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1.魔女の家の管理人

 ある山の奥にポツンと建つ一軒の家があった。

 一体いつからあるのだろうか、その家は随分と古ぼけて見えたが、庭にはきちんと手入れされた畑や最近使われた痕跡のある井戸があり、廃墟ではないようだった。

 ここは「魔女の家」。長年にわたって不在の魔女に代わり、魔女の弟子の子孫たちが代々管理を行っている。

 家の中では数年前母から家の管理を引き継いだ一人の少女――アニスが机に顔を伏せて眠っていた。

 どうやら寝落ちしてしまったようだ。髪は三つに編まれたままになっており、机上には年季の入った本が開いたままで置かれている。

 次第に日が昇り、窓から朝日が差し込んでアニスの顔を照らす。

 アニスは眩しさに眉をひそめ、暫く小さく呻いた後、ゆっくりと目を開いた。

「……って、ああ!! やばっ、魔女様の本! 汚れたりしてないよね!?」

 大慌てで勢いよく起き上がったアニスは、つい先程まで頭の下敷きにしていた本を念入りに確認すると、ため息をついた。

「はああーー、良かった……ちょっとシワになっちゃってるけど、これくらいなら多分大丈夫……だよね?」

 その時、背後でクスクスと女の笑う声が聞こえた――この場所にはアニスしか住んでいないはずであるにもかかわらず、である。

 咄嗟に振り返ったアニスの目の前には、ニコニコと微笑む一人の女が立っていた。

 アニスが唖然として何も言えないでいると、その女が口を開いた。

「ふふっ、おはよう。貴方がヴェロニカの子かしら」

 ヴェロニカ。

 この「魔女の家」を引き継ぐ際、アニスはその名を母から聞いた覚えがあった。確か、アニスの高祖母で魔女の弟子であった人だと。

「……もしかして、貴方が魔女様ですか?」

 女はその言葉を肯定するように、優雅に微笑んだ。

「初めまして、魔女カトレアよ」

 途端にアニスはみるみる青ざめ、そして卒倒した。



 ◇ ◇ ◇



「おはよう」

「ひゃっ!!」

 アニスが再び目を開いた途端こちらを覗き込むカトレアと目が合った。

「酷いわ。人の顔見ていきなり倒れるなんて」

 カトレアがいかにもムッとしたような仕草と表情で言う。

「す、すみません。驚いたもので……」

「まあ別にいいけれど。それよりまだ質問に答えてもらってないわ。貴方がヴェロニカの子なの?」

「え、あ、いえ、ヴェロニカは私の高祖母だったはずです」

「ふーん、そうなの。どうりで似てないと思ったわ」

 カトレアは自分で聞いた割には、さほど興味がなさそうに着ているローブのポケットを漁っていた。

 やがて目当ての物を見つけたのか、ポケットから何かを取り出し、アニスの方へ向かって放り投げた。

「え、うぉっととと」

 それを落としては大変と、アニスが慌てて手を出して投げられた何かを掴み取る。

 手を開いてみれば、それは緑色の宝石が嵌め込まれた簡素な指輪だった。

「それがあれば人間でも魔法が使えるのよ。あげるわ。元々ヴェロニカに作ったものだし」

 アニスは困惑した。

 普通に考えればそんなことはあり得ない。不可能だ。

 歴史上、魔法を使おうとした人間はいくらか存在していたらしいが、実際に使った者の話は一つとして聞いたことがない。

 だが魔女がこう言っているのだ。

 アニスは半信半疑で、しかし確かに期待もして、指輪を自らの指にはめた。

 そして、覚えてしまうほど繰り返し読んだ魔法書に載っていた魔法の一つを行使する。

洗浄(クリーン)

 すると周りが淡く光り始め、たちまち着古したアニスの服に付いていたシミが明らかに薄くなった。

 完全に綺麗にならないのは、単純にアニスの魔法の練度が低いからであろう。

 ともかく、これでカトレアの言葉が真実であることがはっきりしてしまった。

 途端に指にはめた指輪がひどく重い物のように思えてくる。

「すごいでしょう? 自信作なのよ。意外と面倒だったからまた作りたくはないけれどね」

 驚きを隠せないアニスに、カトレアは得意げである。

 だが、アニスにしてみればそれどころではない。

 この指輪は確かにすごい物だが、それ故に恐ろしい。

 人間は本来、どう足掻いても魔法など使えない。それが常識なのだ。

 カトレアはなんということもないように言うが、その価値は計り知れない。

「な、何故こんな物を私に……?」

 恐る恐る尋ねるアニスに、カトレアはまるでおつかいでも頼むかのような軽い調子で返す。

「ちょっと暫く留守にするから、その間私の代わりに魔女をやっててもらおうと思って。ほんの数年でいいのよ。ね? お願い」

 え?? は????

 カトレアの突拍子もない発言にアニスは耳を疑い、一瞬何を言われたのか分からなかった。

 そして、その言葉の意味を理解した瞬間――

「ええええええええ!?!?!?!?」

 静かな森に少女の叫び声が響いたのだった。

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