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第1話 謎の答え

「おぇえ……」


 地面に突っ伏し、天地がひっくり返ったような感覚に苦しむ。


 時代を超えることを甘くみていた。あれはまるで、嵐の海だ。上下の感覚は消失し、脳は激しく揺すられ、点滅する極彩色の強い光に照らされた。時を超える弊害なのか時間感覚は麻痺して、どのくらい漂っていたのかも分からない。


 えずくこと数分、やっと平衡感覚が平常に戻り、おもむろに立ち上がる。


「はァ、ひでぇ目に遭った……ッ、まさか帰りも……いや、止めよ。……ふーん、母さんの言ってた通り、まったく同じ場所だな」


 俺は一先ず、過去へ旅立つ際に渡された金を地面に埋めた。母さんは「私たちには、もう必要ない」と、五キロはありそうな札束と、貴金属や装飾品などを俺に託した。


「よし。時間も限られてるし、さっそく王国に行くか」


 貴金属と装飾品などは数も少なく、嵩張らないのでバッグに詰める。母さんは、俺を十八年前に渡らせた。この年は戦争末期で、一番戦いが激しかった時期だ。この一年後に親父は魔王を倒し、そのさらに一年後、俺が生まれる。つまり、俺に与えられた猶予は三年。この三年の間に名を上げ、未来の出来事を伝えなければならない。しかもただ伝えるのではなく、魔族の襲撃に備え、王国には戦力を維持してもらわなければならないのだ。これが想像以上に難しい。何故なら、平和になった世界で武力を維持することは無駄だからだ。


「どうすっかなぁ」


 テレサが渡った場合の段取りとしては、一年目は準備を行い、平和になった二年目から魔道具を世間に広めて名を上げる予定だったらしい。一応、魔道具の設計図は持ってきてはいる。だが――、


「やっぱ、戦いたいよなぁ」


 数多の魔族に、思いを馳せてしまう。ただ、過去へ渡るにあたって、母さんから忠告されたことがある。それは、王国の正史に深く係ることは控えろということ。特に、親父との接触は避けた方がいいと言われた。親父は鈍感だが、変に勘が良い。下手に出会ってしまうと、予期せぬことが起こるかもしれないとのことだった。


「でもそうなると、武功を上げるのがキツイよな」


 勇者パーティーとして、最前線で戦っていた二人。その二人から距離を取るということは、自ずと戦果や武功を上げることが難しくなってしまう。


 問題は山積み。現在進行形で貴重な時間は減り続け、目的を果たせなければ人類は滅ぶ。頭では分かっている。だが何故か、俺の心は軽かった。


「まッ、とにかく、まずは王国に着いてからだな」


 向こうで、やれることはやってきたのも大きいのかもしれない。


 過去に渡る前、母さんには闘技場の場所を教えておいた。あそこは、避難所より遥かに広い。しかも、水や食料、物資が大量に保管されていた。おまけに、未だに脱出できていない剣闘士が大勢おり、戦力の増強も見込める。大勢での移動は危険だが、あの闘技場は同じヴィーナス山脈にあるのだ。慎重に移動したとしても、一日もあれば辿り着けるはずだ。


「ソフィアとルーカスさんは心配だけど、あの二人ならきっと大丈夫だ」


 母さんの話によれば、魔族が襲撃してくる前にソフィアは従者を辞め、ルーカスさんと一緒に王国から離れていたらしい。つまり、二人は襲撃が起こることを事前に知っていたのだ。おそらく、ルーカスさんがいち早く情報を掴んだのだろう。それほどのやり手だ。手紙には避難した場所の明記はされていなかったが、きっと安全な場所にいるはず。


 そうこうしていると、メルクール大森林を抜ける。すると、清々しい朝日の下、平野に聳え立つソルシア王国が見えた。


「へぇ~、見た目は案外変わんないんだな」


 十八年前の王国の姿に感慨深さを感じながら、城門前に辿り着いた。だがそこには、長蛇の列が出来ていてた。俺は倣うように最後尾へ並ぶと、並んでいる人たちを観察する。老若男女はもちろん、子どもまでもが大荷物を持ち、疲れた顔をしながら並んでいた。


(確か、この年は戦争が激化したせいで難民が多かったんだっけ? で、職に付けなくて、街の南部にスラムを作ったんだよな。俺も小さい頃、母さんに言われたな。危ないから近づくなって)



 ――それから、数時間が経過した。



「なげぇ……」 


 太陽が天頂から降り始めてもまだ、十メートルほどしか進んでいない。にもかかわらず、列はまだ数十メートルはある。城門にいる騎士たちを見れば、篝火台を設置し始めていた。

  

「おいおい、一晩中並ばせる気かよ……」


 王国に入国する前には、厳重な検査が行われる。王国内の治安を守るためには必要なことだが、そのせいで時間が掛かっているようだった。


「はァ……マジかよ……」


 遅々として進まぬ列に嫌気がさした俺は、深いため息を吐きながら頭を下げた。すると――、


「ん?」


 突然、門の周辺が騒がしくなったのだ。何事かと頭を上げて再び目をやると、一台の馬車が止まっていて、男性が騎士に掛け合っていた。


「なんだ? 何か起き……ッ!」


 気付いたと同時、俺は無意識に走り出していた。


 心に沸き上がる郷愁に似た感情。鮮明に浮かぶ楽しかった思い出。会うのは三年ぶりだ。距離が縮まるにつれ、姿が鮮明になっていく。見た目は若いが、面影はある。


 全速力で近づく俺に気付いた騎士たちが、大声を出して警告してくる。だが、俺は走る速度を落とさなかった。


「だからッ、護衛をお願いしているんじゃ――……どちら様ですか?」


 足音に気付いたのか、男性が振り返った。その際、懐かしいほのかに苦味のあるグリーン系の香水が香る。俺に警戒はしつつも、丁寧な言葉遣いなのは商人としての性なのだろう。


「ルーカスさん」


 俺の前に立っているのは、この時代のルーカスさんだった。ぱっと見た感じは、俺と同い年。茶色い長髪を後ろで纏め、皺が一つもない顔は、優しそうな印象を受ける。


「え? どうして私の名前を? 一度お会いした方の顔は覚えるようにしているんですが……申し訳ございません、どこかでお会いしたでしょうか?」


 怪訝そうな顔をするルーカスさん。その声は耳馴染みのある、低く、響くような声調とは違い、軽やかで澄んだ声だった。俺の知らないルーカスさんの一面を知れて、嬉しさのあまり笑みを零してしまう。


「あの、どうされたんですか?」

「ん? ああ、すみません。それより、ルーカスさん。護衛の件、俺が引き受けます」


 俺が力強く答えると、一瞬固まったルーカスさんはすぐに綺麗な笑顔を貼り付けて口を開いた。


「話を聞かれていたのですね。その申し出は大変有難いのですが、見ず知らずの方に護衛を頼むなど申し訳ないですよ」

 

 取り繕った笑みにしては上手いと思った。だが、俺はルーカスさんの本当の笑顔を知っている。それに、まだ若くて経験が浅いのか、僅かに口元が引きつっているのを見逃さなかった。


「本当にいいんですか? このままだと、一人で周辺国を回ることになりますよ? この辺りは魔族の襲撃は無いとは言え、野党は多いですから襲撃に遭うかもしれませんよ?」


 俺がそう指摘すると、ルーカスさんの顔から表情が抜け落ちた。露わになった顔には、驚愕がありありと見て取れる。「何故、見ず知らずの男が自分の予定を知っているのか」と。


 知っていて当然だ。本人から聞いたのだから。俺がまだ屋敷にいた時、ルーカスさんに昔話をせがんだことがあった。ルーカスさんは渋りつつも、若い頃は一人で周辺国に物資を届けていたということ。その際、野党に襲われて死にかけたことがあるという話をしてくれた。


 ルーカスさんは目を伏せ、忙しなく瞳を動かしている。きっと、俺が野党とグルなのかどうか見極めているのだろう。


「まぁ、最後に決めるのはルーカスさんです。もしそれでも断るって言うなら、俺は引きますよ。でも、ここで巡りあったのも《《運》》だと俺は思います」


 俺はそう言うと、笑みを浮かべた。


 今、分かった。ルーカスさんが俺の相手をしてくれていた訳。俺たちは会っていたのだ。この時代に。だから、「勇者の子」としてではなく、「フィレン」として変わらずに接してくれていたのだ。


「…………」


 ルーカスさんは俺の言葉を聞いた途端、目を見開き、微動だにしなくなった。その数秒後、射抜く様な眼差しを向けてくる。だが俺は、笑みを浮かべたままルーカスさんと目を合わせ、無言を貫く。


 俺とルーカスさんの間に、沈黙が流れる。


「……わかりました、よろしくお願いします」


 まだ半信半疑ではあるものの、ルーカスさんは手を差し出して来る。俺は、満面の笑みを浮かべながらその手を強く握った。


「先に言っておきますけど、謝礼はあまり出せませんよ?」

「ああ、どうでもいいんで大丈夫です」

「どうでもいい? ……ますます意味が……まあいいです。私の名前を知っているようですが、一応改めて、ルーカス・トトウスです。貴方の名前は?」

「レンです。こちらこそ、よろしくお願いします」


 こうして俺は、ルーカスさんと二度目の初対面の挨拶を行った。

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