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石妖契約奇譚  作者: 上月琴葉
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6.5話 鎮めの神子

 ――

 自分はひととは違うのだと、物心がついた頃に知った。父譲りの茶色の髪に鬼灯色の瞳。見た目自体は今のこの時代ではそう珍しいものでもない。

「能力者」たちには桃色や、銀色の髪を持つ者もいると聞いている。

 中学校の成績も人と比べて激しく劣っているわけでもなかった。ただ、小さい頃から手先が不器用で、運動音痴。クラスメートには相当からかわれてきたので、今も「運動」という言葉は吐き気がするほど嫌いだったりする。

 なんら、とりえのない普通の少年、今までもこれからもそうであると思っていた。だけど、少しずつ、自分がひととは違うと思い知らされることが多くなった。上手く会話ができない、人との付き合い方がわからない。

 更には普通の人が気にならないはずの音やにおいが酷く不快に感じられてたまらないのだ。当時住んでいた家――というより神社だったが――は山の中にあったのでそのせいだろうと思っていた。

 だから、なるべく耐えていたのだけれど、ある時学校の壁を塗りなおした際のペンキのにおいに耐えきれなくなってそのことで保健室に行ったことがある。悲しいことだけれど、僕の訴えは全く理解してはもらえなかった。その時はたまたま微熱だったので早退になったけれど。「内気で繊細な子」、程度で済んでいた認識も、何度も繰り返されれば「面倒くさくてウザい奴」となるもので――やがて本当に自分自身ではどうにもできない理由で、理不尽ないじめが始まり、僕は逃げるように家に引きこもった。


 ――

「今日も空気がおいしいな」

<ええ、本当に。斎さま>

 そして今。

 僕は――高岡 斎は生まれ育った出雲の地を離れて、京都の山間の小さな神社で暮らしている。この神社の名前は「泉 神社」といい、なんでも事情があって先代がいなくなってしまったと父から聞いた。本来は父がここに住みながら神社を守る予定だったのだが、父は本家を守るために出雲にとどまると相手を説得し代わりに僕とここで出会ったミシロがこの神社を守ることになった。

 初めての土地で上手くやっていけるのかは正直不安だったけれど、たまに様子を見に来てくれる人もいるし、今はここに居候している人も、実はひとりいる。その人が勉強を教えてくれたり、たまに外に連れ出してくれるので、僕は今のところ充実した日々を過ごしている。山間のこの場所には汚い空気も耳障りな音も入っては来ない。それだけでも僕にとっては昔よりかなり、生きやすくはなったと思う。

 さあっと心地よい秋風が吹いた。

「境内の掃除はこんなところかな。朝食を食べたらミシロ、力を貸してね」

<はい、斎さま>


 ここで少し、ミシロのことを話しておこう。

 ミシロはここ、泉神社のご神体であり宝剣に埋め込まれた石の一つ、蛇紋石に宿る「石妖」だ。見た目は僕と同じか少し年上ぐらいの美しい少女にしか見えない。本来、石妖は現世では常に石の姿であり、満月の時にしか実体化することはできないという。ただ、ミシロ自体の能力が高いのか、それとも泉神社に何かがあるのかはわからないが彼女は常に実体を保っている。


 朝食を食べ終えた僕とミシロは依頼品の武器を持って神社の裏手の「鏡池」へ向かった。時期が来れば一面の睡蓮に彩られるこの池は、いつもと同じようにどこまでも蒼く、ただ澄んでいた。

「……じゃあ、始めるよ。お願いね、ミシロ」

 ミシロが頷くのを見て、僕は指先に小さな傷をつける。水面に一滴、赤い雫が落ちると同時に、池自体が淡く光り輝き始める。

<我は 【鎮めの神子】なり、鏡池よ、今しばしの間、鏡界<カクリヨ>への門となれ>

 それを合図にミシロが、依頼品の武器を持って、池へ入る。そして中央にせりあがってきた水晶の台座にそれらを置いた。

<浄化の力を持つ【水晶】よ、現世に彷徨うマヨイゴ達に、在るべき世界へ還る導を与えよ!>

 水晶の輝きがひときわ強くなり、台座に置かれた武器がその中へ呑み込まれて、虹色のきらめきを宿す。

<導の糸は結ばれた。これにて再び門を閉ざす!>

 きらめきを宿した武器たちが静かに浮き上がり、ミシロの元へ集う。直後、光は消え、再び鏡池は元の姿を取り戻していた。


「ふう……」

 僕はそのまま池のほとりにしゃがみこむ。特殊な小刀でつけた指の傷はもうふさがっているけれど、この儀式をするのには大量のマナを使う。

 この鏡池と僕の血統、そしてミシロの力が揃ってこそ成り立つものなのだ。

<お疲れ様です、斎さま>

 ミシロが僕にほうじ茶を差し出す。心地よい冷たさが体に染みわたった。

「ありがとう。とりあえずこれで今回の依頼分は終わったかな。ミシロもお疲れさま」

<ありがとうございます。では、わたしは先に戻って昼食の用意をしておきますね>

 ミシロはそう言うと、ぱたぱたと階段を駆け下りて行った。

「……鎮めの武器、かあ……」

 彼女がいなくなった後、僕はひとり鏡池の水面を見つめて呟く。

「……世界に拒絶された僕が、世界を守るための力を武器に与えられる唯一の存在だなんて……皮肉、だよね」

 世界は間違いなく、「異質なもの」には冷たい。それは世界だけでなく、人でも同じ。受け入れてもらえる「イレギュラー」は本当に恵まれた一握りだ。


「だから……それだけが……僕の存在意義なら……僕は……」


 たとえどんなに皮肉でも、葛藤を抱え続けていくとしても。その使命を受け入れて、生きていこうと決めた。

 いらないと、必要ないと、思われるよりはきっとずっと救いがあるから。

(必要とされる方がずっといい。むしろ今まで否定され、受け入れられなかった僕にはそれが唯一の光だ)

 静かな湖面にひとしずくだけ涙が落ちて、刹那に揺らめく。

「よし、そろそろ立てるし、戻ろう。ミシロに心配かけちゃったら悪いし」


(正直この世界が滅びたところで、今の僕は何も思わないだろうけど、でも――)

 ふっとミシロの笑顔が浮かんだ。

(とりあえず、ミシロと僕のいるこの場所だけは……守りたいって思うから)

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