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第5話 念の大きさ

 夜が更けた平野。辺りは静寂に包まれ、揺ら揺らと燃える焚火の音が心地よい。雲の無い夜空には星が煌めいていて、薄着でも過ごし易い気温。ルークの取引で別の都市に赴き、今はソルネットガングへ帰る途中だった。


「たまには、野営もいいな」

「先ほどまで、食事の質で不貞腐れていた方の物言いとは思えないですね」

「うっせぇよ」


 焚火を囲み、穏やかな時間が流れる。そんな中、俺はある事に気付き、おもむろに薪を一本拾った。


「なぁ、明日の昼頃には着くよな?」


 俺はルークに話しかけながら、『森に敵、会話を続けろ』と地面に書いた。


「ッ!? ……そうですね、だいたいそのくらいに着くと思います」

「そっか。早く、ちゃんとした飯が食いたいな」


 何気ない会話をしながら、俺は自分の体で手元を隠しながら文章を書いていく。


「ルーク。やっぱ足りねぇから、果物くれよ。いいだろ?」

「まったく、レンさんは……しょうがないですね、一つだけですよ?」


 そう言って、ルークは果物を取るふりをして馬車の中に入る。そして俺の指示通り、馬車の中で頭を守りながら身を屈めた。それを確認した後、俺は焚火を眺めながらもう一度気配を探る。


(……四人か)


 完全な闇に覆われた森の奥から、こちらに近づいて来る者たち。足音を立てずに近寄ってくること、可能な限り気配の消していることから、相手はただの野党ではないことが分かる。俺はちょうどいい長さの薪を手に取ると、ナイフで先端を削って尖らせた。



 ――そして、



 静かに機を待ってると、相手が俺の間合いに入った。その瞬間、座ったまま振り向きざまに薪を投擲した。その後、素早く立ち上がり、森に向かって疾走しながらナイフも投げる。


「何ッ?!」


 奇襲を仕掛けようとしていた側が、逆に急襲されて動きを止めてしまう。それが致命的で、俺はそのまま人影を切り伏せた。


「てめぇ等じゃ、滾らねぇんだよ」


 剣に付着した血を払いながら、死体に向かって言葉を吐き捨てる。


「やっぱ、一人は伝達役か……ルーク、もういいぞ」


 周囲に敵の気配が無くなったのを確認した後、俺は馬車に近づき、ルークに声をかける。 


「レ、レンさん……怪我はありませんか?」


 俺の声を聞き、ルークはゆっくりと馬車から出てくる。その顔は血の気が引いており、声も上擦っていた。


「ああ、怪我一つねぇよ」

「そ、それは良かったです……」

「ルークの方こそ、大丈夫か?」


 焚火の前にへたり込んだルークは、体を小刻みに震わせながら一点を見つめている。


「え、ええ……、何度か見たことはありますが、やはり慣れませんね。すみません、少し時間を頂ければ落ち着きます……」

「そうか」


 取り乱す様子もないので、一先ずはそっとしておく。それに、俺も確認したいことがあった。焚き木に火をつけ、それを明かりとして再び森に入る。火が燃え移らないよう用心しながら進むと、喉元にナイフが刺さって息絶えている男を見つけた。男が本当に死んでいるのかを確認した後、俺はナイフを引き抜き、亡骸を調べる。


 機動性と遮音性に特化した軽装備。さらに、暗闇に紛れるため目元以外が黒装束に包まれている。俺は確証を得るため、男の袖をまくり上げた。


「やっぱりか……」


 男の腕には、()()()()()()()()()()が彫られていた。


「レンさん……? 何をされてるんですか?」


 俺が男の入れ墨を凝視していると、焚火の前で休んでいたはずのルークが声をかけてきた。


「ルーク、付いてきたのか? まだ休んどけよ」

「いえ、もう大丈夫です。それより、何をされてるんですか?」


 ルークの顔色はまだ悪いが、確かに震えは治まっていた。本当なら、体調が優れないルークに話すのは避けたかったが、見られてしまった以上仕方がない。


「見えるか?」

「その入れ墨はッ!」

「ああ。コイツ等、“五つ目”の暗殺者だ」 


 “五つ目”――ソルネットガングを拠点にしている犯罪組織。戦時中の混乱に乗じて力を蓄え、後の世に、裏世界を牛耳る三大組織の一角として君臨する。構成員はその証として、三権分立の図を模した四つの目玉と、図の下部にさらにもう一つ目玉という不気味なデザインの入れ墨を入れているのが特徴。


「それじゃあ、あの壁の穴は五つ目の……」

「ああ。で、たまたま穴を見つけた俺たちを消しに来たんだろうな」

「なッ……これからどうします?」


 強張った表情のルークに尋ねられ、俺は思考を巡らす。読んだ本が確かなら、この時代の五つ目はそれほど勢力は大きくない。だがそれでも、二人で挑むには強大過ぎる相手だ。


「取りあえず、宿には暫く戻らない方がいいな。ダグのおっちゃんとアイニさんに迷惑が掛かる」

「そうですね。多少値段は張りますが、警備付きの宿に泊まりましょう。子たちにも危険が及ぶと思いますか?」

「それは、たぶん大丈夫だ。避難所への行き来は制限されてる。それに、避難所のみんなは四六時中顔を見合わせてるから、知らないヤツが居たら誰かが気付く。それにだ。仮に子どもたちを殺したら、避難所で暴動が起こる。そうなったら、壁の穴が発見される可能性が高い。アイツ等も、それは避けたいだろ」


 暗殺者を仕向けられ、尚且つ、それを撃退したともなれば、もう五つ目と争うのは必然。であれば、今のうちにありとあらゆることを想定し、備えておかなければならない。ルークと俺は、夜遅くまで互いに意見を出し合って対策を練った。






 ◇◇◇◇◇






 ソルネットガングには、何事も無く辿り着いた。ルークも俺も、必ず襲撃に遭うだろうと身構えていたが肩透かしを食らってしまった。ただ、これが向こうの狙いかもしれない。いつ襲われるか分からぬ状況に置かれ、精神をすり減らす日々。現に、ルークは周囲の小さな物音に過剰なほど怯え、日に日に追い詰められていた。


「それじゃあ、行きますが……レンさん、気を付けてくださいね」

「おう。ルークの方こそ、足元見られるなよ」


 俺は、取引先の建物へ向かうルークを笑顔で見送る。


「さてと……」


 このままでは、ルークは心労で倒れてしまうだろう。そのため、こちらから動くことにした。俺は行き交う人の流れに乗り、事前に見つけておいた露店の前で立ち止まる。


「いらっしゃいませ」


 店主の男は、朗らかな笑みを浮かべながら応対してきた。三十代前後の身綺麗な格好をした店主の前には、袋や陶器に詰められた数種類の香辛料が並んでいる。


「うちで扱っている物は、どれも新鮮ですよ! 良かったら味見されますか?」


 俺が香辛料を眺めていると、店主は笑いながら声をかけてくる。


「ん? いや、止めとく。毒でも仕込まれたら堪ったもんじゃないからな」


 笑顔の店主に、俺も笑顔を浮かべながらそう返す。


「……ちょ、お客さん、何言って――」

「お前、五つ目んとこの人間だろ?」


 俺の言葉を受け、店主の瞳孔が僅かに開いた。だがすぐに、店主の男は取り繕うように笑みを深めた。


「いやぁ、そんな値切りのされ方は始めてですね。ですが、あまり感心はできないですよ、お客さん。ハッハッハ――」

「あと、お前とお前。それからお前……って、お前逃げたヤツか」


 俺は店主を無視し、周囲にいる男女を次々と指差す。


「…………」


 指差された者たちは、予想外だったのか不自然に足や動きを止める。店主も余裕がなくなったのか笑みが消え、口を固く閉ざした。


「お前ら、血の匂いと毒の匂いが体に染みついてんだよ。俺らがソルネットガングに着いてから、ずっとつけ回してただろ? いくら服装を変えたって分かんだよ。まあ、今はそんなことどうでもいいか。ほら」


 何故、正体を見破れたのか説明した後、俺は店主に一通の手紙を差し出す。


「これを、お前らのボス――オロフ・ラーションに渡せ」

「なッ!?」


 俺がボスの名前を口にすると、今までどうにか真顔を保っていた店主が、目を見開いて驚愕した表情を浮かべた。


「いいか、ちゃんと渡せよ。もし渡さなかったら、俺たちも全員動くぞ?」


 渡したい物も渡し終えたので、俺は踵を返して露店を後にする。


(な~んて。記録だと、オロフは猜疑心がかなり強いらしいからな。あとは、どれくらいアレで抑止できるかだな……)






 ◇◇◇◇◇






 想定外のことが起こった。


「ルーカスなら、お前さんがいないって血相変えて走ってったぞ」


 普段よりも、取引が早く終わったのだ。


「ちッ、クソ……」


 ルークを想っての行動が裏目に出てしまった。手紙は先ほど渡したばかりのため、まだ効果は発揮しない。今、都市内にいる五つ目の構成員とルークが遭遇してしまったら、捕虜にされるか、最悪殺されてしまう。


 俺は人ごみを掻き分けながら、懸命にルークを探す。だが、人が邪魔でなかなか前に進めない。


「すみません、通ります!」


 焦燥に駆られ、高鳴る心音に煩わしさを抱きながら、俺は大声を出しつつ強引に突き進む。そして、懸命に捜索すること数分、前方にルークの姿を見つけた。


「ル……――」


 見たところ、怪我をしている様子はない。俺は安堵しながら、名前を呼ぼうとした。だが、人ごみが流れ、見えていなかったルークの隣が見えた途端、喉元まで上がっていた言葉を飲み込んでしまった。


「なんで、ミカルが……」


 ルークは、都市内にいるはずのないミカルの手を握っていたのだ。驚きのあまり、一瞬思考が停止する。数秒後、思考が働き出し、その答えに辿り着く。


「壁の穴から……でも、穴は狭め……ッ!」


 ミカルは、炊き出しを始めた頃よりも肉付きが良くなってきている。しかし、他の子どもと比べると、まだまだ痩せ細っていた。そのため、木箱で狭めた穴を通り抜けることができてしまったのだ。


「ん?」


 ミカルを連れ、足早に去ろうとしたルークは、通路の端に積まれた木箱の隙間に何かを落とした。その後、そそくさと退散する。俺はルークの行動が引っ掛かり、声をかけずに木箱へ向かう。そして、隙間に手を入れる。すると、指先に何かが触れ、俺はそれを引っ張り出した。


「これって」


 それは、ここから三軒先にある露店が扱っている女性用のペンダントだった。ペンダントを見て、状況を察する。これは、ミカルが盗んだ物だ。それを俺のことを探していたルークが目撃し、ミカルを逃がした。


「ルーク……」


 都市内での窃盗は、子どもならば通常罰金だけで済む。しかし、戦時中は治安が悪化したため、特例として子どもも鞭打ちの刑に処される。しかもそれは、後々の調査で判明した場合でもだ。


「ふぅ……――」


 俺は目を閉じ、深く息を吐く。店主が盗まれたことに気付いて衛兵に申し出てしまえば、もう俺ではどうすることもできない。逆に言えば、今なら俺の望む結末にできる。


「しょうがねぇ。これも巡り合わせ……運ってことなんですかね、ルーカスさん」


 俺は、店主にペンダントを窃盗したと名乗り出た。たちまち衛兵を呼ばれ、駐屯所に連行される。その道中、あることについて考えた。


 それは、五つ目が三大組織にまで上り詰めた理由。


 小悪党であるオロフでは、そこまで組織を大きくすることは出来ない。立役者がいるのだ。その人物はオロフの右腕であり、その実、五つ目の真の支配者。素性は一切不明。人相も分かっておらず、俺が目を通した記録には、名前だけが記されていた。その名は、()()()()


 ただ名前が一緒だと思っていた。しかし、すべてが繋がった。


 おそらく正史では、ミカルは鞭打ちの刑に処されて死んだのだろう。難民の人たちから聞いた話では、マルクスは都市を移動する最中、戦争孤児を見つけては保護していたらしい。だが、ソルネットガングに辿り着く間にそのほとんどが命を落とし、生き残ったのは三人だけ。マルクスは当初、周囲の大人たちに頭を下げて助けを求めたのだという。しかし、自分や家族が生き残るだけでも精一杯な状況で戦争孤児を助ける余裕はない。


(誰が悪って話じゃない……)


 しかし、当事者であるマルクスは違う。そしてミカルの死が、マルクスを絶望の淵に追いやった。救済せず、罰だけは与える社会。 激しい憎悪を抱いたのだろう。それを現しているのが入れ墨の変化だ。五つ目の入れ墨は後に、三権分立を模した四つの目玉は閉じられ、図の下部の目玉はひと際大きく見開かれるものに変更される。さらに、様々な犯罪を行っていた五つ目は、ある年代を境に人身売買だけを行うようになった。


 駐屯所へ辿り着くと、開けた広場で上半身だけ服を脱ぐように言われ、その後、両手を荒縄で縛り上げられて吊るされた。


「これを噛め」


 衛兵は、俺の口に短い木の棒を押し込んできた。


「鞭打ちの刑を始める! 一!」


 衛兵の掛け声が響き渡った直後、俺の背中に鋭い激痛が走った。


「ぐッ!」


 鞭を打たれた箇所はすぐに熱を帯び、心臓が激しく高鳴ると共に全身から汗が噴き出す。


「二!」


 俺は木の棒を噛みしめ、鞭打ちが終わるのを必死に耐えた。 






 ◇◇◇◇◇






 ソルネットガングにある、五つ目の本拠地。部屋は暗めの赤色を基調に、金製の家具や調度品が数多置かれており、シャンデリアの暖色の光を反射して煌めていた。


「オロフ様」


 部屋の中央、豪華絢爛な椅子に腰かける五十代ほどの小太りの男――オロフは、部屋の調度品に劣らぬほど全身に金製の貴金属を身に付けていた。


「なんだ?」


 オロフは葉巻をふかすと、目の前で跪く男に視線を落とす。その瞬間、跪く男が一瞬だけ身を固くした。だが、すぐに意を決し、起こった出来事をありのまま報告する。


「我々が標的を観察していた最中、向こうから我々に接触を図ってきました」

「何?」


 気だるげに報告を聞いたオロフが、怒気を放つ。


「貴様! 一度ならず二度までも気付かれたのかッ!」

「も、申し訳ございません。ですが、標的は異常です。暗い森の中で我々に気付く感覚に加え、人ごみの中から血と毒の匂いを感じ取る嗅覚、膂力も――」

「黙れッ!」


 男が必死に弁明するのを、オロフは机を叩き、怒声を上げて中断させた。


「貴様は、挽回の好機チャンスを与えられた身でありながら失敗したのだ。グレーゲル、コイツを殺せ!」


 オロフは顔を紅潮させながら、後ろに控えている大柄の男に声をかけた。


「オロフ様、先の件で暗殺者の人数が減っております。この者を始末しますと――」

「いいからやれ! 命令だ!」

「……かしこまりました」

「お待ちください! どうか……どうか、お慈悲を……」


 跪く男は、額を床に擦り付けながら命乞いをする。しかし、グレーデルと呼ばれた大柄の男は、腰に下げていた剣で躊躇わずに男の首を刎ねた。その一部始終を眺めていたオロフは、再びグレーデルに顔を向ける。


「グレーデル! 貴様の言うことを聞いたらこの様だ!」

「申し訳ございません」


 一度目の失敗をした際、男に挽回の好機チャンスを与えるべきだとオロフに進言したのはグレーデルだった。


「オロフ様、こちらを」


 グレーデルは、オロフに頭を下げた後、前もって男から受け取っていた手紙を懐から取り出すとオロフに差し出す。


「なんだ、これは?」

「標的が、オロフ様に直接渡すよう言ってきた手紙でございます。受け取った草の者によりますと、もし渡さなければ全員が動くと口にしたようです」

「全員……ッ! まさか、あのガキ共はどこかの組織の……」


 危機感を抱いたのか、オロフはグレーデルから手紙を奪い取った。そして、食い入るように手紙を読む。


「なッ!?」


 黙って手紙を読んでいたオロフが、突然、声を上げた。さらに、手紙を強く握りしめ、体が徐々に震え始める。


「オロフ様、一体、手紙には何と――」

「グレーデル! 私は部屋に籠る! 部屋の警備を増員し、誰も近づけさせるな!」


 血相を変えたオロフは手紙を投げ捨てると、足早に扉へ向かう。


「そのゴミは片付けておけ! シミ一つ残すな!」


 オロフは足を止めて振り返ると、唾を飛ばしながらそう言い残し、今度こそ部屋を去った。嵐が去ったかのように静まり返った部屋に残されたグレーデルは、オロフが捨てた手紙を拾い上げて目を通す。


「これはッ」


 手紙には、オロフの出生地から家族構成と名前、ソルネットガングへ訪れるまでの来歴が書かれていた。そして、関係者に手を出すなという忠告が綴られており、手紙の最後には、『俺たちは、お前を見ている』と締めくくられていた。


「この短期間で、これだけの情報を手に入れたのか?」


 標的に暗殺者を仕向けてから、三日しか経っていない。その僅かな期間でここまでの情報を得たのであれば、相手は自分たち以上に巨大な組織の可能性が高い。


「我々は、眠れる獅子を起こしてしまったのか……」

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