100:我主人公ぞ?
「っと、こんなもの、ですわね。」
「おー、さっすが。」
転移の光が晴れていくと、いつの間にか国境線へ。見慣れた景色、以前と違うのは帝国側からやってくる量が増えていて、統率なく流れ込んでくる雪崩の様な集団がいるってことぐらい。後方に陣を立てている様には見えないし、ほんとに暴徒化して流れ込んできたって感じが近いかも。
(防衛隊が遅延戦闘をしてくれているけど……、相手は一切止まる気がないね。っと。指示出ししとかなきゃ。)
第二王子から私は、今回の軍の総大将として任命されている。まぁ私には大軍の指揮とかできないので、ほぼお飾りなようなものだけど……。前線に立って士気を上げながら敵を殲滅するってことぐらいは出来る。もちろん役職は公爵だし、今頑張ってる防衛隊のみんなに、『引け』って命令することも、だ。
「フアナ?」
「えぇ。」
彼女がそう言うと、魔法陣たちが展開されていき、私の顔の前に小さめの陣が生成される。彼女みたいに詳しいわけではないが……、確か音を集めてどこかに発信するものだったはずだ。つまりマイクだね。
「こちら王国軍、援軍到着。速やかに後退を。」
『だがっ!』
「大丈夫。ティアラちゃんが来たぞ? というわけで“転移”にご注意くださーい。」
ということで放り込むのは、“疑似メテオ”。私が空間から発射するのと同時に、フアナが転移の術式を起動し、それまで戦ってくれていた防衛隊のみんなを私達の方向へと飛ばす。そしてちょうど、空いた場所に突っ込んできた敵兵たちに……、降り注ぐ隕石。
どんどんと血肉が飛び散り、人だったモノが弾け飛んでいく。
けれどあちらの進む速さは一定。……本気で死兵になっちゃってるな。
(仕方ない……、予定通り行こうか。)
あれを戦略会議って言っていいのかは解らないけど……、まぁ簡単な取り決めだけをして、私たちはこの国境線へと帰って来た。連れてきている兵も私の私兵と天馬騎士団の一部、それに各貴族の私兵程度で1000にも満たないけど……。必要なピースは十分揃っている。これだけあれば、間違いは起こらない。
にしても。まだ帝国との戦いが終わって半年も経っていないって言うのにね? もうあちらさんは攻勢を決めてきやがった。兵力はティアラちゃんがバイバイしちゃったし、物資も大体奪って空間の中に入れたから残っていないはず。ないない尽くしのまま攻めてくるとはねぇ。
(面と向かって会話したことはないけれど……、あちらさんの皇帝は馬鹿じゃない。ウチの国王、正常だった時の彼に比べれば少し劣るらしいが、優秀な奴だ。原作ではちゃんと万全の準備をして、攻め込んできてたし、早い段階で主人公たちの脅威度を理解して、早急に排除しようとしていた。)
それを考えると、現状を把握し傷を癒すことに注力するはずだ。でも現実は、攻め込んできてる。……となればもう元凶は帝国の女神、ゴジケサ以外いないだろう。黒騎士討伐時に死体を持って行かれちゃってたから、そこから私達の情報を持っていてもおかしくない。王国で“女神の討伐”が起きたことを察し、それを勝機と見た可能性もある。
でも肝心の物資がないので、ご覧の通り民兵にすらなってない兵がちらほら。というかそっちの方がメイン。みーんな目が血走った状態で王国に向かって走って来てる。
(こわいねぇ。)
正直、ただこの状態の帝国が攻めて来たってだけなら国境線の防衛部隊だけでなんとかなっただろう。この世界の“ルール”として、鍛えた兵にそれまで何もしてこなかった平民は勝てない。つまり私が出る必要はなく、他貴族に対処を任せてもと勝ったのだ。
けどまぁ、アユティナ様の使徒であるならば……。女神案件の可能性があるならば、でなければいけない。皇帝の性格的にあり得ないし、軍勢に帝国教会の姿があったとなれば、完全に“私”案件だ。
(と言うことで味方引き連れて、フアナの転移でここまで来たって感じだね。)
私の婚約者(になってしまった)、フアナの魔法によって王都から転移。ちょうどさっき到着して、空中ユニットはそのまま空に、地上のユニットは大地に。確かに人数は少ないが、王国が誇る強者5名全員がここに来ている。
(私にフアナにオリアナさん。それにフアナの師匠である“ヘイカ”と鍛錬するためにダンジョンから引き揚げてきていたナディーンさんとエレナも来ている。これで勝てない相手なんかいないだろう。)
もしクソ女神が先頭に立って『ころせー!』なんて叫んでたら全員で囲んで嬲り殺してたんだけど……、流石にそこまで相手さんはおバカじゃないようだ。王国教会との戦いの時に感じた、“使徒級”程度の神秘は感じるけど、神の力は感じない。たぶんだけど……、帝都にでもいるのかな? ならこの集団を対処した後、逆侵攻で殺しに行かなきゃ。
……? そういえばフアナの転移って、“遠見”の魔法で転移場所を確認した後に座標設定。その後に転移するって感じだったはずだから、もしかして即帝都とかに跳べたりするんじゃ? わっ! すごく便利! 地味に私達の中で破壊力に関してじゃトップだし、色々と凄いよねぇ。(まぁその凄い魔法で私に生やして貞操奪いに来るのはほんとにやめて欲しいんだけど……。せめて成人してからね? ほんとに。)
「ふふ、ありがとう旦那様。でもごめんなさい、実はさっきから帝都周辺に神秘の膜みたいなのが張られてて、上手く座標を設置できないの。貴女の妻として、先んじて万難を排除しておこうと思ったのだけど……。ごめんなさい。」
「あ、いや。別にいいんだよ? どうせ結末は変わらないし。……あといい加減名前で呼んでね?」
「あら失礼。貴女と結ばれたことがうれしくて、ティアラ。」
まだ婚約なんだけどなぁ……。
タイタンと同化し空を飛ぶ私に会わせるためか、足裏に魔法陣の様なものを生成し、空を飛ぶ彼女。いやほんと、秒で魔法作ってそれを使って来るわけだからさ。
確かに数秒から数十秒。術式を組んだり魔力を起こしたりと攻撃まで時間が掛かっちゃうってのは確かに弱点だし大きな隙だけど、それさえ乗り越えれば何でもできちゃう。別にその間のカバーくらい幾らでもやるけど……、あたしゃフアナの将来が心配だよ。気が付いたら魔王とかになってない?
「はぁ、まぁいいや。んじゃさっきの会議通り、進めてくれる?」
「えぇ、任されたわ。」
彼女に頼むのは、“無力化”の魔法。
確かにやろうと思えば、王国に突っ込んできている10万を超える帝国民たち。彼らを文字通り消し飛ばすことは可能だ。そして遠目で見ればわかる、この民衆たちの後続も。そしてやろうと思えば国丸ごと吹き飛ばすことも、可能ではある。
私は射出があるし、フアナは魔法がある。まだどういう成長を遂げたか見せてもらってないけど、確実に強くなったエレナも出来るだろう。オリアナさんはグングニったら一瞬だし、なんかナディーンさんも『修行積んだら姉上と似たようなことできるようになったぞ!』って言ってたから出来るだろう。
(今日の戦いには5人全員を連れてきている。つまり殲滅自体は簡単にできてしまう。けど……)
相手はいくら攻めてきているとはいえ、民間人だ。兵士が居ないわけではないが、その大半が平民。死ぬ覚悟をして自分の意思でここにいる可能性が酷く低いのだ。狂信者で帝国の女神に狂っているのか、神秘で精神を汚染されたのか、周囲の熱に浮かされているのかは解らないけれど……。戦うべき人間ではない。人道に配慮した国際法なんかこの世界には存在しないから、そう言うことに気を付けなきゃいけないってわけではないんだけど……。
流石にそれを殺しちゃうのは、後味悪いよね?
(それに、もっと現実的な見方もある。)
おそらくこの戦争で、帝国は滅びるだろう。だってティアラちゃん帝国の女神ぶち殺すし、『落とし前付けろやオラァ!』って帝都まで殴りこむのは決まっている。皇帝サマを断頭台送りにするかどうかはまだ解んないけれど、帝国が滅びる、もしくは王国の属国になるのは、確かだろう。
細かい所がどうなるのかは解らないが、王国の政治屋たち。マンティスとかはそのつもりで動いているっぽい。それを考えると、殺し過ぎたり全部吹き飛ばすのはNG。なにせ人が居なければ、国は成り立たないのだ。
別に王国は人材が余っているわけではない。つまり殺し過ぎると、管理できない一国分の土地が出来てしまう。そんなものが隣に出来るのはご勘弁。故に選択するのが、事態の収束までその場に縛り付けておくという“無力化”の指示だ。
というわけでフアナ、MP足りなくなったら神秘を変換して渡すから。もろもろよろしくね?
「えぇ。……貴女の傍に立つために、力だけを追い求めて来たわ。だからそういうのは不得意の部類だけど……、大英雄の妻だもの。これぐらい出来なくちゃ話になりませんわよね?」
「お、おう……。と、とりあえずエレナとかと話してくるから。」
私の奥さんという所に酔っているのかは解んないけど……、なんかすごく恍惚とした表情を浮かべる彼女。ティアラちゃん、そんなにいい人間じゃないはずなのに、なんでこうも好かれちゃってるんでしょうね? いやまぁありがたいことではあるけどさ。ちょっと怖いのは確かです。
と言うことでまだ気心知れた友人であるエレナに話しかけに行く。
「あ、いたいた。って……、めっちゃ決めてきてるね。」
「でしょう?」
そう笑うエレナ。武門の娘という育ちがそうさせたのか、普段よりもかなり気合が入っている。
私が持つ“ルフトクロン”の鎧は黒が基調になってるけど、彼女が身に纏うのは真っ白な鎧。私よりも露出が控えめというか、全くないけど上半身はすごくぴっちりとしたものになっている。ちょっとだけアユティナ様の意匠を感じるし、神自ら手掛けた鎧なのだろう。……あ、ティアラちゃんのと同じように、体の成長に合わせてサイズも大きく成る様になってるね。
確かダンジョンで最上級職に上がった際、特異な職への適性があったからそっちにしたって聞いたけど……。確か『ヴァルパラ』だっけ? いい感じだねぇ。その槍もカッコいいし、私もライバルとして鼻が高いよ。
「でしょう? だいぶ昔に使っていた人が居るみたいだったけど……、実質私専用の武器。癖もなくて使いやすいわ。最初の内はちょっとこの槍も、この新しい体も扱うのが難しかった。けど……。」
「けど?」
「今は違うわ。先の帝国との戦いは参加できなかったし、教会との戦いは役立たずだった。でもそんな弱い私、貴女のライバルを名乗れない私は今日で終わり。……ティアラ? 今日の貴女は観客。新しい私を目に焼き付けてあげる。」
……そりゃ愉しみ。私も、ライバルがどこまで来てるのかってのはずっと知りたかったからね。手合わせとかは全部終わった後にまたやるとして……、今日は見させてもらおっか。その新生エレナって奴の力を。
さっきも言ったが、この戦場には“ちょうどいい”獲物が結構言る。神秘の反応からして、帝国の使徒。おそらくだけど、王国にいたような奴らより強い。けど今のエレナなら、大丈夫なはずだ。雑兵というか民兵たちは私とフアナが相手するし……。残った強者は任せてもいいかい?
「もちろん。何体でもかかって来い、ってもんよ!」
自信満々といった顔で、私にそう言ってくれる彼女。けれどすぐさまその顔が不安そうなものへと代わり、ちょいちょいと顔をこちらに寄せるよう指示して来る。え、うん。別にいいけど、どうしたの?
「戦闘に関しては何の不安もないけど……。貴女の婚約者、色々大丈夫なの? この前鍛錬の為にあの墳墓に行ったとき、はじめてあの子に会ったの。でも顔合わせた瞬間に『この泥棒猫ッ!』って言いながら攻撃されたんだよね。なんとかなったけど、多分ヘイカっていうアンデッドに止められなかったら、殺し合いになってたわよ?」
「あッ、スッ……。ご、ごめんね? ほんとに。い、いや悪い子じゃないんですよ。ただ私に近づく全員が恋敵に見えてるみたいで……。い、一応説明はしてるし、最近はようやく落ち着いて来てるから、長い目で見て頂ければ……。」
た、多分。私とフアナが完全にくっついたら大人しく……。い、いやそもそも二人とも8歳児だぞ! 未成年も未成年だぞ!? そういう関係性持つこと自体色々ヤバいんだぞ! いや確かにこの世界R18だし、そういうのもまぁあり得るのかもしれないけど……! え、もしかしてコレ、私が覚悟決めなきゃずっとそういう危険が伴う奴? ま、マジかよ……。
「……なんか色々察したわ。貴女も大変ね、ティアラ。」
や、優しさが目に染みるぜ……。
あと、エレナの話し方にちょっとトゲがあった。たぶんこれ、フアナに対してあんまりいい想いを持っていない感じだね……。なんか強く嫌ってるという感じではないんだけど、根本的にソリが合わないとか、どれだけ頑張って友達未満ぐらいにしかなれない奴だ。
私が間に入れば何とかなるかもだけど、同じ場所に放り込んじゃおっぱじめちゃうヤバい奴。
「せ、戦争終わったら本格的に考えないと不味そうだね……。うん、今は考えないでおこ。んじゃまぁ、そんな感じでよろしく……。」
「了解……、ティアラッ!」
エレナがそう叫んだ瞬間、視界の端に見える。一瞬の光。
私に向かって飛んでくるのは、ほぼ光速に達した魔の矢。
けれど既に、“知っている”。アユティナ様と合一化したときに、私は光速を体感し操っている。光速以下であれば、私が十分余裕をもって対処できる速度に過ぎない。即座に“空間”を開き、神秘を込めた【鋼の槍】で迎撃しようとするが……。ソレよりも早く、二人が動く。
私の前に突き出されるのは、エレナの真っ白な槍。
そしてその先に生成される、魔力による防壁。
おそらくエレナもその槍で完全に無効化出来たのだろうが……、位置関係的に、先に接触するのはフアナの魔力防壁。それと接触した光の矢は、一瞬たりとも拮抗せずに弾かれ、空気へと溶けていく。
(けど決して威力がなかったわけじゃない。常人なら消し飛ばされる威力。おそらく、性質的に弓兵が特殊な武装かスキルで“INT”対応攻撃としたものだろう。私の様な空中ユニットに特攻が入るわけだし、正しい選択。……帝国教会の使徒か?)
でもまぁそもそも私の騎馬、タイタンにはそういう特攻系の攻撃が入らない鎧。アユティナ様にもらった黒い鎧を装着している。その効果はもちろん私にも適用されるので、私に弓や風魔法の様な通常の特攻が入る攻撃は無意味に近いのだが……。ちょっとエレナには面倒な相手かな? そのまま特攻入るっぽいし。
「よっし、んじゃ私がた「ぶっ殺す」……ふぇ?」
「わ、私の旦那様を。ティアラを、狙った??? 許せない、許されない。殺す殺す殺す殺す! ……ティアラ、少々お時間頂きますわ? この世から存在しちゃいけない汚物、貴女の眼に入れるわけにはいけませんもの。なに、ご安心を。永遠の苦しみを与えてきますので……。」
急に私の横に転移し、色々捲し立てた後。矢が飛んできた方向に向かって飛んで行くフアナ。
「……このままだと全部獲物持って行かれそうね。ごめんティアラ! 私も行くわ! 多分神秘の反応はこうだから……、こっちね! じゃッ!」
そういった瞬間、即座に自分のペガサスを動かし、敵に向かって飛び去ってしまうエレナ。
「………………え、ティアラちゃんおいて行かれた? わ、我主人公ぞ?」
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