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黒颯のエレティコ ~忘れ去られた神の力で凌辱シナリオをぶっ壊す~  作者: サイリウム
原作開始前:相棒編

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41:わぁ、まけちゃった。

騎上からタイタンの背を叩き、その顔をこちらに向けさせる。非常に嫌々というか、これを無視したらまた面倒になるな、という顔をしながらこちらに向けられるソレ。疲れは一切出てきておらず、同時にその目には溢れんばかりの闘志が宿っていた。……うん、さっき“急降下”と“レース”を終わらせてきたって言うのに元気いっぱいだね! このスタミナお化けめ!



(こっちはちょっと休憩したいなって思うくらいなのに。ま、この程度じゃ何ら影響はありませんけど!)



そんなことを考えながら、息を整える。どれだけ自身のギアを上げても構わないが、頭だけは常に冷静でいる必要がある。ただの獣のように暴れて勝てる相手は、この世界にそうそういない。常に思考を巡らし、勝ち筋を探し、見つけた線をギアを最大限上げた体で走りぬく。それが私の戦い方だ。



(エレナ相手に、変なとこ見せれないからね。)



まだ両親や親しい人たちを失ったわけではない彼女、その精神性は確かに私の知る“彼女”と共通点はあるが、全く同じ存在ではない。ゲームでよくある『進化前』ってやつだ。両親が死んでしまえばあの猪突猛進(ちょとつもうしん)に、死ななければ貴族としての責任を感じつつも人の愛を知る人間になるのだろう。


……この世界での付き合いは一月しかないが、前世含めれば何回も『初めまして』をした仲だ。原作ゲーム周回前提だったからね? 主人公世代と同年代で、なおかつ成長率も結構高め。パーティに入れるには十分な性能をしていることもあり、『空騎士』という職の有用性から気が付けば編成にぶち込んでいることが多い彼女。


愛着が湧かないハズがないし、友人として見てしまわないハズもない。



(それにこいつは……、同じナディという師を仰ぐライバルでもある。)



私にとっての師匠はオリアナさんだが、ここでの身分を証明するために“祖母”として振舞ってもらっている。それに、師匠は別に何人いてもいいのだ。自然と二人目の師のポジションに、ナディママが座っていた。


思えば、かなり関係性を深めてしまった。当初はペガサスを確保すれば即迷宮都市に帰ってもいい、なんて思っていたけど、今じゃ色々教わって、仲良くなっちゃった。……いつ起きるかは把握できてないけど、エレナが親しい人を全て失ってしまう“あの戦い”。たぶん手を出しちゃうな。


原作では出会わなかったであろうオリアナさんがナディさんと再会している以上、何かあれば救援の話がこちらに飛んできてもおかしくはない。その時彼女は動くだろうし、私も自然と足が動くだろう。たった一月ではあるが、それ以上の恩を私は受けた。



(その時、お荷物にならないように。……今は、エレナに勝つ。)



幸い、実力は拮抗してるんだ。この一月で何度か手を合わせたが、勝率は五分五分。乗れば強いがまだ技術的な甘さがある故そこを叩かれれば終わる私と、高い技術とステータスで常に上手く立ち回れるが大きく跳ねることはないエレナ。彼女が常に100を出し続けるとすれば、私は80~120の間をウロチョロしてる感じってのが一番解り易いかね?


ま、エレナが全く跳ねないってわけではないから、常に全力を目指すべきなんだけど。


そんなことを考えていると、あちらも準備が終わったのだろう。赤い髪をした彼女が、こちらに視線を向ける。



「……用意は、良さそうですね。」


「もちろん、レギュレーション、だっけ? それはこの前と同じで大丈夫なのかな?」


「はい、此度の祭りに際しこの場にも『僧侶』と『魔法使い』の方が来ています。……何も気にせず、ただ全力で参りましょう。」



返答の代わりとして、持っていた木の槍を軽く回し、そして振るう。彼女が言った通り、模擬戦の申請をしたおかげで審判だけではなく、救護班として回復担当の『僧侶』の人と、風か何かの魔法で落下の衝撃を抑える『魔法使い』が来てくれている。余計なことを考えず、どうすれば目の前の彼女を倒せるかについて考えた方がよさそうだ。


さっき考えてた“ライバル”とか、“今後の話”とか。全部必要ない。見るのはただ一点のみ。



「言葉は不要、というわけですか。解り易くて好みです。……審判。」


「はッ!」



旗を持った男が前に出てくる。赤い旗と、白い旗。向き的にあっちが赤で、こっちが白。あは、髪の色と一緒じゃん。いいねぇ。



「これより『エレナ』と『ティアラ』の模擬戦を開始します! 勝敗は申告・落馬・武器破損、またはこちらで続行不可能と判断した場合に定めます! 問題ありませんか!?」


「ありません。」


「ないよ。」




一歩下がり、両手に持った旗を大きく振るう彼。


その瞬間、私たちは動き始める。


両者ともに選ぶのは、“前への加速”。




「タイタンッ!」



彼に出す指示は『空を目指さずそのまま全速力でエレナを狙え』というもの。騎馬突撃だ。


タイタン以外の通常のペガサスは、空に飛び立つまである程度の助走が必要になる。このデカブツはヘリみたいにその羽だけで垂直に上がることが出来るのだが、他は違う。最適な速度を維持し、翼を広げ、ふわりと飛び立ち、空を駆ける。一度飛んでしまえば楽だが、ペガサスからすればかなり気を張らなくてはいけない作業。


つまり、“離陸時”が隙であり、狙うべきタイミング。


地面に大穴を開けながら、エレナを目指す私たち。大地を踏みしめ前へと“跳び続ける”その巨体は、掠っただけですべてを消し飛ばす重機関車。速度も、パワーも十分以上。彼の上から槍を振るい、最適なタイミングでインパクトをぶち込もうとする。


が。



「今ッ!」



私の切っ先がエレナの武器に叩き込もうとした瞬間。彼女の武器が消える。見えるのは、ペガサスの大きな影のみ。


即座に視線を後ろに向け、彼女の体を確認する。そこには少し体勢を崩しながらではあるが、大空に向かって羽ばたき始めた彼女のペガサスが。……なるほど、跳躍することで回避し、同時に足りない助走を無理矢理補ったって感じか。こりゃ最初から想定済みだった、って感じかな?


ま、そうでなきゃ面白くないよね!



「タイタンそのまま! 速度付けて上がるよ!」


「ブッ!」



彼女と私は、すれ違う様に走り去った。そしてすでに彼女は空へと上がってしまっている。対して私たちは未だ地面に足を付けている。『空騎士』の基本は、“高度”。相手に時間を与え過ぎると、必要な高度差を稼がれてしまう。タイタンの肉体を考えれば地上で受け止められる可能性もないわけではない。だがそれは彼個人の話であって、騎手が負けてしまう可能性もある。


それを避けるためにも、即座に上昇の指示を出す必要があった。


私が指示した瞬間、その大きな羽を広げて大空に飛び立ってくれるタイタン。騎馬突撃によって加速された巨体が一気に空へと舞い上がり、速度を殺さないように大きく空を転回しながらエレナの姿を視界に収める。



(高度はあちらが上、だが速度はこっちの方が乗っている。この速度のまま上昇すれば追い越せ……、来たッ!)



次の行動を起こそうとした瞬間。エレナが反転し、全速力でこちらへ。離陸直後で受けきる体勢が取れていなかったこと、そして高度を上げるための指示を出そうとしていたこと。明らかに私のミスで作ってしまった間隙(かんげき)を縫うように、攻撃が飛んでくる。相手の直進を、側部で受けるという最悪の展開、なんとか槍の切っ先を下にしながら縦に構え、上に向かって全力で振るうことで受け流すことは出来たが……。即座にエレナは反転し、こちらへ。体勢が整わぬ前に、烈火のごとき猛攻が始まる。



(近距離戦か!)


「上手いじゃんっ!」


「ずっとどうすればいいか、考えていましたのでッ!」



もう一度、槍が交差する。


私たちの強みは、タイタンの圧倒的な身体能力にある。パワーもスピードもこちらの方が上だし、加速性能も上。だが欠点としてその力量を維持するためか肉体が巨大であり、被弾面積が多い。そして何より小回りが利かないのだ。


そこを、突かれた。


こっちが行動を起こす前に、攻撃を仕掛け行動を封じる。私を中心に作られた狭い球。その中を縦横無尽に動き回ることで、完全に抑え込む。彼女が狙うのは“私”のスタミナ切れ。ナディさん直伝のその技術をもって反転時の減速を最低限にし、攻撃し続ける。スピードとテクニックの檻って感じだ。



(いくらか改善したとはいえ、元虚弱体質! このままやられるとスタミナ切れるなオイ!)



動こうとしても、防戦一方なため不可能。私はこんな状況でも笑っちゃうぐらい楽しいのだが、タイタンはそうもいかない。自分が好きなように動けないのがすでにストレスだっていうのに、押し込まれてる状況なんて憤死レベルだ。いつプッツンして暴れ馬になるか解らない。



「なら動かなきゃねぇ!」


「ッ!」



あの時と同じように、タイタンを足場に、大空へと飛ぶ。その行動だけで私の考えを察してくれたのだろう。大空へと飛び立った瞬間、タイタンは急降下を開始。さっきまであったはずの足場は忽然と消えてしまい、空に取り残されるてしまうこの身。


すでに一度見せているのだ。こんな大きな隙を、エレナが見逃すわけがない。



「そこッ!!!」



空中に浮く私の無防備な体に、叩き込まれようとするその切っ先。……けどま、こっちもおバカじゃないんですよ? 想定済みって奴。


下から反転し、その勢いのまま私の胴にぶつかろうとする、木の槍。それをあえて、この身で受け止める。



「ンぐッ! へへ、やりぃ!」


「な、掴んで!」



エレナの槍がぶつかろうとした瞬間、両手でその槍をつかみ取る。もちろんそんなもんじゃ勢いは殺せず、胴体もろともに滅茶苦茶痛いの貰っちゃったが……。エレナの槍を両手でしっかりとつかめたのは確か。彼女の驚いた顔が良く見える。どう、驚いた? でもそんな場合じゃないかもよ。



「滞空時間稼いでくれてありがと、エレナ。来い、タイタンッ!!!」



私がそういった直後。下から急加速して来るタイタン。


そうだ。さっきこいつがやったのは、私を見捨てての急降下。傍から見れば、ついに彼が私から反抗して逃げ出した、ってとられてもおかしくない様な性格だけど……。さすがにそんなことはしないはずだ。……しないよね? 



(自分で言っておいて不安になっちゃったけど、まぁ今は上手く行ってるからヨシ!)



私が知るこいつの性格は、暴君。自分がしたくないことは絶対にやらないし、求めているのは頂点の座で、それを証明する圧倒的な勝利のみ。けど何も考えず突っ込む馬鹿でもない。この一月の鍛錬で『自分一人だけでは頂点をとることはできない』と理解したこのデカブツは、私を利用することを覚えてくれた。



「ッ! 回避を!」



槍にぶら下がる私ごとエレナを吹き飛ばそうとするタイタンだったが、エレナの状況判断からの最適解を求める速度はやはり早い。槍にぶら下がる私をそのままに、ペガサスに指示を出し回避しようとする彼女だったが……。想定内。それで十分だ。ここで落とす必要はない。


ブランコのように槍を使って上に飛び、一切速度を緩めようとしないタイタンの背に飛び乗る。何とか片手を鞍に引っ掛けることが出来たが、その速度のせいで根っこから引きちぎられそうになってしまった。



「ッぅ! お前もうちょっとご主人の体いたわれ!」


「ブモ!」



あ!? 助けてやったから文句言うなやと!?


ただでさえお前体デカすぎて乗りにくいんやぞ! そんなのが全速力で下から上がってきて、それに飛び乗るとか腕引きちぎれてもおかしくないんやぞ! 実際なんか『メキョ』って変な音したし! そもそもさっき腕と胴でエレナの一撃受け止めたせいで滅茶苦茶痛いんやからな! ……折れてる? 折れてる? いや普通に動くから大丈夫か? いや感覚……、まぁ動いてるからヨシ!


ったくもう! 成功したからよかったけどさぁ……。んじゃタイタン、いっちょ新技行っちゃいましょうかね?



「プ!」



タイタンの返答を聞いた直後、急上昇を反転させ、“急降下”の構えへ。頭に過った不安を全て吹き飛ばすためにも、その次の工程へ。



「あはッ! 回してけぇ!!!」



施すのは、回転。


ゆっくりとその速度、回転数を上げながら落ちていく私たち。平衡感覚が完全に壊れ、この身も遠心力によって吹き飛ばされそうになる。だがそれでいい。求めるのは、強力な一撃のみ。狙うは、エレナの武器破壊。あの時よりも強く感じる恐怖を、ギアを上げることでごまかしながら、落ちていく。


だが。



(ッ! もう地面に!)


「タイタンッ!」



急遽、それをやめる。回る視界の中エレナへと視点を合した直後、すでに彼女が大地にペガサスを降ろしていることを理解する。……あの時の私と同じ、反撃に転じるのではなく、確実に受けるのであれば踏ん張れる地面の方が何倍もいい。それに地面から近ければ近いほど、こっちは地面への激突っていう可能性が高くなる。


……そしてそれは、“スパイラル”の弱点でもあった。


そもそもタイタンの巨体は、あまり“急降下”に向いていない。対空ならまだしも、対地の場合かなり危険な行為になってしまうのだ。このこの巨体では、急降下から復帰できる高さがかなり限られている。出来なくもないが、一歩ミスれば即死の世界。とってもゾクゾクしちゃう世界だけど、私たちは死にたいわけではないのだ。



(このままだと、確実に地面とキスってかァ!?。)



それに、この技は未完成。ほぼ直感だが、今の段階でこれを使うと確実に死ぬ。そう理解した私は回転をやめさせ、普通の“急直下”で彼女を狙う。羽を広げさせ、少しだけ減速。威力は落ちるが、安全性をとる方が何倍もいい。次につなげるためにも、私は槍を振るう。


受け止めるためにその切っ先を下に向けていた彼女と、私が激突する。



「ッ! やっぱり、死にたいわけではないんですね!」


「ゥグ! ……そりゃそうでしょうよッ!」



速度を落としすぎてしまったのか、急降下したというのに押し負ける。腕に衝撃が走り槍を落しそうになるが、何とか意思の力で押さえつける。


地面に激突する瞬間、羽を広げ危機から脱し、そのまま地面へと降り立つタイタン。飛行から走行に切り替えながら次の手である騎馬突撃に向けて加速を始める。エレナも空中ではなく地上を選んだようで、一度その愛馬を転回させながら、加速を始める。


……地上戦では、断然タイタンの方が強い。それを理解しながらあえて受けるってことは、何かあるのか?



(……受けるか?)



何とか息を整えながら、そう考える。


本音を言ってしまえば、受けたい。どんな手を出してくるのか見てみたい。……けれど、かなり体が限界っぽいのだ。エレナとの全力の打ち合いに、胴体に痛い一撃を喰らった上、タイタンに片腕持って行かれそうになった後、急降下で振り回されたのだ。そして速度を乗せたはずなのに、さっきの攻撃で押し負けている。



(さっきの、いい一撃だった。……想像以上に自身の体力が削られてる。)



単なるスタミナ切れならギアを限界まで上げて、戦うこともできるんだけど……。体力、HPの方を消耗しちゃったっぽい。



(スパイラルあと一回で限界、か? 多分二回目は遠心力に耐えられん。)



今の状態だと、エレナの策を見てしまえばスパイラルは一度も打てなくなるだろう。急降下ですら少し危ういかもしれない。……ダメだな、思考が冷静になり過ぎてる。ギアが完全に上がってない。向こう見ずがいいわけじゃないけど、それに近しい状態だったあの時、伯爵との戦いのときの様な“私”に成れていない。



「この前の戦いはこっちが気持ちで勝ってたけど……、今度は逆ってかァ?」



考えてみれば、トーナメント戦での私とナディさんの戦い。そしてこの一月の訓練期間。ずっとあの子は私のことを見ていたような気がする。手の内に、身体能力に、思考パターン。ほぼ丸裸にされててもおかしくないだろう。あの子の本質は“負けず嫌い”。一度負けた相手に勝つため、出来る限りのことをしていたはずだ。


対してこっちはようやく基礎の基礎を覚え始めた、って程度。あの子専用の対策はほぼ0。簡単な思考や、戦略の組み立て方。そして“何かある”ことは理解できるけど、その内実までは把握できていない。


私に勝つって気で固めて来たエレナと、ただ経験を積むためにこの場所にきた私。どっちが強いかっていえば、まぁ前者だ。


……でも、それは勝敗を決める一因でしかなくて、決定的な敗因になるわけではない。



(ここで乗らずに空に飛ぶってのもありだけど……。)


「いや、ここで避ければ女が廃る、ってやつだな。」



気合を、入れなおそう。


世の中、笑ってる奴が一番強いのだ。







 ◇◆◇◆◇






「あは。」



雰囲気が、一変する。……来た。



「あは、あはは。」



お母様であり、自身の師でもあるナディーン。彼女と母とのトーナメント戦は食い入る様に観察し、分析した。あの子は目の前に高い壁がある時が、一番動く。そう確信していたからこそ、その戦いで彼女のすべてを見ることが出来ると思った。……案の定それは正しく、“ティアラ”という存在の分析に不足していたピースが見つかり、盤面がそこで埋った。



「あははははは!!!」



だが、やはり。“入った”彼女は。



「化け物、といった方がいいのかもしれませんね。」


「言ってくれるじゃん、かッ!」



そう言葉を発した瞬間、彼女の愛馬であるタイタンとの騎馬突撃が、始まる。まったく自身の身を顧みない突撃。ただ私を倒すためだけのもの。私も一人の戦士、お母様の娘としてそれを受けなければならない。秘策として用意したもの、この一月隠し通してきたものを思い当たらせないようにしながら、その攻撃に相対する。



「さっさと、見せてよねぇ!」


「ッ! 何のことでしょう!」



明らかに軽くなったその槍、しかしながら私だけでは受け止め切れないそれを返すため。自身の相棒に翼を広げるよう指示をだし、回転することで遠心力を生み出す。騎馬としての速度と、遠心力を乗せた一撃。これでようやく威力は互角といったところ……。だがやはり、明らかに軽くなっている。



(限界が、近い。)



どれだけ精神でごまかそうとも、その肉体へのダメージは確実に蓄積している。幾分かの無理はできるようだが、やはり想定通りその“最大値”は私よりも低い。彼女は追い込まれれば追い込まれるほどに強くなるタイプ。しかしその状況に陥った際、彼女は自身の身を削る選択を良くしている。



(空中で近距離戦を挑んだあの時も、あの“スパイラル”と名付けたらしい狂気の技も、彼女自身の身を顧みぬもの。死の恐怖がない、ってわけじゃないみたいだけど……。どれだけ機能しているんだろうね。)



……“急降下”の中で回転を加えるという技が、なぜこれまでお母様を始めとした『空騎士』が使っていないと思う? 理由は明快、単純に危険すぎて、割り合わないから。


急降下自体危険な技、地面に激突する危険性もあるけれど、そもそも一気に高い所から地面へと落ちるのだ。肺や肉体に掛かる負荷はかなり重い。そこに加速をつけるために回転し、さらに遠心力まで乗せる。


確かにその一撃は強大なものになるだろうけど……。割に合わない。速度が上がれば復帰できる可能性を狭め、地面に激突する可能性を上げる。そして回転は人の平衡感覚を失わせ、狙った場所に攻撃を当てらえれるか怪しい。



(実は、あなたの“急降下”の試合。これだけは無理して見に行ったんだよ? 気が付いていなかったようだけど……、その『スパイラル』は初見じゃない。あれがどれだけ頭のおかしいことか、それを成功させてしまうのがどれだけ恐ろしいことなのか。理解していないだろうけどね。)



その精神性含めて、ティアラという存在は私よりも上。『空騎士』という職に対するセンス、才能は桁外れと言っていい。欠点としては肉体が私よりも弱いといった程度。成長し、鍛えることでいずれなくなってしまう差でしかない。



(だからこそ、彼女。“ティアラ”は強い。けれど、“今”は違う。)



最初はタイタンとの協調不足を主に攻め込もうとしていたが、この一月によって戦闘中に限るが改善してしまった。故に私が突くのは、貴女のその肉体。いまだ成長途中の、体。


……本来であれば、こんな策など考えず真っ向から勝負し、勝利を収めたかった。


だがそれ以上に、自身が同じ存在に二度負けるなどという醜態をさらしたくなかった。私のプライドが、狂いそうになるほどに強く叫ぶ。力量が拮抗している相手にまた負けるなど、負けたまま逃げられるなど、許されることではない、と。


日々の鍛錬での“お遊び”じゃない。お互いが本気を出せるこの環境で勝利してこそ、この叫びは収まる。


だからこそ、策を弄し、勝利を目指す。


幸いだったのは、貴女がこれを“卑怯”とは言わず、むしろ喜んでくれることだろうか。



(彼女の息、荒くなってきた。)



騎馬突撃の後、次に取り掛かるために方向を転換させた瞬間。ティアラの姿を視界に収める。


案の定そこには、肩で息をする彼女の姿が。……楽にしてあげる。


全身の魔力を腕に集め、木の槍に流す。銅や鉄に比べればだいぶ流しにくいけど……、威力の向上。そして武器自体の強度向上には十分だ。これで……!



「不利な地上戦で、倒すッ!」


「……あはッ! じゃあわ・た・し・も!」



お互いに、これまで見せたことのなかった魔力を使用し、槍を強化する。体力が限界の状態で魔力を動かしているのだろう。その荒い息の間隔が、より速くなる。けれどその声から狂気は消えず、耳をふさぎたくなるほど大きい。……貴女が魔力を扱えるなんて知らなかったけど、初見の“急降下”を一度見ただけで習得して来るバケモノだ。土壇場で使えるようになってもおかしくはない。



「「勝負ッ!!!」」



同時に、ペガサスを走らせる。狙うは、お互いの武器。彼女は凶悪な笑みを浮かべながら狂気を乗せ、これまでの鍛錬を胸に、私は意地を乗せる。


互いに狙うのは、その武器。


これまでの戦いで互いの武器の耐久はかなり擦り減っている。魔力で幾分か強化したとしても、あと数回使えば壊れてしまってもおかしくはない。達人であればあるほど武器へのダメージを軽減できるようだが……。私ですらまだそこに至れていないのだ。目の前の彼女が出来るわけがない。


武器を合わせ、どちらかが力で押し切った瞬間、勝負は決まる。


だからこそ、ここで。



「……ッ! 今ッ!!!」



自身の相棒に命じ全力で大空へ。羽ばたくのではなく、飛ぶ。空へと戦場を移すのではない。“高さ”を利用するのだ。“急降下”に比べればほんの少しだけだが、それで十分。そして同時に、槍の持ち方を変える。次を考えない、両手持ちで、天を割け。



「これでッ!」



そして、最後に。業腹だが、彼女の真似を。


ペガサスに指示し、行うのは、“縦”の回転。


既に狙いはつけている、故に後はどれだけ威力を伸ばせるかの勝負。


騎馬としての突撃、両手持ち、魔力による強化、そして高さ。


これだけ併用しても、彼女には届かない。


だったら、なんにでも手を伸ばせ。


回せ。


遠心力を乗せて、


振りぬくのみ!



「あぁぁぁあああああ!!!!!」














直感で理解する、不味さ。


“今の自分”には、これを受けきれないという確信。


それにより急激に冷えていく脳、そのせいでさっきまで感じてなかった体の痛みが再発してきた。というか腕めっちゃ痛い。これほんとに動いてる? あ、動いてるわ。


肉体はすでに限界寸前でおり、彼女に合わせるために無理矢理魔力を流し込んだため、意識もちょっとまずい。


この状態でエレナの攻撃を真正面からボディで受ければ普通に死ぬし、武器で受ければ確実に破壊される。万事休すってやつだ。もちろん無理矢理タイタンを動かして回避するってことも不可能ではないけれど……、おそらくそれをすれば、確実にタイタンから振り落とされる。


彼の全力を持って横に跳ぶのだ、さっき空中で鞍を掴んだ方の手じゃおそらく踏ん張れないだろうし、もう片方も似たようなもん。最悪もげるよね。


受けたら負けるし、避けても負ける。あはは。詰んじゃった!



(でもま、こんな程度で諦めるわけにはいかないんだよねぇ!!!)



即座に脳内で検索し、一番最初に出て来た“空間”とか“射出”を排除した後に残るのは、あの戦い。例のロリコン伯爵と対峙した際に見た、『受け流し』の技術。……あれをここに再現できれば、確実にこれを回避できる。


エレナは確実にこの一撃で決めに来た、この回転も、私が受け止める前提で放たれている。つまりその力の向きを変えずに後方にずらすことが出来れば……、こっちの勝ちだ!



(ぶっつけ本番だけどやるしかないッ!)



気絶ギリギリまで魔力を槍に流し、今にも振り落とされそうな彼女の切っ先に槍を合わせる。



(最適な角度をこの一瞬でぇ!!!)




ミスらぬようにエレナと同じよう槍を剣のように持ち、それを受け止める。そして狙うは、受け流し。一度見たんだ、再現できなくてどうする! ティアラちゃんだぞ!



「あぁぁあああああ!!!!!」


「いけぇぇぇえええええ!!!!!」



声を上げ、今にも崩れそうな木の槍に魔力を送り、その強度を上げる。


彼女の全力を槍の中央で一度受け止め、振りぬかれようとするこの一瞬で、最適な角度を探す。


脳が壊れそうになるほどに探し求めたそれ。


無理矢理腕を動かした先に、それが。



(ここ、だぁぁぁ!!!!!)



1秒にも満たないその時間で、奇跡的に見つけることが出来た角度。


エレナの槍が、その体が、ズレ始める。



(やッ! …………あれ?)



な、なんか急に腕の感覚が……。


視線は自然と自分の腕に。そこには力無くぷらーんと下がっちゃったティアラちゃんのマイアーム。


わぁ。壊れちゃった。やっぱ骨折れてたんだね。うん。限界まで頑張ってくれてありがと。


んで視線を槍に戻すと……、


わぁ。砕かれてる。


エレナもあ、やべって顔してる。


そりゃそうだよね。その一撃このまま振りぬけば確実に私に当たるやつだよね、うん。


しかも威力的に確実に吹き飛ばされて落馬しちゃうやつだし、力入れちゃったせいでもうどうにもできない奴だよね。。


槍でガードされてそこで破壊して終わりだったのが、ティアラちゃんが変に足掻いたせいで方向性変わっちゃってぶち当たるルートになっちゃったもんね。


んで当たったて、落馬したら確実に死ぬよね~。タイタン背高いし。とってもいたそう。HP残るかな?







わぁ。おそらひろーい。









◇◆◇◆◇






はい、え~と。結果ですが。



(武器破壊&落馬により死亡判定喰らって、私の負けですね、うん。)



一応吹き飛ばされる瞬間に空間から『傷薬』入った瓶を取り出して、体と服の間に出現。地面とぶつかる瞬間に、地面と肉体で瓶をサンドして破壊。内容物をこの体に塗り付けられるようにしたから、死にはしなかったんだけど……。



「いや~、マジで折れてるとは。んでそれが完全ではないとはいえ、数秒でくっつくとは。魔法ってすごいねぇ。」


「プモ。」


「お前のせいで負けたって? いや頑張った方でしょティアラちゃん……。」



腕の骨どころか全身ボロボロだったようで(HPミリ残り)、速攻で『僧侶』さんたちに囲まれて治療を受ける羽目になった。しかもHPMP両方使い過ぎの危機的状態。意識が朦朧としてて全然覚えてないんだけど、名前を聞いても「いちごぷりん」ってしか喋らなかったせいで『落馬時に頭でも打ったのか!? というかこの背中の瓶の破片何!?』となったそうだ。


まぁそれも時間経過と回復魔法で何とかなり、腕と胸の損傷が激しかった以外は問題なく終了。魔法で直したとは言えまだ不安定なところがあるというので全身を包帯とギプスでぐるぐる巻きにされて治療の方は終了って感じだね。ちな一週間は安静にしてないといけないらしい。



(指の骨とか爆散してるとこあったみたいだけど、体外に飛び出てなかったから何とかなったんだって。……何とか出来るって時点で魔法ヤバいよねぇ。異世界すごい。)



たぶん失った部位とかを0から体を生やすとかはできないんだろうけど、部品がそろってれば何とかもとに戻せる、って感じなのかな? まぁゲームでの効果をそのまま現実に落とし込んだらそうなる、って感じなのかも。単に治療してくれた『僧侶』さんたちの腕が良かったのかもしれないけどね~。



(ゲームでの知識と、現実になったときのブレ。この辺りもうちょっと考えとかないといけないかも。わかんないことが多い。)



そんなことを考えながら、なぜか傍にいてくれるタイタンと一緒に地面に座り込みながら祭りの様子を眺める。普段のタイタンなら私の背を蹴ったり、頭髪引っ張って不満をぶちまけてくるんだろうけど……。さすがに今日はしてこない。お前やっぱ優しい所あるんだねぇ。ティアラちゃん嬉しくて泣いちゃう。ヨヨヨ~!



「ブミ。」


「あ、ごめん。謝るからやらないで、ほんとに。痛いから。……にしても、負けたかぁ。」



あの子のことを嘗めていたわけではない。ただ自分のやりたいこと、動きたいこと、考えたこと、その多くに自身の体が持たなかったのだ。……これまでの戦いは自分の体を動かすとしても大きく何かをすることはなかったし、“射出”とかのアユティナ様から頂いた力がメインだった。


でも今回は、タイタンっていう相棒と、自分の力だけでやって、それで負けた。もちろん悔しさはあるけれど……、今は見つかった改善点をどうにかして早く治したい、っていう気持ちにシフトしている。前々からわかっていたけど、確実にタイタンの能力に私のスペックが見合ってないからね。ご主人を名乗るなら見合う強さを手に入れなきゃ。



(まずはそれから、かな。)



戦術や、戦法。技のレベルにも色々と問題点があった。9年後の原作開始によって動き始める戦乱の世を生き残るには、このすべてをどうにか万全の状態に持って行く必要がある。



「気合入れてかないと。……まずは体づくりと、レベリング。」


「ププ。」


「んぉ、珍しい声出したなお前。大丈夫かって? 一応ね。……あぁそうか、野生じゃ大けがしたらもうどうにもならんこととか普通にあるんだよね。大丈夫だって、お前のご主人様だぞ? 不死身のティアラちゃーん!」


「ブモ!」


「主人じゃないって? んな恥ずかしがるなよー!」



私の体はすでに回復済み、まだ幼い時分に大けがをしたということで、一週間の安静と大層なギブス&包帯祭りになっているだけで、実は結構ピンピンしている。さすがにエレナともう一戦はきついけど、盗賊退治ぐらいなら300ぐらいいけそう。


ま、そんな元気になっているとしても、見た目がアレだ。ギブスと包帯で固められた私の姿は結構ヤバい感じらしく……。


『僧侶』さんたちの治療が終わった直後に流れ込んできた人たちの対応で大変だった。


エレナには無茶苦茶謝られたし、オリアナさんには滅茶苦茶怒られた。後遺症とかそういうのはなさそうって話したら二人ともかなり安心してくれてたし、心配かけちゃったよねぇ。実際二人とも泣きそうになってたからかなり申し訳なかった。



(エレナの攻撃とか戦術とか技とか滅茶苦茶良かった、って褒めたり、オリアナさんに病状とか元気さとか、今からでも遊びに行けるって元気さをアピールしたり、まぁそんな感じ。私のせいで曇っちゃうのは嫌だからねぇ。)



他にもナディママや、騎士団の姉ちゃんたちも見舞いに来てくれたし、なんかあんまり交友関係ないと思っていた子爵様までお見舞いに来てくれた。あとこの場には来てないけどアユティナ様に『お願いだからもうちょっと体大事にしよう?』と言われちゃいました。


……ほんと申し訳ないや。



「こんどはもうちょっと上手くやらないと、ね。」



はてさて次はどうしようかな~。エレナといい戦いはできたけど、怪我のせいでお祭りの模擬戦全部ぱーになっちゃったし、もうちょっとここに滞在して騎士団の姉ちゃんたちに相手してもらうのもよし。迷宮都市に帰ってレベリングをしてもよし、って感じか。


でもでも、レベリングは迷宮都市でしか出来なさそうだけど、体作りとか技術の向上はこっちの方が効率いいからな~。



「もうちょっと。滞在してもいいかも。」



〇ティアラ

なんかヤバい奴。

色んな人に本気で怒られたり心配されて『愛されてるなぁ』と感じ、色々申し訳ないと思っている様子。ただ同じ状況に陥った場合、自身はおそらく同じ行動を繰り返すと確信しているため、早く強くならないとなぁと思っている。無茶苦茶強ければ安心でしょ! 心配ナッシング!

(タイタンの体高は優に3mを超えており、普通に落馬するだけで死の危険性が高い。普通の馬でも落馬したときの当たり所が悪ければ終わるのだ。もしあの場でティアラがアユティナ様の元に召されていた場合、オリアナは壊れ、エレナも確実に黒いものを背負うことになる。あの場ではエレナという子供がいたため何とかオリアナは正気を保てていたし、エレナもオリアナというティアラの祖母がいたため正気を保てていた。ほんとそういうとこやぞティアラちゃん。)


なお、別に親友やライバルが何人いてもいいと思ってる。故郷の親友のことを忘れているわけではないし、大切に思ってはいる。ただ原作での彼女のことを知っているので、色々するのは9年後の再開時でいいかな、と思っている様子。原作での“自身”も、この世界での“自身”も何かと彼女に引っ張ってもらっていたので、姉の様な感覚を覚え、甘えてしまっているのかもしれない。

次章から本格的にパワーアップしましょうね。しなかったら死ぬぞ♡


〇エレナ

お嬢様の口調はできるけど素は普通の話し方の人。

自分の目の前に現れた理解不能の存在ではあったが、友人関係を育めていたし、ライバルと感じていた。故に彼女が元気そうにしてくれたこと、後遺症がなかったことに心底安堵している。自身の力の使い方はもちろん、その他色々と考えることが多くなったが、自身をライバルとして認めてくれる彼女に不甲斐ない姿を見せるわけにはいかない、とも考えているようだ。また、ティアラの精神性とセンスが自分よりも勝っていることを理解しているので、絶えず積み重ねなければおいて行かれるとも考えている様子。

成長速度に大きなバフがかかった。


〇???

お嬢様ではないけど、お嬢様の話し方が好きなのでそうしてる人。

たぶんこれまでの登場人物の中で一番キレている。そこまでして力を求めようとするティアラや、そうしなければ対応できない何か、エレナやオリアナやその周囲、そして親友のそばに入れなかった自分。(あと自分のことをほおっておいて知らない女をライバル認定したティアラ)にキレている。


このままでは9年後と言えど力が足りない可能性、親友を守れない可能性を考え始め、より大きな力を求めるようになった。自分が力に飲まれてしまっては本末転倒なため、そのあたりのバランス感覚はしっかりしているようだが今でものんきに過ごしてる『原作主人公』たちを見るとかなりイラつくご様子。(彼らも頑張っている。)

再開時ティアラ殴るカウンターが大幅に増加し、魔法習得速度も爆増した。次話彼女のメイン回なため、詳しいことは後ほど。




ティアラ 空騎兵 Lv3


HP (体力)11

MP (魔力)6

ATK(攻撃)7

DEF(防御)6

INT(魔攻)6

RES(魔防)7

AGI(素早)9

LUK(幸運)0


MOV(移動)4(7)




エレナ 貴族 Lv1(鍛錬の結果、空騎兵としての運用が可能)


HP (体力)16

MP (魔力)9

ATK(攻撃)12

DEF(防御)10

INT(魔攻)4

RES(魔防)4

AGI(素早)14

LUK(幸運)3


MOV(移動)4(7)




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[一言] エレナちゃん幸運低くない?大丈夫?
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