死人
お母さんが死んだ。
昨日死んだのだと、伝えられた。誰だったかは忘れた。警察か何かだったと思う。学校は休むことにした。お父さんに理由を聞かれた。調子が悪いと答えた。お父さんは笑って、
「お母さんが死んだぐらい気にするな!まだ話もできるし姿も見れる、生きてた頃と変わらないさ!」
と言った。結婚した相手が死んだのだから少しは悲しむと思ってたけど、全く悲しんでいる様子はなかった。お母さんもいつもと変わらず微笑んでた。僕の考えてることなんて親には分かりっこないさ。談笑している親を放って僕は自分の部屋に篭って外の雨音を拒絶するかのごとく布団の中に包まって耳を塞いでいた。
この世界はおかしくなったのかもしれない。
初めは良かったのかもしれない。人間が追い求めていたもの、不死。ある科学者がこれをできるようにしてしまった。詳しく言うと、不死ではなく、死んだ後でも死ぬ前と同じように考えたり、ご飯を食べたり、寝たりできるようにするものだった。食べる必要もないし寝る必要もない、人間の真似事ができる、というだけだったけど。もちろん喋ることもできるし、新しい命を作ることはできないけど、快感を得ることはできるらしい。学校では、なんでこんな研究が続けられてたのかは教えてくれなかった。ただこんな事があったのだ、と他の歴史と同じように。
学校の課題で不死について詳しく纏めて、ポスターにしろという課題が出た。いつもテストの点数が悪い僕はこの課題たちを頑張るしかないのだ。そうやって色々と調べた。気持ち悪くなった。昔は不死なんてなくて、人はぐちゃぐちゃになったり、重要な器官がなくなったり、病気にかかったら死んでしまってたらしい。死なないために痛みがあるのだ、と昔は言われてたって本に書いてあった。国を挙げて作っていた不死の薬。最初に完成させたのは僕が住んでる国だった。この国が不死の薬を完成させたと周りに吹聴して周った。最初は批判も多く、倫理的な問題もあったらしい。しかし、この薬は不死になるという事と15歳以下の子供に飲ませると死ぬこと以外全く影響がなかった。ただ不死になるだけ、メリットしかない。しかし、昔の人々はこの薬を悪い物だと考えていた人もいたらしい。僕もそう思う。しかし、上の人たちはこの薬はお金になると気付いたんだろう。この薬を使ったお金儲けが始まった。
最初はお金持ちにしかこの薬は買えないほど高かった。でもどんどん研究が進むにつれて、どんどん安くなっていった。庶民にも手が届く金額になった頃、まず目をつけたのはインフルエンサーだった。彼らは本当に死なないかを試し、それを動画に撮り、拡散した。SNSでは誰かがぐちゃぐちゃになった動画が毎日のように投稿された。自分の死というコンテンツが飽和され出した頃、次はドッキリの感覚で薬を飲ませた後、殺し始めた。これらは始めの方は仲間内の、元々薬を買うつもりだった人に対して行っていた。しかしどんどん過激になっていき、赤の他人に薬を飲ませた後殺し始めた。死なない、と分かっているからハードルが低かったのもあるのだろう。自分がぐちゃぐちゃになっているのだから他人もなっていても違和感がない、とよく分からない考え方も流通していた。イジメの一環として行われた。ただ嫌いな、恨んでいたやつを何回も殺すために行われた。そうして世界中に存在する無理やり薬を飲まされた被害者たちは日に日に増えていき、そして彼らは集まりだした。勝手に不死にした人々に復讐するため、新しい被害者を産まないため。
彼らはまだ薬が行き届いていない所へ向かい、人々を殺し始めた。彼らは、不死にならないためには既に死んでいれば良い、と考え、人を殺しまだ薬を飲まされていない子供を保護していたと本に書かれていた。彼らはいくつかの国を滅ぼし、彼らに賛同する国も現れた。そうしたのち、新しい国を作った。正確には、届け出などされておらず、勝手に国と名乗っているらしいけど。彼らは他の国から『ゾンビ』と呼ばれていた。元々の意味は死体のまま蘇った、それこそ不死の薬を飲んだ後の人々のことだったのだけれど、悪いものというイメージがあったらしく、ゾンビ呼びが浸透していった。『ゾンビ』たちの国は大きな勢力をつけていき、戦争も起こしていた。しかしお互いの兵士も、指揮官も、国王も不死のため、戦争による人への被害はなかった。ただ、『ゾンビ』たちの国に向けて核やミサイル、爆弾などありとあらゆる兵器がまるで実験のごとく放たれた。『ゾンビ』は死ぬことはなかったが、その代わりに不死になる前に作った子供と保護した子供を失い、その子供が食べるはずだった食べ物を失い、住んでいた家を失い、体を焼かれ続けていた。
しかし彼らは黙っていなかった。彼らは大国の1つに潜入すると、歩いている市民を誘拐し、拷問しているという噂を流した。毎日五人ほど、人通りの多い場所を特に狙っていると。この噂が流れると、外を出る人が減った。そうして、大国内の人々は外に出なくなった。すると、国の経済が回らなくなり始めた。最悪飲まず食わず、寝る必要もなければ家が必要というわけでもない。彼らが欲していたのは暇を潰すものだけだった。その暇をつぶすものも、今はSNSで事足りており、仕事をさせる必要もほとんどなかった。そうして、国の経済が回らなくなり、緩やかに破滅した。すると『ゾンビ』たちが破滅した国を牛耳り、暇を持て余した市民たちは彼らに従った。それが今の『ゾンビ』たちの国である。
ということをまとめたポスターを作った。僕は満点を取ったが、全く嬉しくなかった。発表途中吐き気すらした。こんなことを思い出してたらまた気分が悪くなってきた。今日は警察が巡回してるから外に出ることもできない。とにかく気分を紛らわせたくてSNSを眺めていた。すると、一つの投稿が僕の目に留まった。そこには「『ゾンビ』の国の理念に共感した人はこちらに!『ゾンビ』の国に招待します!」という一文とともに、赤いピンが刺された地図と集合時間が表示されていた。僕は急いでスクショを撮った。『ゾンビ』の国関連は規制が多く、ほとんどのSNSプラットフォームではタブーとなっているからだ。集合時間にはまだ余裕がある。僕は準備をして、親の目を盗んで地図に記された場所へと向かった。地図は山の入り口を指し示しており、雨が降っている今は人気がなくそれでいて車が通ることができる場所だった。僕は少しワクワクしていた。『ゾンビ』の国は僕が思った違和感や嫌悪感を肯定してくれるから。こんなに嬉しいことと比べたら、親に何も言わず外に出ることや、警察に見つかることなんて些細な事だった。遠目から見えた集合場所には、『ゾンビ』の国に連れて行ってくれる人か、はたまた僕と同じように『ゾンビ』の国に行きたいと思っている人だろうか、僕より歳が上だろう三人が喋っていた。僕は少し急いで集合場所まで向かい、連れて行くに値しない者だと思われないように大きな声でハキハキと挨拶をした。
「こんにちは!『ゾンビ』の国に行けるなんて光栄です!よろしくお願いします!」
すると三人の男はこちらを向き、少し気味の悪い笑顔で挨拶を返した。
「「「こんにちは」」」
僕はとにかく会話を切らせてはいけないと思い、年齢から聞いてみることにした。
「あなたたちは何歳なのですか」
すると彼らは顔を見合わせ、そのうちの一人が言った。
「全員同じだよ。17歳さ」
と言った。僕より3歳上だ。でも大人じゃないということは、彼らも『ゾンビ』の国に向かう参加者なのだとわかった。彼らがどうして『ゾンビ』の国に向かうのか気になった僕は彼らに理由を聞こうと思った。理由を聞けば仲良くなるきっかけを掴めるかもしれないしと若干打算も入れながら、
「どうしてあなたたちは『ゾンビ』の国に行きたいと思ったのですか」
と聞いた。するとさっき年齢を答えてくれた人が少し笑いながら、
「え、あー『ゾンビ』の国ね?あそこが素晴らしい国だからっていうのが一番の理由だよ。あの理念には共感の嵐だったからね。ここにいる2人も同じ気持ちだよ。」
と答えてくれた。喋っていない二人の顔が少し赤いのは恥ずかしいからだろうか。自分の考えを初対面の人に話すのは少し恥ずかしいよねと共感しながら聞いていると、
「君は何歳なの」
と聞かれた。確かに年齢を聞いたのに自分の年齢は言わないのはおかしいなと思い、
「14歳です」
と答えた。すると後ろから僕を見ていた二人の男は目を見開き、突然質問に答えてくれていた男が僕を蹴り倒した。突然身体が倒れたことと痛みで固まっていると、彼が仲間に向かって
「今日の撮影のタイトル、『ゾンビ』の国に行きたがるバカの粛清からまだ不死の薬を飲んでいないガキの解体ショーに変えといて」
と言っているのが聞こえた。とにかく逃げ出そうと走ろうとするも、後ろを向いた瞬間に思いっきり頭を殴られて、その場に倒れ込んだ。うつぶせのまま必死に逃げようと匍匐前進するも、足を掴まれて動けないようにされ、仰向けにされた。男の一人がナイフを、もう一人がカメラを持っていて、さっき質問に答えてくれていた男は縄で僕の足を縛っていた。僕の両手両足が縛られると、彼はカメラを起動させるように言い、話し始めた。
「どうもー今日は『ゾンビ』の国に行こうとしてるまだ不死になってない14歳の異端者を粛清しようと思いまーす」
と言い、隣の男からナイフを受け取ると、僕に向けた。僕が怖さのあまり失禁していると、彼は笑いだした。他の男も笑い出した。みんな笑い出した。とにかく恐ろしくて、でも力が抜けて、動くこともままならなくて、ただナイフと持っている男を見るしか無かった。そして男は両手でナイフの刃を下にむけ、仰向けでただ見ることしかできなかった僕の胸に向かって思いっきり突き刺そうとした。これが僕が見た最後の光景だった。




