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第8話 心の色

 昔の記憶は、家と、お母さんが大切にしてた植木鉢と、お父さんが大事にしていたランプと、暴力的な赤い火で黒くなった街だけ。


 いつもと変わらないはずのあの日、突然もの凄い爆発音が鳴って、地面が揺れた。その後、うるさいほど警鐘が鳴り響き、「魔族の襲撃だ!」と、みんなが叫んだ。火のせいで熱い街中をたくさんの人が逃げていて、私もお母さんに手を引っ張られながら一生懸命に走った。その途中、お母さんとお父さんは私のことを庇って魔族に殺された。


 泣きながらお母さんとお父さんの顔を見たら、二人は笑ってた。


 何で二人が笑ったのか、今でも分からない。


 逃げた先で、私は一人で泣き続けた。


 悲しくて、怖くて、涙が止まらなかった。


 泣いて泣いて、


 泣いて泣いて、


 泣いて泣いて泣き明かした日の朝、私の中からお母さんとお父さんの顔が消えた。そうしたら、涙が出なくなった。


 それから私は、同じように逃げ出した人たちに混じってただひたすらに歩いた。私以外にも子供がいた。そんな子供に対し、笑いながら優しく声をかける大人も。


 私は昔から、人が色付いて見える。人のいないところで私に襲い掛かってきた大人はみんな、濁った醜い色をしていた。敵は魔族だけじゃないのだと、大人も敵なのだと知った。


 だから、私は一人で生きていくと心に決めた。


 腐った食べ物を口にし、泥水を啜る日々。お腹が痛くなって吐いても、私は生きるために食べ続けた。何も考えず、ただ必死に生きる。


 そんなある日、私はマルクスお兄ちゃんと出会った。


 あれは、体調を崩し、警戒を怠ってしまった日のこと。醜い色をした大人たちに囲まれ、自分の失敗を呪っていた時、マルクスお兄ちゃんが大人たちを撃退してくれた。


 怪我だらけのマルクスお兄ちゃんは、笑いながら手を差し伸べてくれた。


 マルクスお兄ちゃんは、お母さんとお父さんと同じ、夕日のように綺麗なオレンジ色をしていた。懐かしい色。私はその色が大好きで、その色を見て安心することができた。マルクスお兄ちゃんについて行くと、たくさんの子供がいた。


 苦しい毎日は変わらないが、私はみんなと一緒にいれて楽しかった。


 マルクスお兄ちゃんは、ちょっと乱暴で、不器用だけど優しかった。悪い大人たちが近づくると、睨んで追い払ってくれた。その強い目がカッコ良いと思った私は、真似するようになった。でも、仲良くなった女の子からは止めた方が良いと言われた。


 だけど、楽しかったのは僅かな間だった。お腹が減り過ぎて死んだ子、寂しさに負けて崖から飛び降りた子、仲良くなった子も大人に攫われ、どんどん人数が減っていったのだ。


『もっと東へ行こう』


 これ以上みんなが死なないように、マルクスお兄ちゃんは移動すると言った。


 そうして街から街へ移動し、その度にマルクスお兄ちゃんは大人たちと話し合っていた。一度だけ隠れて話を聞いてみたら、マルクスお兄ちゃんは私たちの面倒を見て欲しいと頼んでいたようだった。しかし、大人たちは怖い顔をして断っていた。


 一人、また一人と人数が減っていく度に、マルクスお兄ちゃんの色が曇っていくように、暗い色に変色していった。私の大好きだった色が、少しずつ変わっていくのを見て胸が苦しくなった。でも、私は何も出来ない。


 そして、とうとうマルクスお兄ちゃんとミカルと私の三人だけになってしまった。



 ――そんな絶望の淵、不思議な大人に出会った。



 レンという名前の男。他の人たちから頼られ、いつも堂々としている。この男がおかしい。色が見えないのだ。


(なんで……?)


 そんなこと、今まで一度も無かった。心の中に不安が広がり、私は怖くなった。今日まで生きてこれたのも、色で人を見分けられたからだ。でも、この男の色は見えないから、どっちなのかが分からない。子どもや年上の女からは人気のようだが、逆にそれが騙しているようにも見える。


(この男はダメだ!)


 私は、男を信用しないことに決めた。何より、いつも屈託のない笑顔を浮かべているのが気に喰わなかった。きっと、危険な目に遭ったことがないんだ。


 ただ困ったことに、ミカルが懐いてしまった。正直、関わってほしくなかったけど、ミカルが楽しそうにしているので、私が男を警戒することにした。


 男は、暖かいごはんを食べさせてくれる。他の街でもごはんは食べれたが、ほとんど味のしない塩のスープが食べれればいい方で、小さな固いパンだけのところもあった。ところが、男の作るごはんは暖かく、新鮮な野菜やお肉が一杯入った豪華な物ばかりだった。こんなごはん、街で暮らしてた時もあまり食べたことがない。


 信用はしないが、ごはんが食べられるようになってから、ミカルが元気になった。すると、最近まったく笑わなくなったマルクスお兄ちゃんが笑うようになり、二人の笑顔が見れて、私も嬉しくなった。


 だけどある日、ミカルが暗い顔をして帰ってきたのだ。喋り掛けてもボケッとしていて、ずっと下を見てるミカル。マルクスお兄ちゃんと私は、誰にいじめられたのだと思った。しかし、ずっと暗い顔をしているのが気になったマルクスお兄ちゃんが、話を聞くためミカルを外へ連れ出してた。


 残された私は、話し相手がいなくなってしまい、静かに二人の帰りを待っていた。ただお昼を過ぎても帰って来なくて、私のお腹が「ぐぅ~」と鳴った。気が付くと、私は一人で男のところへ足を運んでいた。


「今日()おいしそう……」


 遠くで見つめていると、男が私のことに気付いていることに気づいた。私は、怖くなって走って逃げ出した。けど、男はテントまでついて来たのだ。


「御届け物でーす!」


 私がテントの中で息を潜めていると、男がおちゃらけたように声をかけてきた。私は返事を返さず、肌身離さず持ち歩いている小さなナイフを構える。このナイフは武器で、無理矢理醜い色で塗り潰されそうになった時に死ぬための道具。


「テンネル、腹減ってんだろ? ほら、飯持ってきたぞ」


 だが、男はそう言って手持ち用の籠をテントの前に置くと、距離を取った。


「ちゃんと三人が腹一杯食える量を作ってきたから、ミカルとマルクスの分は気にすんな。って、ああ腹減った~。俺も食お。うん、うめぇ。さすが俺!」


 私たちのために持ってきたと言ったのに、男は私を無視し、美味しそうなサンドウィッチを食べ始める。


 その様子を見つめていた私は、 「ゴクンッ」と喉を鳴らす。信用しちゃダメだと頭で必死に言い聞かせるが、体は正直だった。ゆっくりと、サンドウィッチに手を伸ばす。


「あッ、テンネルのは、丸の印が付いてるヤツな」


 夢中で食べていると思っていた男が突然、私に声をかけてきた。


(ッ! 何か入れてるんだ!)


 咄嗟に、私はお母さんの言いつけを思い出す。お母さんは、知らない人から食べ物を貰ってはいけないと、眠らされて怖い人のところに連れて行かれてしまうと言っていた。


 私は伸ばした手を握り締め、また奥へ引っ込む。ただ――、


「別に変なモンは入ってねぇよ。ただテンネルのには、トマトが抜いてあるってだけだ。テンネル、トマト嫌いだろ? 飯にトマトが入ってる時は、いつもしかめっ面してたもんな」


 男は私の心を読んだかのように、なぜ、私用のサンドウィッチがあるのか説明してくれた。


「あ……」




『お母さん、今日のごはん何?』

『サンドウィッチよ』

『……トマトは?』

『ふふ、ちゃんと抜いてるわよ』

『ハッハッハ、テンネルは、お父さんに似たな』




 ふと蘇る、懐かしい記憶。顔の無いお母さんとお父さんと、笑う私。胸の奥が締め付けられ、心が寂しさで一杯になる。それなのに、お腹が「ぐぅ~」と鳴った。


 私は頭を振って空っぽにすると、サンドウィッチを奪い取って食べる。


 こんなに苦しいのに、こんなに気持ちがグチャグチャなのに、男が持ってきてくれたサンドウィッチは美味しくて、食べる手が止まらなかった。


「誰も取らねぇし、たくさんあるからゆっくり食べろよ」


 私を気遣う男。私の決意を乱す男。


「…………なんで、こんなことしてるの?」


 食べ終わった後、どっちなのか分からなくなって末、心が勝手に聞いてしまう。


「俺が尊敬してる人が、炊き出しをしたいって、続けたいって言ったからだ」


 その言葉を聞き、私の頭に浮かぶのはいつも男の隣にいるもう一人の男。確か、ルーカスと呼ばれていた。気弱そうな雰囲気の男で、色は安全な黄色。


「……あのへなちょこ?」

「アッハッハ、ルークが聞いたらいじけるぞ」


 私の呟きに、男は空を見上げながら大笑いする。 


「……けどな、ルークはすげぇ奴だ」

「ッ!?」


 ――息を呑んだ。いつも笑っている男が、強い目を向けてきたのだ。その目はマルクスお兄ちゃんよりも力強く、その色は一度だけ見たことがある青い宝石のように綺麗だった。


 さっきまでグチャグチャだった感情が煙のように消え、私は無心で男の瞳を見入ってしまった。


「……っと、そろそろ戻らねぇと。んじゃ、また明日な、テンネル」


 去っていく()()の後ろ姿を、私は見えなくなるまで目で追った。






 ◇◇◇◇◇






「ミカル」


 暫くして、ミカルが帰ってきた。ただ、マルクスお兄ちゃんの姿はなく、ミカル一人だけで帰ってきた。


「おかえり、マルクスお兄ちゃんは?」

「……わかんない、先に帰ってろって……」


 ミカルの表情は、未だに晴れていない。この様子だと、マルクスお兄ちゃんはミカルから聞き出すことに失敗したようだ。


「ミカル。一体、何があったの?」


 私は、優しく尋ねてみた。ミカルはたまに、マルクスお兄ちゃんを怖がって、私にだけ話すことがあるからだ。


「…………テンネルねぇ、ごめんなさい。実は……――」


 微笑みながらミカルの言葉を待つと、ミカルは黙っていられなくなったのか、正直に話し出した。


「――……綺麗だったから、テンネルねぇに似合うと思って……ごめんなさい……」

「まったく、ミカルの気持ちは嬉しいけど、盗むのはダメよ」


 綺麗な物を見て、咄嗟に私にプレゼントしようと思ってくれたことに嬉しさを覚える反面、売り物を盗むのはいけないことだ。


(あのへなちょこがすごいって、こういうことなのかな?)


 私は、レンが言っていた言葉の意味を考える。


「テンネルねぇ、お店の人に謝りたい!」


 ミカルが言い出したことに、私は困ってしまう。絶対に叱られるからだ。


「勝手に取っちゃったから、お店の人が困ってる!」


 真っ直ぐ、私のことを見つめてくるミカル。その姿が、焼き付いて離れないレンの顔と重なる。


「……しょうがないわね。取りあえず、そこへ案内して」

「うん!」



 ――そして私は、壁の穴を通っている最中に醜い色をした男たちに見つかり、囚われてしまった。どうにかミカルだけは逃がすことはできたが、私は恐怖で身を凍らせる。


 気持ちの悪い笑みを浮かべた男たちに、私は縛り上げられ、目隠しされた。その状態で体を担がれ、暫くして目隠しを解かれた時にはまったく知らない場所にいた。


「何だ、この薄汚い小娘は?」


 今いる場所と同じように金色がギラギラしていて、一番醜く、真っ黒い色をした小太りの男が豪華な椅子に座りながらゴミを見るような目を私に向けてくる。


 醜い男と大柄の男が喋っている間、私は逃げ出せないか考える。でも、ナイフは取られてしまった。後ろで縛られている手を必死に動かすが、まったく緩くならない。一つずつ希望が無くなっていき、反対に恐怖と絶望が増えていく。すると、体が冷たくなっていき、体が小刻みに震え出す。


「ちょうどいい、退屈していたところだ。暇つぶしに遊んでやる」


 話を聞き終えた小太りの男が、気色悪い笑みを私に向けてきた。何度も見てきたはずの笑み。しかし、それらが霞むほど、この男の嗤い顔は嫌で嫌で堪らなかった。


「…………」


 それでも私は感情を押し殺し、小太りの男を睨み付ける。しかし――、


「グッフッフ、いいぞ。その目が恐怖に引きつるのがたまらんのだ」


 私のせめてもの抵抗も、小太りの男を喜ばせるだけだった。


 この後、私の身に起こることは知っている。散々見て来た。でも、自ら死ぬことも出来ない。されるがまま、醜い色に塗り潰されるのだ。


(そうだ。記憶を消せばいい。お母さんとお父さんを消したように……)


 もしかしたら、殺されないかもしれない。そうやって自分に言い聞かせると、小太りが身に付けている宝石の光が目に留まった。


(もう一回、見たかったな……)


 最後にそう思い、私は全てを諦めた。



 ――その時だった。



 突然、窓ガラスが割れる音が響き渡る。全員が、一斉に音がした方へ顔を向ける。


「あッ……」 


 すぐに分かった。割れたガラス窓が光を反射してキラキラと輝くその中、一際輝く綺麗な目。その輝きを見た途端、氷のように冷たくなっていた心と体が熱くなっていく。


「レン……」


 私は希望を口ずさむように、レンの名前を呟いた。

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