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第10話 手を掴む

「ふぅう……」


 俺は余韻に浸る。間違いなく、強敵だった。長き修練の末に体得した剣技を、俺を殺すためだけに惜しげもなく振ってきた。


 血が滾り、心が躍った。


 そんな楽しいひと時を与えてくれた強敵とも。俺は、地面に転がっている両手剣を拾い上げる。使い込まれ、手入れが行き届いた素晴らしい剣だった。その両手剣をグレーデルの亡骸の傍に突き立てると、俺は黙祷を捧げる。


 姿勢を正し、「アンタは本物の騎士だった」と心の中で賛辞を贈った後、俺はゆっくりと目を開く。


 そして戦いの熱が冷めると、今まで喪失していた痛みを感じ、体中が悲鳴を上げ出した。


(イテテ……でも、ちょっとはしゃぎ過ぎたな……)


 今はまだ意識を保てているが、そう長くは持ちそうにない。俺は纏っていた覇気を霧散させ、折れた剣を鞘に納めると、途中から存在に気付いていた者たちに顔を向ける。


「何でここにいんだ、ルーク?」


 俺は、通路の出入り口付近で真顔のまま固まっているルークに声をかけた。さらにその隣には、同じような顔をして微動だにしないマルクスとミカルの姿もある。 


「…………レン……さん? あなたは……」


 ルークはあんぐりと口を開けたまま、掠れた声で呟く。だが――、


「レンッ!」


 いち早く我に返ったテンネルの絶叫によって、ルークの呟きはかき消された。


 テンネルは不安そうな顔をしながら、俺に走り寄ってくる。その途端に皆の硬直も解け、一斉に俺へ駆け寄ってきた。


「レン、大丈夫なのッ?」

「おう、見ての通り平気だ」

「どこがですかッ? すぐに修道院へ! あッ、でも、医者を呼んだ方がッ?」

「落ち着けって、ルーク」

「レンにぃ、痛い?」

「どうってことねぇよ」


 俺の身を案じてくる皆に対し、俺は笑ってみせた。その後、それとなくマルクスへ視線を向ける。マルクスだけは真顔のまま口を固く結び、遠い目で俺のことを見つめていた。


 心ここにあらずなマルクスは一先ずは放って置き、俺はルークに声をかける。


「ルーク、ここにいるってことは、ちゃんと指示通りに仕掛けてくれたのか?」

「はい、言われた通りに全部仕掛けました」

「そうか……で、なんでマルクスとミカルが?」


 俺がそう尋ねると、ルークは申し訳なさそうな顔をしながら説明し出す。


「すみません。ちゃんとミカルを送り届けたのですが、仕掛けているところをマルクスに見られてしまい、私の説明も聞かずに通路へ入ってしまいまして……」

「それならしょうがねぇな。んじゃ、みんなで見に行くか」


 オロフの後を追うのは簡単だった。オロフが立っていた箇所には黄色い水溜まりが出来ており、通路に敷かれた高価な絨毯に足跡が残っていたからだ。


 明るく絨毯が敷かれていた通路は、次第に薄暗く、人一人通るのがやっとなほど狭まった。おそらく、隠し通路に繋がったのだろう。そして歩くこと数分、正面から空気の流れを感じた。そのまま進むと、薄っすら月明かりが漏れている壁に辿り着く。その壁を手で押すと、「ガコッ」という音が鳴り、隠し扉がズレて外に出れた。


「クソクソクソクソッ!……なぜ、ワシがこんな目に……」


 外へ出た瞬間、木の根元に横たわるオロフが目に入った。


 着飾った高価な衣服は泥だらけになっていて、周囲には身に付けていた貴金属が散らばっている。泥にまみれたオロフの顔は醜く歪んでおり、口から涎を垂らしていた。


「グレーデル、早く、助けに来い!」


 オロフは俺たちに気付いておらず、必至に地面の上で藻掻き、暴れている。そんな様子を冷めた目で見つめていると、オロフがこちらの存在に気付いたのか、驚いたように顔を向けてきた。


「ッ!? 貴様……」


 ずっと暴れていたのか、オロフは息も絶え絶えだった。


 オロフは、ルークに頼んで仕掛けてもらったくくり罠に掛かっていた。この罠は、俺が魔獣を捕らえるために作った物。魔獣用ということもあり、ただの縄ではなく、細い金属線を束ねた縄を用いた特別製である。そのため、オロフと共に逃げた男が必死に剣で切ろうとしているが、まるで刃が通っていなかった。


「なんなのだ、貴様はッ!」


 傷だらけの俺がここにいることで全てを悟ったオロフは、恐怖に染まった顔をしながら叫ぶ。


「…………」


 俺は、そんなオロフを黙って見下ろす。


「なんだ、その目は! 不敬であるぞッ!」


 オロフは俺の目が気に喰わないのか、一時の怒りに支配され、喧しく喚く。


(哀れだな……)


 俺はオロフを見て、憐みを抱く。


 グレーデルは、自身の忠義がただ利用されているだけだと気付いていた。気付いていて尚、忠義を尽くしたのだ。共依存と言い換えてもいいかもしれない。きっと、グレーデルは落ちこぼれの烙印を否定したかったのだ。そんな己の存在意義を証明するための忠義が、オロフを助長させ、虚構の王に仕立て上げてしまった。


「もしかしたら、俺もアンタみたいになってたのかもな……」


 俺と似た境遇だったグレーデルのことを、また違う意味で胸に刻み込む。


「レンさん、どうかしましたか?」


 心の中で呟いたつもりが、俺は口に出していたようだ。その呟きに、ルークが反応し顔を向けてくる。


「ルークのおかげだ、ありがとな」

「ん? いえ、そもそもレンさんの指示を聞いただけですよ?」


 俺が笑いながらお礼を口にすると、ルークは不思議そうな顔をする。


「テンネルを、よくもッ!」


 そんな中、ずっとオロフを睨んでいたマルクスが走り出し、地面に寝そべっているオロフの顔面を蹴り飛ばした。当然、オロフが防ぐことなど出来る訳も無く、蹴りをモロに喰らって両方の鼻穴から血を吹き出す。


「殺してやる!」

「止めろ、マルクス」


 一発蹴るぐらいは見逃すが、それ以上は看過できない。俺は低い声を出し、マルクスを止めた。


「うるさいッ! コイツは――」

「コイツは、俺が追い込んで、ルークが捕らえた俺らの獲物だ。マルクスが口を出す権利はねぇ」


 マルクスは鬼気迫る表情で食い下がってこようとしたが、俺の目を見た途端、怯んだ。マルクスも俺の戦いを見ていたのだ。マルクスは次第に顔を青くさせていき、両手を力一杯握り締めた後、渋々ながら引き下がった。


「それに、マルクスは豚を捌けねぇだろ?」


 俺は笑顔を浮かべながら、テンネルだけに通じる軽口を叩く。そして、隣にいるテンネルの方を見る。


 テンネルは、鼻が折れ曲がって「フゴフゴ」と呻きながら白目をむいてるオロフをジッと見つめていた。そんなテンネルは、オロフから視線を外し、俺に顔を見ながら口を開く。


「でも、こんなの食べたらお腹壊しちゃう」

「ん? アッハッハ! 確かにな!」


 テンネルの容赦のない言葉に、俺は思わず大声を出して笑った。


「あッ、ヤベ……」


 ただ、それがいけなかった。大量の血を失っている状態で大笑いしたため、頭がクラッとしたかと思えば、途端に視界の端が黒く染まっていく。脚の力も抜けていき、体が浮遊感に襲われると、俺はそのまま意識を失った。






 ◇◇◇◇◇






 意識が覚醒し出すと、閉じた瞼から暖かな日の光を感じ取った。ゆっくりと目を開けると、見覚えのある天井が視界に映る。


「陽だまり亭……」

「レンさんッ?! え? 目を覚ましたんですか?」


 俺が目を覚ましたことに気付いたのか、頭上でルークが驚いた声を上げる。ただその反応は、俺が想像したものではなかった。


「いや、なんでだよ? そこは『良かった』とかだろ、普通……」


 俺は、ルークにツッコミながら上体を起こす。


「私もそう言いたかったですよ。ですが、医者から『数日は目を覚まさない』と言われてたので……まったく、規格外というか、レンさんらしいですね」


 ルークは呆れたような、感心したような笑みを浮かべると、寝具ベッドの隣に置かれている椅子に腰かける。


「どん位寝てた?」

「五、六時間くらいです」

「ふ~ん、俺が気を失った後は?」

「レンさんは出血が酷かったので、長距離を運ぶのは危険だと判断しました。なので、修道院ではなく、近かった陽だまり亭に運び込みました。私しか街に入れなかったので、オロフはあの場所に放置してます。ですが、時間帯的に壁を巡回している衛兵に発見されている頃でしょう。マルクスたちは、一先ず避難所へ戻るように言っておきました。それから……――」


 俺はルークの話を聞きながら、物思いに耽る。


 オロフを追って通路を進んでいた際、執務室を見つけた。ルークと俺はその部屋を物色し、オロフと繋がっている者を特定できる書類を回収した。これさえ持っておけば、無実の罪を着せられそうになった時に役立つからだ。


 俺は、五つ目を壊滅させたことに後悔はしていない。歴史が変わることよりも、目の前の命を救いたかった。いや、救いたいのだ。


「あの、レンさん?」

「ん? なんだ?」


 不意に、ルークに名前を呼ばれた。俺は思考を中断して顔を向けると、ルークはおずおずと尋ねてくる。


「あの広間で、大柄の人との決着がついた時、何をしたんですか?」

「何ってなんだ?」

「その、気を悪くさせてしまったらすみません。レンさんは、大柄の人の攻撃を防ぐことが出来ていませんでしたよね? それなのに、最後の一撃だけは完璧に防ぐことができていました。一体、何をしたんですか?」

「ああ、そのことか」


 ルークが聞きたいこと理解した俺は、どう説明したものかと頭の中で順序立てる。


「ルークは、戦技って知ってるか?」

「いえ、分かりません」

「そうか。なら、そういう特別な技があるって思ってくれればいい。まあ、俺も使えねぇから詳しくは分かんねぇんだけど。んで、グレーデル……あの大柄の男な、そのグレーデルが使って戦技は、俺の見立てだと二つだ」

「二つ?」


 真剣に話を聞くルークの顔の前に、俺は二本の指を立て、その後、人差し指一本だけを立てた。


「まず、剣を魔力で覆って切れ味を強化する戦技。あれのせいで、俺は剣でグレーデルの両手剣を受けて防げなかった。だから、体中斬られまくった」


 俺は攻撃を防ぐのが下手だから斬られていたわけではないことをルークに念押しした後、二本目の指を立てる。


「もう一つは、迎撃の戦技。こいつが、だいぶ厄介だった。ある程度戦ったら、グレーデルの剣筋は読めるようになったけど、あの迎撃の戦技は無理だ。速すぎる」

「じゃあ、どうやって……?」

「あの戦技は、自動なんだ。グレーデルが狙って振ってるんじゃなくて、視界内――二百七十六センチ内の動く物を斬る戦技なんだ」

「なんで、そこまで詳細に……?」


 ルークの疑問は尤もだ。だから、俺はなぜ詳細に分かったのかを教える。


「俺はただ無闇やたらと突っ込んでたんじゃなくて、探ってたんだ。最初に気になったのは、俺に接敵してきたグレーデルが遅かったこと。んで、攻防の途中、グレーデルは完璧に動きを止めた。その不自然な動作で気付いた。迎撃の戦技だってな」


 あの時の光景を思い出しながら、俺は語っていく。


「あとは発動条件だ。人間だけに発動すんのか? 剣とか石、無機物にも発動するのかを調べた。ここまでは、楽だった。問題は範囲。グレーデルの両手剣は、目算で百八十センチ。腕の長さを合わせて、だいたい二百八十前後。けど、だいたいじゃダメだ。だから、何度も接敵して正確な距離を測った。範囲まで分かれば、もう怖くない。間合いに入る時に上手く誘発させてやれば、向こうから手の中に収まる。そんで、腕を掴めばもう剣は振れない。つまり、俺の勝ちだ」 


 俺はそう言って、笑みを浮かべた。ただ、ルークはまた固まっている。


「っと、ちょっと話し込みすぎたな。そろそろ出ねぇと……」


 話もひと段落したので、俺は掛けられていた毛布をめくり、立ち上がる。


「ちょ、ちょっ、何やってるんですか、レンさんッ!」


 そんな俺を見て、我に返ったルークが絶叫する。


「あんま、大声出すなよ。迷惑だろ」

「あッ……すみません……じゃなくてッ、レンさん! 何やってるんですか、安静にしててください!」


 ルークは真剣な顔をしながら俺に詰め寄り、大声を出して安静してるよう言ってきた。


「……ヤダ、暇で死ぬ……」


 ルークは、本心で俺の身を案じてくれている。それが伝わり、嬉しさが込み上がってくる。だが、目が覚めてしまった以上、ベッドの上で大人しくしているのは嫌だった。だから、俺はルークから視線を逸らし、口を尖らせて拒否する。


「暇って……さっき、死にかけたんですよ?」

「さっきはさっき、今は今だ」

「屁理屈です。さっさと寝てください!」

「問題ねぇって!」

「ダメです。生き体と死に体の境を彷徨っていたんですから、療養しててください!」

「人を生ける屍みたいに言いやがって……」

「言い得て妙ですね。今のレンさんにピッタリです」


 一向に引く気が無いルークと俺は睨み合い、暫くの間、怒鳴り合った。その結果――、


「あんたたち、朝っぱらから元気ねぇ?」


 満面の笑みを浮かべた般若アイニさんが部屋に来て、恐ろしく静かに叱られた。






 ◇◇◇◇◇






「オロフが捕まった」と、都市内はその話題で持ちきりだった。市民が知っているのであれば、残党はより詳細に把握しているだろう。俺は報復されるのも面倒だと思い、手紙を渡した店主を通して、残党に警告しておくことにした。


 店主は俺の存在に気付いた瞬間、顔を真っ青にし、ガクガクと震え出した。話を聞くと、やはり、俺が五つ目に殴り込んだことは構成員に知れ渡っていたようだ。さらに、五つ目の最高戦力だったグレーデルを倒したことも知っていた。だからか、店主は「私たちは、絶対にあなた方に係りません!」と、震える声で敵対の意思はないと告げてきた。俺の索敵能力と戦闘能力を恐れた、残党の総意らしい。俺は店主に念を押すように脅しをかけ、五つ目との争いは、ある一点を除いて決着がつけた。


「まあ、まだ様子は見た方がいいけど、これでビクビクしながら街を歩かなくて済むな?」

「……私の反応が普通です」


 その後、ルークと俺はいつものように炊き出しを行った。すると――、


「レンッ!? なんで炊き出ししてるのッ?」

「おう、テンネル」


 列の最後尾に大人しく並んでいたテンネルは、自分の番が回ってきた途端、大声を上げながら詰め寄ってきた。


「『おう』じゃないよ! 寝てないと! ルーク、どうして止めないの! 私、言ったよねッ?!」


 テンネルは俺から視線を外すと、隣で気まずそうな顔をしているルークを怒鳴りつける。


「ちゃんと止めましたよ……」 

「止められてないじゃんッ!」

「レンにぃ」

「よお、ミカル」

「テンネルねぇね、レンにぃが炊き出ししてるって気付いたら、すごい顔で走って行っちゃったの」


 テンネルの後ろに並んでいたミカルは、小さな声で教えてくれた。


「そうなのか……ま、やってるんだからしょうがねぇ。ミカル、今日も大盛りにするか?」

「うん!」

「よし。で、テンネルはどうする?」


 俺はルークのことをジッと見つめ、先ほどよりも大人しくなった代わりに理路整然と問い詰めているテンネルに声をかける。


「ッ!? お、大盛り……でも、食い意地を張ってるとかそんなんじゃなくて……」

「大盛りな!」


 俺は二人に食事を手渡すと、最後の一人に声をかける。


「マルクスはどうすんだ?」


「…………」


 マルクスは、返事は返さずに俺を見てくる。かと思えば、視線を外し、目を忙しなく動かす。まったく落ち着きがない。


「…………テンネルを助けてくれて、ありがとうございました」


 暫くして、マルクスは感謝の言葉を口にしながら、ガバっと俺に向かって頭を下げた。


「おう、気にすんな。俺が助けたかったから助けたまでだ」


 そんなマルクスに対し、俺は感謝の言葉を受け取りつつも、自分の意志で助けたのだと伝える。


「それで、その……、聞いて欲しい話しがあります」

「……分かった」


 だから、列の最後尾に並んでいたのだろう。マルクスは只ならぬ雰囲気を纏いながら、森の方へ歩いて行く。ついて行くのは、俺一人。マルクスは、森に入ってすぐのところで立ち止まると、振り返り、そして俺の前で土下座をした。


「お願いします! ミカルとテンネルを庇護してください!」


 マルクスは額を地面に擦り付け、懇願してくる。


「ミカルはあなたに懐いてるし、あのテンネルもあなたに心を赦してる。俺はいいです! 二人の面倒を見てくださいッ! お願いしますッ!」


 全身に力を込めているのか、マルクスの体が小刻みに震えていた。


 マルクスから話があると言われた時から、二人についてだろうとは思っていた。だから、俺は自分の答えを口にした。


「断る」


 僅かな希望も持たせないよう、俺はハッキリと断る。


「…………」


 俺が一切迷いなく、即答したことが予想外だったのか、マルクスの震えが止まった。ただそれも一瞬であり、マルクスの体がまた震え出す。


「なんでだよッ!」 


 顔を上げたマルクスの表情は、激情に飲まれ、ぐちゃぐちゃだった。失望、悲観、そして怒り。マルクスは眉間に皺を寄せ、俺を睨み付ける。


「アンタなら、出来るだろ!」

「出来るか出来ないかって言われれば、出来るな」

「ッ! なら、なんでしないんだよッ!」


 唾を飛ばし、怒鳴るマルクスを前に、俺は冷静にその訳を話す。


「俺はやらないといけないことがある。それをやるために、ここを離れなくちゃならないこともあるだろう。ルークだってそうだ。ルークは商人、商談で数年は返ってこないかもしれない。その間、二人はどうする? 子ども二人を放って置けって言うのか?」

「……アンタが助けないで……もしかしたら、二人は死ぬかもしれない……」

「かもな」

「ッ!」


 マルクスが苦し紛れに口にした言葉。同情を誘うつもりで言っただろうその言葉に、俺は逡巡することなく肯定する。その途端、マルクスは立ち上がり、俺に詰め寄ってきた。


「アンタにとって、二人はその程度なのかッ!」


「…………」


 俺の胸ぐらを掴み、マルクスは俺に殺意を込めた眼差しを向けてくる。だが、俺はその眼差しを受けても、何に答えなかった。すると、次第にマルクスの手から力が抜けていき、そのまま絶望したかのように手を離して膝から崩れ落ちた。


「ミカルもテンネルも……それにマルクス、お前も人間の世界で淘汰されそうになってんだ」


 崩れ落ち、動かなくなったマルクスに俺は声をかける。


「淘汰……要は、死にかけてんだ。それをちゃんと理解しろ!」


 ここで初めて、俺は声を張り上げた。


「生きるか死ぬかの瀬戸際で、他人を頼るな! それはな、いるかどうかも分かんねぇ神に祈ってんのと一緒なんだよ! これは生存をかけた戦いなんだ。もっと足掻け! もっと抗え! 思考を止めるな! 生きるってのはな、死なねぇように考え続けるってことなんだ! マルクス! お前は思考を止めた時点で、生きることを諦めてんだよッ!」


「ッ! 何も知らないで、好き勝手言ってんじゃねぇ! 俺だって、必死に考えた! ……けど、救えなかった。……分かってる、俺にもっと力があれば助けられた。もっと賢ければみんなを救えた……けど、俺は……俺には……」


 マルクスは、ここへ来るまでの間に起こった様々なことを思い出したのか、苦しそうに顔を歪める。そして、声を押し殺し、一筋の涙を流した。 


「そうだ。今のお前は、力も知識もない。なら、その両方を手に入れろ」


 俺がそう言うと、一瞬の沈黙が流れる。その後、言葉の意味を理解したマルクスがおもむろに顔を向けてきた。


 俺は、マルクスの目を見ながら告げる。


「マルクス。お前がミカルとテンネルを助けたいっていうなら、お前が助けろ。……ルーク、もちろん手伝ってくれんだろ?」


 俺が茂みに声をかけると、「やっぱり、バレていましたか……」と呟きながらルークが、そしてミカルとテンネルも姿を見せた。


「ルークと俺で、必要な知識を徹底的に叩きこんでやる。どうだ、やるか? 生き残りをかけた戦いだ。燃えんだろ?」


 そう言って、俺は笑いながらマルクスに手を差し出す。


「…………なんで……、なんで、そこまで……?」


 俺の申し出を受け入れたという思いと、なぜそこまでしてくれるのかという思いが交錯し、マルクスは困惑する。


「う~ん、そうだな……運だな、運。俺とマルクスは、偶然出会った。なんでって思うなら、互いの運に感謝すればいいさ」


 俺はそう言うと、ニカっと笑う。その答えで満足したのか、マルクスはゆっくりと俺の手を握ろうとした。


「あ、そうだ」


 だが、俺は一度手を引っ込める。


 俺が手を引っ込めたことに、マルクスは不思議そうな顔をする。そんなマルクスに、俺は殺気を放った。


「一つ言っとくぞ。この手を取って、中途半端は赦さん。それにだ。万が一、お前が犯罪に手を染めることがあれば、俺がお前を殺す。その覚悟があるなら、俺の手を取れ」


 俺は殺気を纏ったまま、マルクスに問うた。


 マルクスは、顔を青くし、微動だにしない。


 少し離れたところにいる三人も、固唾を呑んでマルクスの反応を待つ。


 そんな重苦しい静寂に包まれる中、突然、木々を揺らす風が吹いた。その風は、暖かく、穏やかだった。


「やります」


 重々しく呟いた言葉には、確かにマルクスの覚悟が込められていた。そして、マルクスは俺の手を握った。


「そうか」


 俺の手を握ったマルクスを、俺は引っ張り上げて立たす。


「お前の覚悟は受け取った。なら、今度は俺の覚悟を見せる。つっても、ちょっとだけ時間をくれ」



 ――後日。



「三人とも、これに着替えろ」


 俺は、持ってきた綺麗な衣服を手渡す。着替え終わると、俺は三人を連れてソルネットガングの正門へ赴く。


「よお、レン」

「こんちには、エドガーさん」


 俺に気安く声をかけて来たのは、若く、話好きのエドガーさん。炊き出しを行うために毎日顔を合わせていたため、仲良くなった衛兵だ。


「その子らが話してた?」

「はい」

「そうか……。レン、色々と言ってくるヤツ等もいると思うがよ、俺はお前を支持するぜ」

「ありがとうございます。これを」


 俺は感謝の言葉を告げると、懐から通行書を手渡す。


「うん、問題なし。ようこそ、ソルネットガングへ」


 俺に通行書を返したエドガーさんは、敬礼をしながら歓迎してくれた。


「よし、じゃあ行くぞ。人が多いから、はぐれるなよ」


 俺は訳が分からず固まっている三人に声をかけると、再び歩き出す。そして、商店が並ぶ地区を進むと、一軒の建物の前で立ち止まった。


「それはあっちに……ッ、レンさん」

「順調そうだな」

「ええ、何とか予定日には待合そうです」

「あの……」


 ルークと俺が話し合っていると、マルクスがおずおずと声をかけてきた。その様子に、ルークは大方の状況を察したようだった。


「もしかして、まだ話していないんですか?」

「おう、驚かせようと思ってな」


 そう言うと、やっと俺は三人に説明する。


「今日から、ここで五人で暮らすぞ」


 俺の言葉を受けた三人の反応はバラバラだった。ミカルは飛び跳ねてはしゃぎ、テンネルは嬉しそうに笑いながら建物を見つめ、マルクスは目を見開いて固まる。


「マルクス、これが俺の覚悟だ。ってなわけで、明日から始めるからな。覚悟しとけよ?」


 俺は笑みを浮かべながら、マルクスを脅す。


「はい!」


 それに対し、マルクスは笑いながら大きな声で返事を返してきた。


「ッ、マルクスお兄ちゃんの色が……」


 暗雲が晴れたかのように、マルクスお兄ちゃんの色が私の大好きな色に戻った。 


「テンネル、どうした? 中を見にいくぞ」


(なんで、レンは色が見えないんだろう? ……あッ)


「私にとって、特別な人だからかな?」


 途端に、私は嬉しくなって笑ってしまった。


 レンには色が見えない。でも、私にはレンが輝いて見えた。

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