牙を隠した瞳
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交易都市トラージュ――
風と人の匂いが入り混じる、にぎやかな港町。カイとエリシアにとっては、初めての“街”だった。
「おい、エリシア、あれ見ろよ! 建物が三階もあるぞ……!」
「カイ、それ屋敷っていうのよ。たぶん……」
数日の道のりを歩き抜いた疲れもあって、二人はやや浮かれていた。だが、この街は単なる観光地ではない。ここで得なければならないのは――魔界へ通じる手がかり。そして、さらなる力。
ギルドでの情報収集の最中、カイは奇妙な市を目にする。
鉄格子に囲まれ、鎖に繋がれた“獣たち”。それは獣人族だった。法律により、人間の奴隷は存在しないが、言葉を解さぬ“獣人”は「珍獣」として扱われることがある。
「こいつらはすげぇぞ。山奥の“堕落の森”で捕まえてきたんだ。こいつなんか、片目が真っ赤だぜ!」
興奮した口調の奴隷商人の指差す先にいたのは、小柄な少年だった。
耳が大きく、身体は毛に覆われ、目は左右非対称。右目だけが禍々しい紅に染まっていた。少年――リーディは鎖に繋がれたまま、眠っているのか、ぐったりとしていた。
「……!」
カイは、その目に“気配”を感じた。悪魔の羽と同じ、不安定な魔の気配だ。
「おい、そこのお兄さん、見る目あるな。こいつは特に高いぜ? 妙な魔力が宿ってやがる。村の占い師が気持ち悪がって逃げたくらいだ」
「……いくらだ?」
エリシアが腕を引いた。「カイ、やめて。そういうのに関わると、面倒なことになるわ」
「わかってる。でも……あいつの目、見たか?」
*
夜、カイたちがギルド近くの宿に泊まっていると、突然の悲鳴が街に響いた。
「な、なんだ!?」
窓を開けると、黒い煙が上がり、町の東端で爆発が起こっている。獣のうなり声と、断末魔の叫び――
「……悪魔か!」
街の一角が襲われていた。カイは剣を取り、エリシアとともに駆け出す。
*
現場は、昼に訪れた市の真ん中だった。崩れた柵、燃える屋台。奴隷商人が血を流して倒れ、悪魔が奴隷たちの檻を引き裂いていた。
「くそっ……!」
カイは風の刃を生み出し、悪魔へと斬撃を放つ。悪魔がギィと叫びながら弾かれ、他の獣人たちが驚きの声を上げる。
「どいてろ!」
檻に走り寄り、カイは鎖を斬った。エリシアが補助魔法で鍵を破壊し、全ての獣人たちが逃げていく。
だが――
「んにゃ……? うわ、外!? 助けてくれたの、お兄ちゃん!?」
尻尾を揺らしながら飛びついてきたのは、あの紅い右目の少年――リーディだった。
「おまえ……逃げないのか?」
「うーん、逃げてもまた捕まりそうだし、お兄ちゃん、なんかおもしろそうだし?」
「……こいつ、正気か?」
エリシアが顔をしかめる。だが、少年はにっこりと笑って手を差し出した。
「オレ、リーディ! 変身もできるし、木も登れる! 食べ物の匂いもわかるよ! 一緒につれてって!」
「お、おう……」
返事をする前に、彼は勝手にカイの横に並んでいた。明らかに普通の獣人とは違う“知性”と“意志”。それは、ただの奴隷ではないことを証明していた。
「……まあ、追われてる者同士、仲良くやるか」
カイが笑うと、リーディはしっぽをぶんぶんと振った。
「よろしくな、カゼのにーちゃん!」
「カイだ」
「カイのにーちゃん!」
こうして、悪魔の“右目”を宿す少年が、カイたちの旅に加わった。
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