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【05】衝動

 せっかくのサマーパーティーの場を、言い掛かりとはいえ()()でこれ以上乱すのは正しくない。

 正義に燃える殿下が引き下がるとは思えない以上、とりあえず私が退くしかないだろう。

 

 パーティーを放置することになるが……この事態の詳細は、できる限り早く家に伝えなければならない。

 ちらと視線を向ければ、それに気がついた女生徒たちが頷いてくれる。きっと大丈夫だ。

 

 私に、これ以上の関与は難しい。

 場合によっては、サマーパーティーがすぐに解散となるのも仕方がないのかもしれない。


 溜息を飲み込んで微笑みを作った私は、レグルス殿下に向けて無言で深い礼をしてから、その場を辞す。

 まとわりつく視線を振り払うため、優雅さの限界に挑む早足で会場のホールを後にし、私はさっさと帰りの馬車に乗り込んだ。


 石畳の凹凸が、ゴトゴトと馬車を揺らす。

 粛々と帰路を進むが、考えは進まず。疲労でぼんやりとしてくる頭に鞭を打ち、私は今後について考えなければならないと頭を振った。


 そうやって考えても、ルフィカさんが私を陥れてきた理由がわからない。

 

 だから、私を排除するのはついでで、レグルス殿下を籠絡することそのものが目的である可能性を捨ててはいけない。

 そういう点でも、真に帝国を思うのなら殿下を諌めるのが正しいはずだが、あの状態では何を言っても無駄だったと思う。

 

 せめて、父経由で陛下に具申できぬものかとまで考えたが、あんな場で婚約破棄を宣言した以上は両家とその周辺を巻き込むのは確定だ。

 騒動が上の知るところになれば、殿下の危うさに気づいた皇家側が対処するとは思う。

 殿下と一緒になってルフィカさんの取り巻きに成り下がっていたようだが、側近候補の学友たちは一体何をやっていたのか。

 

 ……ああ、少しくらいは休みたい。


 前に座る侍女が、感情の無い表情でじっと私を見ているので、私は思わず疲労を装ってうつむいた。


 とはいえ、疲れているのはただの事実である。

 どうしようもなく瞼が重くなってきた頃に、乗っている馬車が大きくガタンと揺れて止まってしまった。


「……なに? まだ街中のようだけど……」

「確認します。このまま中でお待ち下さい」


 淡々とそう言い残した侍女が、馬車の外に広がる夜の闇へと出ていった。


 学園のある郊外から貴族街へ馬車を使って移動するには、広く人通りの多い道を通る必要がある。

 暗い時間とはいえ、眠らない街とも称される大陸随一の都である帝都は賑やかだ。

 今だって明るい時間ほどではないものの、外からはざわざわと多数の人間の気配がする。


 ――ふと、魔が差した。


 今ここから逃げ出してしまえたらどんなに楽だろうか、と。


 このまま帰ったとしても、正しい結果を導き出せなかった私を父は叱責し、母は軽蔑してくるだろう。


 けれど、私はそんなに悪かっただろうか。

 私の行いは、正しくなかっただろうか。


 後から思えば、あまりにも馬鹿げた愚かな考えである。

 この時の私の思考は疲労に染まっていて正常ではなかったと言えるし、自らに隠匿の魔法を掛けてまでこっそりと馬車を出る程度の冷静さがあったとも言える。

 

 隠匿魔法は、精神魔法系に分類される幻覚魔法の一種で、他者から認識されにくくなるもの。

 

 私よりも魔力が高い人間には簡単に見破られてしまうが、公爵家に生まれて相応の教育を受けた私の魔力は高い。

 そうそう見破られることはないと、強い自信があった。


「木は森に、涙は海に、吐息は霧に。一粒の砂金は砂地に潜み――……」


 ぼそぼそとした小声で魔力を込めて呪文を紡ぎ、私は周囲に自らを埋没させていく。


 魔法の呪文は発動の条件ではなく、発動を補助するための暗示である。

 ぱっと簡単に使えるようでいて、実は魔法とは難しいもの。

 その中でも、精神魔法系は特に難しいほうで、素質と習熟が必要だ。


 隠匿魔法がきちんと発動したかどうかは、自分の手足を見て判断する。動作に支障は無いが、なんとなく程度の違和感があるのだ。

 自分とてそうなのだから、他人から見たら「よくわからないが、妙な感じがする」という状態になっている。

 魔法の気配がどうしても残ってしまうのは、仕方がないことだ。

 

 禁術に指定されている古代魔法の中には、この違和感を消すようなものがあるらしい。

 しかし、それを行使した者は、問答無用で死罪である。たとえ知っていたとしても、使用するにはリスクが高すぎる。

 

 つまり私が逃げるのなら、戻ってきた侍女に馬車の中を見られる前にここから離れ、できる限り遠くへ移動しなければならない。

 

 私は公爵家の馬車からひっそりと離れ、隠匿魔法をかけたままで人混みに紛れる。

 それがどんなに衝動的で愚かな行為だったとしても、疲れきった心ではその後のことを考える余裕なんて何もなかった。


 正直なところ、あの侍女から離れたかったというのもある。

 彼女は侍女であると同時に、両親がつけた私の監視係でもあるからだ。

 わざわざ教えられたことはないが、私を監視して報告する業務も負っているのだと確信している。


 私にとって、両親の()()()は息苦しかった。


 しかし、私の正しさも、誰かにとって息苦しいものだったのかもしれない。

 その誰かとはたとえば――友人たちや、レグルス殿下とか。


 早足で適当に大通りを歩いて進み、涙をこらえつつも私は自分を省みた。

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