狼と恋の代償
狼
「邪魔するぞ。エメラルドの魔女が居ると聞いてきた、居るか」
魔女
「はいはい、居ますよ。……わ、珍しいお客様だね。狼さんかな」
狼
「シルバーウルフだ。……本当に狼の言葉がわかるのか。俺はアンタの噂を聞いて北の森から来た。エメラルドの魔女、俺を人間と同じカタチにしてくれ」
魔女
「……人間になりたいの?」
狼
「そうだ。俺は人間になりたい。番にしたい人間の雌が居る。口説こうにも、まずは同じ姿にならないと何もできない」
魔女
「そう。話はわかったよ。でも、人間の姿になるのは、転身の術という魔術を使う必要があるんだ。転身の術は古い魔法でね、呪いに近い性質をしているから大きな代償が必要になるからオススメしないなぁ。……とりあえず言葉を交わせるようにする薬で試してみない?」
狼
「魔女、お前は自分と違う生き物と番う気になれるのか。そうしている間に他の雄に先を越されることもあるだろう。それは我慢ならない。魔女、俺は本気だ」
魔女
「……わかったよ。脅かしたけれど、君が望む転身先の人間は下位互換だよ。自然と低下する能力分を代償とすれば、取られるものはさしてないかな」
狼
「そうか。では、魔女。アンタに支払う代償だが、これで足りなければ前金程度に受け取れ。樹氷鹿の角、ネージュメープルの樹液、アイスクリスタル。持てるだけ持ってきた。西の森では珍しいはずだ」
魔女
「うぁ、え……本物? 本物か。いや、樹氷鹿の角はすごいな……初めて見たよ。ありがとう。術自体の代金は十分だよ。でも、本当にオススメしないよ。代償を支払って余るほどの身体機能の剥奪だと思ってね」
狼
「忠告は感謝する。だが俺はやると決めたら曲げないタチだ。……術自体の代金は不足なしとの事だが、他は何が必要なんだ。足元を見るなら手段を変えるぞ」
魔女
「牙をしまって。大丈夫。違うよ、搾り取ろうってんじゃない。君が人間になった後、すぐに出ていけるなら必要ないよ。もしかしたら保護が必要かもしれないから」
狼
「心配には及ばない。俺は1人で平気だ、面倒はかけない」
魔女
「そうかい。じゃあさっそく始める?」
狼
「準備は必要無いのか」
魔女
「人間になりたいんだろう。人間の素材なら、私から調達できる。古い魔術だからそこまで素材は凝ってないよ。外に出よう」
狼
「わかった」
魔女
「んー。この辺かな。うん。そこの石の近くに居て。魔法陣書くから」
狼
「……木の棒切れで描くのか。あまりパッとしないな」
魔女
「いいんだよ。下積み時代に死ぬほど書き取りしたんだ。木の棒でだってかんあ、よれちゃった。簡単に、あれっ、簡単に……! 書けなくなってるな……? 分度器とコンパス取ってくる」
狼
「おい魔女! アンタ本当に大丈夫なんだろうな!!」
-間
狼
「おい、魔女。まだか。日が暮れるぞ」
魔女
「素材が安価なぶん、細かい呪文が多いの! あ、じゃあ、詠唱する文言のメモ渡すから練習しといて」
狼
「……いいだろう」
-間。
魔女
「……ふぅ。大作だ」
狼
「やっとか……頼むぞ」
魔女
「まずは海水で地面を濡らす、まぁ同じ濃度の食塩水だね」
狼
「命は海という湖から生まれたとは聞いたことがある、だからか」
魔女
「そういうこと。この陣の上は魔術的に海になる。次に人間の素材50g」
狼
「ナイフ……お前指でも切り落とすつもりか」
魔女
「まさか。こういう時のために魔法使いは髪を伸ばして置くのさ。50グラムなら30cmくらいかな。よいっしょっと。こんなもんでしょ。じゃあここからは練習した通りに。目を閉じて唱えて。」
狼
「我、海の子なり。母のゆりかごで眠る子なり。母の慈悲よ、奪いたまへ、与えたまへ。この身は人なれば、獣の爪も、尾も耳も不要なり。眠りから覚めし時、我は人にあり……(倒れて眠る息遣い)」
魔女
「……上手くいったかな。きみ、起きて。起きて」
狼
「っ!! 魔女。……人間の手だ。足も……! 感謝する、魔女っ、!? ……立てない」
魔女
「今までしっぽでバランス取ってたからね最初は慣れないだろうさ。大丈夫、筋力は人並み以上に付いてるから、時期に立てるよ。二足歩行の練習もしよう」
狼
「わかった。……魔女、耳が変だ。この辺りには狐や鹿が居ただろう。足音が全くしない」
魔女
「人間はそんな遠くの気配は分からないものだよ。……後悔してはいけないよ。大丈夫、ゆっくり慣れよう。しばらく置いてやるから、身体を慣らして人間になりなさい」
狼
「後悔はない、俺は全て投げ出してもアイツの前に人間として立ちたい。……悪いが世話になる」
まだ胎児だから、これから生まれる自分は人間だよ。
という意訳になる呪文。