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探偵はふたりいる  作者: 篠崎京一郎


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3/3

1.冤罪探偵、ふたたび

「現在、桜木圭人は再審請求を行っています」


 電話を終え真っ黒に戻ったスマートフォンをポケットへと仕舞いながら、探偵は語り出した。

 暦の上ではもう既に九月であるはずなのに、Tシャツが汗を吸ってベッタリと張り付くのを感じる。俺は首元をつまんで空気を取り入れながら、無言で彼の言葉の続きを促した。


「明確に法で定められているわけではありませんが、原則として再審請求中の死刑執行は冤罪防止の観点から慎重視されています。ですので」

「……ひとまず猶予はある、と考えていいってことか」

 あくまで原則としてですがね、と探偵は付け加えながら、すっかり冷めきったニョッキへとフォークを伸ばす。それと同時に、俺の胃はきゅるると鳴いた。

 悲しいもので、こんな話をしながらも腹は変わらず減るものである。俺はやるせない焦燥感をぶつけると言わんばかりに、目前のカルボナーラを皿ごと持ち上げながら胃へと乱雑にぶち込んだ。


「しかし、島村さん」

「なんだよ」

「……貴方は、桜木を信じるんですね」

 皿を下ろすと同時に、その向こうから探偵の双眸が覗く。その目からは、彼が桜木の主張について少なからず疑念を抱いているであろうことがすぐに理解できた。


「うーん、まぁ。信じる……かな」

「なぜ?」

「なぜ、って言われても」

 それは決して、糾弾ではなかった。

 探偵の声音は大人しい。というより、当惑を隠しきれないような。そんな、シンプルな疑問であった。


「彼がこの主張を始めたのはほんの数週間前、明らかに貴方の出所日を狙って主張を開始しています。死刑がいつ執行されるかも分からない、貴方の出所前に執行される可能性すらあったのに、そのタイミングまでわざわざ待っていたというのはおかしい」

「おかしいのは同意するが……でも、本人も言ってたろ。元々殺すつもりで犯した事件だから、冤罪を被ったことについてはどっちでも良かったと。ただ、俺が探偵事務所で働くという話を聞いたから折角ならば依頼したいって」

 改めて文章にすると確かにトンチキな話である。

 戦国時代じゃあるまいし、負けた以上死ぬのは仕方ない、なんてのは常人の思考ではない。死刑を回避する手立てがあるのならば普通はすぐさま、死に物狂いでそれを行使しようとするだろう。


 が、彼はそうしなかった。

 探偵が疑うのは当然である。俺が言い切るか言い切らないかのタイミングで、探偵は食い気味に被せる。


「しかし、彼の主張にだって違和感はある。銃弾には旋条痕という、発射されたかが分かる指紋のようなもの必ず残ります。仮に同じ型式、同じ工場で作られた拳銃であったとしても、これだけは必ずそれぞれが固有の痕跡を残すのです。捜査報告書には、三年前に現場から見つかった銃弾は紛れもなく天海が当時密輸していた拳銃から発射されたものだと記載されていました」

「そのセンジョーコン? ってのは知らねえけど。すり替えとか、何かしらのトリックで上手いことやられたんだろ。なんならその報告書を書いたやつが真犯人の可能性だって、理論上だけなら有り得るわけで」

「貴方は警察の報告書よりも犯罪者を信じるんですか」

「信じるよ」

 それはきっと、自分への奮い立たせでもあった。

 だからこそ俺はキッパリ、探偵の目をまっすぐに見つめて答える。


「だって、もう一人しか残ってない友達だから」

「……そうですか」

 呆れるような声とは反面、探偵はまるでイタズラ小僧のように頬をゆるめる。それからやや大仰に手を叩きながら、ゆっくりと体を前後に揺らした。


「ああ。やはり貴方達は面白い」

「そりゃどーも」

「……私は探偵です。私は真実の味方であり、そんな私からすれば桜木圭人の主張も、君の主張もそれはとても荒唐無稽だ」

「まぁ、そうだろ――」

「だから気に入った」

 言い終わるか否か、探偵は右手をずいと突き出す。気圧されて思わずのけぞった俺の口へ、彼は問答無用と言わんばかりに右手で(つま)んだそれを突っ込んだ。


「ここの食事は出所祝い。そして、これは再出発への(はなむけ)です」

 シュボッ、という短い音が鳴ると同時に、忘れていた味が口内を満たす。


「おかえりなさい、冤罪探偵」

「……はっ」

 深く。

 ゆっくり、俺は息を吸う。


 それから天を仰いできっかり五秒。息を止めて目を瞑った後、俺は一気呵成にそれを吐き出した。



 紫煙が、立ち上る。



「おうよ、ただいま――」

「すみませーん、うち禁煙なんでタバコ吸うなら出て行ってもらっていいですかね?」

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