また“何か”が出るかもしれません。夜の残響がまだ残ってて……」
リシアの声が途切れる。
その瞬間、地面の下から低い音が響いた。
ドン……ドン……。
まるで、地下で何かが這い上がってくるような震動。
俺は剣の柄に手をかけた。
「避難民を下がらせろ。……嫌な予感がする」
「先生は?」
「行く。放っておけば、また誰かが死ぬ」
リシアが息を呑んだ。
その瞳には、恐怖と同時に決意が宿っていた。
「なら、私も行きます。
ローナさんに伝えます――“先生がもう一度、剣を取る”って」
外に出ると、風が冷たかった。
街の空は灰色に曇り、朝日がまだ届かない。
遠くの瓦礫の間から、低い唸り声がこだました。
――まだ終わっていない。
この街の祈りは、まだ壊れたままだ。
俺は剣を抜いた。
光を失った刃が、わずかに朝の光を反射する。
「……もう一度、立つ時が来たようだな」
焼けた街の空気には、まだ祈りの灰が混じっていた。
その中を、金属の靴音が整然と近づいてくる。
「……ユウ・ハルヴァード」
声の主は、黒衣の司祭服に白銀の鎖を巻いた男だった。
十数名の神殿兵を従え、胸元には“戦神ヴァルド”の紋章。
“選定官”――神の意志を代弁するとされる存在だ。
「神の加護を棄て、異端を庇う者。
あなたが“剣聖”と呼ばれた頃の名残は、もはや見えませんね」
「……言葉は要らない。
俺はもう、神の命令では動かない」
選定官の瞳が細くなる。
「それが罪だと、分からぬのですか。
神の定めを離れた剣は、ただの殺戮者だ」
その言葉に、胸の奥がざらついた。
過去に何度も同じ台詞を聞いた気がした。
――“神のために斬れ。疑うな。正義は我らにある”。
その正義が、どれだけの命を奪ってきたか。
「もう一度問います」
選定官の声が低く響く。
「あなたは神の剣として立つのか、それとも――人の敵となるのか」
「どちらでもない。
俺は、“人を守る剣”として立つ」
短い沈黙。
神殿兵たちがざわつき、法杖の先が光を帯びる。
「愚かだ。
神を否定する者が、どうして祈りを守れる!」
その瞬間、空気が震えた。
地面に淡い紋章が浮かび、祈りの光が地を走る。
聖句の詠唱。
兵たちが同時に声を合わせ、金の鎖を形作った。
「“神の御名により、異端を拘束せよ――!”」
リシアが後ろで叫ぶ。
「先生!」
俺は剣を抜き、鎖が届く寸前に一閃した。
空気が裂け、金の光が粉のように砕け散る。
「その祈り、救いじゃなくて“命令”だろ」
選定官が一歩退き、杖を構え直す。
「ならば証明なさい。
あなたの“人の祈り”とやらが、この地を救えるのか」
彼の合図とともに、
周囲の瓦礫が揺れた。
地面の下から低いうなり声が響く。
リシアが息を呑む。
「この音……まさか」
瓦礫の裂け目から、何かが這い出てきた。
腐敗した祈り布をまとい、瞳に淡い光を宿した群れ――。
「……ゴブリン?」
「祈りに喰われた、残響の成れの果てです」
選定官は一歩下がり、静かに言った。
「神が示された。これが、あなたの“選定”です」
ゴブリンたちが一斉に吠えた。
祈り布を引き裂き、牙を剥く。
焼けた街に、再び混沌が広がっていく。
俺は剣を構えた。
「――また神の名で、誰かを裁くのか」
「裁きではなく、清めです」
彼らの言葉を遮るように、
俺は一歩踏み出した。
「じゃあ見せてやる。
“清める剣”じゃなく、“守る剣”ってやつを」
轟音とともに、地面が割れた。
瓦礫の隙間から、汚れた腕が伸び出す。
光を失った目、裂けた口。
それでも奴らは、祈るように手を合わせながら這い上がってきた。
「神よ、救いを……」
ゴブリンの唇がそう動いた瞬間、私の背筋が凍りついた。
彼らは“祈りの言葉”を模倣していた。
それが、人間の恐怖を呼び覚ますことを知っているかのように。
「リシア! 下がれ!」
ユウ先生の声。
剣が閃き、ゴブリンの首が一つ、宙に舞う。
血ではなく、灰のような粒子が空に溶けた。
私は息をのんだ。
その灰は、祈りの残滓――昨夜、神殿を覆った“残響”。
つまり、これらのゴブリンは神の名を喰った存在。
祈りの歪んだ影そのものだった。
「みんな、こっちへ!」
私は叫び、避難民を手招きした。
ローナさんが手を振り、救護班を誘導する。
子どもを抱いた母親が転びそうになり、私は駆け寄って肩を支えた。
「大丈夫、走って!」
母親は泣きながら頷く。
背後で、金属音が連続した。
神殿兵の法杖が光を放ち、鎖の祈りが街路を縛る。
だが、それは避難民の足をも止めてしまった。
「やめて! あの人たちも巻き込まれる!」
「異端を隔離するのが神の務めです!」
兵士の叫びに、胸の奥が燃えた。
(なんで……こんな時に、また“神の言葉”なの!)
ユウ先生が跳び上がり、鎖を断ち切る。
その瞬間、祈りの光が弾けて視界が白く染まった。
耳鳴りの中で、私は倒れた子どもの身体を抱きしめた。
脈はある。息も……まだ生きてる。
「立てる?」
「うん……こわいよ……」
「大丈夫。先生がいるから」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥で震えが走った。
信じたい。
この状況で、それでも“誰かを信じる祈り”を。
瓦礫の向こうで、ユウ先生の背中が光を受けていた。
剣の先が朝霧を裂き、淡く輝く。
その姿を見た時、私は気づいた。
――あの人が信じているのは、神じゃない。
目の前の命だ。
「……先生」
声が震えた。
剣を握るその手に、もう迷いはなかった。
あの夜、祈りを拒んだ剣が――いま、人を守るために振るわれている。
ゴブリンの咆哮が近づく。
私は深呼吸をし、手の中の聖句布を握りしめた。
神の名前はもう唱えない。
ただ、願いを込めて。
「どうか……この街の朝が、もう一度来ますように」
その瞬間、風が吹いた。
焼けた空気の中を、淡い光が駆け抜けた。
ユウ先生の剣が唸り、群れの前列が一瞬で霧散する。
灰の粒子が舞い、朝日の色を帯びて輝いた。
――祈りの灰が、光になって還っていく。
瓦礫の向こうで、リシアの声が響いていた。
避難民を導き、子どもを抱きかかえ、走る。
その姿を見た瞬間、胸の奥の何かが熱くなった。
「……リシア、よくやってる」
俺は呟き、剣を構え直す。
周囲を囲むゴブリンたちは、もはや“獣”ではなかった。
歪んだ祈りの残響が人の形を真似し、
光を失った瞳で空を見上げている。
その中の一体が、か細い声で言った。
「た……すけ……て」
剣を振り下ろす手が止まった。
(……やめろ。考えるな。あれは人じゃない)
頭では分かっていた。
けれど、その声は確かに“祈り”の形をしていた。
背後で、戦神派の選定官が叫ぶ。
「ためらうな! あれは穢れだ!」
「黙れ!」
怒鳴り返すと、彼が一瞬息を呑んだ。
「お前たちの祈りは、もう人を救っていない!」
「救いとは、神に従うことだ!」
「違う!」
剣先が火花を散らす。
俺は踏み込み、彼の杖を打ち払った。
衝撃で彼が転倒し、法衣が灰にまみれる。
「救いは“命令”じゃない。
誰かを想うことだ。それを俺は――この街で見た!」
選定官が怯えたように後退する。
「……神を冒涜する気か」
「もしそれが“冒涜”なら、何度でも犯してやる」
その言葉とともに、胸の刻印が熱を帯びた。
あの夜、封じたはずの加護が微かに反応する。
だが、光は血の色ではなく――温かい、朝の色だった。
「先生!」
リシアが駆け寄る。
「もう無理です、みんな限界で……!」
「分かってる。だから、ここで止める」
剣を地面に突き立て、目を閉じた。
焼けた空気の中、かすかに風が通り抜ける。
リシアの祈りの声が、遠くで響いた気がした。
それは神の名ではなく、たったひとつの願い――
“生きて”という声。
俺は剣を抜き、静かに構える。
「……この剣は、もう誰も裁かない」
リシアが息を呑む。
「この剣は、守るためにある。
誰の命令でもなく――俺の意志で振るう」
瞬間、風が爆ぜた。
剣の刃から白い光が流れ出し、灰を吹き飛ばす。
それは戦神の加護ではない。
祈りを超えて生まれた、人の“願いの光”だった。
「先生……それが、あなたの祈りなんですね」
「祈りってのは、信じることじゃない。
誰かの痛みを、見捨てないことだ」
ゴブリンたちが再び唸りを上げる。
だが、その目の奥には迷いがあった。
彼らもまた、祈りの残滓。
救いを求める声が、まだ残っている。
「だったら――この光で終わらせる」
俺は踏み込み、刃を振り抜いた。
光の弧が走り、灰が舞う。
街の空気がわずかに澄んでいく。
――この剣で“壊す”んじゃない。
“還す”んだ。祈りを、人へ。
風が止んだ。
灰の中から、一際大きな影が姿を現した。
全身を祈り布で包み、腕には人の聖印を縫い付けた鎧。
その胸には、焦げた神殿の紋章――。
「……ゴブリンチャンピオンか」
群れの核。残響を喰い尽くして進化した、祈りの異形。
目は血のように赤く、口からは光の霧が漏れている。
それはもう獣ではなく、“祈りを喰らう神の亡骸”だった。
周囲のゴブリンたちが一斉に膝をつき、頭を垂れる。
まるで礼拝の儀式のように。
チャンピオンが低く唸り、地面を踏み鳴らした。
その瞬間、瓦礫の破片が浮き上がり、空気が震える。
「リシア、下がれ!」
俺は叫び、前に出る。
チャンピオンの拳が地を叩き割り、衝撃波が襲う。
建物の壁が崩れ、砂煙が視界を覆った。
「先生っ!」
声が遠くに聞こえる。
だが今はそれに応えない。
敵の呼吸を感じる――遅い、重い、だが圧がある。
巨体の割に無駄がない動き。祈りの重力を纏っている。
「……なるほど。これが“信仰の残滓”か」
剣を構える。
その刹那、チャンピオンが雄叫びを上げた。
祈り布が破れ、金の光が溢れ出す。
耳の奥に誰かの声が響いた。
「――神の御名により、異端を断罪せよ」
(またそれか……!)
俺は歯を食いしばり、突進を迎え撃つ。
刃と拳がぶつかり、衝撃が腕を痺れさせる。
瓦礫の中に火花が散り、光と影が混じる。
「お前の神は、もういない!」
叫びながら斬り上げる。
だが分厚い布に弾かれ、傷は浅い。
祈りの文字が剣に絡みつき、動きを奪おうとする。
(……布そのものが“加護”か)
足を滑らせた瞬間、拳が脇腹をかすめた。
鈍い痛み。血が滲む。
それでも退かない。
剣を握り直し、踏み込む。
「ユウ!」
リシアの声。
振り返ると、彼女が地面に祈りの石を叩きつけていた。
光が走り、チャンピオンの動きが一瞬止まる。
「今です!」
俺は跳び上がった。
刃に朝の光が走り、祈り布を貫く。
手応え。
チャンピオンが咆哮を上げ、拳を振り上げる。
「まだだ……!」
剣を押し込み、胸甲を裂く。
祈りの布が剥がれ、下から黒い肌が覗いた。
その奥に、人の顔が見えた気がした。
焼け焦げ、苦痛に歪みながらも、どこかで泣いているような――。
「……救えなかったのか」
呟いた瞬間、刃が鈍った。
チャンピオンの手が俺の肩を掴み、地面に叩きつける。
息が詰まり、肺の空気が一気に抜ける。
(くそ……)
立ち上がろうとした時、リシアが叫んだ。
「先生っ、あの人たちを――!」
避難民が瓦礫の向こうで震えていた。
チャンピオンがそちらへ向きかける。
「させるか……!」
痛む身体を押して立ち上がり、
再び剣を構えた。
「この剣は、誰も裁かない。
守るために――今、ここで振るう!」
風が吹き抜け、灰が舞い上がる。
光が剣の刃を包み、チャンピオンの影を照らした。
――この一撃で、終わらせる。
チャンピオンが吠えた。
その咆哮に合わせて、街の瓦礫が震え、残響の光が空へと立ち上る。
耳の奥に、無数の祈りの声が混ざり合って響いた。
「赦しを」「救いを」「罰を」――。
どれも人の声だ。だが、そのどれもが悲鳴だった。
「もう……終わりにしよう」
俺は剣を持ち上げた。
刃の中に映る自分の顔が、泥と血で汚れている。
それでも、その瞳だけは確かに“誰かを守りたい”と叫んでいた。
リシアの声が、遠くで響く。
「先生! 祈ってください! 誰のためでもいい、あなた自身のために!」
その瞬間、胸の刻印が熱を帯びた。
過去の罪も、恐れも、すべてがそこに焼きついている。
――スライムの時。初めて命を斬った夜。
――血を浴び、震えながら手を合わせた日。
(あれが、俺の始まりだった。スレイヤーの原点だ)
「……だったら、もう一度立つだけだ」
刃を握る手に力がこもる。
光と影が混じり、剣が淡く脈動した。
その脈動は“神の加護”ではない。
リシアが信じてくれた“人の祈り”の鼓動だった。
「これが、俺の祈りだ!」
叫んだ瞬間、刃が白く燃え上がった。
周囲の灰が吸い寄せられ、剣に光が宿る。
チャンピオンが拳を振り上げた。
祈り布がはためき、金の残響が飛び散る。
――来る。
俺は一歩踏み出し、息を吐いた。
“影”を裂くように、一閃。
衝撃が腕に伝わり、骨が軋む。
だが、その痛みの奥で確かに何かが“還っていく”のを感じた。
チャンピオンの体に刻まれた聖句がひとつずつ崩れていく。
そのたびに、祈りの声が静かになった。
「……お前も、祈ってたんだな」
刃を押し込み、最後の一撃を叩き込む。
光が炸裂し、風が巻き上がった。
チャンピオンの身体がゆっくりと崩れ、灰となって消えていく。
静寂。
残ったのは、朝の光と、風に舞う祈り布だけ。
リシアが駆け寄り、震える声で言った。
「先生……終わったんですね」
「……ああ。もう、誰も裁かなくていい」
俺は剣を地面に突き立てた。
刃先が淡く光り、刻印が再び脈動する。
その光がギルドの刻印と共鳴し、腕の紋章に新たな文字が刻まれた。
〈称号:ゴブリンスレイヤー〉
淡い光が消えると同時に、街に風が吹き抜けた。
祈りの灰が舞い上がり、朝日を浴びて金色に輝く。
それはまるで、失われた祈りが再び空へ帰るようだった。
リシアが泣き笑いで呟く。
「……これが、あなたの光なんですね」
「いや、俺だけのじゃない。
お前たちが信じてくれた“人の祈り”の光だ」
空を見上げる。
灰色だった雲が裂け、柔らかな朝が差し込む。
その光の下で、俺たちは静かに立っていた。
光が止んだ。
風が街を抜け、灰の匂いが遠ざかっていく。
気づけば、世界にはもう咆哮も祈りの残響もなかった。
俺は剣を地に突き立て、深く息を吐いた。
胸の刻印がまだかすかに熱を帯びている。
その光は穏やかで、怒りの残り火ではなかった。
――“守れた”という実感だけが、静かに残った。
リシアが駆け寄ってきた。
髪に灰が積もっているのに、顔は明るかった。
「先生……本当に、終わったんですね」
「ああ。終わったよ。……ようやくな」
彼女は微笑んだ。
涙で濡れた頬を拭いながら、胸の前で手を合わせる。
けれどその祈りには、もう神の名はなかった。
ただ、生き残った人たちと、これから歩く明日への祈り。
周囲では避難民たちが瓦礫を片づけ、
互いに手を取り合っていた。
ローナも救護班を率い、傷ついた人を支えている。
その姿を見て、俺はようやく微笑んだ。
「ローナが言ってたな。
“祈りは形じゃなく想いだ”って」
「ええ……その通りですね」
リシアの言葉に頷き、空を見上げた。
夜明けの光が雲の切れ間から差し込む。
それは、誰かが差し出した手のように優しかった。
「ユウ先生」
「ん?」
「このあと、どうするんですか?」
「……北へ行く。峡谷の向こうに、“暁の谷”がある」
「スレイの残響が、そこに?」
「ああ。放っておけば、また同じことが起こる」
リシアが唇を噛む。
「また戦うんですね」
「……戦うためじゃない。
戦わずに済む道を、探すために行く」
少しの沈黙。
そしてリシアは、まっすぐに俺を見た。
「なら、私も行きます」
「危険だぞ」
「分かってます。でも――あの光を、もう一度見たいから」
彼女の瞳には、朝日の色が映っていた。
俺は小さく笑い、肩をすくめる。
「……まったく、弟子の頃から変わらないな」
「もう弟子じゃないです。“仲間”です」
「そうだったな」
背負った剣が、微かに鳴った。
それは祝福の音のようにも、再出発の鐘のようにも聞こえた。
遠く、山の方角から風に乗って低い遠吠えが聞こえる。
――コボルト。
次の“スレイ”の気配だ。
リシアがその音に気づき、顔を上げた。
「また、始まるんですね」
「ああ。けど、今度は違う」
剣を背に収め、歩き出す。
「この剣はもう、誰も裁かない。
祈りを守るために、また前へ進むだけだ」
朝の光が街を包み込む。
焼けた石壁に反射して、金の粒が舞い上がる。
それはまるで、灰の中から咲いた“光の花”だった。
風が吹き、瓦礫の影が消える。
俺たちはその中をまっすぐに歩いた。
――夜は終わった。
そして、“スレイする者”の物語が、また一歩進む。
祈りを奪う者を、祈りで断つ。
それがユウにとっての“スレイ”の意味になりました。
――朝の光とともに、〈ゴブリンスレイヤー〉誕生。




