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【決して】ようこそ楽園へ【出られない】

作者: でぃごとてぃーだ


「ここは特別に作ったあの国とは別次元の場所。すきなだけ寝てご飯を食べて好きなことに費やしなさい。仕事は禁止よ、ここは誰にも縛られない自由の楽園。理想を描きながら好きな人、好きなもの、好きなことを存分に試していいの、どう?とってもいい条件だと思わない?」


「あなたたちには限られることのない自由を、私は人が幸せだと思う生活を見てみたいの。」


「何年でもずっとここにいていいの、こことあの世界の流れは別のものだからあまり気にしなくていいわ。」


あの日、農作業服を身にまとった神さまは私たちにそう言った。




















朝日が昇った少し後に目を覚まし、顔を洗って歯をみがく。着替えもせずパジャマ姿で階段を降り、香ばしい匂いのするほうへ足を向けた。


「おはよう、アリシア」

「おはよう、朝日は昇ってしまったけどね」


アリシアの目の前に広がるのは色とりどりの野菜が盛られたボウルにこんがり焼かれた食パンとその上にトロッと溶けているバター、そして栄養満点のスムージー。このような食事は何年ぶりだろうか、本当に夢ではないのかと思いながらもアリシアはパンをかじる。


「おいしい」

「それはよかった」


すこし口にするだけで広がる甘いパンの味わいとふわふわの食感はこの世のものとは思えない位ほどにやさしさが詰まっている。これは、売れる。売る気はないが。


「クロエ、材料あとで教えてね、もちろん作り方も!」

「いいよ、でもその隈がなくなってからだ」


少し薄くなってきたね、とクロエが目を細める。自分でも刻み続けると思っていたこの隈はここに来る前よりもずっと薄くなった気がしていたのだ。月残業50時間から解放されてもそれでもまだ薄く残る理由は自分の研究に打ち込みすぎてしまうという魔術の追求者の性というもので、そんな姿を見つけては寝室に引きずるのが彼だ。


クロエはここに来てから再会した人で、あの神が私たちが来る前に一人一人に小さな家を準備して、大切なものを先にこの場所に連れて来たと言っていた。誰かにとっては猫で、誰かにとっては楽器で、私にとってそれはクロエという人間だった。とても用意周到、好感度プラス100点。


「今週の予定は?何をするの?」

「ごひゅどうへんひゅう」


野菜をもぐもぐしながら話すアリシアだがクロエは困惑する眉一つもなく話し続ける。


「合同研究?あの厄介な?じゃあ、日が変わる1時間前に迎えに行くよ」

「…前から気になっていたのだけれどどうして厄介なの?」

「研究者の研究って止めるものがない限り阿保みたいな時間まで続くんだよ?君も魔術師の1人なんだからそういうことあるんじゃないかい?」


「……そら、昔はあったけど、上の人達からの注文が多いのに加えて自分の研究も進めなければいけなくて、ほら国のほうが優先度って高いじゃん?だから、自分の事は後回しにするのが当たり前でさ、まだあんまりこの生活に慣れていないんだよねハハハ」

「…早く慣れてほしいけどね~、さ、早く着替えな」


片づけはやっておくよ、という言葉に潔く甘えて席を立つ。階段を上がり、着替えて魔術師のローブに袖を通し軽く化粧をする、髪の毛は一つに結んでおけば邪魔にはならない。そうして鏡の前に立てば魔術師アリシアの完成だ。必要なものをバッグに詰めてクロエに声を掛けた。


「いってきます」

「いってらっしゃい」



玄関で転移陣を発動し魔術塔に移動する。運動不足と聞かれれば耳が痛い話ではあるがとっても画期的な魔法であると思っている。



「おはようフレンス」

「おはようございます、ローレンツ様」


目的地に着くとすぐに声をかけてきたのは私の上司、ローレンツ・エイモンド様、36歳。魔術師の中ではトップを争うといわれている方だ。



「おはようアリシアちゃん」

「おはようございます、ロゼさん」


そして、もう一人片手にジョウロを持ってやって来たのはロゼリアーヌ・エイモンド様。ローレンツ様のお嫁さん。みんなからは「ロゼさん」と呼ばれているので私もそれに便乗した。ちなみに怒らせるのが一等危うい系の美魔女であることは忘れてはいけない。


朝ごはんの話をしながら他の同僚を待っているとやってきた者に向けてローレンツ様が拡声器を使って質問をしだす。


「さぁ、今週は合同だ。どんな研究をしようか」


「猫は液体か否か!」

「スイカわり!」


スイカわり、はロゼさんである。自信満々嬉々として話しておられる。すげぇ。


「畑仕事と肥料づくり!」

「え、何それ楽しそう」

「でっかいカボチャつくりたい!」


「猫にスイカにカボチャと来たが……フレンス、君はどうかな?」


どうやら何も発言していないのがバレたらしい、

「あー、出来ることなら実用的な魔法グッズの試作をしたいです」


小さな、加湿・除湿の魔法陣。魔術研究中に不快な気持ちになりたくないという欲望のもとに出された布をアリシアはバッグから取り出し周囲に見せる。少しでしゃばりすぎたかと思えば目に映るのは研究員の好奇心丸出しの子どもみたいな同僚の姿だった。


「フレンスに一票!」

「私も!」

「これで仕事したい!」


どんどん大きくなる声にローレンツは「分かった」とうなずく。

「今日のメインは加湿除湿装置、昼休みは畑でとれたスイカでスイカわり。これの参加は任意だ。集中できなくなったと思ったら畑に行ってもよしとする。まぁ、いないと思うがな」


流石、愛妻家ローレンツ・エイモンド様、嫁の笑顔は見たいようだ。私もスイカは食べたいし嬉しい。後で氷水で冷やして良いか聞いておこう、スイカは冷えてるほうが美味しい。


「図式製作班と加湿班と除湿班、試作班、に分かれて作業を行う。スイカ班はロゼについて行ってくれ。遅れて来た者には会った者が説明しておいてくれ。よし、これにて解散!」


出たよ、スイカ班。畑ではしゃぎ回るロゼさんを泥まみれにしないようにする班。何が起きてもいいように一人は浄化魔法が使える人がいるけれど、毎回どこか土ついてるんだよね。一応ロゼさんって侯爵家出身だった気がするのだけれど、お茶目な方だと分かった時、ド田舎貴族出身は安心しましたよ、えぇ。


稼働時の効率を重視した魔法陣の形、魔法式をそれぞれ書き出し、

決められた陣の中に埋め込み試動する。

自分の得意分野を挙げ、臨機応変に動く。誰かが悩めば手が空いたもので知恵を出し合い死に物狂いでポーションを流し込みながら生活していたあのころとは違う余裕に満ち溢れたこの風景がとても好きだ。





 ここは王宮魔術師の癒しの場所。

休むことを忘れてしまった魔術師達の為に、女神が別次元に作った療養施設(ハコニワ)である。彼らはいつからかここが当たり前となり現実となり、やがて元の世界を忘れてしまうかもしれないがそれは神のみぞ知る、ということにしておこう。










一方そのころ農作業福(両手に軍手)の神さま


「聖女ちゃん、これでよかったの?」

「えぇ、何度回復しても刻み込まれるあの方々の隈は見ていられませんから。それに上層部がこれで少しでも困ればザマァって思います」


「そう…あ、スイカ食べない?さっきロゼッタがくれたの」

「いいんですか!ぜひ!食べます!」


ほかの子も呼んできます、と聖女は駆けて行った。

そしてその後ろ姿を見ながら神は呟く。


「はぁ、そろそろ宰相補佐室も限界ね…宰相が可哀そうな子犬に見えてくるわ。」

どうにかしなくっちゃ、と。

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