6話 訪れは秋と共に
――
かつて鵺という妖が平安の都の脅威となった。
いわゆるキメラのような姿を持つとされ、一説にはトラツグミという鳥が元になったとされる妖。打ち倒された鵺が埋められたとされる場所はいくつかあるがそのうちのひとつ「鵺池」があったとされる二条城の敷地内で ひとりの少女が何かを考え込むように立ち尽くしていた。紫がかった黒髪をリボンで束ね、この辺りでは見かけない制服を身に纏っている。
「どう?黒瑪瑙 。ここから何か感じる?」
<……ここじゃないみたいだ>
「そう。じゃあ鵺塚とか……あ、清水寺って伝説もあるみたいだしそこに行ってみようか?」
<いや……どのみちもう【抜け出た】後だろうから……>
「そう。じゃあ地道に探すしかない感じかな?すぐには無理か」
少女はそう言うと、池に踵を返して歩き出す。
<大丈夫。気配が濃くなればわかる。闇を感じ取れるから>
「頼りにしてるよ。それにしても……あれだけ厳重に封印かかってたはずの石妖の鵺が封印破れちゃうなんてびっくり」
<……界軸大災で世界の境界が薄くなったから……「古い力」は一部を除いて弱まってる。それより話すのやめて。もうすぐ大通りに出る。銀朱、変な目で見られる>
「うん、わかった」
少女はそのまま大通りの人混みを抜け、小さな喫茶店へと入る。プレートに書かれた店名は「異世界カフェ 星渡」だ。
「いらっしゃいませ」
入り口で出迎えるのは少しレトロな女給風の衣装を身に纏った小柄な少女に見えるが――少年だ。ピンクがかった紫色の髪に、異世界を思わせる金の瞳。頬には緑色で星型の鉱石が見える。
「あ、五辻銀朱です。ここで待ち合わせをしているんだけど」
「銀朱さまですね。先に来られた――さまは一番奥の席にいらっしゃいます。案内しますのでどうぞ」
彼女は彼の案内に従って店の奥に進む。そこには銀朱が待ち合わせをしている張本人がいた。
「京都へようこそ、銀朱。お疲れ様。まずは好きなものを頼んで。大丈夫、お金は私が払うよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
銀朱はそう言うと、パラパラとメニューをめくり星屑サイダーとチョコミントアイスを注文した。
「……どうだった?」
「どうやら鵺は抜け出た後、みたいです。黒瑪瑙がそう言っていたから」
銀朱はそう言って表情を曇らせる。
「そう。封印が弱まっていたんだね……だけど多分最後に封印を解いたのは人為的な力だと思う」
「私もそうだと思います。私は『闇吸い』として、華茶花学園に通いながら鵺を追い、倒します」
彼女は真剣な面持ちでそう告げた。
「華茶花には貴方と同じように石妖の『契約者』が何人かいるらしいから、ひとりで抱え込まないでね?銀朱」
「大丈夫ですよ。私、わりと適当な性格なんで思いつめたりしません。けど、普通の人間に鵺の封印なんて解けるんですか?」
「……そのことだけど、『彼』に気になる人物を追って貰っているの」
その時、ちょうど少年が星屑サイダーとチョコミントアイスを運んできた。
「どうぞごゆっくり」
彼はふたつをテーブルに置くと、伝票入れに伝票を入れて立ち去る。
「気になる人物?」
「……『狂花酔月』……そんな名前で暗躍してる集団がいるらしいの。京の夜の闇に紛れてね」
「……なんだか厨二臭全開ですね」
銀朱は落ち着いた様子でそう呟き、星屑サイダーを一口飲んだ。
「うん。まあそこは置いておいて……今のところまだ大きな騒ぎにはなっていないけれど、彼らは『能力者』でいわゆる力を持たない人々をひどく敵視してるらしいの。能力者なら、鵺の封印も解けるかもしれないし……」
「じゃあリア・クロスは彼らを危険視してるんだ」
「……うん。だけど何か事件が起これば……ますます『能力者』と普通の人の溝はますます深くなる。ただでさえ、迫害の歴史で溝は深いのに……リア・クロスの長はそのことをとても心配しているの」
「あー。あの人は戦い嫌いそうだもんね。今は首都にいるんだっけ?」
「うん。私も泉神社の結界の修復は終えたから……ここを出たらリニアで首都へ戻るつもり」
「そっか。私も荷物届いてるだろうし、このまま華茶花学園の寮へ行くよ。じゃ、ごちそうさまでした」
銀朱はそう言って席を立ち、店を後にした。
「さて、私もそろそろ行こうかな。巡流くん、またね」
「あ、はい。あ、渡里ならレジにいますので。ありがとうございました。どうか、お気をつけて」
巡流はそう言うと、ぺこりとお辞儀をした。
女性はその言葉ににっこり微笑んで、会計を済ませるとそのまま店を後にした。
――
「わー……おっきい学園……」
華茶花学園の学園寮は外観が洋風の煉瓦建築だが、内装は和風に統一されており京都特有の文化、「坪庭」が室内に設けられている。
入寮手続きは済んでいるため、受付で名前を告げて鍵を受け取り自室へ向かった。自室のドアは洋風なので、鍵を差し込んで回す。
部屋の中はがらんとしていた。ベッドがふたつあるところからふたり部屋だが、ルームメイトは来月転入してくると聞いた。
なのでしばらくはのんびりひとり部屋ぐらしだ。荷物が届くのは明日なので、今日はもう予定はない。
「ねー黒瑪瑙」
<何?>
「私、上手くやっていけるのかなあ。見知らぬ土地だし知り合いいないし」
<……ぼくがいるから>
「……そうだね、黒瑪瑙。ずーっとそばに……いてくれる?」
<……いいの?ぼくは――なんだよ>
「いいよ。私も――だしさ。だから……」
銀朱はそのまま小さな寝息を立てはじめる。
<疲れてたんだね……おやすみ……銀朱>
――
翌日は高等部の始業式だった。
制服は別に前の学校のものでも構わないとのことで、一応頼んではあるができあがるまでは以前の制服を着ることにする。始業式の内容はどこの高校でもそう変わらない。長い話の後、クラスに戻り待機。担任が来たらHRという流れ。
「転校生の五辻銀朱です。出身は九州。よろしくお願いします」
当たり障りのない自己紹介を終え、銀朱は席に着く。
その後は教室掃除をして解散になった。クラスメートがぞろぞろと教室を出ていく。銀朱は担任からの指示でそのままひとり教室に居残っていた。
「生徒会長からの直々の指名か……」
<ここの生徒会長って確か……>
黒瑪瑙の声に銀朱は頷く。
「うん……強力な陰陽師の末裔……今は『桜導』を率いてるんだよね」
<じゃあ、あれだ。銀朱、がんばれ。多分スカウト>
「他人事みたいに……」
突然扉がガラッと開いて、美しい銀髪の少女が姿を現した。
「待たせたね。君が五辻 銀朱さん?」
「そうですけど」
「私は梅小路白花。会長に頼まれて君を呼びに来たんだよ。ついておいで」
「……はあ」
言われた通りに帰り支度をしてから、銀朱は白花についていく。やがて校内の奥まった場所にある部屋に案内された。
「あ、白花先輩」
「浅黄か。全員揃っているな?」
浅黄と呼ばれた少女は辺りをきょろきょろと見回した後、はい、と答えた。
「ならいい。みんな前に集まってくれ」
「白花先輩、横にいる彼女が?」
白花は頷くと、銀朱に前に立つように促す。
「初めまして。五辻銀朱です。16才。出身は九州。よろしく」
「よろしく頼む。私は円 瑠花だ」
「俺は九条 紺。よろしくね」
「錦 臙脂だ。困ったことがあれば相談しろよ」
「下鴨浅黄です……クラスは違うけど年齢が同じなので……その、仲良くしてもらえると嬉しいです」
「オレは烏丸青磁。同い年だし、まあよろしく」
「僕は京極 鴇。機械いじりの邪魔をしないなら仲良くしてもいい」
お互いに自己紹介を終えたところで、臙脂の腹が盛大に鳴った。
「そういやまだ昼食べてねーもんなあ」
「そういえば昼食時だったな、では私はこれで失礼するよ。ついでに学食のチケットを置いていこう」
白花はそう言うとチケットを置いて立ち去った。
こうして秋の訪れとともにまたひとり、『桜導』に新たな仲間が加わることとなった。