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戦火迸る

 灰被りの村で戦火迸る。

 ルワードVSルインズの戦場では、ルインズの人を小馬鹿にしたような笑い声が高々と響いていた。


「月夜の番人さんさぁ、昼時は弱いんだから諦めてお家に帰りなよ。あ、帰っても誰も出迎えないか」

「俺と戦う気はあるのか」

「あるよ。ハッッ!」

(来る…!)


 互いの戦闘経験は五分五分と言ったところだろうがルワードには懸念材料があった。そう、攻撃力と身体機能が向上する狼の姿は月夜の御前でしか変容出来ない事だ。相手の弱点に気付かぬルインズではない。戦う前から勝利を確信しているようだった。

 塩辛い挑発に乗らず戦闘態勢を取るルワードに、ルインズは突っ込んできた。開幕早々肉弾戦を選んだ。


 人間の姿とは言え、人並み以上の修行は積んで来た。正面から迫る手刀を避け、空いた胴体に拳を叩き入れるとルインズの体を持ち上げ投げ飛ばした。型に嵌った堅実な動きを読んでいたのか、ルインズは受け身を取って衝撃を逃した。


「コレなんだと思う?」

「石…?」

「不正解、爆弾だよ」

「ーしまっ、ぐあっ!!」

「〈虚構築(ニヒリティウム)〉忘れてもらっちゃ困る」


 体勢を立て直し直ぐさま飛びかかって来るルインズを再度往なしたルワードだが、ルインズの目的は肉弾戦で優位に立つ事ではない。地面に転がり落ちていた小石を二、三個拾うとニヒルに笑ってみせた。ルワードの警戒が外れた一瞬の隙を突き、〈虚構築(ニヒリティウム)〉で組み換えた爆弾小石を投擲した。

 被爆範囲が不明の爆弾小石はルワードに到達するより先に盛大な爆炎を起こした。回避と防御を同時に行ったが人間体では無傷とは行かず、両腕からの出血を誘った。


「良い魔法だな」

「褒められてる?嬉しいねぇ」

「魔法に善悪は無い。使う者の心だ」

「俺の力だ。どう使おうと悪いとは言わせない」

(人の姿で何処まで付いていけるか……)


 五感は正常に働いていた。爆発の規模の割には出血も多くない。短く息を吸い、ルワードは打って出た。ルインズの動向に注目しつつ接近する。爆弾小石は強力だが、一定の範囲に踏み入ってしまえば使えまいと考え拳が交じる距離を保ち続ける。


「威勢がイイね!ハハッ!」

(衣服の切れ端が剣に…っ)

「っぶな!?」

「おっと俺から離れてよかったっけ?!」

「ーッッハァ!」


 ルインズ的に近付かれては困るので、体術の合間に衣服の端を破りつつ鋭利な短剣へと組み換え、ルワードの心臓を狙う。鍛え上げた条件反射と人より敏感な危機察知能力で間一髪、バク転で回避する。全方位に神経を張り巡らせて正解だったと冷や汗を拭う。

 然し、ルインズが立ち止まる時間を与えてくれる筈も無く自分から距離を取ったのを良い事に布剣を爆剣へ換え投げ付けた。最悪、当たらずとも被爆すれば負傷を負わせるのは容易だ。


 これ以上手傷を負う訳にはいかないルワードは、とある民家の前に置かれた鉢を蹴り上げ爆剣の軌道を変えて転がり込むように回避に専念した。背に腹は変えられないが、鉢と民家に住んでいたであろう人に心の中でそっと謝罪した。


「ハハッァ!!終わりだぜ!!」

「カハッ、今度は灰が蔦のように、……」

「不便だねぇ。狼になれない人間ですらない哀れな虚構…」

(ぐっ…奴の言う通り、このままでは抜け出せない……。使うか…然し……)


 爆風に乗じ駆け出したルインズは攻撃ではなく、辺りの積もり灰をルワードに向かって蹴った。直後、灰は蔦となり全身を拘束した。型に嵌まらない動きでルワードを翻弄し一方優勢を勝ち取る。灰色の蔦は口枷のように侵入し雄々しい声を封じた。

 抵抗の意志は程なくして消える……かと思いきやルワードには何やら妙案があるらしい。


(リスクが大きいが…やるしかない)

「なっ……狼の姿に変わった!?」

「ゥウウ…!」

「昼時も姿が変わるんだ……今まで変身しなかったのはリスクがあるからだろう?」

「その通りだ。負担が掛かってね、数分しか保たない。それが過ぎれば俺は自滅する」

「勝てると思ってる口振り、苛つく…!」


 満月が太陽の影に隠れる昼時、ルワードの体は人から狼へと姿形を変えゆく。鋭利な短剣より凶気的な牙は蔦を噛み千切り、盛り上がった肉体は拘束を引き千切る。蔦を再び別のものへ変化させる暇も無かったようで。


「リル。起きろ」

「なにっ!?」

(おいおい。目で追えなかったぞ、夜の姿に変わっただけじゃないのか!?)

「リルの力が必要だ。目を覚ませ」

「あのさぁ堂々と無視するのはどうかと思うぜ」

(矢張り先に倒さなくては進まぬか)


 次の瞬間、ルインズの前から姿を消したルワードはリルの拘束を破り、起きろと呼びかけていた。警戒を怠っていた訳ではないが目にも留まらぬ俊敏な動きにルインズは只々呆気に取られていた。狼姿のルワードとは一度対戦したが、明らかに昼時の方が洗練されていた。

 闘いとは限界値の見せ合い。静かなる闘志を燃やすルワードにルインズは意気揚々と笑い声を上げ飛び出した。


(力を抑えろ……慎重に、瞬間的に……)

「避けてばっかで、攻撃しなよ。その爪と牙で、俺を引き裂く勢いでさ!!」


 いざ、戦闘再開!と思いきやルワードは逃げるばかりで一向に攻めに転じない。どころか顔色は益々悪くなりとても戦えた雰囲気ではない。


「……〈虚構築(ニヒリティウム)〉次は何を組み換えたか分かるか?」

「まさか、上か!!くっ…!」

「降り続く灰は烈火の如く……逃げれないだろう?向かって来いよッ!」

「うおぉおー!」


 逃避に専念出来ぬようルインズは灰を炎に換えた。今尚降り続く灰燼に逃げ場などなく、ルワードの体は少しずつ活動停止に追い込まれていく。灰燼を止めるには本体であるルインズを倒すしかないので、攻撃に転じざるを得ない状況を作られてしまった。


(5分…経過)

「くたばれぇ!」

「いや、地に伏せるのは君の方だ」

「がっ!?……仕込み武器ってワケ……っ」

「情けない話、今思い出したんだ」

「くそっ…が、…」


 詰まる距離、迫るタイムリミット。獰猛な獣姿から人間姿へと意図的に戻り、ルワードの体は真下へ傾いた。好機とばかりにトドメの一撃を喰らわせようと大振りになったルインズは、直後の衝撃に目を見張った。

 ルワードが隠し持っていたのはリルの折れ杖だ。新たに能力を使われる前に顎下を目一杯突き、ルインズを下す。


「……何だよ、余裕そうじゃん」

「確かに獣の本能に見を任せれば人一人切り裂くなど造作も無いだろう。…然し、それでは魔法を遠避けてしまう。魔法は人殺しの道具じゃない。魔力を持つ者は持たぬ者の道具じゃない。魔法とは人を救う力だ」

「綺麗事だな……」

「綺麗なもので在ってほしいと願う心が魔法を綺麗にするんだ」


 ルワードVSルインズ 勝者ルワード。

 結局最後まで狼の牙も爪も使う事は無かったルワードに戦意が削がれたルインズが白旗を上げた。


(それにしても他はどうなっている?ウィリアムは、あの子は無事なのか?)


 痛む体を酷使し己を律す。ルインズには勝利したがまだ何一つ解決していない。

______________________

 灰被りの村で戦火迸る。

 マルスVSイネの戦場では、イネの乾き切った溜息が煤けた空気を揺らしていた。


「私めも舐められたものですね。こんな初心者の相手を任されるとは」

「そ、それは戦ってみなければ分からないのでは!?」

「素人同然の構えに引けた腰、おまけに先程自白したのをお忘れで?」

(うわっ…バレてる)

「それでもボクは、戦います!」

「サンプル程度にはなってください」

「来、き、〈アイス・ロット〉!!」


 お世辞にも恰好が良いとは言えない戦闘態勢にイネの気分は沈んでいた。程好い魔力の揺らぎが見れると期待していた分、素人の登場には瞼が上がらない。

 後ろ手をマルスに合わせ持ち上げ魔力砲を発射する。相手の出方を見る初動にマルスは氷壁で対応した。戦い慣れた人間なら手の内を見せず回避するだろうが、生憎マルスは足が竦んで動けない。


「氷属性……」

(防げてる……けどココからどうすれば)

「その力、使いように依っては人を使役し侍らせる事も可能だと言うのに。宝の持ち腐れです」

「えっ…普通はそんな事、思い付いても実行しようとは思わない」

「普通では無いでしょう」

「!」

(氷壁に綻びが生じた。…魔力の瞬間強度は感情の匙で変化する…と)

(氷壁が壊れる……どうする!?いっそ押し込んでみるか……)


 ガシャガシャと氷壁が砕ける音が響く。何方も声を荒げるような性格でないが互いの声は聞こえているようで、イネの勝手気ままな欲望にマルスは苦言した。

 別段、マルスを揺さぶろうと言う気概はあらず、本心を口にしたつもりだったが気が動転したマルスは防御に穴を開けてしまった。


 ハッとして気を持ち直し、氷壁をイネに向かって押し込んだ。及び腰でも臆病でも戦い方はある。


「安直な」

「氷壁が壊れた…!」

「さて。氷の剣でも氷の槍でもお好きなのを降らせてどうぞ」

(落ち着け!気絶させれば終わりだ。…もし加減が出来なかったら……弱腰になっていたらそれこそボクが殺られる…)

(戦いに不慣れだが、それとは別に根を張る恐怖心がある…?)

「もしやその力で()()()()()()()()()()()でもお有りで?」

「!!」

「図星で何も言えませんか…同情しますよ」


 揺らいだ意志では魔力は安定せず、氷壁は手放した鏡の如く易い割れ方をし消滅した。イネの目的はマルスを倒す事ではなく魔力の致す所を見極める事にある。自ら魔力を注入したのは、相手を屈服させ調査を円滑に進める為である。

 普通の人を、と図星を突かれたらしいマルスは身を引き唾を飲み込んだ。


 マルスの胸中にあるのは幼少期の罪悪感。膝を擦りむいた友達を治そうと〈アイス・ロット〉を当て、結果治るどころか凍傷させてしまった。この時、マルスは自分に氷結耐性があるのと同時に他人には無い異端な能力と気付かされた。幸い大事には至らず友達も平気だと笑ってくれたが、マルスの心の中には今でも罪悪感と傷付いた友達の顔が根を張って離れない。


「他人には無い優れた才能が、凡人に振り回され潰される……心底同情します。持たざる者など捨て置けば楽になれるのに。手放してはどうです?一捻りで地に還るような凡人より、貴方は救われるでしょう」

「……皆に比べたらボクの過去なんて些細なものかも知れない。ボクより苦しんだ人は大勢居るし、その人達から恨まれても文句は言えないけど…この力だけは、刃物のような氷の力は、ボクが持ってなくちゃいけないんだ。今も昔も変わらずに在るのは護りたかったって事だ………!〈アイス・ロット〉!!」


(面倒な……)

「私めの皮膚を貴方の力で傷付ける決意でもしたのでしょうか」

「キミとはもう話さない…!!」

「それは残念だ」


 闘いとは意志の示し合い、魔法師達の連なる愛の喪失を訊く度、自らの過去に後ろめたさを感じていたマルスだったが変わらぬ想いが体外に流れ出て、魔力となって表現された。

 所構わず辺り一帯を凍えさせ、氷のリングを造り上げた。地の利と意志を得たマルスはイネに向かって氷結砲を発射した。


「貴方の敗因は戦い慣れていない事です」

「ーっぐあっ!?」

「少しばかり魔力を採取させて頂きます」

「うっ……!」


 逃げ場はないと踏み、直上的な攻撃を選択したのだがイネは氷上に魔力砲を当て、飛び上がる事で氷結砲を回避した。次いでマルスの対処が遅れるよう多方向に砲撃し撹乱し、安全地に着地すると死角から凝縮した魔力砲を当て、勝負を決めた。

 完全に後手に回ったマルスは砲撃された腹部を押さえ氷上に膝を付いた。歯を食いしばり立ち上がろうとするも唇の赤味が増すばかりで、焦りが募った。


 その内にイネが近付く気配を感じ向かい合う形で対峙の余儀を探る。


(間に合え…!)

「無駄な抵抗は止めた方が身の為です」

「いいや無駄じゃない!」

「ーっ、なるほど云うなれば氷像剣士……か」

「痛みは無い筈です」

「そのようですね。風穴は見事に塞がっています」


 魔力のみを採取する特殊な注射器が陽光を刺した直後、イネの体に風穴が開く。唐突な衝撃に振り返って見て成程と納得した。イネの背後にはマルスが造り出した氷像剣士が剣を構え、切っ先は陽光ではなくイネの肉体に向かった。

 本来なら致命傷になりかねない一撃は、貫くと同時に氷結合され血一滴たりとも流れずに未動きを封じた。


 幼少期の記憶から凍傷にさせぬ為の鍛錬を人知れず積んで来た。咄嗟の思い付きだが、護る為の力が戦闘に役立つ日が来ようとはマルス自身も予想外で、過去の自分に感謝した。


「私めの動きを封じたつもりですか」

「えっ!?」

(まだ向かってくる…!)


 氷像剣士を破壊し、イネは再び一歩前へ出た。余りの執拗ぷりに後れを取ったマルスが白々とした息を吐き出した当にその瞬間、


「〈マジック・メーター〉」

「なっ。この力は、魔眼のリル!」

「リルさん……ご無事で」

「はぁ…ハァ、…………眠れ」

「ぐ…またしても……」


 それまで意識を失っていたリルが目覚め、マルスに力を貸したのだ。匍匐前進で近付き氷伝いに〈マジック・メーター〉を発動し相手の魔力を枯渇させ、眠らせた。

 マルスVSイネ 勝者マルス。


「うぐ…」

「リルさん、大丈夫ですか!?」

「意識は少し前から取り戻していた。もっと早くに助けられたら」

「初対面にも関わらず、助けていただいてありがとうございます……」

「リルーー!!!!」

「ルワード」

「目を覚ましたんだな!良かった…」

「良くない!!昼間に狼姿になるなんて正気の沙汰ではない。私が付いてないのに理性まで飛んでいたらどうなっていたか……!」

「わ……悪い」


 只でさえ体力を消耗しているリルが能力を使えば余計に蒼白になり、危うくなるのは目に見えている。リルを介抱しようと齷齪するマルスの元に遠吠えを上げたルワードが飛び込んで来た。

 リルの容態は灰色掛かっている。直ぐに治療に取り掛かろうとしたルワードに、珍しく声を荒げたリルが矢継ぎ早に苦言を呈した。


 仰々しい剣幕に怒られた犬の様に狼狽えるルワード。さり気なく距離を取るマルス。浅く呼吸し、意識が飛ぶリル。三者三様の反応に太陽も微笑む。


「一見元気そうに見えるがリルの傷は早急に治療しなくては」

「それならユッピちゃんが得意です」

「色を使うあの子か!」

「はいっ。まぁユッピちゃんも何処にいるか分からないんですけどね。ボク捜してきます」

「済まない。頼む」


 リルの怪我も大概だが、ルワードの怪我も酷い。ルワードの場合、怪我と言うより無茶な戦闘をした反動が来ているらしくリル同様顔色が死に寄りかかっていた。三人の中で比較的軽傷で済んだマルスが立ち上がり、ユピテルの捜索に向かう。


 養分であるリルを失った灰村は、漸く灰が降り止み大地と大空を遮るものが消えた事で陽を目一杯浴び、光を取り戻した。

______________________

 灰被りの村で戦火迸る。

 ユピテルVSニナの戦場では、幼い駆け音と遊び盛りの笑い声がユピテルの溜息を聞こえなくしていた。


「坊や、何処まで行っちゃったんだろう。全然見つかんない〜…これじゃあ鬼ごっこじゃなくて隠れんぼだね。…いや隠れ鬼?」

(ジュリアスさんからだいぶ離れちゃったけど向こうは大丈夫かな……ジュリアスさんなら大丈夫か!)


 此方は戦場と言うより遊び場と表現した方が正しいのかも知れない。ニナの燥ぐ声は何処からか聞こえるものの肝心の姿が見えない為、追いかけようもなかった。

 ニナの兄ラジュンと天使仲間だったジュリアスとも距離が開いてしまい、ユピテルは少しばかり焦った。


「もういっちょ走ってるみるか!」


 良くも悪くも短絡的な思考は、ユピテルを焦燥から救い行動させた。正直、現状の全てを知っている訳ではないがニナを捕まえれば何かしらの情報を得られると踏んで走っていた。

 特別、運動神経に恵まれた体格とは言い難いが子供一人と遊ぶ程度訳無い。ユピテル自身も元々子供は好きな方だ。


「お姉ちゃん!コッチコッチ!」

「居た!って速!よーし…、こうなったら〈色現(カラーリンク)〉青色は跳躍の色…坊やよりもっと速く!」


 中々自分を捕まえてくれない遊び相手に痺れを切らしたニナが、ひょっと顔を出す。そしてまた走り去る。少々大人気ないと思いつつユピテルは〈色現(カラーリンク)〉を使い、青色を素足に垂らした。

 速度を上げる為の青色は鳥の形となり、ユピテルに力を貸す。


「良い感じ!少〜〜し、量が多かったかもだけど誤差の範囲だし、いっか!」

(捉えた。この距離なら追い付ける)

「って、……立ち止まってる……坊や捕まえた」

「あ!!捕まっちゃった。ニナの負けだ」

「で、ぼーっと何見てたの?」

「うん。この家が動いてた」

「動いてた!?そんなバカな…」


 風を切り、灰色の世界を駆け出すユピテル。出だしは好調と息巻いていたが、子供の気紛れが発生しニナは走る事を止めていた。とある家の前で黄昏れていたニナの両肩を背後からちょんと触れ、勝負が終わった。

 ユピテルVSニナ 勝者ユピテル。無駄に浪費した魔力を勿体ないと肩を竦ませた彼女はニナに問い掛けた。


 目線を下げてニナの顔を覗き込むが、要領の得ない回答には素っ頓狂な声が出た。家が動くなど絵本の世界でしか聞いた事がない。現実に起こるものなのかとユピテルは民家を見つめた。それはもう穴が開くほどじっくりと。


「あれ…この家、可笑しい。灰色しか使われてない」

「黄色だよ?」

「そうじゃないの。私は色を具現化する能力だから色には敏感でね、このお家は灰色を見せかけで変えている。……あ」

「お家崩れた…!」

「灰に戻ったんだ」

(ずっと魔女狩りに遭ったと聞いていたけど、にしては綺麗なままだと思ってた。…漸く分かった。時を止めていたんだ。灰色に取り繕って消えてしまわないように)


 ユピテルの瞳は色を見破る。色を混ぜて見せ掛けても彼女には元の色がくっきりと浮かび上がって見える。色彩の違和感が黄色の民家に触れた時、音もなく崩れて消えた。ユピテルとニナ、二人の前には繕われた虚色ではなく元の民家がお目見えした。

 然し、此方も崩れていて寂寥感が溢れていた。状況的に放火後だと心ながらに察し、人の腹黒さに胸の辺りが支えやるせない思いがジリジリと広がった。


「ニナとお兄ちゃんの家もこうだった」

「えっ」

「うぅ…お兄ちゃん……ニナのこと嫌いかな」

「ちょ、ちょっと…」

「うわぁあん……!!」

「事情はよく分からないけど多分嫌いじゃないと思うよ?…だからほら泣き止んで?」

「うっ…ぐずっ…ホント?」

「ホントよ!ホント……多分。それより、どうしてなんちゃらって人に協力してるのさ。ワタシ的に悪い事だと思うけど……」

「うん、あのね」


 幼い体では受け止めきれない何かがニナを泣かせた。子供は好きだが子供と接する機会は少ないユピテルでは、泣き止ませ方も笑わせ方も分からず、アセアセと慌てふためく。取り敢えず、ハンカチを取り出し泣き止んでとの願いを込めて差し出したが効果はあるのだろうか。

 グズる原因は恐らく過去に起因していると予測を立てたが本人に事情を訊いても良いものかと内心、憚るが致し方無い。



 涙声で語る其れは"微睡みを彷徨う悪夢の話"、ラジュンとニナは歳こそ離れているが仲の良い兄弟で笑顔の絶えない家庭で育った。兄ラジュンはひ弱な自分を克服しようと格闘技に興味を持ち日々研鑽していた。家族共々応援し見事大会に優勝したのだが。

 

 数ヶ月後、ラジュンに魔力が宿っている事が判明し一家は謂れのない審議をかけられた。魔力を使用していない、する筈ないと弁明しようと糾弾は止まらず誹謗中傷の嵐の中、疲弊し切った両親が一家心中を図り、殺されぬようラジュンはニナを連れて逃走。以降、隠れ住むようになった。


「お兄ちゃん何時も言ってた。ニナが居るから生きていけるって、だからニナが居るからお兄ちゃんは苦しくても苦しいって言えないんだ。……ニナのこと本当はキライかも」

「愛が消える瞬間をワタシは知ってる。お兄ちゃんはニナ君の事、キライじゃないよ。愛がなきゃ生かそうと思わない」

「どう言うこと?」

「坊やがもう少し大きくなったらお姉さんが教えてあげる。坊やのお兄ちゃんの事、良く知らないから断言はしてあげられないけど一緒に確かめに行こうか。……ね?」


 幼い背中が一層幼く小さく見え頼りどころを探す瞳がくるくると揺れ動く。兄の事を知らないと口にしつつも、愛する家族の魔の手からニナを連れて逃げ出した心情は、紛れもない愛そのもの。

 確かに存在する愛が歪んで絡まってしまう前にユピテルは一つ提案した。"好きを好きなままでいてほしいから"。


「怖い?」

「うん…」

「ワタシの魔法見せたげる。〈色現(カラーリンク)〉灰色は愛の色、愛燃ゆる心に花を咲かせる。これで大丈夫!ニナ君は愛されてるよ」

「うんっ!お兄ちゃんにも付ける!!」

「今度は歩いて行こうか」


 〈色現(カラーリンク)〉で灰色は愛の色となり、ニナの手の甲に花を咲かせた。愛を確かめる勇気を貰ったニナは花が咲くように笑うと大股で歩き出した。早く速く兄に会いたい。会ってまた笑い合いたい。

______________________

 ジュリアスVSラジュンの戦場では、ラジュンの惑う魂の叫びが悲痛に響いていた。


「これが俺の過去だ!お前さえ居なければ、魔力なんて知らずに済んだ!!お前さえ居なければ、家族は家族のままで居られたんだ!」

「弱き心をへクセレヴィに利用されたか」

「返せよ……ニナの笑顔を返せ!家族と一緒に居たかったニナに謝れ!!!」


 "微睡みを彷徨う悪夢の話"を語り聞かされたジュリアスは見極めるようラジュンの心を視た。隠れ住むようになってから暫くの後、へクセレヴィが兄弟の元を訪ねアッシュの村へと誘ったと言う。

 逆恨みとも取れる言動で言葉を吐き散らかしたラジュンは何度も何度も拳を叩き込んだ。家族を想うが故に家族に裏切られ、魔力を恨むが故に魔力が高まり一撃ごとに威力が増す。


「ワシは魔力によって悩める者が救われるならばとギルドを創設した。ギルドが居場所で在れる様にと」

「そんなもの、……まやかしに過ぎない。俺が欲しいのは内輪の慰め合いじゃない、魔力なんて知らなかった頃の家族の笑顔だ!!」

「ならばワシからも問おう。"君の弟が安らぐ場所は廃村か、ギルドか、何方だ"」

「っ!」

「物事に関して、持論を提示出来る君の事だ。分かっているだろう」

「分かった風な言い方をするなッ!!ジュリアス・スフェンファイア俺と闘え!闘って負けたらお前の主張を認めてやる。魔力は絶対に使わない」

「実直な提案だ。……仕方無い、体は老いようと死線を潜った数は負けぬぞ」


 話し合いで解決出来るならば、丸く収めたいものだがラジュンの怒りと悲しみは深く彼を冷静では居られなくさせていた。例え正論や同情、思いやりを伝えたところで彼の心には届きやしない。寧ろ闇を増幅させてしまうと思考したジュリアスは杖を手放し、戦闘態勢を組んだ。

 最初に飛び出したのはラジュン、怒りを込めた拳の応酬をジュリアスは一撃一撃、丁寧に掌で包み込むように受け止め防御に徹した。


(俺の拳が効かない!?衝撃を逃しているのか……なら、…!)

(飛び膝蹴り…!)

「と見せ掛けて裏拳だっ!」

「甘い!」

「なにっ!?……ぐっ、ジュリアス!!」


 ジュリアスの防御は中々に手堅く隙間が無い為、ラジュンは一旦距離を取り飛び膝蹴りの構えで突っ込んだ。正面から受け止める態勢に入ったのを見計らい、飛び膝蹴りから裏拳の構えに切り替える。素早い動作に意表を突かれ直撃する筈だと確信していたラジュンが次の瞬間、逆に意表を突かれてしまった。

 裏拳が胴体に接触する前に身を引き、回避したジュリアスは軸足を回転させ回し蹴りをラジュンに当てた。衝撃が伝わってから何をされたのか気付き、胴体に接した左足を思いっ切り肘で打った。多少なりとも利いたようで互いに距離を取り攻防をリセットする。


(ジュリアス……その体で俺に一撃を加えるとは)

(全盛はとうに過ぎたが、若者の根性を受け止めずして老人は努まらんぞ!)

「必ずお前を倒す…!」

「来い」

(……あの日から随分と時を重ねたが、未だ不幸を強いられるのが現状だ。…、魔法社会に一人でも多く連れてゆきたいのだがな…)


 ジュリアスの脳内に過去が蘇る。其れは"絵空事を(えが)く地歩の話"、魔法とは絵空事。現実に起こり得ない奇跡を魔法と称した空論である。然し生まれながらに魔力を宿す者は居て多くは徒労の末、地に還るがジュリアスはそうではなかった。

 生涯の秘密が暴かれた日、ジュリアスは大勢の前で友人の窮地を救った。人の噂が噂を呼び遂に王国兵を動かし公になった。


 同時に魔力を持つ事で憂き目に遭ってきた者が居ると知り、他者を救いたい心がギルド創設に一手を掛けた。誰かを思いやる心を絵空事にしてなるものか。


「うおぉおー!!」

「ぬっ!」


 今度こそ決まれと猛々しい声を上げラジュンはドロップキックを入れた。右腕で受け流されるのは想定内、ジュリアスの利き腕を特定の位置に押し上げ着地と同時に正拳を突いた。二段攻撃は見事に決まり、ジュリアスの胴体にダメージが蓄積されていく。

 拳と蹴りを入れ、怒涛の攻撃は続く。続くかに見えた。


(分かっているさ。魔力を知らなかったら得体を知れない力に皆を怯えさせていた。ニナを怖がらせていた……けど、それを認めたら俺は俺は!!!)

「いかん、魔力が暴走しかけている。闇に呑まれるでない!!」

「あぁあー!!!」

「己を強く持て!魔力は使い手の心を強く現す。このままでは身が持たんぞッ!」

(使い手の心……そうだ、俺は弱いから強くなろうとした…、それなのに心は弱いままで、魔力を抑えきれないで痛くて苦しくて……)


 ラジュンの能力〈トロフィーフィスト〉は弱い心を隠し強く在りたいとの想いが生み出した拳の威力を何倍にも高める能力。それ故に弱き心が強き魔力に負けた時、自制が利かなくなる。拳のみならず全身を覆い始めた紫色の魔力は、力ばかりが増幅されていきラジュンを苦しめていた。

 ジュリアスの呼び掛けに応えるようなら最初から敵対していない。魔力に呑まれても尚、勝利を望み己に負け続けるラジュンに居ても立っても居られないジュリアスは杖を広い彼に向けた。


(魔力のみを浮かせて散らせ!)

「〈絵空事(フロート・アート)〉」

「ーーッはぁ、はぁ」

「ワシの負けだな。魔力を使用してしまった」

「はぁ……?」

「君の勝ちだ」

「……っそうやって俺に言わせる気だろ、魔力を先に使ったのは俺だ。反則負けだ。……だけど大会では絶対に使ってないんだ!それだけは本当だ!!」

「自信を持って大会に挑んだのであろう?ならば魔力が悪さをする狭間など無い」

「ーっ…分かった風な事を…!」


 ラジュンの体を覆い尽くす紫色の魔力のみを排除すべく〈絵空事(フロート・アート)〉を発動させた。質量の伴わない魔力に浮遊能力を当てるには相当な技術が居る。50年以上修練を重ねたジュリアスだからこそ可能な緻密な作業により、ラジュンは一命を取り留めた。

 不本意にもジュリアスに救われる形となったラジュンは否が応でも敗北を認めざるを得ない状況になったと気付く。


 己の心の弱さが、自身が示したルールの反則を誘い敗北してしまった。一生の不覚、一生の屈辱だ。加えて両親とも周りの連中とも違う濁りなき眼を向けられ、ラジュンは地面を見つめた。目を合わせていたら心の奥底まで覗き込まれてしまいそうで、合わせづらい。


(俺はこの人に勝てない。……何もかも未熟な俺ではこの人の人生に勝つ事が出来ない。頭では分かってるのに認めたくなくて、そんなところも嫌いだ)

「魔法の力を以てしても全員を救う事は出来ぬ。それどころか魔法の力が有るが故に悲劇の種が芽を吹く」

「……」

「だが……」

「だが、心があるなら、魔法は奇跡の力を呼び寄せ俺もニナも笑って暮らせるようになる。たとえ、本当の家族の元でなくとも……」


 ジュリアスVSラジュン ラジュン反則負け。

 せめてもの抵抗で、ジュリアスの台詞を遮り言わんとした事を声に出す。握り締めた土が爪に溜まり灰色の雨が泣き止む頃合い、家族の呼び声がラジュンの耳に聞こえた。

______________________


「おーいっ!お兄ちゃん!!」

「ニナ!」


 ハッとして顔を上げた。唯一の弟は変わらぬ懐っこい笑みで兄の名を呼ぶとトテトテ駆け寄って来た。ニナの能力〈トロフィーレッグ〉は主に脚の速度を上げる事が可能だが魔法など使わずとも、あっと言う間に兄の元に到着した。


「あのね、お兄ちゃんに訊きたい事がある」

「訊きたい事……?」

「ニナの事、嫌い……?」

「…っそんな訳無いだろ。俺はニナを大切に想ってる。…不安にさせたお兄ちゃんが悪いよな、ごめん」

「ん、……あとね、ニナがホントに言いたいのは、家族は好きだったけど…ニナの今の家族はお兄ちゃんだけだから、だから、今のお兄ちゃんと笑っていたい!昔の事で、泣かないでって言いたかった、ずっと」

「ーーっニナぁ!不甲斐なくて弱くてごめんな…ニナはこんなにも強いのに……、っありがとう。……ありがとう」

「お兄ちゃぁぁん……!!!」


 かぼちゃパンツの裾をぎゅっと握り、ニナは一つの質問をした。言いたくとも言えなかった言葉は喉を痛めつけ、濁流のように流れ出した。惰弱な自分が許せずニナに謝罪すると弟はそうではないと首を振った。

 堰を切った涙腺は留まる事を知らず世界に散っていく。世話ばかりが先立って、知らず知らずの内に成長していた弟の顔が歪む。滲んでは啜り、繰り返し溢れて止まないのは兄も同じだ。


 ニナの小さく大きな体を抱き締め、ラジュンは小さく丸まった。兄の温もりに安心し切ったニナもまた、更に縮こまりさめざめと涙を流し続けた。魔法などなくとも兄弟の心は通ずる。深く強く。


「ユッピちゃん!」

「今良いとこだから出てこないで」

「えっ!?」

「はぁ…何の用?」

「実はカクカクシカジカ……でして」

「ワタシに掛かれば直ぐに治してあげるよ。案内よろ」

「マルスくん、ワシからも宜しく頼む」

「ジュリさん……頼まれました!」


 曇天の空気に似つかわしくない陽気な声がユピテルを呼ぶ。声の主であるマルスはリルの治癒を頼みに来たのだが如何せんタイミングが絶妙に悪い。良くも悪くもマルスに影響された空気は、陽の風を受け場に和やかさを齎した。


 マルスとユピテルは、ルワードとリルの待つ慰霊塔付近に向かいジュリアスは兄弟の元に留まる。



 傾きかけた時刻は灰色の村を照らす。斜陽の影がくっきりと伸びていく様子は、闇を知る黒影が大いなる闇に呑まれる様であった。

 然しながら魔法師達は闇を照らす光明を知っている。誰よりも闇を知る者として。

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