【06】異物
歩いても歩いても人がいることに疲れた私は、そっと横道に逸れる。
今まで歩いていた道よりも少し狭い道にはまったく人がおらず、私室の静けさを思い出した私はふうと息をついた。
「これからどうしよう……」
か細い声が無意識に唇から零れ、はっと手で覆う。
自動的に落ちた視線が、清潔とは言い難い路地を捉えた。
今は隠匿魔法をかけているから良いものの、サマーパーティーのためのドレスを身にまとった私は非常に目立つ。
金銭を持ち合わせていないため平民向けの服すら入手できないし、そもそも今日の宿を確保することも難しい。
拙い衝動に身を任せた結果を後悔しつつ、誘拐されかけたけど自力で逃げたといった体でどこかに駆け込むしかないか……と覚悟を決める。
未婚の高位女子としての価値が危うくなるが、元が々皇太子に婚約破棄の宣言をされた無能だ。あまり変化はないだろう。
良くて辺境の修道院、最悪で訳あり人物の後妻といったところか――。
悪い想像を放り投げて顔を上げれば、路地の奥に何か大きな影の塊が目に入った。
周囲の物体と比較した大きさがちょうど人間くらいではないかと認識してしまえば、とっさに体が動く。
病や怪我で倒れているのだったら人を呼ぶ必要がある。
傍に侍女が居ない以上、私がすべてをやらなければならない。
見捨てるのは、正しくないことなのだ。
急いで近寄って確認すれば、落ちていた影の塊は女性のようだった。
うつ伏せで倒れた女性は大きく背中の開いた薄いドレスを身にまとっていて、結わずに広がっている髪は少しパサついている。
このままでは苦しかろうと仰向けにさせるべく上半身を注視すれば、地に伏せた腹部から大量の血が流れていることに気がついた。
「………………――ひッ」
見たものを理解した私は数歩後ずさった後に腰が抜け、どすんと勢いよく後ろに転倒する。
一度気づいてしまえば、独特の臭いが鼻を突く。
体が震え、閉じ切れぬ口の中で歯がカチカチと音を立て、それだけが私の中に響いていた。
自分の中から漏れ出るノイズも合わさり、眼前の状況の理解を頭が拒否してしまう。
あんなに賑やかだった大通りが、妙に遠く感じる。
夜の静寂の中で座り込む私の前には、倒れ伏した女性。
その女性の下には大量の血と――腹から漏れ出た何か。
そういえば、ここは変なのだ。
すぐそこの大通りは沢山の人がいたのに、ここは不自然なほどにしんとしている。
興奮と緊張で過敏になった肌を、何かが刺激する。
この感覚は、ここでは自分こそが異物なのだと教えこんでくるものだ。
恐怖によるただの思い込みか、それともここはなんらかの魔法的な領域の中なのか――。
悲鳴すらあげられない私の首に、鋭く冷たい何かが押し当てられた。
「――――動くな。お前、何者だ?」
「…………ッ!」
唐突で不躾な男の言葉に「何者だとはこちらのセリフだ」と言いたいところだが、震える私の体は口をぱくぱくと動かすだけで音にしてくれなかった。
「この女の知り合いか?」
声を出せない私が、後ろからは逡巡してるように見えたのか、男は質問を変えてくる。
どちらにせよ、声が出たとしても応えることが難しいだろう。
この場合、彼女のことを知らないと言ったところで信憑性がないように思えるからだ。
「……だんまりとは感心しないな。もう一度聞く。ここの陣をものともしないとは、いったいどこの者だ?」
「こ、この方のことは……存じません。それで、ど、どこって……わた……私は………………あ、あすとらいあの……」
そろそろ何かを答えねば、しびれを切らした男に何をされるかわからない。
私はからからの喉から、なんとか声を絞り出そうと試みた。
かすれがちの声はきっと聞き取りにくい上、恐怖による緊張のせいで意味のある言葉を紡げていないだろう。
「……ま、後でいいか。今騒がれるのも厄介だから、ちょっと眠ってろ」
「えっ――?」
面倒くさそうな声と同時に何かで視界が覆われた直後、内から響くような強い衝撃によって私の意識が沈む。
薄れていく意識の中で、精神に無理やり侵入されるようなこの不快感が精神魔法系の何かによるものだと、私の本能が判断した。
これは、正しく出来なかった私への罰なのだろうか。
いつから何を間違えてしまったのか……薄れる意識では答えを探せなかった。