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第4話 偽善

「レン兄ちゃん、今日は何?」

「具だくさんシチューだ」


「おーいレン、これ動かすの手伝ってくれねぇか?」

「おう」


「レンさん。もしよければ、このあと少しお話でも……?」

「すみません、色々と予定が立て込んでいて……また今度、暇ができた時には是非」



 炊き出しを行うようになって、数日が経過した。ソルネットガングから配給される食事は少ない。それでも貰えるだけ有難く、その上、仮設の住居に住まわせてもらっている状況も相まって難民の人たちは文句が言えなかった。しかし、不満は募る。そんな中、豪勢な料理を振る舞い出したルークと俺。そのおかげか、難民たちの鬱憤は多少なりとも解消され、笑顔が見られるようになった。


「よし。出来たぞ! 並べー!」


 俺は大鍋の中で煮立ったシチューを味見した後、大声を張り上げた。すると、笑顔を浮かべながら今か今かと待ち侘びていた子どもたちが一斉に走り寄ってきた。


「レン兄ちゃん、オレ大盛り!」

「僕も!」

「いいぞ。たっくさん作ったから腹いっぱい食えよ。って、おい、ちゃんと並べ。順番だ、順番!」


 長蛇の列を前に、俺は手際よく食事を配っていく。一方で――、


「ルーカス、お前さん人気ねぇな」

「別に気にしてないです……」

「早く回ってくるから、俺たちはありがてぇがよ」

「ちげぇねぇ」


「「「「ガッハッハ――」」」」


 ルークの方に並んでいるおっさんたちが、顔を見合わせながら笑い声を上げた。


「レンにぃ」

「ミカル。どうする? 大盛りにするか?」

「うん!」


 俺の言葉に、くすんだ茶色い髪で隠れてしまっているミカルの顔がパッと明るくなる。ミカルは、骨がうっすら浮き出るほど痩せていて、いつも同じ服を着ているせいか他の難民たちよりも汚れが目立つ。そのせいか、面と向かって嫌厭されてはいないが、腫物扱いされていた。


「お待たせ」

「うわぁ、おいしそう」


 両手でしっかりとお椀を受け取ったミカルは、中身を見た瞬間、目を輝かせながら満面の笑顔を浮かべる。


「ありがとう、レンにぃ」

「おう。ただ熱いから、ゆっくり食べろよ」


 ミカルの純真無垢な笑顔を受け、俺も笑顔を返す。


「テンネルはどうする?」


 ミカルの屈託のない笑顔に満足した俺は、その後ろに並ぶボサボサの金髪が目を引く年端も行かない少女に声をかけた。


「…………」


 ただ、テンネルは何も答えない。じっと俺の事を見据えているだけだった。しかもその瞳には、敵対心や警戒心が明確にありありと込められている。


「マルクス、二人ともいつも通りでいいか?」


 俺はテンネルから視線を外すと、さらに後ろに並んでいるマルクスに尋ねた。俺よりも長身で、常に眉間に皺を寄せており、剣呑な雰囲気を放っている少年。黒髪に赤のメッシュが入った髪が鬱陶しいのか、マルクスは頻りに手で前髪を掻き上げている。


「……ああ」


 マルクスは俺に目を合わせず、たった一言だけ呟く。


「あいよ」


 その返事を聞き、俺はシチューをよそって二人に手渡す。


「いくぞ、ミカル」

「う、うん……、レンにぃまたね」

「またな」


 小さく手を振るミカルに、俺は笑顔を浮かべながら手を振り返す。


「嫌ね、なんなのあの態度」

「ホント。せっかく、レンさんが親切にしてくれてるのに」


 マルクスたちがいなくなると、一部始終を見ていた若い女性たちが一斉に陰口を叩く。


「僕は気にしてませんよ」


 その会話が聞こえた俺は、女性たちに向かって微笑んだ。






 ◇◇◇◇◇






「いや~、今日も盛況だったな」


 宿に帰ると、俺は椅子に座りながら今日一日を振り返って達成感に浸る。


「そうですね」


 俺のその呟きに、椅子に深く腰掛けたルークが反応する。ただその声や顔には、疲れの色がありありと見て取れた。


「なんだ? あれっぽっちで疲れたのかよ、ルーク?」

「あれだけ働けば、普通は疲れますよ?」


 俺が笑みを浮かべながらそう指摘すると、ルークは肩を落としながら呆れたように言葉を返してきた。


「そうか? まあ、俺らが働いた分、難民みんなが笑顔になるんだから頑張りがいもあるってもんだろ?」

「それはそうですが……」

「最近、やっと雰囲気が明るくなってきたし。それにみんな、ルークに感謝してたぞ。『あったかいごはんありがとう』ってさ」

「はは……、私というより、レンさんのおかげと言った方が正しいと思いますが……」


 炊き出しを一緒に行うようになって知ったことだが、ルークは疲労が溜まると悲観的になる。これが素なのかは分からないが、後ろ向きな考えがルーカスさんとはかけ離れていて、俺はそれが嫌だった。


「そんなことねぇって。炊き出しはルークが言い出したことだろ?」


 俺はルークに向き直ると、いつものように元気づける。


「料理もレンさんが作ってますし……」


 ただ、ルークは遠い目をした後、静かに視線を落とす。


「んなことねぇよ、ルークはすげぇって。普通、自分の金で食材買って炊き出しなんてしねぇぞ? しかも、毎日だぞ? ホントに、ルークはすげぇよ」


 これは、紛れもない本心だ。その思いが声に籠っていたのか、ルークはゆっくりと顔を上げる。だが、その顔は真顔だった。


「前々から思っていたのですが、レンさんは私のことを善人だと思っていませんか?」

「ん? そうだろ?」

「それは違います。私が炊き出しをしているのは、得があるからです。今は戦時中ですが、戦争が終結すれば、あの方たちも職に就きます。それを見越して、私は恩を売っているだけに過ぎません」


 徐々に、ルークの顔付きが苦々しい表情へと変わっていく。


「……その、ですから、私はレンさんが思うような善人では……私は……こんなもの、ただの偽善者です」


 ルークは、まるで己の罪を懺悔するかのように心情を吐露する。そして最後に、自虐的な笑みを零した。


「幻滅しましたか? ですが、これが私――」

「なあ、ルーク。さっきから、何当たり前のこと言ってんだ?」 


 空気を察して、ずっと我慢していた。だが、とうとう限界に達してしまい、俺はルークの言葉を遮るように突っ込みを入れてしまう。


「は?」


 突っ込まれるのが予想外だったのか、ルークが気の抜けた声を出す。


「商人なんだから、打算的に行動するなんて当然だろ。なんだよ、いきなり深刻そうな顔するから身構えたじゃねぇかよ」


 そう言って、俺は背もたれにもたれる。その瞬間、知らず知らずのうちに張り詰めていた空気が弛緩した。


「え……えッ……?」


 ただ、ルークは状況が理解できていないのか、言葉を詰まらせている。


「ルーク。善行だろうが偽善だろうが、どっちだっていいんだよ。大事なのは、その瞬間に人のためにやれることをやってるかどうかだ。食べるモンが少なくて困ってる人たちがいる。その人たちのために炊き出しをするルークの行いは、誰が何と言うと正しい()


 俺は、ルークの目を見ながら己の道徳観を語る。


「偽善者が悪いんじゃない。()()を振りかざす、やたらとなびく虚飾な正論(マント)がうざったい意識だけが高い自称騎士みたいなヤツが悪いんだ。そいつ等と偽善者を混同すんなよな」


 物静かな部屋の中、ルークは目を見開き、固まって動かない。それでも俺は、言葉を紡ぎ続けた。


「しかも自称騎士(アイツ等)、すぐに大層な名の団を作る。けど、責任感も忠義もないから、負けそうになるとギャンギャン吠えて、尻尾撒いて逃げるだ……って、話が逸れたな。ともかく、ルーク。あんま自分を卑下すんな。心に折り目が付くぞ」


 これは、俺の経験談だ。『勇者の子』という肩書に焼かれ、『失敗作』という烙印を押されて地べたを這い蹲った。そして、藻掻き苦しみながら自分を卑下し続けた。すると、心に折れ目が付いたのだ。そうなってしまったら、正の感情を感じなくなり、常に負の感情に苛まれる日々が続いた。


「俺は、正しいことができるルークのことを尊敬する」


 そんな俺を救ってくれたのは、ソフィアとルーカスさんだ。良いところは褒めてくれ、悪いところは叱ってくれた。俺のことをちゃんと見てくれた。その後、闘技場で抑えつけていた心は破裂したが、心の弾力を保てたのは二人のおかげだ。


 俺は姿勢を正し、力強く言葉を口にする。今度は、俺がルークを助ける番だ。


「…………」


 俺の言葉に耳を傾けていたルークの瞳が揺れ、そして、おもむろに顔を伏せる。俺は一瞬たりともルークから視線を逸らさない。すると、ルークの口角が小さく上がった。


「レンさんは、やはりたらしなんですね」


 ルークはそう呟きながら顔を上げると、いつも通りの笑顔を浮かべた。


「あ? なんで、いきなり……って、違うっての!」






 ◇◇◇◇◇






「んじゃ、俺はあっちで待ってから」

「わかりました」


 次の日。今日も今日とて炊き出しを行うため、ルークと俺は買い出しに出ていた。ただ、ルークには商人としても仕事もあり、食材の買い出しの前に取引先へ向かう。その際、さすがにルークの取引先にまでついて行くのは邪魔になるので、俺は露店を見て回って時間を潰す。


「いらっしゃい」


 幾つもの露店が並ぶ中、剣を取り扱う露店の前で足を止めた。すると、すかさず店主は商人らしい綺麗な笑みを浮かべながら俺に声をかけて来た。


「うちの剣は、どれも質が高いですよ」

「おっちゃん、手に取ってもいいか?」

「ええ、どうぞどうぞ」


 俺は一言断りを入れた後、一切装飾が施されていない銀灰色の片手剣を手に取る。そして、少しだけ刃を鞘から引き抜き、日の光に照らす。


「美形のお客さん、お目が高い! それは、名のある鍛冶師が打った一品です」 


 手もみをしながら、店主はつらつらと剣について語る。俺は剣を戻すと、店主の話に聞き入った。


「レンさん」


 時間を忘れて店主のおっちゃんと話し込んでいると、呆れた顔をしたルークに名前を呼ばれた。


「ん? ルーク、もう終わったのか。おっちゃん、ワリィけど、今日はもう行くわ」 

「そうですか、またお待ちしております」


 店主のおっちゃんに挨拶し、俺はルークの元へ向かう。


「本当に、レンさんは誰とでも仲良くなりますね」

「そうか?」

「ところで、レンさんたちの会話が聞こえたのですが、本当にあの剣は珠玉の逸品なんですか?」


 少し歩いた後、ルークは怪訝そうな顔をしながら尋ねてきた。


「いや、おっちゃんが言うほどのモンじゃねぇよ」

「やっぱり……」

「けど、俺の剣よりかは大分質は高い……というか、今まで見てきた中じゃあ一番質が良かったな。色が気に食わなかったけど」


 露店に乱雑に並べられている剣でさえも、俺の剣より質が高い。俺の剣は闘技場に置かれていた中で一番質が良い物だが、それはあくまで平和の時代での話。難民といい、剣といい、至る所で今が戦時下だということを認識させられる。


「ま、そんなことより、今日は何を作っか?」

「そうですね、米を使った物を――」


「レン兄ちゃん!」


 今日の炊き出しを何にするかレイと相談し合っていると、突然、後ろから溌溂な声で呼び止められた。


 その聞き覚えのある声に、俺は咄嗟に振り返る。すると、避難所にいるはずの子どもたちが五人ほど笑顔を浮かべて立っていた。


「へへ、驚いた? レン兄ちゃん?」


 俺に声をかけた子どもは、まるでいたずらが成功したかのように嬉しそうに笑う。


「お前ら、何でここにいんだ……?」


 どうにか冷静さを取り戻した俺は、絞り出すように尋ねた。現在、ソルネットガングは難民が都市内へ入ることを許可していない。それは子どもも例外ではなく、必ず番兵に止められる。もし都市内へ忍び込んだ場合、子どもであろうと罰せられてしまう。


「気になる? いいよ、レン兄ちゃんには特別に教えてあげる。ついて来て!」


 俺はレイの方へ顔を向ける。レイも事の重大さを理解しているのか、表情が強張っていた。ただ、このままにはしていられない。一先ず、周囲に知れ渡らないよう気を付けながら子どもたちの後を追う。そうして、喧騒が次第に遠くなり、人影が見られない路地裏に辿り着く。そこは、日の光が届かないせいで薄暗く、行き止まりだった。街灯も無く、あるのは高く積まれた木箱の山。


「こっちだよ。ここ、ここ。すごいでしょ! みんなで探検してたら見つけたんだ!」


 案内してくれた子どもは、興奮しながら指差す。指差された箇所に目を向けると、木箱の山で射線を塞がれた一部の壁が、まるで扉のように開いていた。


「オレが見つけたんだよ!」

「違うよ! 最初に僕があっちへ行こうって言ったんだよ!」

「でも、オレが先頭だったじゃん!」


 誰の手柄かで子どもは騒ぎ出し始めた。


「分かったから、ちょっと落ち着け」


 俺は騒ぐ子どもの頭に手を置いて、落ち着かせる。


「お前ら、どうやって見つけたんだ?」

「んとね、壁沿いを歩……探検してたら壁がちょっとズレてて、引っ張ったら扉みたいに開いたの!」


 子どもたちは発見した時のことを思い出したのか、また興奮し出す。そんな子供たちを宥めた後、俺はより詳しく壁の扉を調べる。


 壁の扉は、引き扉ように都市内へ開く。幅は大人が三人通れる程度。扉自体は木製のようだが、壁に溶け込むように薄い石煉瓦が貼り付けられていた。


「なるほどな……。お前ら、本当にすごいぞ。凄腕の探検隊だ。けど、今日の探検はおしまい、直ちに帰還せよ」

「ん? きかん?」

「今日の探検は終わりってことだ」

「えーッ!? まだ探検したいよ~」

「ん? いいのか? もうすぐ炊き出しだぞ? 探検してたら、今日は大盛りじゃなくなるぞ?」


 俺は、悪戯っぽい笑みを浮かべながら子どもたちに尋ねる。


「えッ!? ヤダ! 大盛りがいい!」

「僕もッ!」

「だろ? だから、探検員諸君、速やかに帰還せよ」


 そう言って、俺は子どもたちに向かって敬礼する。すると、子どもたちは俺を真似するように敬礼を返した後、走って避難所へ帰っていった。


「どう思う、ルーク?」


 俺は、木箱から離れると怖いくらい真剣な顔をしているレイに声をかけた。


「……犯罪を行うために開けられた穴で間違いないしょうね」

「だよな」


 ルークの意見に同意する。違法取引、避難経路、密輸。用途は不明だが、明らかに非合法の抜け穴である。都市内へ忍び込むこと以上に、壁の破壊は重罪だ。過失であったとして牢獄、故意の場合は極刑である。


「厄介ですね」

「ああ、壁に穴を開けてまで犯罪を行うってことは、かなりデカい組織だ」


 ただの小悪党では、ここまで大それたことはしない。というよりも、出来ない。かなりの人員と、資金が必要だからだ。さらに、それらが用意できるほどの組織が都市内で活動するとなると、必ず目立ってしまう。それを避けるため、犯罪組織は権力者に金を積む。そのため、安易に壁の穴を報告することは危険で、万が一報告した相手が犯罪組織と繋がっていた場合、逆にこちらが無実の罪を着せられたり、命を脅かされたりすることがある。


「子どもたちはどうしますか?」

「取りあえず、木箱をずらして扉が開かないようにする。これで、アイツ等は通れないだろ」


 俺はそう言うと、木箱の山が崩れない程度に木箱をずらす。


「よし、俺たちもここを離れようぜ。目を付けられたらたまったもんじゃない」

「そうですね」


 緊張した面持ちのルークの肩を叩き、俺はこの場から離れる。


(……見られてんな)

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