【01】プロローグ
一人称練習用の短編として考えた話ですが、さっくり書くはずが伸びに伸びたので連載になりました。
中編程度におさまると思いますので、どうぞよろしくお願いします。
――正義とは、麻薬のようなものである。
帝国の正義を誇り、されどむやみに振りかざさぬよう、教育係から何度も何度もそう教えられた。
次代の光となる皇太子殿下の婚約者として、決して間違えないように。
私は、ジャスティーナ・ライブラ・アストライア。
ゾッド帝国のアストライア公爵家の長女である。
正義を掲げるアストライア公爵家に産まれ、嫡男以外の子に関心がない両親にとにかく正しくあれという方針のみを与えられて育った。
そして、ここは帝都郊外の帝立魔法学園。
終業式を兼ねたサマーパーティーで、約半年間の学びを皆で讃える喜びの場。
「ジャスティーナ・ライブラ! 誉れ高きアストライア公爵家の一員にも関わらず、嫉妬によって反抗できぬ身分のルフィカを虐げた挙げ句に怪我をさせるなど、醜悪で身勝手な振る舞いは看過できぬ。どんな物語も真っ青になるほどの悪役令嬢っぷりだ。そんなお前は、ゾッド帝国の次期皇妃に相応しくないと私が判断した。よって、お前との婚約は今この場で破棄する!」
「ジャスティーナ様、わたし怒ってません。だから、罪を認めて謝ってくださるなら許します!」
私の前には、正義に燃えるゾッド帝国皇太子のレグルス殿下。
そして、不敬にも皇太子殿下の後ろに隠れ、怯えたふりで私を睨む平民の特待生ルフィカ。
彼らの背後にずらりと並ぶのは、高位貴族の男子生徒。
このサマーパーティーの準備のため、ここしばらくの私は大変忙しく、今まで一言の会話すらしたこともない特待生を虐げる暇などはまったくなかった。
そもそも、彼女を虐げる理由すら持ち合わせていない。
私は頭痛と溜息を堪え、前を見据えるしかなかった。
――そして時は変わり、ここは帝都郊外にあるどこかの裏路地。
眠らない街と称されるほどの夜の喧騒は遠く、私は背後にいる男の気配だけを感じていた。
「……だんまりとは感心しないな。もう一度聞くが、ここの陣をものともしないとは、いったいどこの者だ?」
「――――ど、どこって……わた……私は………………あ、あすとらいあの……」
そろそろ何かを答えねば、しびれを切らした男に何をされるかわからない。
私はからからの喉から、なんとか声を絞り出そうと試みた。
かすれがちの声はきっと聞き取りにくい上、恐怖による緊張のせいで意味のある言葉を紡げていないだろう。
ほんの少し前までの私は、多種多様な人々でごった返す賑やかな大通りをひとり彷徨っていた。
そうして人に疲れて裏路地に入り込んでしまったのだが、妙な気配に気づいた時にはもう手遅れで――背後から何者かに、鋭い刃物のようなものを首に突きつけられている。
「……ま、後でいいか。今騒がれるのも厄介だから、ちょっと眠ってて」
「えっ――?」
面倒くさそうな声と同時に何かで視界が覆われた直後、内から響くような強い衝撃によって私の意識が沈んでいく。
これは、正しく出来なかった私への罰なのだろうか。
いつから何を間違えてしまったのか……薄れていく意識では、何の答えも探せなかった。