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灰被りの村

4月25日:地方都市フェルスタット。


「一月振りでしょうか」

「あっと言う間だったね。こんなに早く帰ってくるとは……」

(微かにざわめいてる……?)


 変わらぬ街、変わらぬ景色、果たして本当に変わらないのだろうか。約一月振りのフェルスタットは草木が不穏な風に揺られていた。微かに、確かに、得体の知れない何かに怯えるように木陰を広げていた。

 気の所為だと強引に納得し、ウィリアムと少女はギルドへ向かった。……のだが。


「閉まってる…」

「休暇中……と言う感じでは無さそうですね」


 [月夜の番人]の扉は固く閉ざされていた。休暇の通達は無く、魔法師の生活の要であるギルドが何の連絡もなしに休みになるとは到底思えない。不穏な気配は正しかった。

 ウィリアムは通り掛かった商人から聞き込み、事の次第を知ろうとした。商人によるとギルドは三日以上前から閉じており、魔法師達も困惑の色を顕にしていた。


「特徴的外見一致、あー居た居た。商業ギルド所属のウィリアム・センス16歳」

「えっ」

(衛兵…!?)

「僕に何か御用ですか?」

「君に逮捕状が出ている。10年前のバロック家焼失事件の容疑者として身柄を拘束させてもらいます。無駄な抵抗は妨害行為とみなします」


「「!?」」

「逮捕状!?ウィリアム様が……誤解です!」

「バロック家、…!?」


 困惑を掻き立てる新たな人物がウィリアム達の前に現れた。ズラッと衛兵に囲まれ、少女は恐怖で足を竦ませウィリアムは少女を守るように一歩前へ出るが、衛兵の目的は彼自身だった。

 唐突に下された身柄拘束の礼状。抵抗の間もなく重い手錠がウィリアムの古傷に触れ、少女と距離を離される。


「待ってください。此処ら一帯はローレンス家の管理下です。誰の許可を得てこんな事を」

「言葉を慎め鬼人」

「くっ…」

「ウィリアム様!!彼を連れて行かないでください、何か誤解がある筈です!」

「……良いんだ」

「よくありません」

「ローレンス家は自警団を持てない。魔力を持つ者は何時だってそう言う重圧を受ける。地図にはこの街の主要施設が幾つも記されてる。君なら大丈夫」

(行かないで……!!!)


 衛兵は聞く耳を持たず、ウィリアムを強引に連れて行く。少女の健気な抵抗も虚しく彼は馬車に乗せられた。青白い顔で少女を励ます姿を優しいなどとは思えない。

 今の少女では止めるに止められなくて、彼の残した笑顔だけが胸に(つっか)えた。辺りのさざめきは車輪に引きずられる形で大きくなり、次第に聴覚を支配する。


(鬼人……酷い言葉。ウィリアム様の残してくれた言葉の方が余程嬉しい。…、行こうローレンス家に。ルワード様なら何か御存知の筈)


 ウィリアムが残したのはローレンス家への道。きっとルワードならば事情を知っているだろう。魔法師達の不安を取り除いてくれるだろう。馬車が完全に見えなくなったのを切っ掛けに少女は走り出した。幸い紋章システムは使用可能だ。最新の地図を出し、月狼の印が押されているローレンス家へ向かった。


(ローレンスのお屋敷……ウィリアム様の話ではルワード様は自警団を持てない筈……ならばあの方々は誰の手によって…っこれでは近付けない)


 ローレンスの貴族邸は貴族身分の割に厳格さはなく、代わりに草花の香りが心地良く貴族邸の外からも匂ってきた。

 然し、辺りにはウィリアムを連れて行った衛兵と似通った身形の者達が取り囲んでおり近付こうにも近付けなかった。


(このままではウィリアム様に合わせる顔がありません。…誰か……)

「ローレンス邸に何か御用でも?」

(しまった…!見つかった……魔法師だとバレたら何をされるか分からない……此処は慎重に)


 衛兵の目を嫌って路地裏に隠れたまでは良いが、隠密行動に慣れていない少女は二名の衛兵に気付かれ引き連れてしまった。何を言っても怪しまれそうだ。さり気なく左手のグローブを背に隠し、妙案が思いつくのを只管待つ。

 刻々過ぎる時に焦りを含む上擦った声を発しようとした瞬間、何者かが衛兵の背後を取った。


「ガッ!?」

「手荒な真似はしたくありませんが、そちらが強引な手段を取るのであれば此方も相応の対応を取ります」

「ヒマリ様!?」

「アッシュの少女……ご無事で何よりです。屋敷から離れましょう」

「ヒマリ様……ウィリアム様が…っ」

「えぇ。似たような手口で何人もの魔法師が連れて行かれました」


 背後から手刀二発で屈強な衛兵を気絶させたのはギルドの専任でありローレンス家に仕える従者ヒマリだった。背丈に合わぬ外套を羽織ってる訳は、恐らく周りの衛兵に認識されては都合が悪いからだろう。

 冷静沈着な彼女が僅かに逸る心を抑えられず、少女に退避を促す。


「私の能力なら、せめて雇い主くらいは分かるかも知れません。……んん」


 一か八かの賭けに出た。〈吸血姫ヴァンパイア・ショック〉であれば口を閉ざした衛兵相手でも知りたい事を知れる。

 苦虫を噛み潰したような表情で吸血し、思考の海を藻掻く。


(雇い主は……女性?…赤髪の大人…場所は)

「っえ、狼と魔眼は処理した……?!」

「主様…リルさん……!?!」

「ゴホッ、ゲホッ……思考に灰が掛かって上手く読めない……ん?灰、ってまさか。ヒマリ様…雇い主の正体が判明致しました。近頃、魔法師を襲ってる方に違いありません」

「……ご協力感謝します。魔法を使える者が魔法を使える者を襲うとは…何とも手の出しようがない」

(後は居場所さえ分かれば…一衛兵に居場所を知られるような行動はとらないと言う事か…)


 灰被りの思考は何者かが意図して情報処理しており、肝心の情報は埋もれてしまっていた。

 記憶は嘘を付かない。真実であるかどうかはさておき、少女とヒマリを絶望に叩き落とすには十分であった。殊、ヒマリに於いては動揺が顕著に現れている。


 曖昧な記憶を辿って、自らの得た情報を組み立て少女は雇い主の正体を見破る。"灰を扱うアッシュの村出身の女性"については、ルワードが齎した確かな情報だ。

 絶望の淵にしがみつき、二人は屋敷を後にした。騒ぎになっては元も子もない。



「アッシュの村……其処に雇い主が居ると確信しました。私は行かなければなりません」

「主様方は仕事で遠出して以降、行方知れず。ギルドに不穏が舞い込んだのは丁度其の頃です。全ては計画の上でしょうね」

「ギルドはどうなってしまわれたのですか?」

「突然、解体命令が出されました。創始者の血印と共に。小隊を率いていたのは友好関係を結んでいた中枢機関でしたので、抗える術もなく……。今にして思えば様子が可笑しかった。まるで何者かに操られているような目を動き…」


 途切れ途切れだが、得た情報の擦り合わせをし目的と考察を進める。自分達に出来る事を一歩ずつ進もう。一度、目配せするとヒマリは馬車を手配する為に場を離れた。冷静さを忘れずにいるが計り知れないほどの苦痛を抱えるヒマリに少女は、励ましの言葉一つ言えずに居た。


「此処からでは時間が掛かりますが行かぬ手はなさそうね」

「はい。…行って確かめたいのです」

(何時の間にご立派になられて……旅は人を変えると言うけど、頼もしくなりましたね)


 アッシュの村が記された地図を広げ道順を確認する傍ら、ヒマリは少女の成長に目を見張った。初めて出会った時はか細い声で震えていたのに、今はどうだろう。意志の籠もった瞳を凛と輝かせているではないか。

 気を引き締め、馬車に乗り込む。此処から先は魔法師ではない者が立ち入るには危険過ぎる領域だが、ヒマリが止まる理由にはならなかった。


 暫く軽快な車輪を回していた馬車は不意に動きの一切を止める。何かあったのかと馭者に聞くとどうにも端切れ悪く人が倒れていると返ってきた。

 火急を要しているものの情に厚い二人が放って置ける筈もなく、警戒ながら馬車を降りた。


「大丈夫ですか…この方………!ヒマリ様」

「あぁ……主、様…!!主様!!」

「ん…、ひま、り…か、それに君まで」

「私の事は良いのです。失礼します……んん」

「済ま、…ない…、喋れそうに、なくて、な」

「矢張り、灰を操る能力の女性……」

「主様…、現状をお伝えします」


 道端で倒れていたのは行方不明のルワードだった。リルの折れた杖を片手にボロボロの肉体を支え立とうとするが、ヒマリの方へ倒れ込む。

 直ぐさま適切な応急処置を施すヒマリの横で少女は吸血した。これ以上ルワードを流血させるのは憚られるが今は一刻を争う。


 ルワードのリルは灰を操る女性によって地に伏せられ、最後の最後でリルはルワードを庇い彼女に連れて行かれた。明確な生死は不明だが少なくとも無事では無いだろう。

 治療する傍ら、心を痛めるヒマリはルワードの知らぬ現状を抑揚なく伝えた。ギルドが解体された事、数多の魔法師が囚われた事、その中にウィリアムが居る事、裏で手引する黒幕は例の女性と言う事。


「状況は、最悪だな……」

「私達は此れからアッシュの村に向かいます。同じ村出身の私ならば話を聞いてくれるかも知れません」

「俺、も行く」

「主様…っ貴方は怪我の治療に専念するべきです。私は許可しません」

「戦える人間が必要だ」

「その体でどうして戦えましょう」

「ヒマリ……」

「戦力が必要ならば主様は余計に治療に専念なさってください」


 ヒマリと少女の説得は最もで、ルワードも彼女達の思いを理解しているが頑固なまでに折れはしなかった。ギルドを創設した自分が前に出なくて誰が出よう。治療する手を押し退けてでも彼は立ち上がり馬車に乗り込もうとする。

 そんな時に限って、展開は最悪を迎える。


「生きていたのね。狼さん」

「!?」

「お久し振り。愛された者よ」

「……私は同じ村出身として貴方様を放っては置けません!!」

「殺したいほど愛しいシンデレラ……。魔法使いがお迎えに上がりましたよ…おいで」

「ーきゃっ」

「させるかッ!」

「廃になりなさい」


 灰を纏って現れたのは例の赤髪の女性だった。ルワードの表情は一層険しいものとなり、彼の変化で女性の正体を察しヒマリは警戒態勢を取る。

 が然し、彼女の方が優勢であった為に強気に出た少女は呆気なく灰に捕らわれてしまう。何故に少女を狙ったのか同村故か、はたまた気紛れか何方にせよ黙って見過ごせる筈も無く、ルワードは動かぬ体を動かし飛び出した。


「ルワードくん頭を下げぇ!」

「スフェンファイア様……」

「〈絵空事(フロート・アート)〉」

「ジュリアス・スフェンファイア…無駄よ」

「〈虚構築(ニヒリティウム)〉」

(敵は一人では無いのか!?)

(クソッ、そっち側に付くか!!)

「ルインズ様…、っ」

「フフフ。貴方は来たるべき日、大衆の前で不幸な生涯を終える。悲しみの根源である貴方を生かすのは其の日まで〈御伽殺し(バット・シンデレラ)〉」


 血反吐を吐くルワードの背後から彼の名を呼んだのはジュリアスだった。叫声と共に少女を助けようと岩石を飛ばしたジュリアスだが、直後に現れたルインズによって阻止された。彼の目は濁っているが正常だ。自分の意思で敵側に付いたのだろう。

 〈虚構築(ニヒリティウム)〉により岩石は組み換えられ小爆発を起こした。そのままジュリアスの手が届く前に灰を操る女性とルインズは灰に囲まれ姿を消した。


「申し訳無い。……」

「スフェンファイア様が気に病む事ではありません。それより、俺の力不足が招いた始末です」

「はぁ……お二方、反省会は打ち止めにして。現状を変えましょう」

「うむ。情報共有しよう。我々も彼女を追って幾つか情報を得た」


 後悔の念に絶えないルワードとジュリアス、二人以上に悔しい思いを抱いているのはヒマリだ。魔法師ばかりが前線に立ち、苦痛を受けている。自分に能力があれば或いは戦力に成れただろうにと心が先走る。けれども自分がするべきは後悔ではなく、魔法師等のサポートだ。気を改めたヒマリの言葉に二人は頷く。


「女性の名は"へクセレヴィ・ライヴ"。一つの目的の元、此度の騒動を決め込んだ。其の目的だが、調査が進まず未だ不明だ。敵が単独でないと判明した以上、此方も戦力を確保する」

「同意します。然し今や魔法師は散り散りに……。不当な拘束を解こうにもローレンス家に権限が残っているかどうか」

「ワシに任せなさい。優秀なお供が付いているのでな!」


 煮詰まりかけた情報共有はジュリアスの優秀なお供によって道が開かれる。金儲けしか考えていない守銭奴が此度の損害を考えない訳がない。それでもジュリアスの側を離れないのは彼なりに恩義を感じているからかも知れない。


 一先ず、牢屋に囚われた魔法師達を開放すべくルワード一行は行動を開始した。少女とリルの無事を祈って。

______________________

4月26日:???


「きゃっ…!」

「お帰りシンデレラ」


 痛覚を刺激する衝撃に襲われ、少女は尻もちを付いた。敵方に捕まったとあらば、うかうか目も瞑っていられない。真白の瞳を開き世界を見る。


「へクセレヴィ・ライヴ。それが私の真名…」

「何の為に、…、貴方も魔力を持つならこんなの無意味だって分かるでしょう……?」

「何れ無意味を失くす為」

「えっ?」

「お子ちゃまには早かったかしら。それより私は"お帰り"と言った。此処が何処だか分からない?」

「ーー!」


 女性の名より大切な事がある。魔力を持つ者は広く虐げられてきた。少数であるのも一因を担うが、人の感情として最も近しいのは恐怖だろう。理解出来ないもの、人の手に負えぬものは閉じ込めてしまいたいのが本音。

 それらの感情もまた魔力を持つ者は理解している。故に交われない。


 へクセレヴィの言葉と行動には引っ掛かりを覚えるが少女は現在の居場所を察し物置小屋を飛び出した。拘束しないのは余裕の現れか。


「此処は……灰の世界、アッシュの村っ?」

「お帰り。そしてようこそ鬼窟へ」


 "廃村を見付けた。人気の無い村は灰被りの村であった。灰色の村は廃色の世界、まるで時が止まった様に灰に覆われ針が回らない。"

 何時かの日記に綴られた通りの世界が広がっていた。建物も樹木も地面も全てが灰に覆われ、まるで雪が積もったような景色であった。


「どうして、……」

「悲しみに耐えようとするその眼、母親そっくり」

「私のお母さんを知って…??」

「シンデレラ、貴方の名よ」

(何処かへ落とした私の名前を……この人は何者…)

「此処は御伽話じゃないの。そんな眼をしたって王子様は助けに来ないわ」


 力を無くし膝から崩れ落ちる。望んでいた故郷はモノクロで色褪せていた。灰を操るへクセレヴィの仕業に違いないと彼女を見上げるが、夢見る少女の睨みなど鬼窟で暮らす魔女には効かない。

 魔女の間を擦り抜け、少女は逃げ出す。せめて監視の目の届かぬところに逃げ込めば多少の時間は稼げる筈だ。


「はぁ――っリル様」

「あぁ……見付かってしまったの。彼の能力は厄介でね。眠ってもらう序に私の魔力として有効活用する事にした」

「なんて、酷い」

「安心して。シンデレラにも役目はあるから。その為の計画を王子様に台無しにされかけたけど、問題ない」


 俯く少女は地面の赤を不思議に思い、またそれが上から垂れていると気付き見上げた。其処はアッシュの村の慰霊塔、手前には磔にされたリルの姿があった。項垂れ意識のないリルに心を痛める者は少女以外には居ない。

 言わば養分状態にあるリルは"死なない程度に生かされている"。トンと肩に手を置かれた。鬼ごっこは終わりとばかりに少女の肩に手を置いた。


「誰も助けに来ない。故郷で悲しみに暮れてなさい。シンデレラの心に灰が降るまで……」


______________________

 痛い。心が痛い。


(あれからどのくらい時間が流れただろう…)


 牢に縮こまる影は自らの影に怯えていた。剥ぎ取られた衣服とグローブ、代わりは継ぎ接ぎの布一枚と黒光りの枷。ウィリアムは目を瞑った。眠りたかった。只管、時間を越えたかった。


(あの子は無事にルワードのところに行けたかな、ギルドはどうなったかな)


 寒い。心が寒い。


(バロック家のこと、忘れたいのに……忘れさせてくれないなぁ)


 思うのは、良いように利用されていた過去の自分。(しがらみ)から解放されたと思い込んでいた自分が酷く恥ずかしい。過去の厭な記憶は十年経とうが忘れられない。

 暗がりで枷を見つめるのもとうの昔に飽きたというのに。


「おい…おい少年!」

「?」

「今出してやるから待ってな」

「はい?」

「収監所がお偉いさんに買い取られてな。魔法師は今すぐ解放するようにって通達があったそうだ」

「そんなことが……あ、僕が此処に来てからどれくらい時間が経ったとか分かりますか?」

「今日は4月27日だから2日程度だ」

「2日…ありがとうございます」

「おう。良いって事よ。俺も少年くらいの歳の息子が居るんだ。所持品も保管庫から取ってきた。受け取れ!」


 看守らしき影がおおらかに声帯を震わせた。諦観しつつ振り返って見ると何故か牢の鍵を開けようとしていた。不思議な事もあるもんだ。拘束されたと思ったら解放される。緩急が鋭い乗り物にでも乗ってる気分だ。

 息子について語る看守はウィリアムが好きな温かな目をしており、礼を行って場を去った。魔力を持たぬ者も変わらずに接してくれる。浸透していく当たり前に今一度頭を下げた。


「流石にグローブは故障しちゃったか…」

「ウィリアム!無事に出れたみたいだな」

「ルワード!ヒマリさん!それにジュリアスさんまで!?」

(あれ………居ない)

「ウィリアム…幾つか判明した事がある」

「ん…、…」


 背後の鍵の音を聞きつつ扉を開けると、久方振りの太陽が影法師を照らした。グローブの故障は然程重要では無い。自分がすべき行動に則り、ローレンス邸へ足を向けたウィリアムの元にルワード達が合流した。

 沈んでいた気分は吹っ切れ、心の底から再会を喜んだが少女の姿が見えない事に気付き一抹の不安が呼び覚まされる。


 不安は現実のものとなる。


「あの子が、攫われた…!?なんで、どうして!」

「落ち着いて続きを聞いてくれ」

「!」

「アッシュの村について改めて調べていたんだが、約15年前に魔女狩りにあって廃村に追い込まれた事が分かった」

「15年前に?」

「そして、事を企てたへクセレヴィはあの子の…………血縁者である可能性が高い」


 取り乱すウィリアムにとっては辛い現実になるだろうが彼と目線を合わせる為、片膝を付いたルワードは包み隠さず全てを打ち明けた。

 同村と言うだけでも複雑な心境なのに、血縁者と言われてしまったら如何様な表情で聞くのが正解か。


(母親のような母親ではない人……)

「その顔を見るに心当たりがあるようだね」

「……」

「詳細な因果関係が解明された訳ではないが、ウィリアム……一緒に来てくれるか?君の力を救う為に使ってはくれないか?」

「へクセレヴィさんが…もし魔女狩りの復讐をしようとしてるなら、止めたい。僕達の力で止められるなら……!」

「ワシからも数名声を掛けよう」

「ヒマリ!」

「お任せください」


 アンジュラルムにて、微睡む少女は夢を見ていた。血縁者であり尚且つ母親でないのなら彼女の夢は何時かの現実だった事になる。対峙しなければ解決しない、決して交わらぬ平行線をウィリアムは歩く。信用に足る仲間が側に居てくれるから。

 ルワードの一声でヒマリが相槌を打つ。恐らく馬車の手配を頼んだのだろう。本題に入る前に主人の意図を察するヒマリを、戦力外と捨て置く人間は此処には居ない。


______________________

5月1日:アッシュの村。


(どうにかしてリル様だけでも逃さくては。幸い私に拘束具を掛けるつもりはないらしい……それは助かるけど……)

「そうだ!……いやでも…ううん決めた事ですから!」


 帰郷させられて、数日が経過した。リルは相変わらず出血が治まらぬよう身体を傷付けられ少女の心は一層痛む。ニヒリティウムでの一件で見せた目元の火傷後を思うと、彼がこれ以上傷付くのは見ていられない。然し、少女には何も為せない。

 逃走、又はリルへ呼び掛けを行った際にはルインズとイネが牽制に掛かる。二人はへクセレヴィに従順で寝返りなど到底出来そうもない。


 考えに考えた末、少女の出した答えとは。

(私だってこの数日、何もしてなかった訳じゃない。へクセレヴィ様が眠りにつく時々をずっと観察しておりました)

「……、だから目を覚まさないでください」


 それは寝込みを襲う事。へクセレヴィの思考を吸血出来れば彼女の計画を止められる可能性がある。

 薄絹ネグリジェ姿で天蓋ベッドで眠るへクセレヴィ。今夜は星月夜さえも彼女を監視して光り輝く。


「健気で純粋ね」

「はっ!?」

「私の血をただの一滴でも飲めると思った?」

「うっぐ…ぅっ…」

「今すぐ頼りない首をへし折ってしまいたいけどシンデレラには死なれたら困るの」

「くっ…うぅ…、離して、ください」

「だからといって希望を持たれても困る…」


 肩に掛かる赤髪を払い退けた刹那、少女の視界は反転する。全てはへクセレヴィの掌の上だったと気付かされた時にはもう遅い。片手で首を掴まれ、ベッドに組み敷かれ意識を支配された。握力が首に掛かる度、全身から力が抜け、薄ら笑いの面すら碌に見てやれない。


「そんなに知りたければ教えてあげる」

「えっ…?」

「真っ赤な嘘吐きの真実を。―――」

「ー!?」


 真っ赤な嘘は真実の白と疑惑の灰を被り、薄紅に広がる。星月の明かりが天蓋ベッドの端を照らす夜、其れは御伽話を捲る光であった。



「シンデレラ、希望を持たぬ悲しみの象徴で在りなさい」


______________________

_________

5月3日:アッシュの村


「此処がアッシュの村……僕達の目的だった場所。変わってしまった村、変わる前に来られたらきっと彼女も喜んでくれただろう。灰によって……花は枯れ、川は溺れる。人も建物も一切が褪せる。それでも想いは消えない」


 此処はアッシュの村。灰に覆われ、廃となった唯一の村。灰被りとなる前は嘸や自然豊かな村であった名残が幾つも残っている。例えば村の至る所で目にする色付いた草花、清らかな流れが涼みを呼ぶ川など。

 フード付き外套を風に靡かせた青年は口元を固く結び、初到来の村を闊歩する。


 青年は闊歩する。歩き慣れない村で、足取りは重く想いは強く。


「王子様、ようこそ鬼窟へ。名前はなんて言ったかな」

「ウィリアム・センスです。あの子とリルさんを返してもらいに来ました」

「お仲間は貴方の手の中かしら……」

「彼女達は何処ですか?!」

「魔眼の子は慰霊塔に磔、シンデレラはお家で泣いているんじゃない?」

「……っ、最低です。アッシュの村が廃村になった経緯を聞きました。…貴方の目的は復讐ですか!?」

「復讐、ねぇ…それもあるけれど、今は復讐の一歩手前と言ったところ」

「一歩手前……?」


 ウィリアムが故郷の門を潜った事、ウィリアムの能力の事、同士の行方、それら全てをまるで直前まで見ていたように彼を揺さぶる。

 ウィリアム自身も揺すりを掛けられていると敏感に感じ取り、へクセレヴィの目の奥の自分を見つめ気取られぬよう意志を保つ。


「王子様の出番はまだまだ先よ〈御伽殺し(バット・シンデレラ)〉」

「あなたの思うようにはならない!〈コレクション・解 ―シルフの風邪〉」

「強がりは止しなさい。見苦しい」

「貴方を止めます!!」


 数多の灰を一点集中させ眼前を砲撃するへクセレヴィに対し、ウィリアムはシルフの風邪を呼び起こした。〈コレクション〉内部は自然消滅が緩やかであり、解除された3月の風は猛威を振るった。灰が廃になるとは言え自然の風には弱かろう。互いの目先には衝撃風のみが映る。


「逃げた……?ウッフフフいじらしい事を」


 一撃同士の攻撃はシルフの風邪を凌いだへクセレヴィが勝利したが強風収まった後、晴れた視界にウィリアムは居なかった。恐らく最初から逃げ果せる為にシルフの風邪を利用したのだろう。ザラザラと降る灰を浴び、へクセレヴィは真っ赤な口紅をペロリとなぞった。



(あの人を倒す前に、探さなくては…!)

「っーー!リルさん…!?……酷過ぎるっ」


 へクセレヴィから逃走し、アッシュの村を駆け回る。少女とリルの安否が心配だ、先に現在地が分かりやすいリルを捜索し目星い建物を虱潰しし、慰霊塔とやらに到着した。

 したのだが、余りの醜悪さに吐き気を催しウィリアムの心はいとも簡単に地に伏せった。


「やぁ何しようとしてる?」

「ルインズさん、イネさん…」

「私めの使命は栄養源の守護。勝手をされては困ります」

「お二人は何故、…」

「何故ってそりゃ儲けの出る方だから。俺達は魔法師の痛みなんてどうでもいい。大人しく捕まりな!」

「〈コレクション・解 ――ルワード&マルス〉」


 背後からウィリアムの顎を持ち上げたのは廃墟のルインズ、そして真横には魔力を後天注射したイネ。彼等の目的は金儲けだ。自分達の利益の為ならば平然と人を人と思わない金の亡者に、ぶつけるのはルワードとマルスである。


「リル!?…目を覚ませ!」

「月夜の番人さん、今度こそ戦ってくれんの?」

「仕方無い。君を倒しリルを救出する」

「私めの相手はマルス、と呼ばれた貴方ですか」

「戦いとか経験ありませんけどジュリさんの頼みですから!お相手願います!」

「段階的に楽しめそうだ」


「ウィリアム!此処は俺達に任せろ」

「戦い方知らないけど頑張ります…!」

「ルワード、マルスさんすみません!」


 ウィリアムと距離を取ったイネとルインズは、ルワードと見ず知らずのマルスを倒すべき標的だと認識し、薄く弧を描いた。

 〈コレクション〉内は無意識化にあるので地上に出て来ない限りは現状は不明だ。然しルワードもマルスもリルの凄惨な姿を一目見て、拳を交える覚悟を決めた。


 ルワードVSルインズ。マルスVSイネ。勝負は始まった。



(家、家って何処だ!?早く会いたいのに、見付かったら最悪、能力を出す前に殺られる……声を出す訳にはいかない)


 リルの救出をルワードとマルスに任せ、ウィリアムは再び走った。脱兎の如きスピードで、少女の姿を捜した。アンジュラルムでは見付けられたではないか、今回も見付けられる筈だ。只でさえ切羽詰まった状況、焦りは思考を鈍らせる。


(駄目だ駄目だ!落ち着け!!)

「さっきも通った場所だ……あれ?」

(この家だけ変色していない……此処に居るの?)


 灰被りの思考を追い出すように首を左右に振った。両頬をパチンと弾き正面を見ようとするが、目線は隣り合わせの一軒屋に誘導された。何故か引っ掛かる、何故か目を逸らせない。其れらの違和感は収まるどころか大きく抱えきれないものに育っていく。

 ふと、屋根に被った灰が地面に落ちた。サラサラとした白雪の様だ。灰色に紛れた屋根は可愛らしい赤色だった。あぁ、なるほどと違和感の正体に気付き納得する。此処に居るならば、どうか無事で居て。


「お兄ちゃん、さっきからグルグル走り回ってズルいなー」

「こら。彼は必死に大切なものを繋ぎ止めようとしてるんだ。だから止めようね」

「えーっ鬼ごっこして遊びたかった!」

(子供!?どうして、この子達も倒さなきゃいけない…のか…)

「俺の名前はラジュン、こっちで燥いでるのが弟のニナ。理想世界の邪魔をしないでくれ」


 調べて見る価値はありそうだと赤色屋根の家に意識を向けようとしたが、新たなる刺客によって妨害された。一人はウィリアムと同い年くらいのラジュン、一人はラジュンの弟で一回り小さいニナ。

 二人の兄弟もまた自らの意志でへクセレヴィの側に付き従っていた。兄ラジュンが今にも飛びかかって来そうな攻撃態勢を取り、ウィリアムも両手を前や突き出した。


「〈コレクション・解 ――ジュリアス&ユピテル〉」

「これが彼の能力…」

「うおー今の何!?」

「ウィリアムくん、目の前の子を足止めすれば良いのだな」

「はいっ」

「任せて!子供好きなんだよワタシ」

「ジュリアスさん、ユピテルさん!お願いします!!」

「ジュリアス……ッ」


 お次の援軍はジュリアスとユピテルだ。ウィリアムの切羽詰まった表情、謎の二人組、以上からウィリアムの意図を読み取ったジュリアスは彼を庇うように前に出た。ユピテルも協力的だ。

 此処は二人に任せて、ウィリアムは少女の跡を辿って赤色屋根の家に潜り込む。


「えらく容易く行かせてくれたな」

「俺はお前を倒したいから行かせるさ!!」

「ジュリアスさん!」

「お兄、鬼みたいに怖いからお姉ちゃん遊ぼ?」

「良いよ。何して遊ぶ?」

「う〜ん鬼ごっこ!僕を捕まえてみて!」

「ちょっ…速っ。しょうがないなぁ〜」


 ジュリアスの名を聞いた途端、それまで穏やかな兄だったラジュンが鬼の形相で怒り心頭露わにした。なんら躊躇いなくジュリアスと距離を詰め、杖ごと鳩尾に拳をめり込ませた。警戒態勢を取っていたにも関わらず、老体は有り得ない速度で後方に吹っ飛ばされた。

 ジュリアスを心配し目線をそちらへ向けていたユピテルは埃を払い相手を見定めようとする彼を見てホッと一息付く。


 兄とは対照的に、純粋無垢な笑みを見せるニナは早速ユピテルに勝負を仕掛けた。但し遊びの範疇で。凡そ人間の出せる速度を超えたニナの鬼ごっこに、意外と乗り気なユピテルは走り出した。


 ジュリアスVSラジュン。ユピテルVSニナ。其々の戦場が大いに揺らぐ。


______________________

 扉の鍵は開いていた。ノックもせずに黙って開けてしまった事を後で謝ろう。


 家の中はまるで時が止まったかの様に、人の気配だけを消していた。手作りに見える机と家主の趣味だろうと予想出来る揃った食器類、幼子用のカトラリー。息を吸っても埃ぽさはなく、定期的に誰かが掃除していると思うほど清潔であった。


(物音…!)


 右通路奥から風の悪戯でない人為的な音を聞く。敵の罠の可能性も拭えない、警戒を解かずに慎重に進んでいった。きっと無事だ。


(居た…っ!)


 とある部屋の前、此方も鍵は掛かっておらず扉も半開きになっていたので壁を背に覗き込む。不思議な部屋だ。多種多様な物が溢れかえり骨董品店のような香りが漂う。ウィリアムの目を引いたのは正面のステンドグラス、陽光を受け幻想的な空間を作り上げていた。

 そして、中心には少女が居た。扉に背を向け大切そうに何かを抱え震える少女の姿。


 一度息を整え扉を引くと、音に反応した少女は振り返った。目元は腫れていたが目立った外傷はなく、漠然とした不安を地面に逃した。


「良かった無事で…」

「何方様でしょうか」

「ーーぇ」

「貴方もへクセレヴィ様に会いに来られたのですか?」

「な、……。僕は…、君に会いに来たんだ」

「私に……?」


 無事なものか。突き放されて初めて少女の異変に気付かされた。淀みない真白の瞳は灰に侵され濁り光を失っていた。ステンドグラスの光は少女を照らすが、心までは届かない。

 彼女を困惑させる余計な文が飛び出さぬよう募る焦燥を抑え、声帯を震わせた。


「僕の名前はウィリアム・センス。君と旅をしていたんだ。これからもずっと旅をしたい」

「ウィ…リアム……様?…ウィリアム、!?うっっ頭が…っ!」

「大丈夫、大丈夫だよ…落ち着いて、呼吸して」

「あぁあーっ!!!敵、は…!排除、…!!」

「僕は、敵じゃない」

「〈吸血姫ヴァンパイア・ショック〉」

「ーっ、君の味方だよ」


 中央にへたり込む少女と目線を合わせたく思いウィリアムも腰を折った。記憶障害を患う胸中を鑑みれば記憶を刺激するような真似はしたくないのだが、ウィリアムはそれ以上に自分を忘れてほしくなかった。

 身勝手で我儘な距離は、瞬間的に記憶の扉を開き華奢な体では処理し切れない情報を流し込む。灰が混じった濁流の果てにはあるのは洗脳紛いの言の葉。


 手にしていた"大切な物"を手放し、頭を押さえ苦しみ悶える彼女の肩を抱き意識を光の中に留めようとするが、抵抗され思うように目が合わない。

 敵意は無いと諭す最中、少女はウィリアムの首筋に噛み付き〈吸血姫ヴァンパイア・ショック〉を発動させた。


「ぁ、ああ……」

「気持ち、伝わった?」

(流れてく、……の心が、小綺麗な新緑が、私の記憶と、共に……。それは光明、隣で私を照らす暖かな想い…忘れたくない大切な人、…)

「ウィリアム様……ウィリアム様!」

「記憶が戻ったんだね。…よかった、本当に」


 血に濡れた真っ赤な瞳が見開かれてゆく。目の前の青年の過去と、現在、望む未来、其れは少女の知らない心の垣根であり、知ってほしいと明け渡した想いであった。晴れる事のない灰が降る荒んだ空が、心一つで吹き飛ばされ溶けて消えた。

 魔女に掛けられた魔法は解け、心の想いのままにウィリアムに飛び付いた。春の陽射しのような柔らかな温もりを感じポロポロと雫を落とす。


 抱き寄せる事を躊躇った手が漸く少女の背に回り、互いの首筋に顔を(うず)めた。間もなく少女の耳に届いたのは怖がりな泣き声。


「すみません、ご迷惑を…」

「迷惑だと思ってた?」

「いいえ。……心配ばかりが先走ってます…」

「正解。…ねぇ、言いたくなかったら言わなくても良いんだけど此処って?」

「言わせてください。私は言葉にしなければ伝わりませんから」

「うん…」

「此処は私の母の生家……。そしてコレは母が大切にしていたオルゴール」

「お母さんの…?」

「私の母はリリスレディ・ライヴ。へクセレヴィ様の実の姉……」

「!」


 名残惜しく思いつつ二人の距離は一歩だけ離れた。赤々とした頬と目元を見合って、くすりと笑う。あの日も今日も君は笑えている。

 一呼吸置いてウィリアムは誰の家か、問う。少女の様子から見るに親しい人物だろうとは予測したが、返ってきたのは予想だにしない真実だった。真白へと移り変わる姿を見つめて、見つめられて、少女はつらつらと語り始めた。



 壊れかけのオルゴールが鳴らすのは音外れの子守唄。語られるのは"灰色に埋もれた花御伽"。史書に載らぬ小さな村の史実。


 昔々、仲の良い姉妹がおりました。姉はリリスレディ・ライヴ、妹はへクセレヴィ・ライヴ。アッシュの村に住むライヴ姉妹は花も恥じらう乙女心を持ち、皆に愛されていました。

 リリスレディは綺麗なものを自室に並べ楽しむのが趣味の蒐集家。へクセレヴィは姉の為に綺麗なものを集め手渡すのが流行りの懇篤家。姉の喜ぶ顔が見たくて妹は日夜、村を駆け回った。姉もまた妹のお返しとして気に入るものを探し求めた。


 然しながら、ライヴ姉妹はアッシュの村の外を出ようとは思わなかった。何故なら二人は魔力を体内に宿す数少ない人だから。リリスレディは灰を降らせる能力〈御伽姫(シンデレラ・レディ)〉、へクセレヴィは花を降らせる能力〈花降らし(フラワー・シャワー)〉の持ち主だが、幼い二人を邪険にする者は村には居なかった。


 姉は度々、妹の能力を羨ましがり見せてほしいと頼む。妹も姉が喜ぶならと進んで花を降らせた。彼女自身も能力を誇りに思っていたのだから。

 ある時、転機が訪れる。ギルドの創設だ。一目見ようと外の世界に出ようとしたが両親の急死や不況に見舞われ結局、ギルドへ出向く事は叶わなかった。


 其れから季節は巡り巡って、可愛らしいライヴ姉妹も何時しか見目麗しい麗人に成長し、唯一つの愛を知った。リリスレディは村の幼馴染、へクセレヴィは村の外から来た歳上の男性と其々、愛を育んだ。悲劇の序章だとは露知らず。


 村の外はきっと皆が自由に魔法を使える世界なのだと信じて疑わなかった。実際、そうであれば良いと望む者達の手で少しずつピースが埋まっていったが、現実は甘くない。

 一方で、リリスレディは子を授かった。花々の祝福を受け産まれてきた女児は愛しい我が子。へクセレヴィも大層喜び、小さな手に小花を降らせた。


 日常が崩れたのは其れから間もなくの事。ギルド創設に伴う反感の余波が魔女狩りを加速させた。都市部から遠い遠い田舎の小さな村にも人々の排斥運動は届き、最初に気付いたのはへクセレヴィの夫。

 彼は最期まで愛する家族の住まう村を守ったが力及ばず、行方不明の後溺死。悲しみに暮れるへクセレヴィは夫の死の真相を知る前に村を焼かれ、狂った正義を掲げた一般人に襲われた。


 命からがら逃げ延びたもののリリスレディは皆を守る為、魔力を使い火炙りになり姉の夫も同罪と審判が下された。

 リリスレディは眠らせた我が子を涙ながらにへクセレヴィに託した。姉妹動揺、魔力を持つ子だ。見つかれば何をされるか溜まったものではない。


 この時、へクセレヴィのお腹にも生命が宿っていたが腹部を刺され流産、体質変化を起こし花を降らせる能力から灰を降らし操る能力へと変わった。

 変容した力を最初に振るったのはアッシュの村の保存時だった。時を忘れた廃村の灰は途切れる事なく降り続く。


『シンデレラ。殺したいほど愛しい子……』


 人を人として見れなくなった魔女はシンデレラを他所へ売り払い一つの目的の元、計略を立てた。



「へクセレヴィ様の計画とは、現存するギルドを壊滅させ、新たな魔法師組織を創り、計画に不必要な人を除去した後、一般の方を一斉に排除する事にあります。魔法師のみの世界であれば悲しみを抱く事も無いと、極端な思考が根源にあり……また、それを少しでも良いと思ってしまいました。止めるべきは、間違っているのはへクセレヴィ様ですが私にとっては唯一の血縁者(お姉ちゃん)……」


「僕だってそうだよ……誰だって考えた事がある。魔法が素敵なものだと認められたら良いのにって。けど色んな人と出会って僕はどうしようもないくらい人の温もりが好きだって気付いた。温もりを与えられるなら悲しみの世界なんて生まれない。止めよう、君の姉さんを」

「うん…っ!ウィリアムと一緒なら何処へだって月にだって歩いていける……!!」


 ルワードは常識を変えると言った。100年も経たぬ内に魔法世界が築かれると。トトノキは言った。人と人とが手を取り合う世界にしていきたいと。ウィリアム自身も幼年の頃は酷い仕打ちをされたが、だからといって自らの手を、魔法を復讐の為に使おうなどとは思えない。

 人の冷酷さが仕向けた復讐鬼、同じ魔力を持つ者として少女にとっての唯一の家族として二人は立ち上がった。何方かともなく手を取り灰色の世界を駆け出す。



 時刻は、真上の太陽を指差した。

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