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【04】悪役令嬢

 サマーパーティー会場のホールは、天井のシャンデリアがきらめき、飾られた多数の季節の花が香る。

 学園長からの有り難い訓示をいただいた後は、私とレグルス殿下によるファーストダンスによってパーティーが始まった。


 そうして、和気あいあいと進んでいたはずのパーティーは、ホールで一番目立つ場所にレグルス殿下が立ったことによって中断される。


 「ジャスティーナ・ライブラ・アストライア。誉れ高きアストライア公爵家の一員にも関わらず、嫉妬によって反抗できぬ身分のルフィカを虐げた挙げ句に怪我をさせるなど、醜悪で身勝手な振る舞いは看過できぬ。どんな物語も真っ青になるほどの悪役令嬢っぷりだ。そんなお前は、ゾッド帝国の次期皇妃に相応しくないと私が判断した。よって、お前との婚約は今この場で破棄する!」

「ジャスティーナ様、わたし怒ってません。だから、罪を認めて謝ってくださるなら許します!」


 パーティーの様子を見て回っていた最中、レグルス殿下に名を呼ばれた私の前には、世迷言を叫ぶルフィカさんと、そんな彼女をかばうように立つ殿下。

 そして、その背後にはずらりと高位貴族の男子生徒が並ぶ。


 そうそうたる男子生徒の中に、ただひとり交じった女生徒であるルフィカさんは、異様に浮いている。

 

 そんな妙な集団の先頭に立つレグルス殿下は、身に覚えのない私の罪について勢いよく並べ立て始めたのだ。

 

 曰く、私はルフィカさんを口汚く罵ったらしい――今まで一言たりとも会話をしたことがないのだが。

 曰く、私はルフィカさんの教科書をナイフで滅多刺しにしたらしい――教科書を貫けるようなナイフってどこで手に入るのだろう。

 曰く、私はルフィカさんを裏庭の池で溺れさせたらしい――裏庭に池があることを初めて知った。

 曰く、私はルフィカさんを昨日階段から突き落としたらしい――彼女は、ついさっき殿下と踊っていた気がするが、怪我はなかったのだろうか。


 正直、身に覚えがないどころか、何を言われているのかすらよくわからなかった。


 そしてルフィカさんも、怒っていないのなら許すも何もないのではないだろうか。

 いや、私は彼女に特に何もしていないが。

 

 もしかしたら、誰かの罪を押し付けられたのかもしれないが……怯えたふりで私を睨むルフィカさんの様子を見る限り、どうも捏造な気がする。


 このサマーパーティーのために共に尽力した女生徒たちが、私の弁護のため前に出てきそうな気配を感じた。私は、手振りだけで押し留める。

 彼女たちの気持ちは有り難いが、相手はレグルス殿下なのだ。

 相手が属国の王子などであれば、まだどうとでもできるだろうが、皇太子相手では私だって分が悪い。


 私が引きずり降ろされるだけならまだしも、彼女たちを巻き込むのは正しくない。


「私は、レグルス殿下が今挙げられた事案について何ひとつ存じ上げません。つい昨日に階段から突き落とされたばかりだと仰るルフィカさんは、幸いお怪我がなかったようで楽しく踊られていましたし……このような場で、身に覚えのない罪について糾弾されるなど誠に遺憾でございます。……ですが、婚約の見直しについては、後日両家にて話し合いの場を設けるべきと進言いたします」


 向こうが捏造された証拠すらも提示してこないため、私が今できるのは否を突きつけることだけだ。

 

 この程度の言い掛かりに今ここで私が反論しても、水掛け論にしかならないし相手が悪い。

 明らかにおかしな点についてだけ触れて、大多数の傍観者へ冤罪を印象付けるのが精一杯である。


 レグルス殿下と私の間には、別に愛だの恋だのという感情は存在していなかった。

 あったのは共に帝国のために生きるという決意と信頼である――その信頼がお互いに崩れ去っている以上、何らかの調整が必要だ。


 そういえば、糾弾時にレグルス殿下が言った「悪役令嬢」とは、最近流行りの物語に出てくるのだと、雑談のついでに聞いた覚えがある。

 下位貴族の令嬢を中心に流行っている恋愛小説らしく、私たちのような高位の貴族令嬢が悪者になって痛い目に合うのだという。


 かなり流行っているため内容を知っている者から概要を聞いたうえで、少女向けの甘ったるいだけの話だと私は判断を下したが、殿下もそれを読んだのだろうか。

 現実逃避のたまものか、そんなどうでもいい箇所が少しだけ気になった。

 

 しかし、物語とはいえ高位貴族の女を貶めておいてよく発行禁止にならなかったものだと思う。

 

 下位貴族の令嬢である主人公の恋のお相手は「王子様」であるため、上は下のガス抜きの一種とみなしているのかもしれない。

 この物語によってしわ寄せを受けているのは、悔しいことに私たちのような高位の家に生まれた女だけなのだ。


 私は違和感を見過ごし、()()に負けた。

 ――おそらく、レグルス殿下の後ろでひどく怯えた演技をしている(ルフィカ)によって。


 手段こそ不明なものの、あの公明正大なはずのレグルス殿下を冤罪の舞台に上げたのだ。その手腕は天晴である。

 工作員やそれに近い仕事は、彼女の力を最大限に発揮できるのではないだろうか。


 先帝や現皇帝が積極的に帝国の版図を広げてきたので、次代のレグルス殿下には安定統治のための賢帝という(アイコン)が求められている。

 そのために形成された彼の性格をうまく使われたということだろうが……私の知る殿下は決して愚者ではなかった。誘導は難しかっただろうに。


 どうしてここまで放って置かれたのか……と誰かに掴みかかりたくなるが、彼を放置したうちのひとりには私が含まれているのだろう。


 私は唇が歪まぬように気をつけて、奥歯を噛み締めるしかなかった。

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