終末のストーリーテラー
「この世のすべてには終わりがあります。始まりがあるようにね。例えば人の一生、文明、あるいは国、そしてこの世界の終わり」
暗闇の中で、瑠璃色の蝶々がぼんやりと浮かんだ。その声は男女の区別がつかず、穏やかで、氷のような冷たさを感じさせる。
「どなたかしら?」
彼女の質問に応えず、声の主は笑った。
「すべての終末を知りたくていらしたのでしょう?」
闇の中から現れたのは、左目に瑠璃色の蝶を宿したシルクハットの男。ゴシックなスーツに、右手には懐中時計を持っている。よくよく見れば、彼の背後には、どこもかしこも懐中時計のついた扉の海が広がっていた。
「ええ、たしか……すべての運命を知りたくて……私、どこから来たのかしら。貴方、私の名前を覚えていらっしゃる?」
気がついたらこの椅子に座って、ぼんやりとした意識のまま闇の中にいた。自分の名前も記憶も、なにもかも思い出せない。長い時間、ぼうっとしていると、青い蝶々が飛んできた。
その記憶は果たして本当なのか。とにかく思考と記憶は混濁していてぐちゃぐちゃだ。
「おや、もうご自分のお名前も忘れてしまいましたか。貴方はこちらの文明を作られた女王様ですよ。そして民には女神と謳われております」
向き合うように、男は椅子に座ると足を組むと景色が変わる。その光景は彼女にとって懐かしいものだった。柱の神殿、異国の兵士と領土を争ったこと。
女王は数百年前に降臨し、御子として国に繁栄と豊穣をもたらした。やがて老いと病に蝕まれ死ぬと、女王は民に神として崇められるようになる。
「ああ、そうだった……私は死んで亡者になり、混沌の暗闇の中にいたのだわ。私は、私の民がこの先も繁栄するのか知りたかったのだわ」
混沌の闇の中で、機械仕掛けのスーツケースに止まる青い蝶を見つけた。その僅かな光に導かれるように、女王は手を伸ばした。
その瞬間女王は過去の姿を思い出し、人の形を保って椅子に座ると、目の前の蝶は男の姿に変わったのだ。
「僕は、貴方の強い願いに惹かれたのです。それでは、貴方が死んでから終末までの物語をお聞かせいたしましょう」
――――。
女王は涙を流したあと、再び混沌の闇へと帰っていく。終わりが来れば、また始まりが訪れる。
懐中時計を持った男は、いつの間にか愛らしい金髪のドレスの少女に変わっていた。
そうして終末の記録係は、気まぐれに姿を変え、終末を知りたがる者の前に現れる。
貴方が見るのは、はたして始まりか終わりなのか。
了