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探偵はふたりいる  作者: 篠崎京一郎


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3.多重下請け構造はどげんかせんといかん

 黛香代子と名乗った依頼人の姿が扉の向こうに消えると同時に、俺は何と言ってるかもわからん呻き声を上げながら、ソファへ預けた体をより深く沈ませた。


「くっだらねー、って感じですね」

「なにが」

 突如、探偵に内心を言い当てられた気がして心臓が変な跳ね方をする。俺はそれを隠して、つとめて平静に返した。


「浮気調査ですよ。桜木の件があるのに、中年の恋愛トラブルなんざに構ってられないと」

「……百歩譲って俺はともかく、お前がそれ言ったらダメだろ。今までソレで飯食ってきてるのに」

 言いながらも実際俺は半分、彼の意見にまったくの同意であった。

 先の探偵の発言通り、俺の本心としては浮気調査なぞ放り出して桜木の件を最優先事項として取り組みたい。これは事実である。


 だが一方で、桜木の件は探偵の協力が必要不可欠である。これもまた事実だろう。少なくとも俺単独での三年前に起きた事件の再捜査は無謀と言う他ないし、そもそもリアル浦島太郎状態の俺ではスマホだ何だとハイテク化した今の世の中について行くことすらままならない。


 つまるところ。

『舞い込んでくる仕事を爆速で片付けてしまうことでリソースを空け、それを全て桜木の一件へぶち込む』

 これが黛香代子との面談中に俺が弾き出した、春日商事の真相解決への最短経路であるはずだった。


「しかしですね――」


 なのに、だ。


「ぶっちゃけですね。私もこの仕事したくないんですよ」

 なぜ、当の本人にモチベーションが無いのだ。


 周囲に鏡は存在しないが、見ずとも俺の眉間にシワがよっていくのが感じられる。そんな俺をよそに、探偵は苦い顔をしてそのまま続けた。


「浮気調査って一週間とか二週間とか、場合によっては数ヶ月ターゲットに張り付いて証拠探しをする訳ですが」

「うん」

「もし証拠が見つかれば、ほぼ確実に依頼人はブチ切れます。そしてその怒りは、報告時に目の前にいる我々にも向かう。要は八つ当たりに遭います」

「……うん」

「一方で証拠が見つからなかった場合。これ、我々の腕がないんじゃないか、とかサボってたんじゃないか、と結構ボロクソに言われるケースが多いんですよ。依頼料もそれなりにかかっているわけですから、空振りに怒るお気持ちもわからないわけではありませんが」

 うん。

 うんうんうん。


 なるほど。

 なるほど、つまり。


「正直、めんどくさいです」

「めんどくさいかあ」

 爆速で片付けるどころかスタートラインでズッコケた形である。探偵のその言葉に俺は思わず頭を抱えると、そのはずみで体は更に深くソファに沈みこんだ。


 それを反動に、俺は姿勢を起こして探偵へと向き直る。彼は顔のパーツをギュッと中央に寄せ、限界まで渋そうな顔をしていた。


「じゃ、断っちまうか?」

「それはダメでしょう」

「ダメか」

「ええ、ナメないでください。私はプロですよ」

 そりゃそうか。

 探偵の真顔に、俺もため息をついた。


 シャカイジン、ろうどうポケモン。やりたくない事をやって、お金を稼ぐのだ。

 思わず脳内のオーキド博士もカスのポケモン図鑑を読み上げる。その声はいつもの明るい声よりも、少しだけ悲壮感がこもっている気がした。


 だがウダウダ言ってても仕方がない。引き受けると決めた以上、やはり俺達には完遂する道しか残されていないのだろう。八つ当たりされようが何だろうが、サッサと取り組んでパッパと終わらせる以外に道は無いはずである。


「……よし、決めました」

「お、やるか」

「ええ、プロですから。ここは――」

 煮え切らない態度の探偵も、ようやく腹を決めてくれたらしい。フンと威勢よく鼻を鳴らすと同時に、スマホを懐から取り出すと勢いよく何か操作をし始めた。


「外注します」

「はあ!?」

 言うが早いか、呆気にとられる俺を他所に彼はスマホを耳に当て電話をかけ始める。数コールを経て相手も出たのだろう、探偵は普段よりやや高いトーンで電話口の相手へと語りかけた。


「あ、お世話になってます、私です……ハイ、そうです服部です。ウチに仕事の依頼が来てまして、是非またお手伝いをお願いしたく……内容? あぁ、浮気調査です……ってちょっとちょっと、切らないでください。報酬は弾みますから。日当8000円でいかがです」

「……」

 どうやら浮気調査が割に合わないのは探偵界の共通認識らしい。電話相手の声は聞こえないが、彼のセリフから推測するだけでも乗り気でないのは明らかであった。

 だが俺が思わず黙った理由はそこではない。


 彼が先刻、黛香代子と契約した金額は1ヶ月で90万円。

 すなわち、()()()()()()()()()()()()()()()()()


 悪代官もビックリの中抜きっぷりに、俺は思わず呆気に取られる。汚い大人やで、と思わず俺は何故か関西弁になりながら吐き捨てた。


「なるほど。では分かりました、じゃあ1万円」

「ん?」

「1万3000円」

「……ほう?」

 どうやら向こうもアホでは無いらしい。価格交渉が始まったらしく、探偵は眉間に指を当てながらトコトコと歩き回り始める。その後も探偵の口から出る金額は1万5000、2万と順調に釣り上がっていった。


「分かりました、2万5000。流石にこれ以上はもう……あの、ホント勘弁してください」

「マジかよこいつ」

 いつの間にか立場逆転である。気のせいか探偵も中腰のような姿勢になっており、危うくそのまま電波の向こう側の相手へと土下座しかねない勢いであった。

 どっちを応援したらいいのか分からんが、俺もまた文字通り手に汗を握りつつその行く末を見守る。


「……はい、はい。じゃあ2万5000に私とアシスタントをもう1人、サポートに付けます。分かりました、それで……えぇ、詳細は明日事務所で。よろしくお願いします」

「……」

「ふう、何とか粘り勝ちといったところですかね」

「負けだろ。下請けに叩かれる元請けってあんま聞かねえぞ」

 先程までの劣勢は嘘のように晴れやかな顔をしながら、探偵はスマホを指先で一回転させつつポッケへとしまい込む。そんな彼へ俺はたまらずツッコミを入れた。最後まで相手の声は聞こえなかったが、しかし探偵の交渉失敗は明らかなものであった。


「しかも何でシレッと俺達も協力することになってるんだよ、日当減っただけじゃねえか」

「いやぁ、手強(てごわ)い相手でした。危うく利益分も持っていかれるところでしたよ」

 そうなったらタダの慈善事業でしかない、何もかもが無茶苦茶である。

 こいつが今まで破綻せずに探偵業を続けてこれたことが不思議で仕方ない。達成感に満ちた探偵の姿とは正反対に、俺はデカイため息を吐きつつ崩れ落ちた。


「まぁなんにせよ、動くのは明日からです……今日はもうお休みとしましょう」

「あぁ、なんか何もしてないはずなのに俺も凄え疲れたよ……じゃあな、探偵」

「ちょ、ちょっと」

 ヨッコラセと席を立ち扉に手をかけた俺へ、探偵は当惑した様子で声をかける。俺が振り向くのと、彼が俺の肩へと手をかけたのはまったくの同時であった。


「どこへ行くのです」

「どこって、とりあえず一晩過ごせるところ……漫喫とかかな。一応ムショの中でそれなりに金は貯めたし」

 ホレ、と俺は大事に折りたたんだ封筒をズボンのポケットから取り出す。今日1日の活動のせいか、朝方シワひとつなかったそれは今やクシャクシャになってしまっていた。


「4、5万くらいか? 贅沢しなきゃ、とりあえず1ヶ月くらいは持つだろ」

「最近の漫喫は一晩数千円はしますよ、昔と違ってだいぶ値上がりしてます」

「……マジ?」

 その悲報は、しかしある程度予想の範囲でもあった。探偵と訪れた喫茶店のメニューもアルバイト募集のポスターも、昔と比べれば随分と金額が上がっていたものだ。その影響が漫喫やホテルに及んでいることは、当然といえば当然の話であった。

 まあ、秋口の東京なら野宿でも凍死することはあるまい。なんならまだ少し蒸し暑いくらいである、出所初日からみじめな話ではあるが、その辺でベンチでも探せば良いだろう。


 覚悟していたとはいえ残念な知らせに俺が苦い顔をしていると、探偵は呆れたと言わんばかりの表情で人差し指を立てた。


「別に、泊まっていけばいいでしょう」

「――え」

 福音。

 その瞬間だけは、俺は探偵の背に純白の翼が見えた。


「いい、のか?」

「良いも何も、住み込みで雇ったつもりでしたが。元々空き部屋だらけでしたし、使って貰えるならそれはそれで」

「探偵!」

 ガバッ、と音を立てて俺は探偵へと飛び付く。

 思いがけない慈悲に涙腺がじわりと滲むのを感じる。感情のあまり、抱きしめた両腕にはこれ以上ないくらいの力が込もっていた。


「ありがとう、ありがとう!」

「ハハハ、どういたしまして。その代わりと言ってはなんですが――」

「何だ? なんでも言ってくれ、料理でも洗濯でも掃除でも、俺が出来る事ならなんでもやってやる!」

 恩人の腰部へ顔を埋めたまま、俺は声の限り感謝の言葉を連呼した。


 そんな俺へ、探偵はとびっきり、にこやかな笑顔を浮かべて口を開く。


「明日から私のことを様付けで呼んでください」

 次の瞬間、俺は探偵を抱き締めたままバックドロップで床に叩き付けた。

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