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第2話 原型を崩した心

 城内にある、赤を基調にした落ち着いた雰囲気のある豪華な談話室。その中央に置かれた大理石の円卓には、既に八人の男女が座っていた。


「まぁ、久しぶりね、レン」


 椅子に座っている優しい雰囲気をした金髪の女性――義母さん(セラフィーナ)様が、入室した僕に優しく声をかけてきた。


「セラフィーナ様、お久しぶりでございます」

「もう、レンったら、様はいらないと言ってるでしょ。でも、ふふ、そういう礼儀正しいところはロキとは大違いね」


 そう言って、手で口を隠しながら品よく笑うセラフィーナ様。


「世間話はどうでもいい。来たんなら、さっさと始めてくれ」


 会話を叩き切るような言葉が談話室に響いた。目を向けると、紫色の髪をした筋骨隆々の女性――義母エレオノーラさんが腕と足を組んで座っていた。


「せやなあ。一番最後……しかも時間より遅れて来はって、これ以上ウチの時間を無駄にされるんは勘弁してほしいわぁ」


 義母エレオノーラさんの隣、男装をした銀髪の女性――義母シルヴァさんは両肘を円卓に付き、薄い笑みを浮かべながらその意見に賛同した。


「しょうがないでしょ。勇者は遅れてやってくるものなのだから。そうでしょ、ゾアンベラ?」


 セラフィーナ様の隣、漆黒のドレスを纏った鈍色の髪色をした女性――義母ヴィオラさんが母さんに皮肉めいたことを言う。


「お前らなぁ。ったく、顔を合わせる度にギスギスしやがって。俺たちは家族なんだぞ?」


 険悪な空気が流れると、父さんが呆れた顔をしながら文句を呟く。


(母さん……)


 談話室に入室してから、母さんはずっと浮かない顔をしている。その顔を目にしてからというもの、仕舞っていた嫌な記憶が蘇り、頭から離れないでいた。


 それは、僕が素直な息子を演じるようになったキッカケ。


 国王陛下は「勇者は人類の希望。決して、血を途絶えさせてはならない」と仰り、父さんは母さん以外にも、さらに四人の妻を娶ることになった。


 そして嫡男として生まれた僕は、魔力を宿していなかった。まさに、青天の霹靂。誰しもが大なり小なり魔力を宿しているはずが、一切魔力を宿していなかったのだ。


 焦った国王陛下は、母さんに重圧をかけた。


 だが、第二子であるノルは父さんから強大な魔力を受け継いだが病弱だった。対して、義母さんたちは全員、その役目を見事に果たした。


 そうなると、母さんへの風当たりは自ずと強くなる。さらに、海千山千の曲者ぞろいである義母さんたちとは違い、母さんは元平民。義母さんたちとの探り合いや牽制をし合う日々に、心を擦り減らしていった。


 そして、あの日。偶然、夜中に目を覚ました僕は見てしまったのだ。


 限界に達した母さんが、髪を振り乱し、泣きながら義母さんたちと別れるよう父さんに縋る姿を。その光景を目の当たりにした僕は子どもながらに責任を感じ、それ以来、母さんに迷惑をかけないと心に誓ったのだ。






 ◇◇◇◇◇






「それでは、この部屋で少々お待ちください」


 案内役の臣下はそう言うと、部屋を後にした。


 父さんたちは、談話室に残って会談を行う。普段、六人は顔を合わせることはないため、この機会に様々なことを話し合うのだ。その間、僕ら僕らでしなければならないことがあり、今は準備が整うまで別室で待機していた。


 待機するよう言われた部屋ですら、調度品の格式が高く、バルコニーまである。僕は、新鮮な空気を吸おうと窓際に向かって歩き出した。が――、


「フィレン」


 硬い口調で呼び止められた。無視という言葉が頭に過ったが、より事態が面倒になるだけなので、仕方なく振り返る。


「どうした? アルフォンス」


 僕を呼び止めたのは、セラフィーナ様の息子であるアルフォンス。


 セラフィーナ様譲りの金髪に、綺麗な顔立ち。体格は華奢だが、背は高い。ノルには敵わないまでも膨大な魔力を保有し、さらに、一人で王国騎士団を圧倒できるほどの実力者。天賦のカリスマ性を持ち、貴族や騎士たちからは「傑作」と呼ばれている。


「君は、いつになったら嫡男の座を降りるんだい?」


 真剣な表情のアルフォンスは、言葉を濁さず、単刀直入に尋ねてくる。


「アルの言う通りだぜ。てめェに期待してるヤツなんざ一人もいねぇぞ。そこの、死にぞこないもな」

「何をッ!」


 挑発されたノルは、音を立てて椅子から立ち上がる。


 粗暴なこの男は、エレオノーラさんの息子であるヴィゴ。


 端正な顔立ちをしているが、エレオノーラさんに似た鋭い眼光と色黒い肌のせいで強面の印象が強い。青みがかった紫色の髪を坊主にし、服の上からでも伺える筋骨隆々の体、そして、二メートルを超える巨体も相まって威圧感が凄まじい。


「なぁ、テレサもそう思うだろ?」


 ヴィゴは意地の悪い笑みを浮かべながら、椅子に座って静かに本を読んでいるテレサに話を振った。


「ええ、そうね。それと、筋肉漢。私に馴れ馴れしく話しかけないでちょうだい」


 棘のある言葉を吐き捨てたのは、シルヴァさんの娘であるテレサ。


 銀製の丸眼鏡をかけた、切れ長な冷たい目が印象的な美女。ただ、銀色の瞳、雪のように白い肌、長い銀髪に加え、彫刻のように表情が変わったところを誰も見たことがないことから「氷の女」と呼ばれていた。魔術の才能は母さん並みで、さらに、魔道具の製造においても秀でてた才能を持つ。


「相変わらず、冷てぇ女だな。ガッハッハ――」


 何が面白いのか理解できないが、ヴィゴは大声を出して笑う。


「はァ……、品のない」

「あ?」


 大口を開けて笑っていたヴィゴが、一瞬固まる。直後、青筋を浮かべて怒気を放つ。


「リヴ。テメェ、今なんつった?」

「品性の欠片も持ち合わせていない、野蛮人って言ったのよ」


 ヴィゴの威嚇を受けても毅然とした態度を崩さず、さらに挑発を行ったのは、ヴィオラさんの娘であるリヴ。


 鈍色にびいろの長い髪は絹のように滑らかで、細かい刺繍がふんだんに施された黒いゴシックドレスを着ている。百二十センチ程しかない小柄な体格に加え、作り物のように端正な顔付きをしているせいか、その風貌はビスク・ドールそのもの。


「いいぜ、買ってやんよ。ただよぉ、俺様は淫具にゃあ容赦しねぇぞ、お人形ちゃん?」


 ヴィゴは肌を焦がすような殺気を放ちつつ、リヴに下卑た笑みを向ける。


「殺す」


 品の無い挑発を受けたリヴは、目を細め、不安を掻き立てられるような黒い殺気を放つ。二人の殺気がぶつかり、調度品がガタガタと音を出して揺れ出す。


「止すんだ、二人とも」


 アルフォンスが、顔色一つ変えずに二人の間に割って入った。そして、おもむろに顎で扉を指し示す。


 意図を理解した二人は、殺気を霧散させた。その少し後、廊下を歩く靴音が扉の前で止まった。


「失礼します。皆様、準備が整いました。会場までお越しください」


 扉を開けた案内役の臣下が、恭しく頭を下げる。


「邪魔よ、玉無し」


 案内役の臣下を眺めていると、後ろから氷のように冷たい声をかけられた。振り返ると、虫ケラを見るような目をしたテレサが立っていた。


「テ――」

「玉無しの分際で、軽々しく私の名前を口にするな」


 僕が口を開こうとした瞬間、テレサはまるで氷の刃の如き言葉で僕の言葉を遮った。さらに、テレサは避けて進む気は無いのか、僕のことを見据えてくる。僕は込み上がってくる感情をグッと堪え、黙って道を開けた。


「テレサ。君のような女性が、人前でそんな言葉を口にするのは止めた方がいい」

「貧弱男が、気安く私に指図しないで」

「ガッハッハ――、やっぱ、テレサは面白れぇ女だぜ!」

「ほんと、うるさい男……」


「ノルグムジャード様、アルフォンス様、オリヴィア様、ヴィゴ様、テレサ様。ご案内します」


 ()()()のように、僕の名前は呼ばれない。五人の後について行きながら、僕は心構えをしておく。ここからが本番だからだ。


 舞踏大会前に行われる懇談会。赤を基調に、金製の調度品で統一されたソルシアの粋を集めた晴天の大広間には、各地から集まった貴族が交流を行っている。その場に、勇者の血を引く者たちが姿を見せた。すると、さっそく後ろ盾になっている貴族や懇意にしている貴族たちが挨拶をしに来る。


 その光景を、僕は会場の隅で眺めていた。


 魔力を宿していないと公表される前までは、僕にも貴族が大勢群がっていた。しかし、公表されるや否や、蜘蛛の子を散らすように僕の元から去っていったのだ。今なら僕に媚を売る価値がなくなったからだと分かるが、当時(五歳の僕)は理解できず、会場で泣いてしまった。それでも、貴族たちは僕のことを無視し続けた。


 あの時感じた疎外感は、忘れたくとも忘れられない。


(まだ、二時間もある……)


 舞踏大会は三日間。しかも、まだ始まってすらいない。大広間に来てからずっと、胃に鈍い痛みが走っており、崩れた心がさらに歪な形になっていく。それでも耐えるしかないのだ。もし僕が舞踏大会を欠席したら、攻められるのは母さんなのだから。


 嫌がる心を(理性)で縛り上げ、自分自身の役割を必死に言い聞かせている。だからか、目の前に立つ臣下の存在に気付かなかった。


「フィレン様」


 一瞬、名前が呼ばれたことを理解できなかった。だが、数秒遅れて理解が追い付く。


「あ、えっと、何でしょうか?」

「ゾアンベラ様のことでお話がございます」

「母さんのこと?」

「はい。ですが、この場でお話しできる内容ではございません。つきましては、城内の一室をご用意しております。フィレン様。大変恐縮ではございますが、ご足労いただけませんでしょうか?」


 正直、渡りに船だと思った。それに、この場で話せない内容というのにも引っかかった。


「その、ノルグムジャードには声をかけないのでしょうか?」

「いえ、別の者がお声がけ致します」


 そう言われ、僕はノルを見た。しかし、貴族たちに囲まれていて姿が見えない。


「分かりました。案内してください」

「ありがとうございます」


 今は貴族の対応で忙しいのだと判断し、僕は臣下に連れられて大広間から退室する。先ほどまでの喧騒とは打って変わって、物静かな通路を歩く。


 室内とは思えないほど幅広い通路には、等間隔に暖色の明かり設置され、名画であろう絵画が飾られている。


 畏れ(トラウマ)の場所から出られたからか、幾分か心に余裕が生まれた。それに伴い、麻痺していた感覚も正常に働き出す。


「ん?」


 歩き出してから数分、背後に微かな気配を感じ取った。立ち止まって振り返るが、誰もいない。気のせいかと思い、僕は視線を戻した。すると――、


「なッ!?」


 目の前に、闇を纏った怪しげな影が数体立っていた。


(しまった……)


 ここでやっと、自分が迂闊な行動を取ってしまったことに気が付く。


 本来、たとえ城内であったとしても、護衛を付けずに行動することは絶対にしてはならない。何故なら、いつどこで命を狙われるか分からないからだ。


 ただ、これはフィレンだけのせいでもなかった。


 公表されてから十年間、蔑まれ、無視され続けていたのだ。フィレン自身が、己の存在価値を忘れていても仕方がない。


 フィレンは抵抗する暇もなく、影に囚われた。そして、人知れず表の世界から姿を消したのだった。






 ◇◇◇◇◇






 意識が覚醒し始めると共に、カビ臭さと湿っぽい空気を感じ取る。徐々に他の感覚も働き出し、僕は平らで固い床に寝そべっているのだと理解した。


「ここは……?」


 ゆっくりと目を開けると同時、頭が重く、視界が制限されていることに気が付く。慌てて頭に触れて確認すると、鉄製の――動物の顔を模した兜を被せられているようだった。


「お目覚めか?」


 ぼやける意識で現状を把握していると、頭上から声をかけられた。その瞬間、攫われたことを思い出し、素早く飛び起きる。


「ヒャッハッハッ、活きが良いじゃねぇか!」


 僕の反応を見て、声をかけてきた男は快闊に笑う。


「誰だ?」


 僕は身構えたまま、男に問い質す。中年の肥えた男は、全身に複数の貴金属を身に付け、質の高い服を着ている。だが、男の人相からは、品性を感じることができない。一目見ただけで、この男は信用できない人物だと悟る。


「おお、そうだったな。俺はお前の後援者(パトロン)だ」

後援者(パトロン)?」


 言っている意味が分からず固まっていると、男は浮かべていた笑みを深めながら口を開いた。


「ま、知りたけりゃあ、まずは勝つことだな」

「……一体、何の話を――ッ!?」


 はぐらかす男に追及しようとした瞬間、僕の後ろから一筋の光が差し込み、金属が軋むような重々しい音が鳴り響いた。


 振り返ると、僕は眩い光に包まれ、思わず目が眩む。すると、男が僕の背中を光の方へ押した。




「さぁ次は、名前不明! 素性不明! 不明尽くしの鉄兜少年の登場だぁ!!!」


「「「「おおおぉぉーーー!!!!」」」」


 耳を塞ぎたくなるような、割れんばかりの叫び声が木霊する。


 目が慣れた僕は、恐る恐る周囲に目をやる。すると、高い壁に囲まれた月天げってんの大広間ほどの場所に僕は立っていた。周囲には、見渡す限りの人。活気と殺気を振りまく人で、埋め尽くされている。


「対するはぁああ、闘技場の暴れ牛ぃいい! バルブロッ!!!」


 観客の叫び声が再び響き渡ると、僕がいる正面の壁が開き、丸坊主の大男が姿を見せた。目算で、二メートルはあるだろうか。半裸の体には、いくつもの裂傷が刻まれており、手には大剣が握られていた。


「両者出揃ったぁ! 決闘開始だぁ!!!」


 合図を叫んだ直後、大男が殺気を放ちながら突っ込んでくる。


「ッ!? ま、待ってくださいッ! 僕は戦うつもりはないんですッ!」


 状況は未だに理解できていない。だが、決闘が始まってしまったことだけは分かった。僕は両手を突き出し、大声を出して制止を呼びかける。しかし、大男は眉間に皺を寄せながら僕に向かって大剣を振り下ろす。


(本気だッ!)


 殺す気で振り下ろしていることを悟り、全力で横へ飛び退く。直後、僕が居た場所に大剣を振り下ろされた。


 避けなければ死んでいた。いや、殺されていた。心臓が高鳴り、冷や汗が滝のように流れる。僕は呆然としながら地面に刺さった剣を凝視していると、大男は追撃を仕掛けてきた。


 引き抜いた大剣を横に倒し、振るわれる横なぎ。


 大男の剛腕から繰り出される大剣の横なぎの速度は凄まじく、空気を切り裂く音が僕に届いた。その音はまるで、死を告げる音。


「ひゃあッ!」


 恐怖に駆られた僕は、全力で前方へ飛んだ。着地も何も気にしないで飛んだため、地面の上で前転し、僕は地面に座り込む。


「おっとー? 鉄兜少年は逃げるばかりだぁ! 一体、どうした?」


 僕は地面に座ったまま後ずさり、実況者に向かって力の限り叫んだ。


「降参しますッ!」


 半泣きの状態の上擦った声。それでも声は届いたのか、実況者の表情が落ちた。かと思えば、目を見開き、大口を開けてマイクに向かって叫ぶ。


「降参だぁ? んなモン、この闘技場にはねぇんだよ! 勝って生き残るか、負けて死ぬかだぁ!」


 実況者がそう言うと、観客たちが沸き上がる。


「そうだ! つまんねぇぞ! 戦え!」


「大穴のテメェに賭けてんだぞ!」


 (理性)で縛り上げていた心が、さらに縮む。怖い。でも、逃げられない。奥歯がガタガタと鳴り出し、指先が震え出す。心臓は張り裂けんばかりに鼓動し、にもかかわらず、身体の芯は凍えるように寒い。


「ガキが」


 大男が、虫ケラを見るような目で僕のことを見下ろす。



 ……僕は死ぬのか。こんなところで……。



「ちッ、完全にビビっちまってやがる」



 悪態を吐きながら、大男がゆっくりと大剣を振りかぶる。



「まったく、何でこんなガキの相手をしなきゃならねぇんだ」



 …………嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だぁ!



「こんな情けねぇガキを出場させたところで、ちっとも盛り上がりゃあしね。大穴を狙ってのことだろうが、()()だったな」






 ――()()()()()()()()()()






「死ねぇ!!!」


 大男が声を張り上げると共に、僕目がけて上段から大剣を振り下ろす。


 その攻撃を、僕は躱した。座った状態のまま、一瞬で。


「なッ、テメェ今どうやって……?」


 確実で当たるはずの攻撃を躱され、且つ、僕に後ろを取られた大男は困惑した表情を浮かべる。


「…………」


 そんな大男を無視して、僕は自分の身体を確認する。身体が軽い。重みを一切感じないのだ。それでいて、奥底から力が漲ってくる。


 ふと、改めて周囲に目を向ける。すると、ついさっきまでとは比べられない程に視界が広く、そして、観客たちがハッキリと見えた。


 不思議だった。熱気と淀んだ空気が充満している闘技場なのに、まるで早朝の澄んだ空気のように清々しく感じる。


「余所見してんじゃねぇぞ、ガキがッ!」


 我に返った大男が怒声を上げて、鬼の形相をしながら斬りかかってきた。


「遅せぇ」


 僕に刃が届くより先に大男の懐に入り、腹部を殴りつける。


「ぐぁあ!」


 一切反応できずに殴られた大男は、体を九の字に曲げ、後方に吹き飛ぶ。


「おーとッ! 鉄兜少年! なんて馬鹿力だぁ!!! 巨体のバルブロを五メートルは殴り飛ばしたぞ!!! あいつの親は怪物かぁ?!」


(はッ、正解だよ)


 当たらずとも遠からずな実況に、思わず笑みを零す。そんな中、腰に下げている短剣を引き抜く。僕に与えられた武器は、安物の粗悪品。大剣を持つ相手に対して、何とも心もとない武器だ。だが、これで十分だった。


 一歩一歩地面を踏み締めるように、大男の元へ向かう。


「ガハァ、ガハァ……」


 大男は地面に膝を着きながら、僕の方を睨み付けていた。ただ、口から血を流し、殴られた箇所を手で押さえている。


「く、グゾガキがぁ!」


 それでも、戦意は失っていないようだった。大男は拳を握り締め、僕の顔面を殴ろうと襲い掛かってくる。


「なッ?!」


 僕は、体が後ろに押されることも、腕が押し込まれることもなく受け止めた。渾身の力を込めたであろう大男は、驚愕と言わんばかりに目を見開く。


 そのまま僕は受け止めた拳を握ると、大男を強引に地面へねじ伏せる。


「あッ?」


 大男は抗うこともできず、地面に突っ伏した。怒りか羞恥かは不明だが、大男の顔が赤く染まると、地面の上で暴れ出す。


 その様子を見下ろしながら掴んだ手にさらに力を込めると、ボキッというくぐもった感触が伝わってきた。


「がぁあ!」


 大男が唾を飛ばしながら叫ぶ。


「死んだら負け、だったな」


 地に伏せる大男に目を向けながら、僕はそう呟いた。


「ッ! 粋がんなよ、くそガ――」


 大男が、力を振り絞って虚勢を張ろうとした。だが、僕と目が合った瞬間、口を大きく開けた状態で固まった。さらには、血走っていた目を揺らし、顔を青くさせる。


 そんな大男の額に、僕は短剣を深々と突き刺した。


「勝ったのは、鉄兜の少年だぁーーー!!!!」


 実況が叫んだ後、数秒間、闘技場内は沈黙に包まれた。その後――、




「「「「おおおぉぉーーー!!!!」」」」


 歓声がうねりとなって、闘技場にいる僕に降りかかってきた。


「な……」


 皮膚が、体内が、観客たちの熱狂で震える。全身を、いや、足の裏でさえも振動(喝采)が伝わってきた。


 鳥肌が立ち、全身の産毛が逆立つ。


 抑えつけられ、縛り上げられていた心臓が反動のせいか弾性を取り戻し、猛々しく脈動する。


 止まなぬ咆哮。数百、数千の視線と興奮を一身に受ける。他の誰でもない、僕だけに向けられてたものをだ。


 腹の底が熱くなり、胸が美しく音色を打つ。それだけではない。沸騰したように熱い血が全身に巡って、世界が色付いて見えるのだ。


 目を開けていても、閉じても心地良い感覚に包まれる。


 僕は、生まれて初めて生を実感したのだ。


「うおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!」


 僕――俺は、魂の雄叫びを上げた。

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